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第1章 あざといお願い

18 恋人役

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「腰……痛い」
「おはようございます♡ 朝音さん。良い朝ですね」
「…………ゆず君朝から、元気だね」
「はい♡」


 ニパ―とした笑顔で言われ、星が頭にコツンと当たったような気がして、俺は声が出なかった。いつも通りのゆず君がそこにいる。
 ベッドの上で、少しラフな格好をして。寝癖のついた亜麻色の髪は朝日を帯びて、キラキラと輝いているようにも見えた。そして、自分がベッドの上にいること、少しくしゃっとなったシーツを見て、昨晩の事を思い出してしまう。それだけで、一気に体温が上がって、俺は思わず顔を逸らしてしまった。まともに見えなかった。いつも通りのゆず君なのに。だって、あんなことをしてしまったから。


(ええっと、何でこんなことになったっけ)


 思い出すのには、それほど時間がかからなかった。まず、恋人同士の気持ちを知りたいがためにデート(演技)をして、シチュエーション通り、ゆず君の中にだけ存在する台本通りことが進んで、そのままデートをして帰るはずだったのに、デートと言えば最後はラブホでしょ。なんて言われて、連れ込まれて、その後、ゆず君に抱かれてしまった……とまあ、簡単にまとめればこんな感じだった。
 あんなに可愛いゆず君がベッドの上では、雄みを発揮して、ぎらついた目で、俺を見て、抱いて……あれは夢だったんじゃ無いかと思ったが、この腰の痛さから、それを夢だと片付けることは出来ずに、今にいたる。
 ギャップにやられた。でも、あんな可愛い子が夜は獣なんて、現実でもあり得るのかと。フィクションの世界だけにとどめていて欲しかった。
 けど、ゆず君はフィクションの世界から、それを持ち込んできたように、体現してしまったのだ。


(でも、凄く気持ちよくて……)


 思い出したら、恥ずかしかくてまた言葉を失ってしまう。何か、言いたいのに、口から思ったように言葉が出ず、からっからの喉は水を求めていた。


「はい、朝音さん、水です」
「え、ああ、ありがとう」


 そんな時、タイミング良くゆず君が俺に水を手渡してきた。ゴクリと飲めば、冷たい水が、喉を潤していく。それでも、がさがさになった声は、簡単には戻らなかった。そりゃ、あれだけ夜に喘げばそうなると。


(というか、身体……綺麗になってる)


 結構、汗をかいたのに、いつの間にか、身体は綺麗になっていたし、服も着せられていた。俺が意識を飛ばしたあと、ゆず君がやってくれたんだろうが、あのゆず君がやってくれたなんて、想像できない。いっちゃ悪いとは思ってるけど。
 けど、そうでなければ、誰がやったんだという話になるので、ゆず君がやってくれた、と認めて、彼に感謝の言葉を述べた。ゆず君はあっけらかんとして「へ?」と言っていたが、もしかしたら、彼の中では、事後の処理をする攻めをまだ演じている途中だったのかもしれない。その証拠にゆず君は「まだ、抜けきってなかったかも知れないです。演技が」と付け加えた。役になりきる、役を降ろすってこういうことか、何て思いつつ、何処か寂しげに瞳を揺らしていたゆず君に少しだけ違和感を覚えた。

 演じているときの『俺』ゆず君と、いつものあざと可愛い『僕』ゆず君は別人のように思えてしまうというか。本当に、豹変という言葉が似合う、二人ゆず君の中には居るんじゃないかって思ってしまうほど、彼は化けるのだ。自分でスイッチを切り替えているのだろうが、彼も無意識のうちにそれをやっているらしく、本人は気付けていないのかもと。


「それで、ゆず君良いもの書けそう?」
「え、ああ、そうですね。書けそうです」
「まって、ゆず君。もしかして、当初の目的忘れてない?」
「え、え、あーそんなこと、そんなことないですって~」


 なんて、わざとらしく、そして、目を泳がせて言うゆず君を見ていると、絶対に忘れていたなって言うのは丸わかりだった。この抜けている所はユずくらしいと思ったが、じゃあ、何のために抱かれたんだと言うことになってしまう。いや、気持ちが良かったし、これが恋人同士だったら最高だろうけど。生憎俺達はそういう関係じゃない。
 まあ、そんな関係じゃないのに、ゆず君の小説を完成させるためだけに俺は処女を捧げたと言うことにもなるが……
 複雑だなあ、と感じつつ、俺はちらりとゆず君を見た。すると、何やら深く考えているような素振りを見せたゆず君は唸り、それから何かをひらめいたように、俺の名前を呼ぶ。
 ビクリと、俺は肩を上下させる。弾んだ声、少し高いような、でもしっかりとした男の子の声が耳に響く。


「朝音さん」
「わっ、なに、びっくりした。で、ゆず君どうしたの?」
「僕、朝音さんの事もっと知りたいです。そしたら、もっと良いものが書けそうな気がして」
「え、うん。え」


 何となく、今から言われることが分かってしまい、俺は今すぐに逃げろと、頭の中で警鐘を鳴らす。
 でも、両手を捕まれてしまい、逃げるなんていう選択肢を失ってしまう。可愛い彼の手を払うことなんて、俺には出来ない。


「もうちょっとだけ、一ヶ月……とか、三ヶ月。いや、僕の小説書けるまで付合って欲しいんです」
「付合うって、それは――」
「恋人役続行して欲しいってことです。朝音さん、『お願い』します。僕の恋人役になってください!」


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