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第2部2章 フラグが次々立つ野外研修

05 ゲームにはないこと

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 三人はオークを取り囲むようにし攻撃を仕掛ける。オークは、慣れない魔法の攻撃に、鬱陶しそうに棍棒を振り回す。彼らには当たらなかったが、あんなバカでかい棍棒を振り回されれば、こちらまで被害が及ぶ。
 木々がなぎ倒され、土ぼこりが舞い、抉られた地面から出てきた石がこちらに飛んでくる。俺はそれらをすべて払いのけ、三人に指示を出す。


「あまり、そいつを動かさないで。こっちに被害が出る」
「わかっている、ニル。だが、むやみやたらに突っ込めば――っ、危険だろ」
「そうだけど……」


 知能は一応あるようで、セシルたちが一定の距離近づくと、カウンターを食らわせることができる魔法を使おうとする。なので、むやみやたらに飛び込めば、自分たちの攻撃がそっくりそのままかえってくると。となると、狙うは遠距離射撃で、オークにバレないよう急所を狙うか。
 しかし、今はそんな余裕がないようで、三人は距離を詰めつつ、魔法を放ち、攻撃をよけるを繰り返すしかなかった。
 足元であれば、カウンターは食らわない。カウンターは、オークの胸あたりや手の周りを攻撃した際だ。
 物理も魔法もカウンターできるオークなんて聞いたことがない。俺も、加勢したいが今俺に与えられた役割は、後輩を守ることだ。アイネは俺の服を引っ張っているし、フィリップは、流れ弾を一応魔法でふせいでくれているし。俺たちが変に動けば、あの三人の連携が崩れる。


(というか、ほんとトラブルメーカー……事件を運んできてさあ)


 別に仕方ないと思う。主人公だし。

 その点に関して文句を言うつもりはなかったが、あのオークが明らかにアイネを狙っているようで、セシルたちの攻撃を受けつつも、こちらへ着実に近づいてくるのだ。なので、俺たちが走って逃げればオークもアイネを追って走り出すだろう。そんなことされたら、歩幅的にすぐに追いつかれてぺしゃんこだ。
 魔物は、自分たちが強くなるため、より知能を獲得しさらなる進化をするために人間を食らう。正しくは、人間の魔力を食らうが、一緒に食べるので同じようなものだ。
 そして、自分に必要な魔力をかぎ分け、その魔力を持った人間を追いかけると。アイネは、あのオークの餌らしい。
 ゲーム内でもそのように、何度も魔物に襲われるシーンがあったし、今回もそれで間違いない。
 アイネさえ転移魔法でどこかに逃がせればいいが、転移魔法を使える三人は前線にいるし、俺は魔法を使うのを禁止されている。それに、きっと、あのオークがそんなことをさせないだろう。
 だが、少しよそ見をしているうちに、オークを追い詰めるところまで追い詰められたのか、三人は一気に攻撃を仕掛ける。オークはその場に膝をつき、棍棒も手から離れていた。

 あの三人は本当に強い。攻略キャラが負けるとは思わないが、それでも――


(俺なんていなくても、戦えるじゃん……)


 あの雄姿をみて、アイネがセシル以外に惚れてくれればいいけど、そう簡単にはいかないだろう。
 そうして、三人は、カウンターさえ打ち破ってオークの急所を突き刺す。オークの胸元から、噴水のように紫色の液体が飛び散り、オークは後ろへ倒れた。カウンターを打ち破れたのは、オークの魔力不足のせいだろう。きっと、魔力が減ってお腹が空いていたこともありアイネを見つけ、その魔力に釣られ……といったところか。
 オークが倒れたことにより、地面がまた揺れる。アイネとフィリップはたっているのがやっとだったようで、アイネに関してはその場に倒れてしまう。


「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます。ニル先輩……」
「いや、感謝ならあの三人に……っ!?」


 倒れたはずのオークから、異様な魔力を感じた。振り返れば、三人も異変を察知したようでオークのほうを見る。もちろん、それは絶命し、ただの死体となっていたのだが、その死体からガスのようなものが漏れ出た。それは、一瞬にして破裂し、あたりを白い煙が襲う。
 げほ、ごほ、とみんながせき込む声が聞こえた。毒ガスだったら吸ったらまずい、と口元に手を当てるが、白い煙の中に、赤く光る目のようなものを見つけた。それは、こちらへ一直線に走ってくると、俺の横を通り抜け何かをガブッと咥える。刹那、後方で悲鳴が響いた。アイネの声だと気づくのに少し遅れ、しまったとそのなにかを追う。どうやら、アイネは走ってきた何かに攫われたらしい。
 人ではなかった、明らかに魔物。だが、この視界の中何かまではわからず、むやみやたらに攻撃を仕掛けるのはかえってリスクがあった。
 しかし、連れ去らわれるのだけは阻止しようと、俺はその何かを追う。

