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第1章 君は勇者

06 弟の存在、兄の僕

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「おにーさま、騎士ごっこしましょう」
「ルーカスは、本当に騎士ごっこが好きだね」


 黄色い薔薇が咲き乱れるロイファー伯爵の庭園で、小さな弟が僕をおにーさまとよんで手を振る。手に握られているのは、おもちゃの木剣で、それをブンブンと振り回していた。

 あれから、弟のルーカス・ロイファーが生まれた。ルーカスは、僕とは違って月のように輝く銀色の髪に、トパーズの瞳をもって生まれた。僕の綿毛色の髪とも、はちみつ色の瞳とも似ても似つかない。宝石と石ころのような容姿に差のある兄弟になってしまった。
 それでも、心優しいルーカスは、僕の髪をふわふわな綿毛! と気に入ってくれているし、はちみつ色の瞳だって、宝石みたいできれい、って言ってくれるから、僕は彼の兄としてここにいていいんだという気になる。まだ、ルーカスには、血がつながっていないことを言っていない。伯爵曰く、もう少し大きくなってから言うそうだ。
 だから今は、血のつながっている兄という肩書で、ルーカスと接している。

 ルーカスは四歳になってすぐに家庭教師をつけられ勉強をしていた。それでも、遊び盛りなので、こうして彼の騎士ごっこに付き合わされている。ルーカスは、魔力も十分にあったが、騎士になりたいといって聞かなくて、伯爵は苦笑いを浮かべていた。


「テオフィルおにーさまは、城に攻めてきためちゃくちゃ強い騎士の役ね」
「はいはい。ルーカスは?」
「ふふん、ぼくは、その城を守っている、騎士団長!」


 と、ルーカスは、僕に木剣を渡しながら言う。まだ小さくてもちもちとした手。僕の手で包み込んでしまえそうなくらい小さな手を見ていると、自分の身体が成長したなと思う。

 あれから数年たったが、アルフレートが今どこで何をしているか知らない。手紙も毎月書いていたが、家業が忙しいからと、半年に一回になってしまった。どうやら、故郷の村でも災厄の影響で、作物が育たなくなったらしい。
 また、近くの村で疫病が流行っていると聞いて、みんな関わらないようにして生きているのだとか。考えただけで、故郷が暗くなったことが分かるし、何よりも、その病にかかって死なないでほしい、と家族の無事を祈るばかりだった。
 かといって、家に帰る予定もなく、僕は今後、有名な学校であるアルメヒティヒカレッジの試験に合格するために、勉学に励んでいる。


「きたな! 悪しき、国の騎士よ! この、ルーカス・ロイファーだんちょーが相手になってやる!」
「これはこれは、騎士団長様。お目にかかれて光栄です。わたしは、名乗るほどでもありませんが……テオフィル、といっておきましょうこちらも、気を抜かずに行かせてもらいます」


 ルーカスの騎士ごっこは名乗りを上げるところから始まる。それは、前世で日本的な戦の方法だな、と思いながらも、ルーカスは名前を知らなきゃダメ! というのでそれに従っている状況だ。

 さすがに、ロイファーと苗字を名乗ったら同じになってしまうので、わざと名前だけを名乗って剣を構える。四歳相手に十歳を超えている僕が本気で戦えるわけもなく、ルーカスの機嫌が悪くならない程度に相手をする。しかし、さすが騎士にあこがれているルーカス、面構えが違う。


「いきます、たあっ!」


 と、ルーカスは、かわいらしいかけ声と共に僕の頭に振り下ろしてくる。が、そんな力任せの攻撃は僕には当たらないし、素振りにもほど遠い。


「騎士団長様、また空振りのようですね」


 笑いながら指摘してやると、ルーカスは頬をぷくっと膨らませる。そして、木剣を僕に向かって投げつけてくるのだ。


「もう! おにーさまのばかっ!」
「ルーカスは、騎士団長になれる素質があるから、子供扱いしないんだよ。ほら、続ける?」
「そ、そうだったんですね。おにーさまが、ぼくのこと」


 ルーカスは、少し褒めただけでそのもちもちとしたほっぺたに手を当てて喜んでいた。きゃっきゃっと喜ぶその姿はかわいくて、さらに誉めてあげたくなってしまう。
 かわいい弟を持ったもんだと、僕も嬉しくなる。ルーカスが笑ってくれるだけで、僕も幸せだ。


「じゃあ、テオフィルおにーさまのために、ぼくもっともっとがんばります」
「うん! 期待しているよ」


 僕が頭をなでると、ルーカスは気持ちよさそうに目を閉じていた。撫でると、ルーカスの髪からふわりといい香りが漂う。
 同じシャンプーを使っているはずなのに、ルーカスの髪はその匂いをさらに優しいものへと変換しているようにも思えた。
 ルーカスが生まれてからも、僕とルーカスの扱いの差はそこまで変わらなかった。あの家庭教師の一件があって、ロイファー伯爵は使用人たちに、僕のことを伯爵子息として扱うようにときつく言ったらしい。それから、少しの妬みを感じるが、前よりかは緩和されて、僕に話しかけてくれる人が増えた気がした。それに、話かけたら意外に優しくて、と僕のことを見直してくれる人もいた。

 勉強だってあれからも頑張った。次の家庭教師は、僕と同じ平民から養子になって、いい学校を出た人だった。だから、僕の気持ちもわかってくれたし、何よりも教え方がうまかった。あの家庭教師のことを引きずって、難しい勉強に取り組んでいたが、それを否定することもなく僕のペースに合わせて課題を出してくれた。

 そのおかげで、いろいろとできることが増えて、貴族らしくなっていけた。


「ふふ、おにーさま、大好き。おにーさまは?」
「僕も、大好きだよ。ルーカスは、大切な弟だもん」


 大好き、と好きの最上級の言葉をもらって喜ぶ一方で、あの日、いやずっと僕のことを好きだといってくれていたアルフレートの顔が浮かんだ。
 もし、今度アルフレートにあったら、数年前みたいに「好きだよ」って笑顔を向けて、抱きしめてくれるだろうか。
 それとも、もう抱きしめてくれない?


