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第2部2章 フラグが次々立つ野外研修
04 トラブルメーカーな後輩たち
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「さて、出発するか」
次の朝、研修に参加した全員の点呼が終わり、本日の課題を与えられた。研修の目玉となる実戦――魔物の討伐だ。
四人一班で、制限時間内にどれだけの魔物を討伐できるか、また討伐する際にどのような魔法を使用しダメージを与えられたかを測るもの。そして、成績のよかったものにはご褒美が与えられると。正直このご褒美はどうでもいいのだが、実戦を積むのはとてもいいことだと思う。
魔物といっても、騎士団が束になってかかってもやっとな魔物ではなくて、四人いれば手こずらない程度の魔物。もちろん、もっと強い魔物もいるが、それは研修で決められている敷地外にしかいない。なので、その敷地内での魔物討伐になる。ちなみに、その目印として赤いリボンが木にくくりつけられており、それ以上先に行くのは危険であるご丁寧に忠告してある。その先に行ってもいいが、それはもう自己責任だ。もちろん、強い魔物を倒せば倒すほどポイントは加算されるが、そこまでして必死に討伐しなくてもいい。あくまで、実戦を積むのが目的だ。
四人で討伐を行うものの、このメンバーであれば二手に分かれても、一人でも行けそうなのだが、一応途中までは一緒に行動することになった。教師に単独行動がバレたらまずいというのがあるし、班で行動しろと言われているから、その言いつけを守ろうと一致した。だが、朝から少しギスギスしている。
ゼラフが、誰が一番魔物を討伐できるか競おうと言い出したからだ。
班での統計だろ、と俺は言ったのだがゼラフがセシルを煽ったために、ゼラフとアルチュール、俺とセシルというようにチームに分かれ魔物を討伐することとなった。もし、同じ獲物を攻撃した場合は、先に瀕死に追いやったほうが倒したという判定らしい。細かいルールまで決めて、朝から騒いでいたので俺は冷たい目で彼らを見守っていた。
学生らしくていいけど、楽しそうだし。
「いたた……」
「ニーくんどうしたんです? 腰なんて抑えて」
「え、いや…………昨日、重労働したからかな」
「え? でも、ニーくんはもっと過酷な鍛錬を積んでいると聞きましたが」
「……よし、忘れて」
腰を抑えていたところをアルチュールに見つかり、心配の声をかけられてしまった。
もちろん、腰が痛いのはセシルのせいで、眠りについてからずっと俺を抱きしめていたようで俺は寝返りも打てず硬直状態で寝ていた。それと、昨日一回だけだったがヤったから。いつもと体位が違ったし、地面もいつもより硬かったこともあり、身体に支障をきたしているというか。
痛いくらいならいい、と俺は気にしないでくれとアルチュールに伝えた。彼は、はて、と首を傾げて気になっている様子だったが、俺はセシルのほうへ駆け寄って逃げることに成功した。
「ニル、腰は大丈夫か?」
「ねえ、何でアルチュールと同じこと聞くの?」
「ずっと抑えているからだろう。気になる……俺のせいだが」
「そう、セシルのせいだけど」
アルチュールにも、そして本人にも心配され、俺はそんなに触っていたか? と自身の行動を振り返ってみる。そんなはずないんだけどな、と自分では思っているが、外から見るとそう見えるらしい。
セシルは、俺の腰辺りに手を伸ばし、撫でてくれようとしたのだが、その前にむぎゅっとまた尻を掴まれて、俺は悲鳴を上げた。
「ひぁあっ」
「だから、ニル、なんつー声、出してんだ」
「ヴィルベルヴィント、貴様!」
「へいへい、お盛んなことで何より」
