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番外編SS
ゼラフ・ヴィルベルヴィントという男についての考察
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突然だが、俺が転生した『薔薇の学園の特待生』というゲームには、様々な攻略キャラが出てくる。ちなみに言っておくが、俺は本来であれば攻略キャラではない。
アイネという特待生を主人公に、彼を取り巻く溺愛ラブラブなBLゲーム。だが、いろいろと細かい要素があって、ストーリーも楽しめる設計になっているところが、とても萌えポイントだと思う。俺はこのゲームをものすごく愛していたし、好きだった。だが、自分が実際にその世界に転生したとき、自分は死にキャラで、死ぬ運命なんだって悲観的になった……まあ、その一瞬だけ。
それで、本来であれば心に傷を負った一匹狼攻略難易度高めのセシル。俺様でつっかかりにくい留年ゼラフ。アイネのルームメイト、異国からの留学生の王子、隠しキャラのセシルの弟、後は二人くらいいるのだが。俺の周りにいるのはセシルとゼラフだ。今回は、そのゼラフについての考察というか、ちょっとした困りごとというか。
時はさかのぼってサマーホリデー前のあるランチタイムに事件は起こった。
「おっ、やり~」
「もう、セシル帰ってきたら怒ると思うんだけど」
「いいだろ、別に。お前の隣に座っていけねえルールなんてないんだからよ」
「……ルールとかじゃなくて、セシルの……はあ、そうだけど」
セシルは教師に呼び出され(もちろん、何かやらかしたとかそんなんじゃなくて、 学園創立記念パーティーの打ち合わせで)、席を外し、彼が見えなくなった瞬間、ゼラフが俺の隣に座ってきた。まだ、セシルの食べかけがそこにおいてあるのに、そんなこと彼にとっては些細なことらしい。眼中にもないのだとか。
始業式の日に絡まれて以来、ずっとこうして絡まれ続けているのだが、俺にどんな魅力があるというのだろうか。ただたんに絡みに来ているにしちゃ、あまりにもやることなすことがいちいち……
なるべく目を合わせないようにしていたのだが、鬱陶しい視線に苛立って俺はゼラフのほうを見る。すると、ニタァ~とぜったいにろくでもないことを考えている顔をしたゼラフがそこにいた。
「な、なに」
「いやぁ、ほんとニルはかわいいやつだなあって思って」
「……セシルも、俺のことかわいいっていうけど、俺は別にかわいくないよ? 男だし」
「性別なんて関係ねえよ。俺が、かわいいかかわいくないか、そう俺の感性。んだったら、あの皇太子殿下も否定するのか?」
「しない、けど……」
だろ? と、言いくるめられてしまい、俺はかえす言葉が何もなかった。
ゼラフは、乗せるのがうまい上に、明らかに口達者というか、言い負かせるほどの力がある。ゼラフと口論になっても、絶対に論破されるだろうなと確信があり、あまりしゃべりたくない。
なんというか、ゼラフは知識量が俺たちとは違う気がするのだ。
留年しているので同い年ではないのは確実だが、本当に一つ上なのだろうか。ゲームの知識がなぜかあいまいになっており、詳しく思い出せずにいた。
前世を思い出した、ストーリーをかえなければ! と思って動いてきたが、そのストーリーというものも日に日に忘れていっている気がするのだ。大筋は覚えている。ただ、あれだけやり込んだのに細部を忘れているのが気がかりだ。俺が転生者だからそういう転生者なんちゃらが発動したのかもしれないけど。この世界にあってはならない知識を俺の頭を誰かが弄って抜いていったという可能性は考えられなくもない。
(……で、こいつは本当に)
「ゼラフ、やめて」
「何がだよ」
「……わかってるくせに、やめないって、俺が君の手を折ってもいいって、そう受け取るけど?」
「何もしてねえのに」
「セクハラだけど、それ」