「おにーさま?」
「ん? どうしたの。ルーカス」


 声のしたほうに視線を向けると、眉をハの字に曲げたルーカスの顔がそこにあった。心配そうに僕の顔を覗いている。


「テオフィルおにーさまが、悲しそうな顔してたから。何があったのって、思って。おにーさまが、そんな顔するの、見てて、つらいよ」
「ごめんね、ルーカス。ちょっと、考え事」
「誰かに意地悪されたの?」
「違うよ。ちょっと、怖い夢見て、それを思い出しただけ」


 と、僕は心配させないようにとルーカスに嘘をつく。嘘をつくたび、チクリと胸がさすものだから、笑顔を保っているのが辛かった。嘘をつかなくてもいいのに。でも、そういったら、ルーカスに僕が血のつながった兄じゃないって教えることになるし。だから、いえないと思った。

 それと、怖い夢をみているのは確かだったから。
 ルーカスは、それでも心配そうに僕を見て、僕にかがむよう言ってきた。何をしてくれるんだろうと、ひざを折れば、ルーカスは僕の頭に手を当てた。


「悪夢をみなくていい、おまじないかけてあげる」


 そう言って、ルーカスは、僕の頭に念力でも送るように手を当てた。むむむ……と口で言っているのがかわいくてついなごんでしまう。ルーカスはまだ魔法が開花していないし、魔法は使えない。それでも、いつか僕みたいに魔法が使えるようになりたいといってくれた。


(悪夢、見なくなるといいけど……)


 かわいい弟がおまじないをかけてくれたのだから、見ないだろう、なんて思いつつも、思い出したくもない悪夢が頭よぎる。
 それは、アルフレートに僕の存在が忘れ去られてしまったこと。再会した彼に声をかけるが「誰?」と冷たく突き放されてしまう夢。アルフレートはゲームに出てきたキャラクターたちに囲まれて、勇者様と慕われている。僕は、元幼馴染でモブAになって、アルフレートに忘れ去られてしまう。遠い存在になってしまったアルフレートが僕に背を向けて歩いていってしまう、そんな夢。
 はじめから分かっていたことじゃないかと何度も言う。だって、アルフレートは主人公で、僕は名前も出てこない幼馴染Aなのだから。


「ありがとう、ルーカス。お兄ちゃん、今日は悪夢見ないで済むと思う」
「えへへ。おにーちゃんが笑ってくれたら、ぼくも嬉しい! いっぱい、いっぱい笑ってね。おにーちゃん」
「うん。ルーカスがそう言ってくれるだけで、笑顔になっちゃう」


 ただ、今は忘れて、僕も目の前の生活を大切にしなきゃと思う。
 ルーカスに微笑まれ、僕はそれに微笑み返す。そんな優しい世界。
 僕は、ルーカスにお礼をするために、掌に集めた魔力でポンと水の球を作ってみる。ルーカスは、トパーズの瞳を輝かせて「魔法!?」と、きゃっきゃと喜んでいる。


「おにーちゃんの、魔法! すごい、水が浮いてるよ!」
「ルーカス、虹を見せてあげよっか」
「虹!? 虹って、あの、いっぱい色が並んでるドーナッツみたいなやつ!?」
「そう。じゃあ、いくよ。そりゃ!」


 僕の魔法も、ここ数年でかなり出来のいいものになった。勉強を教えてくれる家庭教師とは別に、魔法を教えてくれる魔導士も伯爵はつけてくれた。そのおかげで、僕の水魔法は、いくらか制御が可能になって、今みたいな水の球を一度に十個以上作ることが可能になった。元から、水魔法は希少で、そのうえ扱いにくいとされていたが、努力のかいもあって、今では簡単に……とは言えずとも、自分の意思で扱えるようになった。
 僕が魔法を発動させると、シャワーのように雨が降り注ぐ。すると、そのシャワーに七色のアーチが浮き出た。もちろん、ルーカスに当たらないように、水魔法は調節してある。

 ルーカスは、目をさらに輝かせて「キレイ、虹、キレイ!」と喜んで飛び跳ねている。
 魔法を発動させたかいがあったな、と僕はルーカスの頭を撫でる。ルーカスは、嬉しそうに目を細め、時々へへ、えへへと口にする。そんな弟の頭を撫でていると、遠くからデニスさんがこちらに歩いてくるのが見えた。僕は、ルーカスを撫でながら、デニスさんがこちらに来るまで見つめる。


「テオフィル様、ルーカス様。伯爵様がおよびです」
「伯爵様が?」
「おとーさまが?」


 二人で顔を見合わせて、デニスさんを見る。デニスさんは詳細は、伯爵から聞くようにといったがこっそりと、内容だけ教えてくれた。何でも、ルーカスが初めて参加する夜会について。僕も一緒に来てほしいとのことだった。
 夜会に行くのはこれが二度目だが、僕も初心者に等しい。そして、今回のメインはルーカスなんだと、僕は弟のほうを見る。弟は、まだ伯爵家を継ぐような成熟した人間じゃない。けれど、これからのため、夜会に参加する。
 何も知らない、あどけない表情を向けたルーカスを見て僕は、もう一度優しくルーカスを撫でた。そして、「おにーさま、大好き」と抱き着かれ、僕はデニスさんにすぐ行きますからと伝え、ルーカスの手を引いて歩き出したのだった。

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