パッと手を離し、ゼラフは後ろへ飛ぶ。
セシルは、思いっきり手を振り回したが、彼に当たることはなかった。剣を抜かなかっただけでも上等か、と俺はため息をつく。確かに、今の声はまずかったかもしれない。
あたりを見渡すと、アルチュールが口元に手をやっていて「ニーくん」と俺のほうを見ている。若干頬が赤いのは気のせいだと思いたい。
(また、尻触られた……もう、ほんとさあ)
昨日のこともあって、まだ下半身の感覚が鈍っているというか、少しのことでも感じてしまうというか。セシルの手だけじゃなくて、他の人にも反応してしまうのなんて、大した体になってしまったと俺は肩を落とす。こんなんじゃ、生きてけない。俺が反応するのは、あくまでセシルだけであってほしいのに。
そこまで、身体は調教できないらしく、誰でも彼でも敏感なところを触られたら反応してしまう。自分の身体が忌々しかった。
セシルは、ゼラフに噛みついたままだったが、俺はそれを止めることなくもう一度周辺を見渡した。今のところ、魔物の気配はない。
実戦ではあるが、ゲーム感覚で楽しんでいる人もいるだろう。だから、作戦を入念に練って魔物の行動パターンとか分析している人もいる。それと、わざと魔物の注意を引くような魔法を自分に施している人もちらほらと見た。皆、必死なのだ。
だからやみくもに探すのはあまりお勧めできない。魔物に出くわさなければそれこそゼロポイントで終わるからだ。
「二人とも集中してよ。時間は有限なんだから――さっ!」
茂みから飛び出してきた狼を俺は剣を引き抜き一刺しした。だが、急所は外したのか、グオオォオンと吠えて、狼は後ろへ飛ぶ。かすかに魔力を感じるため、魔物で間違いないだろう。
「お見事です、ニーくん」
「いや、一発で仕留めきれなかったし。反応が遅れた」
剣についた血を振り払いながら、俺はもう一度焦点を定める。狼が一頭で行動するわけもなく、あっという間に俺たちは囲まれた。気配は感じたものの、魔力はあまり感じなかった。動物から何かしらの魔力を受け、魔物になったばかりなのだろう。魔力の乱れを感じる。そのせいなのか、狼は自身の力がコントロールできないというようにうめいている。
数は、八頭程度。一人、二頭で問題ないだろう。
「ちょうど、四で割れるから一人二頭――って、ゼラフ!」
「んなの、早いもん勝ちだろ」
剣を引き抜き、狼に切りかかるゼラフ。俺とは違って一発で仕留め、二頭目と攻撃を仕掛ける。だが、その間を縫ってセシルが、ゼラフの狙っていた狼を一突きした。
「そうだな、早い者勝ちだ」
「クソ皇太子様よ……上等じゃねえか」
ほら、言わんこっちゃない。
だから、早い者勝ちとか嫌だったんだ。喧嘩が起きるから。
俺は、今日一番のため息をついて両側から襲い掛かろうとしている狼たちを睨みつけた。アルチュールは、別に興味がないというように観戦している。まあ、アルチュールが出る幕はないけど。
ガアアアッと両側から襲い掛かってきた狼を俺は剣で薙ぎ払う。狼たちがよろけた隙に俺は、首をサッと斬り落とした。ころころと狼の首が、アルチュールの足元まで転がる。
「ごめん、とんだ」
「いえ。大丈夫ですよ。ですが、すごいですね。倒したら色がつくんですね」
「まあ、今回は実戦だし。どの班がどれだけ倒したかってわかるように」
狼の頭には青いインクのようなものが付着していた。これは、俺たちが倒したという証である。この魔法は特殊だが、犯人の追跡などにも使える魔法でかなり便利なものだ。
俺は、剣を鞘にしまって二人のほうを見た。セシルもゼラフも俺よりも早く狼を討伐していたみたいだ。
「さすが、二人とも。息ぴったりじゃん」
「別にいきなどあわせていない。各々やることをやっただけだ」