俺の隣によって来たのは、ただ俺の隣に座りたかっただけではなく、こいつは俺の尻を狙って隣に来た。いや、語弊がありまくる言葉だが、ゼラフは俺の尻を厭らしく触っている。
そこはまだ、セシルにさえ赦していない場所なのに。
「ちょっと、いい加減に……んひぃっ」
「いいのか? 食堂で、そんな声出しても」
「……不可抗力。違う、ゼラフが悪い。全面的にゼラフが!」
尻の割れ目に指を這わせ、くいっとその割れ目に指を引っかけたので、俺は思わず声を出してしまった。気持ち悪い、と思えなかったのが失敗というか、やらかしたというか。ゼラフの憎たらしいほどの笑顔がそこにあって殴りたくなる。
こいつは尻フェチで、俺の尻ばっかり触ってる。
セシルに何度か見つかってはいるが、そのたびのらりくらりとかわして、またセシルの見ていないところで俺の尻を触る。男の尻なんて何が楽しいんだ、と俺は思うが、ゼラフのこれはフェチだから仕方ない。だからといって、そうやすやす、俺の尻を差し出すわけにはいかないが。
(……てか、マジで触らないでほしいんだよな。セシルのために、用意したの、バレたら、まずいし)
いや、さすがにそこまで確認出来たらもはや怖いが。
セシルが俺を抱く宣言をしてから、俺は少しでも彼との初めてを成功させるべく、黙って、こそこそと尻を準備していた。初めては痛いと聞くし、セシルのは……最近見てないけど、大きいはずだから、BLゲームの攻略キャラで攻め様だから。だから、きっと大きいし、いれたら痛すぎて死ぬかもしれない。それを回避すべく準備しているっていうのに。
まさか、それ、ゼラフにバレていないよな?
ちらりと、ゼラフを見れば、なんだよ、みたいな今度はちょっと眉間にしわを寄せて俺を見ているので、俺こそなんなんだよ、という顔で返してやる。依然として尻を触ってるわけだが。
「ふ~ん、抵抗しなくなったな。気持ちいいのか?」
「気持ちいわけないでしょ。尻触られて」
「んなら、さっき何であんな声出したんだよ。もう、お手付きか?」
「言い方……セシルは、純情何でそんなすぐに手は出さないよ。出してほしいけど……」
でも、約束の日まではまだあるわけで、俺はそれまでずっと尻を守り続けると誓ったんだ。すでに、触られてはいるけど、これは表面だし。
変な言い訳をしながら、俺はため息をつく。
「男は、ここでヤるんだぜ?」
「ねえ、食事中にその話やめない? てか、セクハラなんだけど。ゼラフ年上だよね?」
「同学年だがな」
「留年して」
「一言余分だ、ニル。だが、留年した分、面白いやつらを見つけることができたんだし、俺的には留年してよかったって思うぜ?」
留年がよかったとか、初めて聞いたんだけど。
一応、公爵家の跡取りでそれなりに期待されているはずなのだが、いまいち意識がないというか。お気楽というか。
公爵に怒られないか心配なのだが、そこのところはどう思っているのだろうか。
「ねえ、ゼラフ」
「……ニル、自分で尻触ったか?」
「は、はあ!?」
ガタン、と椅子が後ろに下がる。みんななんだ、なんだと俺たちのほうを見てきたので、俺はすぐさま着席した。
何を言い出すんだと、俺はゼラフの胸ぐらをつかむ。グッと引き寄せたため、長いまつ毛の下に見えるローズクォーツの瞳とばっちり目があってしまう。切れ長の瞳、確かにきれいだとは思うがタイプではない。
「だから、セクハラ」
「触ったかっつうきいて、その反応、なあ?」
「なあ? じゃない! ほんと、俺怒るから」
「怒っても怖くねえだろ」
と、ゼラフはハンと鼻で笑う。怖いか、怖くないかはおいて置いて、本当に怒りたかった。
絶対にバレたくない相手にバレそうになったから。
俺は、しばらく胸ぐらをつかんでいたが、それ以上ゼラフが何も言わないことに気づいて、ぱっと手を離す。彼は襟を正しながら、俺のほうをニヤニヤとみている。
「まっ、そういうのが趣味なやつはいるけどよ。気をつけろよ? 男でも、そこ狙うやつはいるぜ」
「ゼラフみたいに?」