 こんなのゲームにはなかったはずだ。オークの身体にはガスがたまっていたのだろうか。それが、破裂して霧のようなものを発生させた。一寸先も見えない。ただ、音を追って走り追いつくしかない。
 俺は、視界が悪い中走って追いかけた。まだ、間に合う。そう思って手を伸ばし、もう片方の手で剣を構える。だが少し走ったところで、「おい」と声がかかり、俺の手は後ろにぐっと引っ張られた。俺は体勢を保てず、後ろに倒れる。


「おい、ニル」
「ゼラフ?」
「ニーくん、危険ですから、こっちに」


 振り返るとそこには珍しく焦った表情のゼラフと、同じく心配したアルチュールの姿があった。俺は、何でそんなに焦っているんだと前を見ると、そこは崖だった。一歩間違えていれば、谷底に落ちていたかもしれない。
 いつの間にか、霧は晴れたがそこにいたのはアルチュールとゼラフだけ。セシルとアイネ、フィリップの姿はそこにはない。


「……え、嘘。俺追いかけて」
「騙されたんだろ。あの霧の中……何があの特待生を攫ったかは知らねえが、霧の中で自身の分身でもなんなり作って、俺たちはその囮に騙されたってわけだ」
「……状況説明どうも。で、俺はその囮に引っ張り出されて崖に、ね」


 下を見れば水の音が聞こえるが、底が見えない。
 ゼラフが俺の腕を引っ張ってくれなければ今頃落ちていただろう。
 そんな知能を持った魔物がいるなんて、やはりおかしい。


「ここは、圏外?」
「……でしょうね。ニーくん、とりあえずキャンプ地にまでもどって作戦を練りましょう。ここにいては危険です」
「それはわかってるけど。セシルたちは?」
「皇太子殿下は、騙されず追ってったんだろうな。多分、あの宰相の息子も」
「そう……」


 じゃあ、はぐれたってことか。
 どこまで行ったかわからないし、あっちは一年生二人だ。セシルには荷が重い。
 キャンプ地に行く前に、セシルたちの捜索をしたほうがいいのではないだろうか。
 俺は二人を交互に見る。ゼラフもアルチュールも互いに顔を見合わせて俺のほうを見た。


「気持ちはわかるが、捜索っつってもどうすんだよ。この森厄介だぜ? いろんな魔力の痕跡があるせいで、俺たちでも嗅ぎ分けられない」
「俺たちでもってことは、アルチュールも?」
「はい。ゼラフのいう通り、魔物も多いですし、何よりも魔法植物も多い。その中で、セッシーだけの魔力をたどるのは困難でしょう」


 と、二人は肩を落として言う。

 確かに、それだったらキャンプ地を目指して歩いたほうがいいだろう。現在地がどこかはわからないが。
 でも――


「俺なら、セシルの居場所が分かる。俺は、セシルの護衛だし、セシルの魔力をたどれるように訓練……というか、そういう契約は結んであるし、主従の」


 もう何年も前に結んだ契約というか、結ばされた契約というか。
 俺はセシルの騎士なので、彼がどこへ行っても探せるようにと彼の魔力をたどれるようになっている。それは、一度、彼が連れ去らわれそうになったときに、必要だと感じたため、その事件後、宮廷魔導士の立会いの下結ばせてもらった。
 一応、オンオフと切り替えることができるため、普段はその魔力の痕跡を察知しないようにと切ってあるのだが、緊急事態だから仕方がない。セシルは、これをひどく嫌っていた。「こんなものがなくとも、俺はニルを見つけられる」ってそう自信満々に言っていたし。
 俺は、セシルの魔力の痕跡をたどるため目を瞑る。すると、暗くなった視界に、ぽつぽつと白い光のような道しるべが現れる。まだそう遠くにはいっていないみたいだ。
 これなら追いつけるだろう、と俺は歩き出す。


