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第3章 君は学生勇者

02 ランベルトの告白

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 異常のない生活。変わりない日々。

 それはとても幸せなことで、平和が一番だとすごく実感する。ガイツの件以降は、そういった厄介事に巻き込まれていないし、学園にいたら安心だと、僕もアルフレートも同じ見解だった。

 アルフレート曰く、ここに来る前にやらかしたへまというのは、魔物の王の配下にマーキングされてしまったことらしい。それは、加護だけではなく、どこにいてもアルフレートの魔力を媒介に魔物がそこにテレポートできるようになったというもの。ようは、アルフレートの魔力が道しるべとなり、またそれが餌として機能してしまうということ。だから、結界魔法が十分に施されていない地域に行くと、それをかぎ分けてきてしまうのだとか。だが、そんな強力な魔物がわんさか来るわけではない。また、彼の魔力を馬鹿位にしているということが厄介で、アルフレートの影から出現するそうだ。まるで、影に魔物を飼っているみたいだなと思ったが、感覚的にはそうらしい。では、一人のときは不意打ちを食らわないのかと聞いたら、それまではそういう魔法にかかったことがなかったので、用心していなかったのだとか。また、学園という安全な場所にいたせいで、警戒心が弱まっていたらしい。あとは、単純に魔物が現れたとしても倒せるから、だとか。
 勇者っていうその存在が、名前が、肩書が。全てをアルフレートに背負わせている気がしてならない。
 そんな加護、彼はいらないだろうに。


「テオ、テオ。午後の授業魔法薬学の実習なんだけど、ペア組もう」
「元からそのつもりだよ。他の人とアルが組むとは思えないし」
「それでも! テオの隣は言質とっとかないと思って」


 ふんす、と何やら怒り気味にいったアルフレートは、僕の隣を歩く。長い廊下の横には、中庭が広がっており、そこには大きなオレンジの木が生えている。それを見つめながら、食堂へ向かって歩いていた。食堂への道ももう慣れたもので、アルフレートは先導するように歩いた。
 僕が、彼とペアになることは日常茶飯事。一応念のためにペアを組みたい人と事前に声がかかるが、誰も手が挙がらないので僕とアルフレートは常にペアになる。だが今日、復帰したアヴァリスが手を上げたのでびっくりした。彼は本当に怖いもの知らずだなと思う。


(アルが断っちゃったけど、僕はいいと思うんだよな……)


 僕以外にも仲がいい人、例えば男友達とか作ればいいのにとは少し思ってしまう。さすがに、恋人の座は譲らないけど、アルフレートには普通の男子学生になってほしいし。そのためなら、友だちを十人だって百人だって作ったほうがいいというか。
 まあ、僕もランベルトと関わっていた時期があるので、近寄ってくる人はいないけど。


(ランベルト、何してるんだろ……)


 しばらく見ていない、友人のことを思い出しながら歩いていると、ぴたりとアルフレートが立ち止まった。目の前からやってきた、学園長に気づいたらしい。


「おお、エルフォルク君。ちょうどいいところにきた。これから、野外研修についての職員会議があるんだがな。それに同席してもらえないだろうか」
「野外研修?」


 学園長は髭を触りながら、こくりと頷いた。アルフレートはこっちを見て「何のこと?」というように首を傾げている。
 そういえば、そんな時期だったか。

 三年生になると行われる野外研修。まあ行っちゃえば、キャンプをして、そこで出される課題をこなすというもの。二泊三日。必修単位なので、これを落とすと留年が確定する。先輩方の風の噂では、生きて帰ってこれたら単位はもらえるらしいが、生きて帰ってこれない生徒がいるの? とびくびくしている。もちろん、教師陣が何人もついていくので問題はないと思うが。
 アルフレートは僕と、学園長を交互に見て、それから僕の手を掴んだ。