「さあ? まあ、でも性行為って相手に魔力を与えられるしな。粘膜に直接魔力を塗り込むっつうのは、かなりの快感だぜ? キスでも、相手に魔力を分け与えることができる。だから、別にエロいことじゃねえよ」
「……いや、そう、なの」
性行為で魔力を分け与えるって何? と思ったが、閨教育でそんなことを聞いたような、聞いていないような気がする。
粘膜の接触によって、相手の魔力を……というのは、確かに知っているが、キスで。
俺は、無意識に自分の唇に触れていた。セシルとしたのはただのキスだったが、互いに魔力を流し込むようなそんなキスをしたら、もっと気持ちがいいのだろうか。脳が焼かれるような、そんな衝撃が走るのだろうか。
また、ゼラフの視線を感じハッ、と俺は手を離す。
「で、何でそんな話?」
「んーいや、ニルが誰かに尻から魔力をもらうために解してんのかなあ~って話から」
「…………もう、忘れて。違うから」
否定するが、これは否定できたことになっていないのだろう。もう、いい、俺が尻を弄っている人間でもいいから。セシルにさえバレなければ。きっと、ゼラフもこの話はセシルにしないだろう。自分だけが得た情報と、優越感に浸るかもしれない。だって、こいつはそういう性格だから。
「まあ、それはいいけど、これ以上は留年しないでよね。君の家の体裁もあるし。公爵家を継ぐの?」
「……ああ、まあそのつもりだが。就職とか考えたくねえな」
(今話そらしたか?)
一瞬の間だったが、ゼラフの顔つきが変わった気がした。そして、話を逸らすように、彼は頭の後ろで腕を組む。どういうことかは知らないが、家の話はあまり好きじゃないらしい。しかし、公爵家で悪いうわさは聞かないし、教育は厳しいのかもしれないが。だったら、留年なんてしたら勘当ものだろう。
他に何が?
「――魔塔」
「え?」
「俺の叔父が魔塔の管理者だ。俺は魔法科だし、そっち方面に進んだらどうだって。俺は家を継ぐほうが気楽でいいと思ってるんだがな。まあ、叔父が苦手っつうのもあるが」
「公爵の弟……」
「そうだよ。家の話はこれくらいでいいだろ? テメェには関係ねえんだから」
と、ゼラフはそこで切り上げる。自分で話し始めたじゃん、それに関しては。と思ったが、それは言わないでおく。
とにかく、ゼラフもゼラフで何かあるようだった。サボり魔だけど、成績自体は優秀だし、魔力量も、魔法の扱いにも慣れている。それは才能じゃなくて、努力あって身につけたものも加算されて今のゼラフとして成り立っているというか。彼の背景に何があるかは知らないが、彼が話したくないというのであれば、それに突っ込んだ質問をするのは失礼だろう。話してもらえないというのは、それほどの関係値ということでもある。
いつか、聞きたいところではあるが。人の事情に首突っ込んで酷い目に合うのは俺の悪い癖だし。
「まあ、俺に興味持ってくれるっつうなら、朝までベッドでいろいろ聞かせてやるけど。どうだ? ニル。今夜でも」
「誰が貴様にニルをやるか」
「……ってぇ~セシル・プログレス! テメェ、俺の頭に」
「セシル!?」
サッと俺の手を取って、立ち上がらせると、セシルは俺のことを守るように下がらせゼラフを睨みつけた。今見間違えでなければ、セシルはゼラフの頭をげんこつでたたいたと思うのだが……しかも、かなりの勢いで。
ゼラフの怪力もさることながら、それに耐えれるゼラフの頭も石頭だと思う。
「セシル、もう用事は済んだの?」
「ああ、軽く打ち合わせをした程度だ。ニル。ヴィルベルヴィントに何かされなかったか?」
「……えっと…………うん。何も」
尻を触られたことは言わないでおいてやろう。これ以上面倒なことになっても構わないし。
俺が庇ったことに気づいたのか、ゼラフは、口角をニヤリと上げていた。まるで俺の弱みでも握ったようなような顔は腹立つが、今回はセシルが何も言わずにゼラフを殴ったことでチャラにしよう。
(ほんと、不思議だな。ゼラフも……)
