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第3章 君は学生勇者

01 君がいる日常

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「テオの寝癖、すごくかわいい」
「もう、気にしてるんだから言わないで。アル……アルは、いっつも僕より先に起きてて、かっこよくてずるい」
「かっこいいって、思ってくれているんだ。嬉しいな」
「うぅ~キラキラスマイルやめて」


 午前の授業を受けるために早起きし、教室に向かっている道中、いつものように僕はアルフレートの隣を歩いていた。
 アルフレートは僕よりも先に起きていて「おはよう」なんて、目が潰れるほど輝かしい笑顔で挨拶してくる。朝からそんな直射日光のような笑顔を浴びて、僕はすぐに挨拶を返せない日々が続いていた。アルフレートがきて数週間以上が経ち、もうすぐに一か月だ。
 アルフレートがいる世界つにはなれたものの、周りはまだ勇者が同じ学園にいることが不思議らしく、すれ違うたびにこちらを見る。アルフレート自身は気にしていないようだったが、僕は彼が日常にいても当たり前にはならない、特別な存在なんだと実感させられた。

 ガイツの件に関しては、アルフレートは国にも学園にも報告していない。報告すればすぐに招集がかかって討伐に行くように命令されるからだろう。また、クヴァール公爵家についてもノータッチだ。


(ランベルトに聞ければいいんだけど、そうはいかないだろうし……)


 彼ともまだ話せずじまいだ。
 僕がランベルトの腰巾着だったときは、彼はそれはもう嬉しそうだったし自信に満ち溢れていた。でも今はその域沖もなくて、まるで空気のように溶け込んでいる。そんなランベルトは見ていられない。
 本来の目的である、ランベルトを悪役にしないということは達成されたのでいいのではないかと思ったが、僕も僕で、彼にかなり肩入れしてしまっているらしい。


「本当に夢みたいだよ。テオと平和に学園生活を送れるなんて」
「そ、そうだね……って、アル、いつもいってるじゃん! ほかには何かないの?」
「今日も、テオがかわいい」
「もう、恥ずかしいって……」


 口を開けばかわいいだの、愛おしいだのいうアルフレートに僕は参ってしまっていた。もちろん、恋人だし、そう言ってもらえることは嬉しいのだが、未だになれない。昔だって、素直に思ったことは口にするアルフレートだったが、子どもの時以上にストレートになった気がする。普通、こういうのって大人になればなるほど素直に口にできなくなるようなものだと思うのだが。


(まあ、いっか。アルは、アルだし)


 アルフレートの夢がかなったならそれでいい。僕だって、あの空白の十一年の間、彼を思わなかった日はなかったから。今、こうして隣にいられるのが奇跡のようで、夢のようで、嬉しくて仕方がないから。


(それでも、アルは勇者なんだよね……)


 ガイツのことを思い出すと、また体が震える。考えないようにと心がけているのだが、考えずにはいられない。
 学園には、魔物や不審者の侵入を防ぐ防御結界が至る所に施されているが、七大魔物ともなればそうはいかないだろう。現に、ゲームの中では侵入されているし、確かランベルトはその魔物と手を組んで闇落ちしたはずだった。だから、七大魔物が攻めてくるようなことがあれば、ここも安全地帯とは言えなくなる。


「何があっても、テオのことだけは守るから安心して」
「えっ、なんでわかったの?」
「そりゃ分かるよ。テオの考えていることならなんでも」


 僕が不安を胸に抱いていれば、アルフレートはスッと僕の肩を抱いて微笑んだ。考えていることは全部お見通しのようで、アルフレートの笑顔が僕の不安をぬぐっていく。敵わないなあ、なんて思いながらも、僕だけじゃなくて、アルフレートも無事でいてほしいというか。いくら強いからって無茶はしてほしくない。


「あ、アルも自分のこと大事にしてね? 僕のこと思ってくれるのは嬉しいけど、僕だってアルの幸せと、安全を願ってるんだから」
「うん。大丈夫。テオがいてくれたら、いつも以上に力発揮できるから」
「ほ、ほんとかなあ……」


 冗談で言っているわけじゃないんだろうけど、僕は素直に喜べなかった。僕は非力だし、それこそアルフレートにバフをかけられるような魔法も力もない。ゲームの中では、聖女がアルフレートと相性がよくて、彼にバフをかけていたけど。


(ほかの、旅のメンバーの話、そういえば聞かないんだよな……)


 アルフレートは多くを語らない。旅の話とか、これまでの十一年のこととか。たまにこぼすのは、大変だったんだよとざっくりしすぎている言葉で、全貌は全く見えなかった。こちらから聞けば教えてくれるのだろうが、他の仲間のことを知って、僕の知らないアルフレートを知ることが少し怖かったから聞けなかった。わがままだな、と思うけど。僕だって、それなりに独占欲はある。アルフレートのことを知っているのは僕が一番だって、そう自負しているし。
 教室につくまでの道中、あいかわらず誰にも話しかけられずにたどり着き、扉を開ける。教室の中にはまばらに人がいたが、珍しいピンク色の頭を見つけた。僕たちがいつも使っている席に陣取って、ぱらぱらと本を読んでいる。


(誰、あの人……)


 記憶力は他の人よりいいほうだと思う。伯爵家での勉強にもついていけたし、何よりそういう努力は大の得意だったから。だから、教室の細かい変化も、知らない人がいたらそれにだって気づける。だから、目の前にいたピンクの頭の男子生徒を僕は知らなかった、記憶にない。
 パラパラと読んでいた本が閉じられ、その紫色の瞳がこちらを向く。それは想像以上にきれいで、言葉を失った。