セシルはそう言って、俺の頬にとんだ狼の血をぬぐった。
八頭いたがあっという間に倒せてしまった。これくらいでは、やはり骨がないというか、物足りない。
強敵を探すにはやはり、奥まで進むべきか。
「ここら辺は下級の魔法しかいないみたいだし、もう少し進んでみる? といっても、忠告のリボンより先にはいこうと思ってないけど」
「ああ、そうだな。もう少し進んでみるか。実戦とは言え、これくらいでは物足りない」
「考えてること同じ、じゃあ、行こうか、三人とも」
俺は、三人に声をかけ歩き出す。なんか、指揮を執るみたいになっちゃったけど、別に誰がとってもいい。素直に三人がついてくるものだから、笑えてしまったが、こういうのも悪くない。
俺は指揮官向きじゃないんだろうけどな、とは思いつつも、戦略を考えるのはかなり好きではあった。
父も、団長だしそれなりに作戦は立てるが、メンシス副団長がそういうのが得意だとも言っていた。だから、副団長に作戦は任せているのかもしれない。いや、参謀と司令塔は別にいるのか……
(……って、またメンシス副団長)
たびたび頭に浮かんでは、あの厭味ったらしいというか陰湿な顔が頭に浮かぶ。それでも、この間、ライデンシャフト侯爵邸に行ったときに見たあれは、見間違いじゃなければ俺の絵姿だった。なぜそんなものがあんなところに? しかも、あの並びでは俺があの人たちの家族みたいに。
そんなことは絶対にないし、そう言い切れるのだが、不思議でたまらない。
俺は、父と母の子供である。父の遺伝子はなぜか薄く、母の遺伝子がバリバリ表に出た感じの容姿だが、それでも血がつながっているという証拠は国から発行されているし間違いない。
だからこそ、何であそこに……
かなり森の奥まで進む。考えている間も、しっかりとあたりを見渡し、あのリボンの手前をと歩いている。たまに浮き上がった木の根に躓きそうになったが、何とか転ばず歩けていた。
そんなふうに歩いていれば、突如ガサガサと前の茂みが揺れた。ここまで来ると、魔力を意図的に隠せる魔物も出てくると思うので、俺は注意して剣の柄に手をかける。だが、茂みから飛び出してきたのは人だった。
「……アイネ?」
「ニル……先輩……?」
なんで、という前に茂みから現れたアイネに俺は抱き着かれた。華奢な身体なのだが、あまりに突然のタックルに俺はよろけそうになる。だが、踏ん張って彼を受け止める。俺の胸にすりすりと頭を摺り寄せ「怖かった」としきりにこぼすアイネを見て、何かあったのだろうとすぐにわかった。
「おーい、アイネ……って、うぇ、殿下先輩ご一行」
「何だ、その変な呼び方は。ツァーンラート」
もう一人茂みから出てきた。目立つゴールデンイエローのウルフカットの、アイネのルームメイトのフィリップだ。頭に葉っぱをのっけて、俺たちを見るなり嫌そうな顔をした。
セシルも、彼の変な俺たちの総称に眉をピクリと動かす。
「あ、アイネ。どうしたの? というか、何で二人……」
「きーてくださいよ、ニル先輩。オレたち、班のメンバーとはぐれちゃって」
「フィリップが悪いんでしょ! 魔物を追いかけていっちゃうから……」
ああ、なんとなく察した。
そういえば、これだった気がするのだ、ゲームでのイベントは。
フィリップルートに入ってなかったとしても、ルームメイトなのでこの野外研修でアイネは彼と行動を共にすることになる。そして、残りのメンバーとはぐれてしまい、攻略キャラと出会って、そこから事件に巻き込まれると。あるあるの展開なのだが、実際にトラブルメーカーを前にすると、それは大変恐ろしいことだった。
できれば会いたくないと思っていたが、事件はあっちから俺たちに向かってくるらしい。それもそうか。ここには、三人……俺も合わせたら四人の攻略キャラがいるのだから。