「テオは……」
「エルフォルク君にだけ用事があるんだ。ロイファー君と仲がいいのは知っているが、今回はね」


 と、軽くなだめられてしまう。アルフレートはむすっとした顔になり、僕の手を強く握った。力加減を考えてほしい。

 子供じゃないんだから、いってきなよ、と僕は彼に諭すが、アルフレートは離れたくないようだった。そんな、あの日みたいな別れじゃないんだからと、僕は思ったが彼の中ではたった数分でも離れることが嫌らしいのだ。
 しかし、アルフレートが関係ある職員会議に僕は参加できないだろうし、きっと勇者だから評価基準が違うだとかそういう話をするのではないだろうか。だから、僕が聞いていたらまずいというか。
 学園長も困った顔をしていたから、こっちが申し訳なくなって、彼の腕を引っ張る。


「アル、僕なら大丈夫だから。何だったら、昼ご飯買ってきて待ってるから。ね、あまり、学園長を困らせないで上げて」
「テオ……」


 それでも、嫌そうな顔をされたのだが、僕はグッと彼の背中を押しだして、学園長に引き渡した。学園長は、申し訳なさそうな顔をしていたが、僕はそのままアルフレートに手を振って早く行ってこいというように圧をかける。さすがに彼も観念したらしく学園長についていった。
 勇者だから勝手が違う。そして、彼が勇者として扱われるたび、自分が彼の隣にいていいものなのかと考えてしまう。アルフレートからしたら、考えなくてもいいことなんだろうけれど。僕は……
 昼ご飯を買ってくると約束してしまったため、僕は方向転換し、学食に向かって足を進めた。すると、前から見慣れた人物が歩いてきたので、足を止める。


「おい、平民貴族」
「らん、べると?」


 やってきたのはまさかのランベルトで、彼は僕を見つけるなり怒ったように腕を掴んだ。いきなりのことで抵抗なんてできず、ちょっと眉をひそめたら、わかりやすく相手も苛立ったように眉間にしわを寄せる。


「ランベルト、久しぶり……」
「久しぶりじゃねえだろうがよ、平民貴族!」


 ギリッと掴まれた腕が軋む。
 何を怒っているのだろうか。いや、最近無視ではないが、アルフレートと一緒にいてランベルトにしゃべりかけられなかったからか。朝も起こしに行ってないし、昼食も一緒に取っていない。彼がくるまで、僕はランベルトと一緒だったのに、その日々が嘘みたいに、今はアルフレートと一緒にいる。不思議な感覚でもあった。
 でも、同時に、ランベルトのことを思っていなかったわけでもなく、それなりには心配していた。
 未知の往来。誰もいないのはいいが、叫ぶランベルトを僕は諭す。いつもなら、落ち着いてくれるのに、今日はどうやら虫の居所が悪かったらしい。


「声が大きいよ、ランベルト」
「――なんで」
「え……?」


 ぽつりと彼の口からこぼれた言葉は、なんとも弱々しいものだった。ランベルトはどちらかというとふんぞり返って高笑いしている、それこそ悪役令息ともいえるような性格だった。なのに、今目の前にいる彼は、泣きそうな顔をしている。目元をはらして、顔も赤くして。誰かにいじめられたのだろうかと、僕は首を傾げる。だが、間髪入れずに飛んできた言葉に驚いてしまった。


「なんで、貴様は、俺様のもとからいなくなったんだ。何で、何で、貴様は、俺様のことが好きだったんじゃないのか!」
「え……と、どういうこと?」
「とぼけるな。テオフィル・ロイファー」


 初めて、フルネームで呼ばれ、聞きなれない感じにフワフワしつつ、全く身に覚えのないことを言われてしまい、首を傾げるしかなかった。
 僕がいつ、ランベルトのことを好きだといったのだろうか。
 何か勘違いしているのなら、訂正しないといけないのに、声がうまく出なかった。


「僕は、ランベルトのこと、友だちだと思ってたよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃないよ。だって……それに、僕はアルと……アルフレートと付き合ってるから」