「ついていきますよ、ニーくん。さすがに、一人ではいかせられませんし」
「そーだな。皇太子に何かあって文句言われんのは俺たちだからな」
「ありがとう、アルチュール、ゼラフ。心強いよ」


 一人でも行くつもりだったが、二人はついてきてくれるようだった。
 それにしても、先ほどの三人の連携は目を見張るものがあるというか。初めての連携にしてはあまりにも呼吸が合っていた。互いのことをよく理解し、研究し、相手の邪魔にならないように動いていたからだろうが、動きが特に――


「すごかったよ。さっきの動き、打ち合わせでもしていたみたい」
「ああ、さっきのか? 打ち合わせっつうか、皇太子の野郎が、こうやって動けっていう糸を張り巡らせていたからな」
「そうですね。セッシーは機転が利くといいますか、僕たちの動きをよくわかっているようで。びっくりしました」
「……セシルが、そんな土壇場に」


 恐れ入る。

 確かにセシルはそういう相手がどう動けばいいか指示するための魔法というのを使えるが、実戦で用いたことはない。何度か俺も見せてもらったが、使う場面はないだろうと本人は言って使っていなかった。
 その魔法というのは、ゼラフがいっていたように、指示を出す相手に光の糸のようなものを視界に移すものだ。これ以上、こっちに着たら危険だと、警告するときは赤色になるし、敵の急所までの最短距離を指し示してくれる優れもの。セシルの長年の努力とイマジネーションが作り出した特別な魔法だ。これを、大勢に一気に使えたら戦場では有利に動けるだろう。だが、その分セシルの魔力の消費量はえげつないことになるが。
 ゼラフも、アルチュールも瞬時にそれが何か理解し、その通りに動けるのはさすがだと思った。この研修の意味がないくらいには実戦経験を積んでいるようにも思えるし、何よりも単騎でバカみたいに強いからそれもあって、あんな大きなオークでさえも一瞬で。
 とにかく、あの息の合った連携は圧巻だった。俺もあの中にまざれただろうか。


「でも、ニーくんが全盛期の状態でしたら一人で倒せたと思いますよ。さすがの僕たちも、一人では苦戦していたでしょうし」
「え、え、だからなんでアルチュールは俺への評価がそんなに高いの? 俺、そんな、戦ってる所見せたことないんだけど」


 アルチュールは、俺の顔を覗き込むようにそういうと、なんだかうらやましそうな顔を向けてきた。
 俺は別にそんなすごい人間ではないと思っているのだが。


(全盛期っていうってことは、俺の心臓が修復される前ってことだよな……確かに、だったら魔法も使えただろうし)


 遠距離から氷の魔法で敵を拘束し、そのうえで内側から凍らせて殺す、ということはできるだろうが、かなりの魔力量を使うことになるだろう。だが、アルチュールがそれを言いたいのであれば、まさにその通りというか、一瞬で決着はつく。カウンターなんて相手がするまもなく、静かに、一瞬で。


「買いかぶりすぎ。俺は、みんなと同じくらいだよ。少なくとも、今の状態ではハンデをおってるし」
「そうですが、ニーくん……」


 アルチュールはまだ何か言いたそうに俺に触れようとしたが、その手をゼラフに払われてしまう。むっと、珍しく顔を歪めて、アルチュールはゼラフのほうを見た。


「絡むのもそこまでにしといてやれよ。なあ、ニルは皇太子の野郎が気になって気になって仕方ないんだもんな」
「うるさいなあ、ゼラフ。そう、だけど……」
「大丈夫だろ。荷物が二人増えたところで、あの皇太子が死ぬとは思えねえし。あの特待生を攫った魔物は今頃皇太子に串刺しにされてるだろうよ。問題は、合流だが……」
「うん、そうだね」


 一応方角はあっている。だが、なぜか遠のいている気がするのだ。
 このまま少し歩けば追いつくのかもしれないが、あっちが逃げるように移動されたらまた――
 そう思っていると、また地面が揺れ、今度は地面を割って大きな植物系の魔物が飛び出してきた。その全長はさっきのオークよりも大きく、大きな毒々しい赤い花弁の中心には無数の牙が生えている。緑色の触手をびたん、びたんと鳴らしながら、マンドラゴラのような奇声を上げる。


「……はは、とりあえず、これを倒してからかな」


 セシルと合流するにはまだ時間がかかりそうだ。
 俺と、ゼラフ、そしてアルチュールは剣を引き抜いて、その大きな花の魔物と対峙した。


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