フィリップは「さーせん」と、軽すぎる謝罪をして、アイネを俺から引きはがそうとした。だが、アイネはよっぽど怖い思いをしたのか俺から離れてくれない。
どうするべきか、と悩んでいると、地面が突如揺れ始め、小石がころころとこちらに転がってくるのが見えた。明らかに異常で、巨大何かがこちらに近づいているのが分かった。それが何かに気づくまで、そこまで時間はかからなかったが――
「……オーク、しかもデカい。てか、ここってまだ圏内だよね?」
「ああ、だが、引き寄せられたか」
セシルのほうをみれば、剣を抜き、臨戦態勢をとっていた。アルチュールもゼラフも同じように続く。
俺は、アイネとフィリップを見て後ろに下がっているように言う。
木々を薙ぎ払いながらこちらに近づいてきたのは、青紫色の毒々しい身体のオークだった。目測で四メートルほどにはなるだろうか。手には棍棒を持っており、口からはよだれが垂れている。立派な角をはやし、長いキバも上に向かって突き出ている。
かなりの魔力量を蓄積しているようで、放つプレッシャーに押されそうになった。
これは、敷地外にいていい魔物ではない。
俺は、腕の中で震えるアイネを見る。考えられる節としてはやはり、アイネが呼び寄せたのだろう。そう、これはゲームのストーリー……しかし、こんなにも早く――
「ニル、後輩たちを頼むぞ」
「わかってる、セシル。気をつけて」
俺も剣を引き抜き、彼らをさらに後ろに下がらせる。といっても、俺は今彼らを守るすべが生身でしかない。魔法が使えたらどれほど楽だろうか。だが、先ほどセシルと目配せした際、セシルは明らかに「魔法を使うな」と睨んだ。だから、俺は魔法を使うことはできない。セシルの見ていないところでなら、と思ったが、ここから逃げるには、彼らが時間を稼いでくれなければ。
「ニル、先輩?」
「大丈夫。あの三人は強いから……アイネ、フィリップ。絶対に俺から離れないで」
俺は、後輩たちを安心させるようにそう微笑んで、剣を構えた。
次の朝、研修に参加した全員の点呼が終わり、本日の課題を与えられた。研修の目玉となる実戦――魔物の討伐だ。
四人一班で、制限時間内にどれだけの魔物を討伐できるか、また討伐する際にどのような魔法を使用しダメージを与えられたかを測るもの。そして、成績のよかったものにはご褒美が与えられると。正直このご褒美はどうでもいいのだが、実戦を積むのはとてもいいことだと思う。
魔物といっても、騎士団が束になってかかってもやっとな魔物ではなくて、四人いれば手こずらない程度の魔物。もちろん、もっと強い魔物もいるが、それは研修で決められている敷地外にしかいない。なので、その敷地内での魔物討伐になる。ちなみに、その目印として赤いリボンが木にくくりつけられており、それ以上先に行くのは危険であるご丁寧に忠告してある。その先に行ってもいいが、それはもう自己責任だ。もちろん、強い魔物を倒せば倒すほどポイントは加算されるが、そこまでして必死に討伐しなくてもいい。あくまで、実戦を積むのが目的だ。
四人で討伐を行うものの、このメンバーであれば二手に分かれても、一人でも行けそうなのだが、一応途中までは一緒に行動することになった。教師に単独行動がバレたらまずいというのがあるし、班で行動しろと言われているから、その言いつけを守ろうと一致した。だが、朝から少しギスギスしている。
ゼラフが、誰が一番魔物を討伐できるか競おうと言い出したからだ。
班での統計だろ、と俺は言ったのだがゼラフがセシルを煽ったために、ゼラフとアルチュール、俺とセシルというようにチームに分かれ魔物を討伐することとなった。もし、同じ獲物を攻撃した場合は、先に瀕死に追いやったほうが倒したという判定らしい。細かいルールまで決めて、朝から騒いでいたので俺は冷たい目で彼らを見守っていた。
