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第2章 君は職務放棄勇者

02 それをチートと呼ばずして何と呼ぶ

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 荷物の移動は、スムーズに進んだ。


「ここが、テオの部屋か。はぁ~テオの匂いがする」
「やめてよ。てか、僕の部屋だし。に、臭う?」
「うん。とっても、良い匂い。テオに抱き着かれている感じ」


 僕の部屋に来てから深呼吸を繰り返しているアルフレートを見ていると、変わったなあ……いや、元からこんなんだったかもと自問自答を繰り返してしまう。でも、自分の部屋に彼がいるという当たり前のようで、不思議な光景に僕はいくらか気持ちが和んでいた。さっきは、ランベルトの件でどうにかなっちゃいそうだったけど、今はだいぶ落ち着いている。というか、頭からランベルトの存在は消えてしまっていた。


「テオはなんで一人部屋だったの?」
「え? ああ、うーんと、入学するはずだった子が家の都合かなにかでこれなくなって。それから、ずっと一人部屋」
「そっか。よかった」


 と、アルフレートは胸をなでおろしていた。

 よかったって、何に対して言っているのだろうか、と僕は首を傾げる。けれど、彼は僕の疑問には答えず微笑んでいるだけだった。
 まあ、一人で使えるし、人に気を使わなくて済んでいるのもまた確かで、いくらか楽だった。それでも、一人眠る夜は孤独で、寂しいものでもあった。


「そういえば、アル。魔法、すごかったよ。無詠唱だよね? それに、ランベルトの魔法もみきってて。彼、この学園では一番魔法にたけているんだけど」
「見ててくれたんだ。ああ、あのザコ……彼は、ランベルトっていうんだね。テオになれなれしかったけど、どういう関係?」
「ザコ……? え。どういうって、まあ、クラスメイト?」
「へえ」


 アルフレートは、低い声でそう言って、僕の頬をするりと撫でた。冷たい手に僕の身体はぶるりと震える。
 ランベルトとは、特別何もない。友だち、というのも違うし、かといってただのクラスメイトというには、少し関係が深いともいえるかもしれない。アルフレートの目にどうやって映ったかはわからないけど、アルフレート以上に仲がいい人なんていない。心を許せる人も。
 というか、今、アルフレートらしからぬ言葉を発した気がする。ザコっていわなかっただろうか。聞き間違いだろうか。


(それにしても、本当にすごい魔法だった)


 無詠唱魔法――それは、文字通り、詠唱を唱えずとも魔法を放てるということ。本来であれば、魔法をうつ際に必ずではないが正確性を上げるために詠唱を唱える。これは別に決まったものはない。本人がイメージしやすいような言葉を口にし、それから魔法を討つ。無詠唱で魔法を放つと、大概の人はイメージとは違ったものができてしまう。だから、風魔法を使う際は、例えば「風よ」とか、短い文章を口にしてみるのがいい。それでも、イメージ力に欠けると威力は半減するし、魔法が発動しない場合だってある。
 魔法は、その人の魔力量と、イメージで成り立っているから。

 ランベルトは、無詠唱魔法を極めているから基本的には詠唱を唱えない。でも、あれは普通じゃなくて異常。教師陣もランベルトの魔法には驚いている。彼は性格さえ悪くなければ、魔塔と呼ばれる魔法の研究機関に就職だってできるはずなのに。あの性格のため、今のところ魔塔から声がかかっていない。


「でも、魔法だけじゃないんだよね。アルの魔法……だって、防御魔法じゃなくて、攻撃魔法に攻撃魔法を当てた感じなんじゃないの?」
「よくわかったね。そう。あのとき、防御魔法で防いでいたら、周りに被害が出ていたかもしれないからね。だから、水の攻撃魔法で応戦した。といっても、あれだけ早く勘づけたのは加護のおかげ」
「加護? 勇者の?」