 そう口にすれば、彼はハッというように顔を上げて僕を見つめた。その目には悲しみの色が見え、その悲しみさえも埋め尽くすように怒りに染まっていく。


「嘘だ……嘘だ。じゃあ、何で俺様と一緒にいた? 優しくした? それは、俺様が好きだからなんじゃないのか?」
「違うよ。ただ、僕は」


 さすがに本当のことは言えなかった。君を悪役令息にしないために一緒にいたなんて。でも、一緒にいるうちに、ランベルトが寂しい人だってわかって、ただちょっと不器用な人だってわかって。それでも僕は、彼をただの友だちとしてしか見ていない。
 彼が、僕のせいで勘違いさせてしまったのなら、申し訳ないと思いつつも、僕はランベルトをそういう目で見ていない。
 はっきりと、そしてまっすぐとランベルトを見て諭そうとしたが、顔をぐちゃぐちゃにして、僕の手を掴んでいないもう片方の手で、頭を掻きむしった。


「紛らわしいことするなよ。俺様を、弄んで楽しかったか? いいよな、貴様は。あの勇者に好かれて。そういう関係なのか? それとも、その可愛い顔で媚びうって取り入ったのか? あの偽物勇者、手が早そうだもんな」
「待って、ランベルト。アルのこと悪く言わないで。それに、言ってること、意味わかんないよ」
「こっちが分かんないんだよ! 貴様は、俺様を好きでいてくれる唯一の人間だと思ったのに。俺様を、たぶらかして内心笑ってたんだろ。周りの奴らみたいに!」


 振りかざされた拳を見て、危ない、と僕は目を閉じる。殴られると思ったのに、腕を掴まれていて逃げることはかなわなかった。
 ここまでうまくいっていたはずだし、仲良く……とはいかずとも、それなりの関係地を築けていたはずなのだ。なのに、どうしてこうなったのだろうか。

 やってくる痛みにおびえていたが、スカッと僕の隣を何かが横切っただけで、ランベルトの拳が僕に当たることはなかった。恐る恐る目を開けてみると、そこには魂が抜けたような表情のランベルトがいた。何か話さなければと思ったが手を離されたと思った瞬間に、トンと胸を押されてしまう。一歩、二歩と、後ろに下がってしまったが、その後ランベルトが僕に何かをすることはなかった。
 ただとぼとぼと歩いて廊下の向こうへ行ってしまうランベルトを僕は見送るしかなかった。
 追いかけて何か言ってあげたいのに、言っても逆効果なんじゃないかと足が止まる。


「テオ?」
「あ、アル」


 後ろからまた声をかけられ、振り向くとアルフレートがいた。いつの間に背後に? と思っていたが、彼も彼で不思議そうに、心配そうに僕の顔を覗いている。
 アルフレートはサッと肩を抱いて抱き寄せると、廊下の向こうを見た。僕も振り返ったがそこにはランベルトの姿はなかった。


「どうしたの? 幽霊でも見た?」
「え、ううん。何でもないよ。あ、ごめん、昼ご飯買い忘れちゃった」
「いいよ。テオ、本当に大丈夫? 顔色悪いよ?」


 するりと、僕の頬を撫でるアルフレート。彼の温もりは温かくて優しい。


「大丈夫だよ。アル。アルは、どうだった?」
「研修のこと、また放課後もよろしくっていわれたよ。ああ、ここに来る途中に彼に会ったよ。えーっと、アヴァ……」
「アヴァリス?」
「うん。多分そう。まあ、すれ違った程度だったし、あいさつしたくらいだけど」


 と、アルフレートは肩をすくめて笑った。

 まあ、すれ違うことくらいよくあることだよね、と僕はそれ以上考えないようにした。ランベルトのことも、頭から払おうとしたけれど、それはできなかった。


(……僕のせい、だよね)


 胸に刺さったランベルトの言葉が抜けなくて、苦しかった。僕が余計なことをしたせいで、ランベルトは傷ついてしまったんじゃないかと。好意を抱かれているとは思ってもいなかったので意外だった。しかも、恋心に近いものを。
 それを、アルフレートに話すことはできなかった。言っても、きっと「忘れなよ」と言われるだけだったから。
 それでも、ここに来て初めてできた友だちを失ったような気がしてならない。僕は、誰もいなくなった廊下をただただ見つめることしかできなかった。


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