学生らしくていいけど、楽しそうだし。
「いたた……」
「ニーくんどうしたんです? 腰なんて抑えて」
「え、いや…………昨日、重労働したからかな」
「え? でも、ニーくんはもっと過酷な鍛錬を積んでいると聞きましたが」
「……よし、忘れて」
腰を抑えていたところをアルチュールに見つかり、心配の声をかけられてしまった。
もちろん、腰が痛いのはセシルのせいで、眠りについてからずっと俺を抱きしめていたようで俺は寝返りも打てず硬直状態で寝ていた。それと、昨日一回だけだったがヤったから。いつもと体位が違ったし、地面もいつもより硬かったこともあり、身体に支障をきたしているというか。
痛いくらいならいい、と俺は気にしないでくれとアルチュールに伝えた。彼は、はて、と首を傾げて気になっている様子だったが、俺はセシルのほうへ駆け寄って逃げることに成功した。
「ニル、腰は大丈夫か?」
「ねえ、何でアルチュールと同じこと聞くの?」
「ずっと抑えているからだろう。気になる……俺のせいだが」
「そう、セシルのせいだけど」
アルチュールにも、そして本人にも心配され、俺はそんなに触っていたか? と自身の行動を振り返ってみる。そんなはずないんだけどな、と自分では思っているが、外から見るとそう見えるらしい。
セシルは、俺の腰辺りに手を伸ばし、撫でてくれようとしたのだが、その前にむぎゅっとまた尻を掴まれて、俺は悲鳴を上げた。
「ひぁあっ」
「だから、ニル、なんつー声、出してんだ」
「ヴィルベルヴィント、貴様!」
「へいへい、お盛んなことで何より」
パッと手を離し、ゼラフは後ろへ飛ぶ。
セシルは、思いっきり手を振り回したが、彼に当たることはなかった。剣を抜かなかっただけでも上等か、と俺はため息をつく。確かに、今の声はまずかったかもしれない。
あたりを見渡すと、アルチュールが口元に手をやっていて「ニーくん」と俺のほうを見ている。若干頬が赤いのは気のせいだと思いたい。
(また、尻触られた……もう、ほんとさあ)
昨日のこともあって、まだ下半身の感覚が鈍っているというか、少しのことでも感じてしまうというか。セシルの手だけじゃなくて、他の人にも反応してしまうのなんて、大した体になってしまったと俺は肩を落とす。こんなんじゃ、生きてけない。俺が反応するのは、あくまでセシルだけであってほしいのに。
そこまで、身体は調教できないらしく、誰でも彼でも敏感なところを触られたら反応してしまう。自分の身体が忌々しかった。
セシルは、ゼラフに噛みついたままだったが、俺はそれを止めることなくもう一度周辺を見渡した。今のところ、魔物の気配はない。
実戦ではあるが、ゲーム感覚で楽しんでいる人もいるだろう。だから、作戦を入念に練って魔物の行動パターンとか分析している人もいる。それと、わざと魔物の注意を引くような魔法を自分に施している人もちらほらと見た。皆、必死なのだ。
だからやみくもに探すのはあまりお勧めできない。魔物に出くわさなければそれこそゼロポイントで終わるからだ。
「二人とも集中してよ。時間は有限なんだから――さっ!」
茂みから飛び出してきた狼を俺は剣を引き抜き一刺しした。だが、急所は外したのか、グオオォオンと吠えて、狼は後ろへ飛ぶ。かすかに魔力を感じるため、魔物で間違いないだろう。
「お見事です、ニーくん」
「いや、一発で仕留めきれなかったし。反応が遅れた」
剣についた血を振り払いながら、俺はもう一度焦点を定める。狼が一頭で行動するわけもなく、あっという間に俺たちは囲まれた。気配は感じたものの、魔力はあまり感じなかった。動物から何かしらの魔力を受け、魔物になったばかりなのだろう。魔力の乱れを感じる。そのせいなのか、狼は自身の力がコントロールできないというようにうめいている。
