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第2部1章 死にキャラは学園生活を満喫します

03 新学期早々

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 あれだけあったサマーホリデーはすぐに過ぎ去っていった。

 ほとんど、思い出という思いでは作れず、鍛錬と勉強の日々。だが、時々海に行って足だけはいって帰ってくるというのを繰り返し、それなりに、セシルとの時間を過ごせたと思う。サマーホリデー中になんかいヤったかは、十を越えたくらいで数えるのをやめた。まあ、皇宮にいたということもあって、あまりできなかったといえばできなかった部類に入るのかもしれないが。そうして、恋人としての初めての夏は過ぎていったと。
 といっても、まだ九月の頭で、この一週間とちょっと後に野外研修が行われる。今年の班分けはまだ発表されていない。


「セシル、顔が嫌そう」
「そんなことはない。ただ、始まったなと思ってな」
「セシルは学園のほうが好きなんじゃないの? 俺は、どっちもどっちって感じだけど」
「……ニルといる時間は好きだ。だが、また、お前を狙うやつらと共に過ごすのが憂鬱なだけだ」


 あのセシルが、学園に行くのを嫌そうにしていたので声をかければ、案の定といった感じの答えが返ってきた。俺は苦笑するしかなく、セシルの背中をポンポンと叩く。
 確かに、サマーホリデー中はゼラフにもアイネにも会わなかったな、と少し寂しさもあった。何か物足りないなあと思ってたらあの二人の存在だったみたいだ。
 とはいえ、セシルも俺以外の人間と交流をしてほしいし、俺を一番においてくれつつも、友だちは作ったほうがいいと思うのだ。ただ、三年生のこの時期に友だちを作る、なんてハードルが高すぎるが。


「ウィンターホリデーまで頑張ろうよ。基本的に、部屋は一緒なんだから、それ以外耐えればいい話じゃん」
「だが……クッ、こんなに色気づいたニルを見てあいつらが変な気を起こさないとは限らないだろ」
「色気づかせたのは誰だよ……まったく。セシル、ステイ」


 それはセシルのせいじゃん、と俺がいえば「ニルがかわいいのがいけない」とお決まりのセリフが返ってきて呆れるしかない。だが、自分にも非があるのは認めているらしく「俺が守る」とも言ってくれた。俺は、守られるより守りたいし、守られるほど弱い存在じゃないんだけどなあ、と一人決意を固めているセシルを見ながら思った。
 サマーホリデーは本来であれば、幕間イベントが発生するはずだった。アイネが攻略キャラと海に行くもので、ちょっとお色気シーンとか、夏の思い出盛沢山! みたいな感じで進むはずだったのだが。俺が攻略キャラで、なおかつセシルと付き合っているためかそれがおこらなかったみたいだ。それか、他の攻略キャラと夏を過ごしたのかもしれない。気になるが、アイネに直接聞くのもあれだと思い、俺は想像にとどめておくことにした。

 そんなこんなで、また賑わしい日常が戻る。あの、異色のランチタイムがまた戻ってくると思うと面白い。
 セシルがカリカリするのはもう名物として見て、俺はゼラフやアイネとの交流も今後続けていこうと思った。まだ、残る障害はありつつも、今のとこ平穏が戻ったということで。

 俺は、サマーホリデー明けの重たい荷物を持ってとりあえず寮に向かおうと歩いていると、後ろから忍び寄った何者かに尻をむぎゅりと掴まれた。いきなりのことで、変な声が口から洩れ、体中にそのしびれというか感覚が伝わっていく。


「……ひぎゅっ!?」
「――なっ、貴様!」
「おいおい、剣を抜くなんて物騒だな。皇太子殿下。お久しぶりの挨拶にしちゃ、熱烈すぎんだろ」


 剣なんて抜いたの? と、その声を聴いて、俺は尻を抑えてセシルのほうを見る。すると、確かにあの夜色の剣を引き抜いて、俺の尻を触った犯人に振りかざして、よけられたようだった。
 もちろん、誰が触ったかなんてわかっている。


(ヤバいよな、今の声……絶対、まずいし、ヤバい)


 どこから声でてんの? って、自分でも引くくらい高い声。いや、多分セシルとしているときはあれくらいは出るんだろうけど、素面で出すのは萎えるというか。だが、それを面白がっているやつもいるわけで。
 目の前の赤髪はくつくつと喉を鳴らしながら、俺たちを見ていた。


