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第3章 君は学生勇者

04 野外研修当日

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 森の匂いは独特で、でも心を穏やかにしてくれる不思議な力がある。

 野外研修当日。三年生は、朝早くから学園内にある転移門の前に集まり、持ってきた荷物を確認していた。僕は、そこまでもっていく荷物がなかったので軽かったが、アルフレートに関してはさらに荷物がなかった。まあ、体一つで何でもこなせてしまう勇者だから、持っていくものは最低限でいいのだろう。
 そうして、点呼して学園が私有する森へと転移した。この森は、学園が管理しているのだが、結界がはられている外のところには普通に魔物が住んでおり、結界の外へ行けば行くほどその凶暴さは増すという。森の中心に立てた転移門が結界の役割もしている。そのおかげで、一応結界外に出なければ安全に研修が行えるのだ。


「なんだか、ワクワクするね。テオ」
「そうだね。アルが楽しそうでよかった」


 僕は正直言うと肉体的なことが関わる行事ごとは好きじゃなかった。アルフレートがいるから、少し楽しみかもと思えた程度で、一通り説明された研修内容を見てげんなりしていた。キャンプの火おこしに魔法は使っていいのは不幸中の幸い。以前は、そんなもの使うな! と怒られたとか。でも、苦情殺到で、生活に欠かせないものは魔法を私用してもいいことになった。魔法なら得意なのでありがたいけど。
 隣で、子供のようにはしゃいでいるアルフレートを横目に、僕は周囲を見渡しある人物を探していた。


(ランベルト……来てないのかな)


 あの一件後、授業もサボっているようだし。ランベルトは、ルームメイトを追い出して一人部屋になってたから、誰も彼のことを知らないだろう。学園から出ていったという話は聞かないから、まだ在籍しているんだろうけど。


「誰を探してるんです?」
「うわあああっ、び、びっくりした。ええと、アヴァリス?」
「はい。覚えていてくれて感激です。テオフィル・ロイファーくん」
「ええ、まあ、うん。クラスメイトだし」


 ひょこりと、背後から出てきたのはアヴァリスだった。今日も目立つピンク色の髪を揺らして、ニコニコといたずらっ子のような笑みを浮かべて僕を見ている。
 そういえば、アヴァリスも研修に行くメンバーだったと、彼のことをすっかり忘れていた。


「もしかして、ランベルトくんをお探しで?」
「なんでわかったの?」
「いやあ、ボク。彼のルームメイトになったんですよ。復帰が見込まれないって元使っていた部屋は他の人のものになっちゃって。それで、空いている部屋はないかってなったときに、ランベルトくんの」


 と、アヴァリスはつらつらと言葉を並べていった。

 僕が、ランベルトのことを気にかけているなんていつ気づいたのだろうか。顔に出ていたのかもしれないけれど。


(そっか……ランベルトも、ルームメイトが)


 僕が起こしに行く必要も、これで亡くなったし、アヴァリスと仲良くしてくれればいいなと思った。アヴァリスは、アルフレートにも臆さない性格だし、ランベルトとも釣り合いそうだ。ちなみに、今回の研修のテント割は、基本的にルームメイトとペアになっているので必然的にランベルトのペアはアヴァリスとなる。だが、アヴァリスの近くにランベルトは見当たらなかった。


「そっか。ランベルトのルームメイトに。でも、ランベルトはどこに?」
「それが、昨日というか最近調子が悪いみたいで。あと、彼ひっどい癇癪持ちなんですねえ。なので、話かけても無視されて、ものも投げつけられて。あっ、怪我はしてないので大丈夫」
「そ、そうなんだ……その、お気の毒様」


 確かに、ランベルトと一緒にいるなということが分かった。ランベルトは怒るとすぐにものに当たるし、集中すると無視するし、起こっていても無視するから。それにしてもアヴァリスは鋼のメンタルだと思うけど。
 いい緩衝材になればいいな、と思いながら僕はアルフレートのほうを見た。彼はなぜか、ラピスラズリの瞳を丸くして、それから首を傾げる。


「どうしたの、アル」
「ううん。いや、そっか……アヴィリス」
「アヴァリスね。勇者様」
「アヴァリス。ランベルトのルームメイトっていうなら、彼のことしっかり見て手上げてくれないかな。この研修期間中、ちゃんと監視していてほしい」
「あ、アル。監視って……」


 罪人じゃないのに、と言葉を飲み込みつつ、彼の服を引っ張る。
 アルフレートは少しこちらに視線を向けたが、かまわずアヴァリスのほうを見続けていた。彼も彼で、にこりと笑って「確かに、どこかに行っちゃいそうですもんね」と笑っており、真剣に受け止めているのか、そうではないのかわからなかった。

 ランベルトが精神的に不安定とはいえ、そんな大事を起こすとは思っていない。ただ、百パーセント言い切れないのは怖いところだ。だったら、彼の言っていることは理にかなっているというか。正しいというか。

 この森がいくら結界に守られているからといえ、内側から外側に出るのはかなり自由である。
 制服には、この学園の紋章バッチがついており、活動着にもそれをつけることが義務付けられている。これは、この結界から出ても自由に行き来できるような許可証の役割を担っている。なので、つけているうちは、出入りはできるが、基本的に結界外に出るオンは禁止されている。それこそ、教師の監視が行き届かないからだ。
 アヴァリスは、アルフレートの言葉に対し、うんと承諾し、ランベルトの監視を引き受けた。ちょっとフワフワと落ち着かない子だけど、ルームメイトというのなら期待はできるだろう。そうして、さっそくランベルトを探しにどこかへ行ってしまった。