数は、八頭程度。一人、二頭で問題ないだろう。
「ちょうど、四で割れるから一人二頭――って、ゼラフ!」
「んなの、早いもん勝ちだろ」
剣を引き抜き、狼に切りかかるゼラフ。俺とは違って一発で仕留め、二頭目と攻撃を仕掛ける。だが、その間を縫ってセシルが、ゼラフの狙っていた狼を一突きした。
「そうだな、早い者勝ちだ」
「クソ皇太子様よ……上等じゃねえか」
ほら、言わんこっちゃない。
だから、早い者勝ちとか嫌だったんだ。喧嘩が起きるから。
俺は、今日一番のため息をついて両側から襲い掛かろうとしている狼たちを睨みつけた。アルチュールは、別に興味がないというように観戦している。まあ、アルチュールが出る幕はないけど。
ガアアアッと両側から襲い掛かってきた狼を俺は剣で薙ぎ払う。狼たちがよろけた隙に俺は、首をサッと斬り落とした。ころころと狼の首が、アルチュールの足元まで転がる。
「ごめん、とんだ」
「いえ。大丈夫ですよ。ですが、すごいですね。倒したら色がつくんですね」
「まあ、今回は実戦だし。どの班がどれだけ倒したかってわかるように」
狼の頭には青いインクのようなものが付着していた。これは、俺たちが倒したという証である。この魔法は特殊だが、犯人の追跡などにも使える魔法でかなり便利なものだ。
俺は、剣を鞘にしまって二人のほうを見た。セシルもゼラフも俺よりも早く狼を討伐していたみたいだ。
「さすが、二人とも。息ぴったりじゃん」
「別にいきなどあわせていない。各々やることをやっただけだ」
セシルはそう言って、俺の頬にとんだ狼の血をぬぐった。
八頭いたがあっという間に倒せてしまった。これくらいでは、やはり骨がないというか、物足りない。
強敵を探すにはやはり、奥まで進むべきか。
「ここら辺は下級の魔法しかいないみたいだし、もう少し進んでみる? といっても、忠告のリボンより先にはいこうと思ってないけど」
「ああ、そうだな。もう少し進んでみるか。実戦とは言え、これくらいでは物足りない」
「考えてること同じ、じゃあ、行こうか、三人とも」
俺は、三人に声をかけ歩き出す。なんか、指揮を執るみたいになっちゃったけど、別に誰がとってもいい。素直に三人がついてくるものだから、笑えてしまったが、こういうのも悪くない。
俺は指揮官向きじゃないんだろうけどな、とは思いつつも、戦略を考えるのはかなり好きではあった。
父も、団長だしそれなりに作戦は立てるが、メンシス副団長がそういうのが得意だとも言っていた。だから、副団長に作戦は任せているのかもしれない。いや、参謀と司令塔は別にいるのか……
(……って、またメンシス副団長)
たびたび頭に浮かんでは、あの厭味ったらしいというか陰湿な顔が頭に浮かぶ。それでも、この間、ライデンシャフト侯爵邸に行ったときに見たあれは、見間違いじゃなければ俺の絵姿だった。なぜそんなものがあんなところに? しかも、あの並びでは俺があの人たちの家族みたいに。
そんなことは絶対にないし、そう言い切れるのだが、不思議でたまらない。
俺は、父と母の子供である。父の遺伝子はなぜか薄く、母の遺伝子がバリバリ表に出た感じの容姿だが、それでも血がつながっているという証拠は国から発行されているし間違いない。
だからこそ、何であそこに……
かなり森の奥まで進む。考えている間も、しっかりとあたりを見渡し、あのリボンの手前をと歩いている。たまに浮き上がった木の根に躓きそうになったが、何とか転ばず歩けていた。
そんなふうに歩いていれば、突如ガサガサと前の茂みが揺れた。ここまで来ると、魔力を意図的に隠せる魔物も出てくると思うので、俺は注意して剣の柄に手をかける。だが、茂みから飛び出してきたのは人だった。