「ゼラフ」
「ひっでえな。何で、俺は新学期早々、お前らにそんなつめてえ目をされなきゃいけねえんだよ」
「それは、貴様がニルにちょっかいをかけたんだろう。新学期早々に」
「……尻、尻揉まれた…………」


 俺は、ゼラフに掴まれたところを撫でながら、彼を睨みつけていた。二対一で負けてるんだから観念すればいいのに、俺たちをからかうように笑って、わざとらしく肩をすくめる。
 確かにこれも日常なのだが、新学期早々に尻をもむのはやめてほしい。腰が抜けなかっただけましなのだが、荷物は地面にぶちまけてしまったし。
 俺は、ゼラフを威嚇しているセシルの傍らで荷物を拾い上げながら、意識だけゼラフに向けてやる。


「はいはい、新学期早々ゼラフも熱烈な挨拶どーも。道の往来で、ちょっかいかけないでよ、全く」
「わりぃ。つか、ニル。お前、また尻が大きく……っ、と危ない。皇太子殿下……テメェ、私用で剣を引き抜くのは学園のマナー的にどうなんだよ。ああ?」
「正当防衛だ。ニルが反撃できない分、俺が」
「はあ、また始まったなあ~皇太子殿下の過保護。まあいいけどよ。久しぶりだな、お二人さん」
「……最初にそれを言えばいいんじゃん、ゼラフ」
「ああ、全くだ。ニルに深く同意するぞ、ヴィルベルヴィント」


 俺たち二人に責め立てられても、特に傷つく様子もなく笑っていられるのはさすがゼラフだった。
 ランチタイムに会えればいいかと思っていたので、こうも早く会えたのは都合がいい。いや、そのせいでちょっかいはかけられたんだが、そこは目を瞑るとして。
 おい、とセシルに声をかけられつつも、ゼラフは俺のほうへ歩いてくる。そして、俺がぶちまけた教科書を拾い上げて、俺にて渡しする。


「ほらよ」
「あ、ありがとう。ゼラフ……何、明日雪ふるの?」
「ああ? 降らねえよ。まだ夏だぞ? ……で、体調はどうよ」
「今のところは問題ないよ。ああ、でも、あの容疑者副団長にあれだったら魔塔に行けばっていわれた。けど、あそこ遠いしなあ」
「……そうか。んだったら、魔塔はやめとけ。魔力云々だったら、俺がみたほうがいいだろ」


 実は、セシルにバレないように、ゼラフと文通していた。絶対にセシルにいったら怒られるのはわかっていたので、内密に。
 というのも、ゼラフは魔法の面ではかなり頼れる人間で、春先のあの大会では騎士科で参加したものの、魔法の成績も魔法科トップ。それで、魔塔とのつながりもあるということで、俺の心臓や魔力についての相談をしていた。宮廷医師にも見てもらっていたが、宮廷医師はセシルに話がバレる可能性もあったし、詳しく聞きたいとなったとき気軽に話せる相手がいいと思ったのだ。

 それで、ゼラフが名を上げたと。

 ゼラフは、俺の顔色を窺うように、覗き込んで、俺の頬に手を伸ばした。そういえば、俺の頬も時々、というかかなりの頻度で冷たくなるんだよな……と思っていたところで、セシルに腕を掴まれ、捻り上げられる。


「何こそこそ話しているんだ。ヴィルベルヴィント」
「いや、んなこというなら、ニルも共犯だろ!? いてえって、テメェっ、バカ力かよ」
「ああ……セシル、めちゃくちゃ握力あるから気をつけたほうがいいよ、ゼラフ」
「ニル、お前も何ぽけーとしてやがんだ。んなこといってないで助けろよ!! いてえぇよ、皇太子殿下!!」


 ご愁傷様ではないけど、やり方がなあ……それやったら、セシル怒るしなあ、と俺は見ていることしかできなかった。そういえば、年齢で言えばゼラフのほうが上だし、普通にいっていればゼラフは先輩になっていたから……まあ、同級生と見たら、いいか。と俺は思考を放棄しつつ、二人のじゃれあいを見ていた。
 だが、セシルがあまりにゼラフの手を離さないので仲裁に入ることにする。