俺に執拗に絡んできても、何も得られるものなんてないのに。そう思いながら、俺はいつの間にか消えてしまった赤髪を脳裏に思い浮かべ、その背中を追うのだった。
アイネという特待生を主人公に、彼を取り巻く溺愛ラブラブなBLゲーム。だが、いろいろと細かい要素があって、ストーリーも楽しめる設計になっているところが、とても萌えポイントだと思う。俺はこのゲームをものすごく愛していたし、好きだった。だが、自分が実際にその世界に転生したとき、自分は死にキャラで、死ぬ運命なんだって悲観的になった……まあ、その一瞬だけ。
それで、本来であれば心に傷を負った一匹狼攻略難易度高めのセシル。俺様でつっかかりにくい留年ゼラフ。アイネのルームメイト、異国からの留学生の王子、隠しキャラのセシルの弟、後は二人くらいいるのだが。俺の周りにいるのはセシルとゼラフだ。今回は、そのゼラフについての考察というか、ちょっとした困りごとというか。
時はさかのぼってサマーホリデー前のあるランチタイムに事件は起こった。
「おっ、やり~」
「もう、セシル帰ってきたら怒ると思うんだけど」
「いいだろ、別に。お前の隣に座っていけねえルールなんてないんだからよ」
「……ルールとかじゃなくて、セシルの……はあ、そうだけど」
セシルは教師に呼び出され(もちろん、何かやらかしたとかそんなんじゃなくて、 学園創立記念パーティーの打ち合わせで)、席を外し、彼が見えなくなった瞬間、ゼラフが俺の隣に座ってきた。まだ、セシルの食べかけがそこにおいてあるのに、そんなこと彼にとっては些細なことらしい。眼中にもないのだとか。
始業式の日に絡まれて以来、ずっとこうして絡まれ続けているのだが、俺にどんな魅力があるというのだろうか。ただたんに絡みに来ているにしちゃ、あまりにもやることなすことがいちいち……
なるべく目を合わせないようにしていたのだが、鬱陶しい視線に苛立って俺はゼラフのほうを見る。すると、ニタァ~とぜったいにろくでもないことを考えている顔をしたゼラフがそこにいた。
「な、なに」
「いやぁ、ほんとニルはかわいいやつだなあって思って」
「……セシルも、俺のことかわいいっていうけど、俺は別にかわいくないよ? 男だし」
「性別なんて関係ねえよ。俺が、かわいいかかわいくないか、そう俺の感性。んだったら、あの皇太子殿下も否定するのか?」
「しない、けど……」
だろ? と、言いくるめられてしまい、俺はかえす言葉が何もなかった。
ゼラフは、乗せるのがうまい上に、明らかに口達者というか、言い負かせるほどの力がある。ゼラフと口論になっても、絶対に論破されるだろうなと確信があり、あまりしゃべりたくない。
なんというか、ゼラフは知識量が俺たちとは違う気がするのだ。
留年しているので同い年ではないのは確実だが、本当に一つ上なのだろうか。ゲームの知識がなぜかあいまいになっており、詳しく思い出せずにいた。
前世を思い出した、ストーリーをかえなければ! と思って動いてきたが、そのストーリーというものも日に日に忘れていっている気がするのだ。大筋は覚えている。ただ、あれだけやり込んだのに細部を忘れているのが気がかりだ。俺が転生者だからそういう転生者なんちゃらが発動したのかもしれないけど。この世界にあってはならない知識を俺の頭を誰かが弄って抜いていったという可能性は考えられなくもない。
(……で、こいつは本当に)
「ゼラフ、やめて」
「何がだよ」
「……わかってるくせに、やめないって、俺が君の手を折ってもいいって、そう受け取るけど?」
「何もしてねえのに」
「セクハラだけど、それ」
俺の隣によって来たのは、ただ俺の隣に座りたかっただけではなく、こいつは俺の尻を狙って隣に来た。いや、語弊がありまくる言葉だが、ゼラフは俺の尻を厭らしく触っている。
そこはまだ、セシルにさえ赦していない場所なのに。
「ちょっと、いい加減に……んひぃっ」
「いいのか? 食堂で、そんな声出しても」