「……アイネ?」
「ニル……先輩……?」
なんで、という前に茂みから現れたアイネに俺は抱き着かれた。華奢な身体なのだが、あまりに突然のタックルに俺はよろけそうになる。だが、踏ん張って彼を受け止める。俺の胸にすりすりと頭を摺り寄せ「怖かった」としきりにこぼすアイネを見て、何かあったのだろうとすぐにわかった。
「おーい、アイネ……って、うぇ、殿下先輩ご一行」
「何だ、その変な呼び方は。ツァーンラート」
もう一人茂みから出てきた。目立つゴールデンイエローのウルフカットの、アイネのルームメイトのフィリップだ。頭に葉っぱをのっけて、俺たちを見るなり嫌そうな顔をした。
セシルも、彼の変な俺たちの総称に眉をピクリと動かす。
「あ、アイネ。どうしたの? というか、何で二人……」
「きーてくださいよ、ニル先輩。オレたち、班のメンバーとはぐれちゃって」
「フィリップが悪いんでしょ! 魔物を追いかけていっちゃうから……」
ああ、なんとなく察した。
そういえば、これだった気がするのだ、ゲームでのイベントは。
フィリップルートに入ってなかったとしても、ルームメイトなのでこの野外研修でアイネは彼と行動を共にすることになる。そして、残りのメンバーとはぐれてしまい、攻略キャラと出会って、そこから事件に巻き込まれると。あるあるの展開なのだが、実際にトラブルメーカーを前にすると、それは大変恐ろしいことだった。
できれば会いたくないと思っていたが、事件はあっちから俺たちに向かってくるらしい。それもそうか。ここには、三人……俺も合わせたら四人の攻略キャラがいるのだから。
フィリップは「さーせん」と、軽すぎる謝罪をして、アイネを俺から引きはがそうとした。だが、アイネはよっぽど怖い思いをしたのか俺から離れてくれない。
どうするべきか、と悩んでいると、地面が突如揺れ始め、小石がころころとこちらに転がってくるのが見えた。明らかに異常で、巨大何かがこちらに近づいているのが分かった。それが何かに気づくまで、そこまで時間はかからなかったが――
「……オーク、しかもデカい。てか、ここってまだ圏内だよね?」
「ああ、だが、引き寄せられたか」
セシルのほうをみれば、剣を抜き、臨戦態勢をとっていた。アルチュールもゼラフも同じように続く。
俺は、アイネとフィリップを見て後ろに下がっているように言う。
木々を薙ぎ払いながらこちらに近づいてきたのは、青紫色の毒々しい身体のオークだった。目測で四メートルほどにはなるだろうか。手には棍棒を持っており、口からはよだれが垂れている。立派な角をはやし、長いキバも上に向かって突き出ている。
かなりの魔力量を蓄積しているようで、放つプレッシャーに押されそうになった。
これは、敷地外にいていい魔物ではない。
俺は、腕の中で震えるアイネを見る。考えられる節としてはやはり、アイネが呼び寄せたのだろう。そう、これはゲームのストーリー……しかし、こんなにも早く――
「ニル、後輩たちを頼むぞ」
「わかってる、セシル。気をつけて」
俺も剣を引き抜き、彼らをさらに後ろに下がらせる。といっても、俺は今彼らを守るすべが生身でしかない。魔法が使えたらどれほど楽だろうか。だが、先ほどセシルと目配せした際、セシルは明らかに「魔法を使うな」と睨んだ。だから、俺は魔法を使うことはできない。セシルの見ていないところでなら、と思ったが、ここから逃げるには、彼らが時間を稼いでくれなければ。
「ニル、先輩?」
「大丈夫。あの三人は強いから……アイネ、フィリップ。絶対に俺から離れないで」
俺は、後輩たちを安心させるようにそう微笑んで、剣を構えた。
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