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第3章 君は学生勇者

07 ランベルト捜索

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 夜が明ける。

 残りのベースキャンプで待機していた同学年の人たちも、わらわらと転移門へと集まっていく。一列に並んで、点呼をして。そして、名前を呼ばれた人から転移門をくぐっていった。吸い込まれていく人を眺めながら、僕は最後尾で自分の担任の話を聞いていた。


「何、クヴァールがいないだと!?」
「はぁい、起きたらいなくなってて」
「馬鹿か……いや、しっかり見ておいてくれといっただろう。ヴィルクザーム」
「いや、見てたんですよ? 昨日の夜の襲撃のとき爆睡してたみたいで。ボクはテントの外で見てたんですけど。まあ、のんきなもんですねぇ、と思ってたら。朝見たらいなくて。いや、初めから、いなかったのかもしれませんけど」
「どうするんだ。ああ、もうこんな大変な時に!」


 頭を掻きむしって発狂している担任とは真逆に、アヴァリスは肩をすくめていた。
 僕も、アヴァリスの態度はどうかと思った。

 昨日、ベースキャンプで襲撃を受けた僕たち。八頭の狼の魔物は、アルフレートによって倒された。残ったのは血痕と、獣臭。何故、結界内に魔物が現れたのかは今後調査をするそうだ。だが、結界が緩んでいるんじゃないかという見解から、今年の研修は一時休止。僕たちは学園へ戻ることになった。研修は調査が済むまでないし、そもそも今年はもうないかもしれない。その代わりに課題が出されるとか囁いている人もいた。
 それで、点呼してから戻ることになったのだが、騒ぎの後ランベルトの姿が見当たらなかったらしい。彼のルームメイトであるアヴァリスは、彼はテントの中で寝ていたというが、それも証言的に怪しかった。何しろ、寝坊したランベルトを起こそうと布団を引っぺがしたら、そこには人の大きさほどに丸められた布団があったらしいからだ。だから、夜の時点でランベルトはテントから消えていたのではないかと。

 アヴァリスはルームメイトが消えたというのにお気楽に「ボクのせいなんですかね?」と素知らぬふりして言っていた。その態度はもちろん担任を怒らせるもので、なんてことしてくれたんだと説教が続いている。
 そんなアヴァリスを置いて、転移門をくぐってもよかったのだが、順番待ちということもあるし、何よりもランベルトが消えたということが気になった。
 昨日の自由散策時、彼の姿をちらりと見たからだ。だが、話しかけられることもできなければ、すぐに姿をくらましてしまった。まるで幽霊でも見ている気分だったのだ。


「捜索します?」
「ああ、そうだな。だが、魔物が結界内にまだうろついている可能性もある。だから、好き勝手捜索はできない。それに、クヴァールのことだから、結界の外に行った可能性もある。あいつは、そういうやつだからな」


 と、担任はいうとため息をついた。

 担任も、ランベルトは問題児として認知しているようで、結界の外に出て自分に注意を引き付けようとしているのだろうという考えらしい。ランベルトはたびたび、そうやって目立つようなこと、注意を引くようなことをしてきたから。前科がある。そのせいもあって、またか、と担任は呆れている。
 けど、果たしてそうだろうか。


(あのランベルトが、こんな研修のときに? しかも、あの魔物騒動に乗じてそんな?)


 彼の性格はよく知っている。問題児だっていうのも分かる。でも、自らを危険にさらすほど馬鹿ではないのだ。そんな注意を引くために、結界の外に出るとか、幼稚すぎる。ただ、百%それを否定できる材料もないが。
 結界の外に出たとなると、捜索は難航する。しかも、結界の外には強い魔物がはびこっており、それを一人でランベルトが対処できるとも思えない。行方不明からどれほど時間がたっているか分からないが、早くしないと危険なのも分かっている。
 担任は、他の教師と話してくると言って、その場を離れないよう僕たちに言うと行ってしまった。アヴァリスは終始肩をすくめており、飽きれている様子。


「ねえ、アヴァリス……本当に、ランベルトがどこに行ったか知らない?」
「ええ、知らないですよ。だって、寝てると思ってたんすもん。それとも、ボクが彼がどこに行ったか知ってると?」
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど」
「面倒ごとには、関わらない方がいいですよ。首がしまる」


 と、アヴァリスは自らの首を絞めるような動作をして、んべと舌を出した。本当に、お気楽な……と、僕は思いながらも、アヴァリスの言っていることも正しいように感じた。干渉しすぎると、ランベルトは依存するし、僕はそのいい例だし。

 でも、いなくなったらいなくなったで、こんなに気になるなんて思ってもいなかった。クラスメイト、彼の腰ぎんちゃくだった……友だちだった時期があったからだろうか。僕的には、今も友達だと思っているけど。彼は元からそういう認識じゃないみたいだし。


「テオ」
「わっ、びっくりした。何? アル」


 僕の後ろにずっといたのだが、黙ったままだったアルフレートがいきなり話しかけてきた。驚いて、身体をびくっとさせながら、僕は彼の方に振り返る。アルフレートは、いつものように優しい顔で僕を見つめていた。


(昨日の夜の事、アルにとっては日常茶飯事だったのかな……)


 傷ついてもなんてことないような顔をしていたアルフレート。感情さえ削ぎ落されたような、でも凛々しくて悠々としている勇者の姿がそこにはあって。痛みを感じないから、恐怖を感じないから、だからアルフレートは完全無欠の勇者として戦えるのではないかと、僕は推察した。彼は多くは語らなかったが、だいたい僕の思っていることは正しいようだった。
 ランベルトを捜索したいが、もし結界の外に出ていたら。教師陣でも命の危険があるだろう。だからといって、アルフレートが……