「……不可抗力。違う、ゼラフが悪い。全面的にゼラフが!」
尻の割れ目に指を這わせ、くいっとその割れ目に指を引っかけたので、俺は思わず声を出してしまった。気持ち悪い、と思えなかったのが失敗というか、やらかしたというか。ゼラフの憎たらしいほどの笑顔がそこにあって殴りたくなる。
こいつは尻フェチで、俺の尻ばっかり触ってる。
セシルに何度か見つかってはいるが、そのたびのらりくらりとかわして、またセシルの見ていないところで俺の尻を触る。男の尻なんて何が楽しいんだ、と俺は思うが、ゼラフのこれはフェチだから仕方ない。だからといって、そうやすやす、俺の尻を差し出すわけにはいかないが。
(……てか、マジで触らないでほしいんだよな。セシルのために、用意したの、バレたら、まずいし)
いや、さすがにそこまで確認出来たらもはや怖いが。
セシルが俺を抱く宣言をしてから、俺は少しでも彼との初めてを成功させるべく、黙って、こそこそと尻を準備していた。初めては痛いと聞くし、セシルのは……最近見てないけど、大きいはずだから、BLゲームの攻略キャラで攻め様だから。だから、きっと大きいし、いれたら痛すぎて死ぬかもしれない。それを回避すべく準備しているっていうのに。
まさか、それ、ゼラフにバレていないよな?
ちらりと、ゼラフを見れば、なんだよ、みたいな今度はちょっと眉間にしわを寄せて俺を見ているので、俺こそなんなんだよ、という顔で返してやる。依然として尻を触ってるわけだが。
「ふ~ん、抵抗しなくなったな。気持ちいいのか?」
「気持ちいわけないでしょ。尻触られて」
「んなら、さっき何であんな声出したんだよ。もう、お手付きか?」
「言い方……セシルは、純情何でそんなすぐに手は出さないよ。出してほしいけど……」
でも、約束の日まではまだあるわけで、俺はそれまでずっと尻を守り続けると誓ったんだ。すでに、触られてはいるけど、これは表面だし。
変な言い訳をしながら、俺はため息をつく。
「男は、ここでヤるんだぜ?」
「ねえ、食事中にその話やめない? てか、セクハラなんだけど。ゼラフ年上だよね?」
「同学年だがな」
「留年して」
「一言余分だ、ニル。だが、留年した分、面白いやつらを見つけることができたんだし、俺的には留年してよかったって思うぜ?」
留年がよかったとか、初めて聞いたんだけど。
一応、公爵家の跡取りでそれなりに期待されているはずなのだが、いまいち意識がないというか。お気楽というか。
公爵に怒られないか心配なのだが、そこのところはどう思っているのだろうか。
「ねえ、ゼラフ」
「……ニル、自分で尻触ったか?」
「は、はあ!?」
ガタン、と椅子が後ろに下がる。みんななんだ、なんだと俺たちのほうを見てきたので、俺はすぐさま着席した。
何を言い出すんだと、俺はゼラフの胸ぐらをつかむ。グッと引き寄せたため、長いまつ毛の下に見えるローズクォーツの瞳とばっちり目があってしまう。切れ長の瞳、確かにきれいだとは思うがタイプではない。
「だから、セクハラ」
「触ったかっつうきいて、その反応、なあ?」
「なあ? じゃない! ほんと、俺怒るから」
「怒っても怖くねえだろ」
と、ゼラフはハンと鼻で笑う。怖いか、怖くないかはおいて置いて、本当に怒りたかった。
絶対にバレたくない相手にバレそうになったから。
俺は、しばらく胸ぐらをつかんでいたが、それ以上ゼラフが何も言わないことに気づいて、ぱっと手を離す。彼は襟を正しながら、俺のほうをニヤニヤとみている。
「まっ、そういうのが趣味なやつはいるけどよ。気をつけろよ? 男でも、そこ狙うやつはいるぜ」
「ゼラフみたいに?」
「さあ? まあ、でも性行為って相手に魔力を与えられるしな。粘膜に直接魔力を塗り込むっつうのは、かなりの快感だぜ? キスでも、相手に魔力を分け与えることができる。だから、別にエロいことじゃねえよ」
「……いや、そう、なの」