「もしかして、ここの席だった?」
「……あ、ううん。席は決まってないし。えっと」


 物腰柔らかにそういった彼は、にこりと微笑んだ。たらんと一か所だけみつあみがあって、赤いリボンで結ばれている。やっぱり知らない。でも、その振る舞いやしぐさから上級貴族、良いところの出なのだろうとうかがえる。なので、ますます彼が誰なのかわからなくなったのだ。
 アルフレートのほうを見ても、知らんとした顔をしていたし、知り合いではないのだろう。彼以外に、編入生や、転校生がいるとも聞いていないし。


「ああ、自己紹介が遅れちゃった。ボクは、アヴァリス。ヴィルクザーム侯爵家が息子、アヴァリス・ヴィルクザーム。よろしく」


 と、手が差し出される。真っ白な手袋をはめた手と、アヴァリスと名乗った彼を交互に見る。

 ヴィルクザーム侯爵家……聞いたことがある家門だった。
 僕は、差し出された手を取ろうと前に手を出すと、それよりも先にアルフレートが彼の手を掴んだ。


「よろしく。俺は、アルフレート・エルフォルク。彼は恋人のテオフィル・ロイファー。俺のだから、ちょっかいかけないでね」
「アルフレート・エルフォルク……ああ、勇者様でしたか。それは、失礼。何分、つい最近まで自宅で療養していたので」


 アヴァリスはアルフレートの名前を聞いて、勇者だと知ったみたいだが、他の人と違って臆することなくその手を握り続けた。それは、アルフレートにとっても好印象だったようで、いつもより明るい笑みを張り付けていた。
 療養していたということは、何年かここにきていないということだろうか。だったら、僕が知らなくても仕方がないことだろう。そんな分析をしながら、握手を交わしている二人をじっと見ていた。


「それと、勇者様には恋人がいらっしゃるんですね。かわいい、恋人さんが」
「勇者様なんていいよ。クラスメイトなんだから」
「じゃあ、アルフレートさんで」


 アヴァリスはそういうとフフフ、と笑った。アルフレートのようなキラキラとした王子様オーラはないけれど、お淑やかというか静かで、それでいて品性を感じるような、そんな笑みだ。
 アルフレートからしたら、初めて自分を勇者という存在ではなくクラスメイトとして扱ってくれた人間じゃないだろうか。彼がここに来てから、やはりずっと勇者ということで孤立していた。みんな恐れ多くてアルフレートにしゃべりかけに行くこがいなかったのだ。そう思うと、アヴァリスはアルフレートが望むような存在なんじゃないかと。

 長い握手に、笑いあっている二人。
 どちらが手を離さないのだろうか。あるいはどっちもだろうか。


「手、離してくれる?」
「ああ、ごめんなさい。特別扱いを嫌っているみたいでしたけど、勇者と握手できる機会なんてそうそうないので。長く感じておこうと思って」


 アヴァリスは悪気なくそういうとぱっと手を離した。そして、持っていた荷物をそそくさと避けて端のほうの席に行ってしまった。僕たちがいつも使っている席は一瞬にして空席になる。
 アルフレートは構わずその席に荷物を下ろして、座った。ポンポンと自分の横に座るようにと僕を促す。


「何か、変わった子だったね」
「そうかな?」
「だってそうじゃない? アルのこと勇者だーって言ってたけど、こわが……恐れ多くてしゃべりかけくる子っていなかったから。アルとしても、そういう子が増えたらいいなって思ってるんじゃない?」
「うーん、そうだけど。もう一か月ほどなるからだいぶ慣れたっていうか」


 と、アルフレートは目の前の黒板を見ながら遠い目でそういう。それは、そこを見ているんじゃなくて、もっとどこか遠くを見ている気がしてならない。

 アルフレートがこれまでどういう目で見られてきたのかはわかる。でもそれを知っているのは、肌で感じたのはこの学園内だけだ。外での扱いを間近で見たことはない。


「テオさえ、俺の味方でいてくれればいいから、いい、かな? そんな、周りにのぞんだりしないよ」
「それって、寂しくないの?」
「寂しい?」


 僕の言葉を反復して首を傾げるアルフレート。きょとんとした目で、ラピスラズリの瞳を丸くしている。こちらが何かおかしいことを言ったみたいな空気になって、気まずかった。
 僕からして、幼馴染が、恋人が特別だから―って理由で避けられているのはなんか悲しいのだ。もちろん、アルフレートが誰かにとられたいわけじゃない。でも、アルフレート二は普通でいてほしいのだ。それが、『勇者』であるというだけでフィルターがかかって、みんな恐れ多くておののいて。


(アル……なんかおかしいよね)


 十一年の間で何かがあったのは確実だろう。でも、それだけじゃない気がするのだ。
 もっと元をたどれば、何で僕なんかを彼が好きになったのだろうか。彼が好きになる理由が魅力が僕にはあったのだろうか。
 現実だからゲーム通りじゃない? そう、結論付けたいのに、どこかまだ引っかかってならない。
 ふと後ろを振り向けば、アヴァリスがにこりと笑って手を振っていた。僕は、思わず顔をサッとそらしてしまう。


「どうしたの? テオ」
「ううん、何でもないよ。本当に何でも」
「変な、テオ。今日も一日頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」


 頬杖をつくその仕草もかっこいい。自分にだけ向けられる特別なまなざしに独占欲と優越感に満たされる。それでいいって受け入れることができたら、きっともっと幸せなんだろうなと思いながら、僕はノートを開いた。


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