 この後は自由散策の時間になるが、自分たちで食べられる動物を狩らなければならない。基本的に支給されるのは飲み水と軽食だ。自分たちの夕食は自分たちで調達する、というのもこの研修中ずっとしなければならないことでもある。授業中にならった食べられる薬草と、食べれない薬草の見分けとか。一応、マップも渡されているので、どこにどんな動物がいそうだとかそういうリサーチも。研修と名がついているだけ、いろいろと学ぶことまたは、学んだことを生かすことが求められる。


「心配?」
「……うん。そうだね。ランベルトのことはちょっと心配かも」


 優しく肩を叩かれ、僕はアルフレートのほうを見る。彼は、ランベルトのことを特別気にしている様子はなかったが、僕が気にしているためか、少しは気にかけてくれているようだった。
 とりあえずは、アヴァリスと合流できればいいんだけど。


(結界の外にはいかないで……絶対に)


 探せなくなるし、最悪そこで魔物と鉢合わせて食べられるという危険性もある。
 魔物の王の動きが活発でないとはいえ、魔物は日々自分の上を満たすために行動している。動物と魔物の違いは、魔力があるかないか、知能が高いかどうかなのだが、もう一つ問題に上げられるのは、魔力のあるものに吸い寄せられるという点だろう。
 魔物が強くなる時は、他の魔物の魔力を吸収した場合か、あるいは魔力を持った人間を食べた場合である。だから、人里に下りてきて襲撃なんてことはよく聞く被害報告だ。
 まあ、普通の魔物であればランベルトくらいの実力者が負けるわけないと思うのだが、厄介なことに、この結界を張っている転移門に埋め込まれている魔法石を魔物が狙っているのだ。だから、強い魔物が結界外にはうじゃうじゃといる。だが、結界には近づけないので、そこで立ち往生。弱い魔物は群れを成して、みんなで魔力のある人間を食べる習性もあると聞くし……

 とにかく、外に出なければ全然問題はないのだ。


「心配しても仕方がないよ。それに、さすがにそんな馬鹿な真似はしないと思うから。もし、するようだったら……テオを悲しませるんだったら、気絶させてでも、結界の中に閉じ込めるから」
「頼もしいね。アル。そうだよね、あんまり深く考えても仕方ない、し」


 今の僕が何を言っても、フッた人間としか彼の目には映らないだろう。願うなら、友だちに戻りたいのだが、そう簡単にはいきそうにない。

 本当は胸が痛いけど。

 先生の指示で、みんなバラバラに分かれる。とりあえずはベースキャンプの場所まで歩いて、荷物を置いてから散策スタートといった感じか。スケジュールは頭に入っているので、その通り動くだけなのだが。


「んんっ」
「ん? どうしたの、テオ」
「アルが、アルが……うぅ」


 布が胸を擦ると変な声が出てしまう。
 あの日、今日にいたるまで小出しにすると言ったアルフレートは本当に有言実行して、僕の身体を開発し始めた。耳を、口を、胸を、下半身を。もう、触られていないところなんてないんじゃないかってくらいいろいろと愛されて、甘やかされて、舐られて。そのせいで、胸はじんじんするし、ちょっとした風の振動でも鼓膜が刺激されて頭がふわっと浮いた感覚になる。クラスメイトにバレたらまずいということだけは確か。
 当の本人であるアルフレートはどうしたの? なんて、全くわかっていない様子で僕を見ている。いつもなら、細かい変化に気づくのに、こんな時にだけ天然を発動してもらっては困るのだ。責任を持ってほしい。
 もし、あの日にすべてを許していたらきっと研修には行けないほど足腰をやられていただろう。だって、アルフレート絶対に絶倫だし。
 僕は忌々しく彼を見つめ、対照的に彼はきょとんと首を傾げている。


「ああ、もしかして荷物持ってほしい?」
「そんなこと頼まないよ! アルに、荷物持たせるなんてしたくない!」
「いいよ。テオはかわいくてちっちゃいから。ああ、でも綿毛みたいに飛んで行っちゃったら嫌だな」


 するっと腰を撫でてくるのもやめてほしい。すべて拾い上げては、ぴくぴくと体が動いてしまうから。ふふ、なんて確信犯なのか笑い声が降ってくるのもなんとも言えないというか。
 ため息をつく間もなく、アルフレートは僕の荷物をひょいと肩にかけた。何だか今から旅に出るような人みたいで、かっこいい。


「……アル、さ。慣れてそうだよね」
「何が?」
「いや、旅……してたんだよね。ここに来る前は。その話、僕聞いたことないなあって」


 ようやく気になっていたことが聞けた気がした。この質問に対して、どんな返答が帰ってくるのか、少しワクワクしている自分もいる。でも、その質問に対し、アルフレートが何かを言うことはなかった。ただ、呆然と前を見て、弾かれたように僕のほうを見て笑いかける。
 一瞬だけ、また悲しそうな顔をしたのは気のせいだろうか。


「嫌なこと聞いちゃった?」
「ううん、大丈夫。旅、旅かあ~って。慣れてるというか、まあね。でも、戻りたくないなって。また、寂しくなるから」


 と、アルフレートはいうと行こうかと僕の手を掴んだ。いつもはもう少し温かい彼の手のひらが、冷たく感じたのは、きっと気のせいじゃないのだろう。


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