性行為で魔力を分け与えるって何? と思ったが、閨教育でそんなことを聞いたような、聞いていないような気がする。
粘膜の接触によって、相手の魔力を……というのは、確かに知っているが、キスで。
俺は、無意識に自分の唇に触れていた。セシルとしたのはただのキスだったが、互いに魔力を流し込むようなそんなキスをしたら、もっと気持ちがいいのだろうか。脳が焼かれるような、そんな衝撃が走るのだろうか。
また、ゼラフの視線を感じハッ、と俺は手を離す。
「で、何でそんな話?」
「んーいや、ニルが誰かに尻から魔力をもらうために解してんのかなあ~って話から」
「…………もう、忘れて。違うから」
否定するが、これは否定できたことになっていないのだろう。もう、いい、俺が尻を弄っている人間でもいいから。セシルにさえバレなければ。きっと、ゼラフもこの話はセシルにしないだろう。自分だけが得た情報と、優越感に浸るかもしれない。だって、こいつはそういう性格だから。
「まあ、それはいいけど、これ以上は留年しないでよね。君の家の体裁もあるし。公爵家を継ぐの?」
「……ああ、まあそのつもりだが。就職とか考えたくねえな」
(今話そらしたか?)
一瞬の間だったが、ゼラフの顔つきが変わった気がした。そして、話を逸らすように、彼は頭の後ろで腕を組む。どういうことかは知らないが、家の話はあまり好きじゃないらしい。しかし、公爵家で悪いうわさは聞かないし、教育は厳しいのかもしれないが。だったら、留年なんてしたら勘当ものだろう。
他に何が?
「――魔塔」
「え?」
「俺の叔父が魔塔の管理者だ。俺は魔法科だし、そっち方面に進んだらどうだって。俺は家を継ぐほうが気楽でいいと思ってるんだがな。まあ、叔父が苦手っつうのもあるが」
「公爵の弟……」
「そうだよ。家の話はこれくらいでいいだろ? テメェには関係ねえんだから」
と、ゼラフはそこで切り上げる。自分で話し始めたじゃん、それに関しては。と思ったが、それは言わないでおく。
とにかく、ゼラフもゼラフで何かあるようだった。サボり魔だけど、成績自体は優秀だし、魔力量も、魔法の扱いにも慣れている。それは才能じゃなくて、努力あって身につけたものも加算されて今のゼラフとして成り立っているというか。彼の背景に何があるかは知らないが、彼が話したくないというのであれば、それに突っ込んだ質問をするのは失礼だろう。話してもらえないというのは、それほどの関係値ということでもある。
いつか、聞きたいところではあるが。人の事情に首突っ込んで酷い目に合うのは俺の悪い癖だし。
「まあ、俺に興味持ってくれるっつうなら、朝までベッドでいろいろ聞かせてやるけど。どうだ? ニル。今夜でも」
「誰が貴様にニルをやるか」
「……ってぇ~セシル・プログレス! テメェ、俺の頭に」
「セシル!?」
サッと俺の手を取って、立ち上がらせると、セシルは俺のことを守るように下がらせゼラフを睨みつけた。今見間違えでなければ、セシルはゼラフの頭をげんこつでたたいたと思うのだが……しかも、かなりの勢いで。
ゼラフの怪力もさることながら、それに耐えれるゼラフの頭も石頭だと思う。
「セシル、もう用事は済んだの?」
「ああ、軽く打ち合わせをした程度だ。ニル。ヴィルベルヴィントに何かされなかったか?」
「……えっと…………うん。何も」
尻を触られたことは言わないでおいてやろう。これ以上面倒なことになっても構わないし。
俺が庇ったことに気づいたのか、ゼラフは、口角をニヤリと上げていた。まるで俺の弱みでも握ったようなような顔は腹立つが、今回はセシルが何も言わずにゼラフを殴ったことでチャラにしよう。
(ほんと、不思議だな。ゼラフも……)
俺に執拗に絡んできても、何も得られるものなんてないのに。そう思いながら、俺はいつの間にか消えてしまった赤髪を脳裏に思い浮かべ、その背中を追うのだった。
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