 うん、とアルフレートはうなずいて僕のほうを見た。そしてぱっと手をさしで、そこに魔力を集める。ふわりとあのとき感じた不思議な感覚が体を駆け巡る。見れば、七色の暖かな光がアルフレートの手のひらの上で踊っていた。


「勇者の加護っていうのはあながち間違いじゃないかも。ここ数年の間に、加護はたくさん授かったし、何なら三桁以上はあると思う」
「さん……ええ!? 加護の数だよ!? 加護って、一人一個持っているだけでも貴重なのに、そんな、さ、三桁」


 チートじゃないか。

 アルフレートはすがすがしい顔をしていたが、加護がそれだけあるのは異常なことだった。
 加護というのは、その人の能力をさらに引き出し、高めるものだ。バフをかける魔法とはまた違って、常時その人に発動するもの。加護にもいろんな種類があるので、何が一般的かと言われても出てこない。そして、加護というのは本当に奇跡に等しいほど素晴らしい力であり、勇者の次に授かる確率の低いものだ。
 そもそも、アルフレートは勇者の加護と呼ばれるウルトラレアもいいところな加護を持っている。それが勇者の証、ということでもあるのだが……


(だって、ゲーム内でも持っていたカゴは七つだったでしょ?)


 終盤に三つほど手に入って、そのうちの一つはラスボス戦のときしか発動しない加護だった。現時点が、ゲームでいう、どの時間なのかわからなかったが、三桁以上なんてシナリオをぶち壊しているのもいいところだ。そんなのチートすぎる。
 ゲームでは、珍しい加護持ちパーティーだったけど、多くて一人三つまで。アルフレートは特別だったけど。だから、目の前にいるすべての加護を持ってしまったような勇者に僕は頬を引きつらせるしかない。いったいどんなことをやれば、そんなに加護を授かることができるのだろうか。


「ど、どうしてそうなったの?」
「どうしてって?」
「か、加護の数が多すぎるよ。それに、加護もちって、その、身体的に大変じゃなかったっけ。ほら、五感が鋭くなるとか」
「よく知ってるね、テオは。前から物知りだって思ってたけど、ますます」
「授業で習うんだよ!」


 加護持ちの特徴は、加護が常時発動しているせいで、五感が鋭くなっていたり、多すぎると逆にデバフがかかってしまったりするというもの。それだけ持っていたら、精神的、身体的負担もかなりのものだと思ったのだが。


「ああ、それは大丈夫。加護による心身的負担を軽減する加護を持ってるから」
「何その加護!?」
「俺もよくわかんないけど。他にもいろいろあるよ。千里眼の加護とか、お風呂の温度を最適に調整する加護とか、明日の天気が分かる加護とか。ああ、そもそも、天気を俺がいる場所だけ変えられる加護とか」


 もう何でもありだ。
 チートもいいところ。

 これだけ加護を持っているのは異常中の異常。イレギュラー中のイレギュラー。というか、ゲームバランスが崩壊するし、そもそもこの世界のバランスも崩壊しているんじゃないかと思った。敵が不憫になってくる。


(そんな力があって、加護があって。世界を救うことより、学園に来ることを選んだんだよね……)


 早く世界を救って英雄になったら、勇者の責務から解放されるかもしれないのに。アルフレートは寄り道をしているようにも見えた。


「それだけ加護があって何でここに来たの?」
「テオに会うため」
「僕に……でも、それだけ力があったら、もう魔物の王とか簡単に倒せるんじゃないの? アルが、勇者でいたくないって、まだ思ってるなら、その、早く勇者の仕事終わらせればいいのに、とか」


 そしたら、またあの故郷で二人で過ごせるかも、とか。
 僕がそういうと、アルフレートは眉を下げて、少し困ったように僕の頭を撫でた。


「そうしたいんだけどね。国王が、世界を救った暁には自分の娘と結婚させる、とか言い出して」
「結婚……?」
「俺は嫌だから、それの先延ばし。報酬だって言ってるけど、今の地位を確実なものにしたいというか。さらに国と勇者の結びつきを強くしたいんだろうね。他国への抑止力にもなるし、何よりも、勇者の遺伝子を欲している。その遺伝子を王族に組み込ませようとしている」