「セシル、そこまでにして」
「だが、ニル」
「折れたら、困るよ。公爵家と仲が悪くなるのは、皇族としてデメリットしかないでしょ?」


 俺がそういうと「確かにそうだな」と理解してくれ、セシルは手を下ろす。
 ゼラフはチェッというように舌打ちをしていたが、こちらは聞かなかったことにしよう。痛そうに手首を抑えているところを見ると、うちのセシルが申し訳ないことをしたと思うが。


「何笑っているんだ、ニル」
「ん? いや、いつもの光景が戻ってきたなあって思って。悪くないでしょ、セシル」
「……………………ああ」


 長すぎ間のあとに、ようやくうなずいたセシルにまた笑ってしまい、セシルに「おかしいことを言ったか?」と聞かれてしまう。もう、何から何までツボに入ってしまったため、目に涙が浮かぶ。
 こういうのは学生らしくいい。それと、セシルがあんなふうに絡まれて怒れる相手がいるのはすごくいいことだと思う。俺に対する感情だけじゃなくて、他の人に対する感情が育っていくのも、見ていていいなと思ってしまうのだ。もともと、セシルは人に心を開かないタイプだったし、あまり自分の思いを伝えられないタイプだったから。
 そのせいで、俺たちは親友になるまで六年ほどかかったわけだし。


(懐かしいな……俺たちも、言葉がすれ違って、互いに互いを誤解していた時があったっけ)


 ものすごく昔の話だし、前世を思い出すずっと前のことだ。それでも、あの日、あの時セシルとまずは親友になれてよかったと思う。


「改めて、久しぶり、ゼラフ。元気してた?」
「ハッ、俺が元気だったのは知ってんだろ。熱烈に俺とやりと……だから、皇太子殿下様よぉ!」
「貴様は、いちいち不快な言葉を挟まないと話せないのか、いい加減にしろ」
「別に不快……まではいかないけど。というか、いい加減にしろって、どっちもどっちじゃない。セシル、ゼラフ」


 似た者同士だから、仕方ないんだろうけど。多分、それを言ったら今度なぐられるのは俺のほうだから言わない。


「つか、ここでゆっくりしてていいのかよ。ゆーとーせい? 今期の集会に遅れるぜ?」
「あっ、そうだった。セシル、急ごう」
「あ、ああ。だが荷物は」


 俺は、慌ててセシルの腕をつかむ。
 春休み明けの集会は、セシルのせいで出られなかったし、もっというとゼラフにも絡まれて、会場にすらたどり着けなかった。だから今回こそは、優等生として出席したいとは思っている。
 しかし、枷となるのはこのバカ重い荷物!


「ゼラフ!」
「んだよ、ニル」
「どうせ出ないんでしょ! だったら、この荷物見てて」
「はあ? なんで俺が。報酬は」


 なんで、報酬、と思ったが、報酬なしに荷物の番をしていろというのもどうかと思った。というか、そのせいで本当は出るつもりだったのに、周回に出られなくなったと文句を言われるかもしれないし。
 ゼラフは、集会に何か参加しない、サボる! と決めつけている俺も俺だな、と思い、振り返る。 


「やっぱり、一緒に出席!」
「ああ? 俺は出ねえよ、おい、引っ張んな。ニル」
「セシルも、このサボり魔引っ張るの手伝って……」
「……ニル、何してるんだ…………」


 初めて、セシルに憐みの目を向けられた気がする。きつい。
 セシルでもそんな目をするんだ。ドン引きって顔に書いてある。
 だが、やっぱり、ゼラフがまた無断欠席するのはいけないと思い、俺はゼラフを引っ張ることに必死になった。しかし、びくともしないので、これじゃあ時間の無駄だと、仕方なく荷物を預ける。何か盗まれても、俺の責任だ。


「もう、出ないなら知らない。けど、荷物の番だけよろしく」
「だから…………ったく」
「俺のパンツ盗んじゃダメだからね!」
「……ハッ、誰が。盗むに決まってんだろ」


 鐘が鳴った。

 俺が欲しくない回答が後ろで帰ってきた気がしたが、それにかまっている暇はないとセシルの手を引く。ヤバい、また間に合わないかもしれない。春休み明けの二の舞になる……


(ああ、もう、ゼラフのせいだし、セシルのせいだし)


 俺が悪い要素どこかにあっただろうか。被害妄想も対外にしろと自分に言いつつも、俺は鐘の鳴る校舎に向かってセシルの手を掴みながら全力で走ったのだった。


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