「多分、このままじゃグダグダして、捜索開始までに時間かかっちゃうよ」
「……そうなったら、ランベルトは見つからない、かも。でも、アルは」


 珍しく協力的な彼に僕は驚いてしまった。失礼だとは思いつつも、アルフレートがランベルトの名前を出すとは思っていなかったのだ。決闘を申し込んだ相手であり、僕をとられたっていうふうにアルフレートはつい最近まで言っていたのに。
 クラスメイトとしての自覚はあるようで、その優しさが彼を突き動かしているのだろう。
 とはいえ、勝手に行動するのは絶対にダメだろうし。


「テオは、助けに行きたい?」
「もちろんだよ。それと……まだ、ランベルトに話さなきゃいけないことがある、から」


 アルフレートはふっと笑った。それは、もう仕方ないなあ、というような諦めと、自分がよく知っているとでもいうような顔だった。
 ランベルトのことは正直気になる。もう元の関係に戻れなかったとしても、少しでも彼の心をすくいたい。


(嫌な予感がする、から)


 アルフレートだけに捜索させると、なんとなくだがゲームのあのシーンを思い出してしまう。闇に落ちてしまったランベルトとの一騎打ち。殺すしか方法はなくて、アルフレートは初めてそこで人を殺すと。でもそれは学園内で起きた出来事だったし、実際にそれと今回のがつながるとは思えない。ただ、そういう可能性がある以上は、彼だけに行かせるわけにもいかない。僕がいっても何も変わらないかもしれないけれど。


「アヴァリスはどうするつもり?」


 と、アルフレートは彼に話を振った。アヴァリスは、大きなあくびをしており、アルフレートの話を聞いていなかったようだ。目をぱちぱちとさせて、首を傾げる。


「ああ、彼の捜索のことです? うーん、痛いのとか、巻き込まれるのとかいやんで、帰る方向でいきたいんですけど。でも、ルームメイトですしねえ」
「いや、こっちに振られても。でも、アヴァリスがそう思ってるだけで、ランベルトは嬉しいと思うから。それと、キッと危険だし、僕たちだって捜索していいかまだ許可をもらってないから」


 まずは許可どりだ。

 アル、と彼の名前を呼ぼうと振り返れば、すでにそこには彼はおらず、担任のほうへと言って事情を説明しているようだった。担任からしても、あの面倒なランベルトを捜索する手間が省けていい、みたいな顔をしている。担任にさえ、見放されているランベルトが不憫に思うが、彼が積み上げてきた悪行が今災いしているわけで。態度を改められなかったランベルトにも非があるんじゃないかとは思う。
 アヴァリスは、頭の後ろで手を組んで、僕のほうをちらりと見た。


「んで、君はどっちのほうが好きなんです?」
「ええっ、何を急に。いや、アルが説明してくれたじゃん。僕は、アルの恋人だし。ランベルトとは、学園に入ってからの中だけど、まあ、それなりに」
「ふ~ん。まあ、どうでもいいですけど」
「ど、どうでもいいんだ」


 じゃあ、なんで聞いたんだろうか。確かに二人きりじゃ、会話が続かないけれど。
 興味なさげにそっぽを向かれてしまい、心が傷ついた。アヴァリスは不思議な人だなと思うし、どうもつかみどころが分からない。フワフワしているようで、鋭い指摘も飛んでくるし。ランベルトと一緒にいたらバランスが取れそうだけど、どうなんだろか。
 しばらくして、話を終えたアルフレートがこちらに返ってきて、グッと指を立てた。


「いいってさ。というか、任せた勇者様っていわれちゃった」
「あ、あはは、そうだね。アル、だもん」
「それと、俺は本当は嫌なんだけど、テオも一緒に連れて行ってほしいっていわれて。ほら、テオはランベルトのことよく知ってるでしょ? 俺がいったら、逆効果というか、また突っかかられるだけかもっていわれて」


 と、アルフレートは言いにくそうに目をそらした。

 それも一理ある。

 担任のほうを見ると、ため息をついて首を横に振っていた。全部僕たちに丸投げしたいらしい。それで、よく教師が務まるなと思ったが、基本的に学生間のいざこざは、学生たちで解決してほしいというのが願いだろう。教師がこれから社会に出て、仲裁に入ってくれるわけでもないし。
 少し驚いたのは、担任にとって僕はランベルトに必要な存在と思われていることだった。そんな大したことじゃないかもしれないけれど。少なくとも、僕が必要であると。


「もう一回聞くけどアヴァリスは?」
「ん~ボクはパス。でも、ルームメイトだから、ここで待ってよぉかなあーって思いまして。なるべく二人が早く帰ってこれるの祈ってるので。行ってらっしゃいです」
 ひらひらと手を振ってアヴァリスはにこりと笑った。こっちも投げやりな……
「テオ、それでいい?」
「うん、僕はいいよ。アル、あのね、無理しないでね」
「うん? うん。無理しないよ。テオもね」


 差し出された手をぎゅっと握れば、彼の体温が手のひらを通じて伝わってくる。脈も正常。
 じゃあ、とアルフレートは担任と、そのほかの教師、アヴァリスに出発を伝え歩き出した。それに僕もついていく形で歩いていく。
 ランベルトがどこにいるかなんてわからないから、やみくもになるけど、それでもきっと出会える気がするのだ。ただ、帰ってきてくれるかは別だけど。
 空には、灰色の分厚い雲がかかっている。雨は降りそうにないが、奥のほうで雷がごろごろとなっている音が聞こえた。
 少しでも早くランベルトが見つかればいいと、足元に落ちていた小枝をパキッと踏みつけて、僕は森の奥へと進んでいったのだった。


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