 と、アルフレートは難しい言葉を並べて小さく舌打ちを鳴らした。

 アルフレートでなければ、それはこの上ない報酬かもしれない。世界を救った英雄としてたたえられるだけではなく、王族の仲間入り、ひいてはその娘、王女との結婚。ゲームでのアルフレートには、そういう選択肢も用意されていた。支援度なるものがゲーム内にはあって、アルフレートは女の子とでも男の子とでも結婚できた。まあ、王道は王女との結婚だが。
 しかし、目の前でそんな話をされると、一気に現実味が増す。それと同時に、生きている世界が違うと思ってしまう。遠い存在に感じて、胸が締め付けられる。


(そうだ、僕はアルが好きなんだった……)


 アルフレートを思わない日はなかったけど、あの日の思いも、初めてのキスも時がたつにつれて忘れていってしまった。記憶には残っているけれど、そのぬくもりを感じることはできないというか。
 目の前にして、また好きの気持ちがぶり返す。アルフレートも同じ気持ちならいいのにとわがまま思ってしまう。


「でもね、俺はテオがいいんだ」
「僕?」
「うん。もしかして、テオ。約束忘れちゃった?」


 アルフレートはこちらを見てラピスラズリの瞳を潤ませた。
 約束、忘れるわけがない。


「『俺が、ちゃんと勇者になったらテオのこと迎えに来る。だから、テオ、結婚しちゃだめだし、恋人も作っちゃだめだからね。特別に、誰も入れないで』っていう約束」
「お、覚えてるよ。一言一句間違ってなかったね」


 それも、加護のおかげだろうか。三桁以上あるって言っていたから、記憶保持の加護とかもあるに違いない。
 まあ、そんなことはどうでもよくて。僕は特別に誰も入れてない。ずっとアルフレートだけが、僕の心の真ん中にいる。


「約束覚えてるよ。うん」
「そっか。じゃあ、いいよね」


 うん、と自問自答して、アルフレートは僕の頬を撫でたかと思うと顎を掴んでそのまま引き寄せた。チュッとかわいいリップ音と、温かい唇が触れる。その温度は確かに、あの日感じたものと同じだった。優しくて、アルフレートの匂いに包まれて。


「ある…………んんんんっ!?」
「はぁっ……好き、テオ。覚えててくれて。りょーおもいだね、俺たち」
「え、まっ…………んんっ、ぷはっ、んんんんっ!」


 口を開けた瞬間ぬるりと入ってきた舌に驚いて肩がはねる。だが、アルフレートは逃がさないというように、狭い口の中で逃げる僕の舌を絡めて舐めとって。体もがっしりと腰を支えられているから逃げない。もう立っているのがやっとってくらい、校内を蹂躙されて、がくがくしているっていうのに。頭に酸素がいきわたらない。何度も角度を変えて、あふれ出る唾液もすべて飲み込むように。キスされているというか、もう吸われているに近かった。
 トントン……ドンドン! と、僕はアルフレートの胸板を押したがびくともしない。それどころか、顎を掴んでいた手は僕の耳たぶを弄って、耳の穴をこしょこしょとくすぐる。彼とのキスの音が鼓膜を刺激して、さらに頭がばかになっていく。


「はぇ……アル、な、に……ちゅー?」
「チュー? 何それ、かわいい。テオ。俺のテオ。これから、毎日チューしようね。新しい約束」
「え……ふへぇ……?」


 と、僕と自身の唾液でいやらしく輝いている唇からアルフレートの言葉が紡がれる。ぷつっと切れた銀の糸、ふやけて閉じない自分の口。まだ舐められているような感覚麻痺を起こした僕にアルフレートは詰めよる。そして、僕の力の入らない手を取って、小指を絡ませた。
 約束、なんて勝手に取り付けて、アルフレートは再度僕の口をふさいだのだった。


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