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第2部1章 死にキャラは学園生活を満喫します
01 夏休みの思い出
しおりを挟む白い砂浜には、親子連れやカップル、ジョギングをする人が点々としていた。
少し伸びた自身の黒髪が潮風に煽られる。カモメの飛んでいく様子を眺めながら、波の音を耳で聞き、そして振り返ったときにその夜色の瞳と目があった。
「――見すぎ」
「あまりにも、似合いすぎてついな」
「似合うって何が?」
俺の後ろで、後方彼氏面してうんうんと頷いているのは、俺の主君であり親友であり恋人のセシル・プログレス皇太子殿下。夏の照り付ける白い太陽を受け、その銀色の髪を輝かせている。日中では少しかすんでしまいつつも、存在感のある夜を閉じ込めた瞳が特徴的な俺の大切で大好きな恋人様。
俺たちは、名門モントフォーゼンカレッジに通う三年生。ちょうど学園は、サマーホリデーに入り、一か月半ほど休みだ。新学期の始まりは、九月の頭。それまでは、長い長いサマーホリデー。だが、俺たちはサマーホリデーに入ってもほとんど鍛錬や、勉強に費やしていた。来年は半年留学と、卒業後に即位式。セシルは正式に皇帝となり、この国を統治することとなる。
そのための準備を進めている最中であり、学生でありながらも、ほとんど大人と同じ仕事をしている。というか、成人式はとっくに終えているので、大人ではあるのだが。
「お前の真昼の空と、海だ。絵画にして飾っておきたいくらいだ」
「もう、言い過ぎだなあ……セシルも、似合ってるんじゃない? 真昼の空に浮かぶ月って感じがして」
「少し、例えが分からないな」
「いや、わかってよ」
セシルだってわかるようで若干説明不十分なこといったくせに、何で俺の話は全く分からないみたいに返してくるのだろうか。
セシルの銀髪は夜空に輝く月のように美しいって褒めたのに。伝わっていないみたいで、不服だ。
俺が、頬を膨らませていれば、ぷっと噴き出すように笑って「かわいいな」と、お決まりの誉め言葉を俺にかけてくる。かわいいは、誉め言葉じゃないって言っているのに。
(ああ、むずがゆい!)
かわいいっていわれすぎて、自分がかわいいじゃないかって錯覚するし、言われるたびに、ぽっぽっとかが熱くなるからどうにかしてほしい。それも、愛おしそうな顔で、うっとりと「かわいいぞ、ニル」なんていうものだから、言葉で言い表せない感情に押しつぶされそうになる。
はいはい、かわいいは、誉め言葉ね、と俺は熱くなった頬を軽くたたきながら顔をそらす。
セシルといると、心臓が持たない。
(はあ~~~~何やっても、かっこいいし、勝てる気がしない)
夏の暑さのせいにしたい、全部全部。
サマーホリデーに若干被りつつも、俺たちは長年の時を経て、互いの思いを自覚し両思い、恋人になった。それまでは、いろんなことがあったが、それも今となってはいい思い出で。でも、なんでもっと早くに気づかなかったんだろうと思うくらい、俺たちの仲というのは良好で。
俺は、前世を思い出し、この世界がゲームの世界だと気づきながらも特別何かしてきたわけではなかった。ただ、主人公であるアイネの特別枠になってしまい、それは少し苦労している。ただ、サマーホリデー中に会うことはないだろうと俺は軽く考えていた。
どれだけ好意を向けられても、振り返るつもりはない。もちろん、どれだけの殺意を向けられてもそれに対して何か思うような感情はない。
(……リューゲのこと、メンシス副団長のこと。その裏にいるやつのこと、何もわからずじまいだし)
サマーホリデー前に起った出来事として、学園創立記念パーティーでの襲撃。リューゲ・ライデンシャフトという一つ下の騎士科所属の学生に襲われた。リューゲは、帝国騎士団副団長の息子であり、もともとは魔法科所属だったのだが、転学科したことにより、うちに。そして、襲撃の指示役だった。
俺にただならぬ殺意を抱き、私怨混ざった襲撃に俺は一度死にかけた。本来であれば、アイネを狙い、そして俺を殺すみたいな算段だったみたいだが、どちらも失敗。まあ、俺はリューゲの攻撃を受け一度死にかけたのだが。
「どうした、ニル」
「うん? ああ、えっと。何でもない」
「……何か隠し事か?」
胸に手を当て、自分が以前貫かれたところをなぞる。すっかり、穴もふさがり、心臓も規則的に動いているのだが、それは奇跡に等しいことだった。
まず魔力は、意思を持たない。そして、いくらその魔力の持ち主である宿主が死の危険にあるからと言って、心臓を修復などしないそうだ。過去に前例がないわけではないが、きわめて珍しい。また、修復している最中に魔力切れを起こして死ぬ可能性だってあるそうで、俺は、本当に奇跡的に生き返ったというわけだ。
あのときの衝撃は今でも忘れない。
死神の鎌が食い込んだ感覚。痛みとか、苦しみとか以前の衝撃。ああ、死ぬんだって走馬灯に、身体がバカみたいにふわっと浮いた感覚。半年の間に二回も経験したわけだが、二回目ほど衝撃を受けたものはない。それほどまでに、リューゲの攻撃は桁外れで、予想外のものだったということだ。
そんな、俺の命を刈り取ったかもしれない魔剣士はもうこの世にはいないが。
「……サマーホリデー中に何かわかるといいなと思ったんだ。リューゲのこと……本当は、もっと喋りたかったし、俺を恨んでいた理由、もっと聞き出せたんじゃないかって」
「相変わらず優しいな。でも、あれだろう。今度、メンシス副団長の家で面会すると聞いたが」
「そう、なんだけどね。気が進まないや……」
ようやく、首謀者かもしれない人間と話せるというのに、気は進まなかった。
何というか、俺もメンシス副団長が苦手で、父と一緒に行くとはいえ、今から気が重い。何を話せばいいか当日きっとわからなくなるし、そもそも、何か聞いたところで、あの男がすべてを話してくれるわけもない。
関与した疑惑はかけられていても、証拠不十分で、謹慎処分。降格の話は出ているが、メンシス副団長以外に副団長を担える人物が……と会議は難航しているらしい。それと、もしかすると、メンシス副団長の裏に誰かいるかもしれないと、小耳にはさんだ。だから、今は泳がせておくらしい。
あまり関わりたくないのだが、二度の被害者である俺と、アイネはこれからもこの事件にはかかわらないといけないらしい。リューゲのことも考えたら、いろいろと明るみになったほうがいいだろうし。
はあ……とため息をつけば、セシルが俺の頬をするりと撫でる。
「だから、いきなり触るの禁止って言ってるでしょ」
「すまない。だが、ニルに、ため息は似合わないと思ってな」
「俺だって、ため息つきたくないよ。幸せが逃げるし……」
といいつつも、またため息が漏れそうになる。
鍛錬終わりに城を抜け出して王都近くの海辺へきているが、すぐに帰らなければならない。ちなみに、春休みとは違って、外出許可を出してから外に出ている。そんな面倒な手続きを踏まないと俺たちは外に出られないのだ。
セシルの立場を考えたら当然といえば当然。だが、どこどこへ、何時までいくと、細かく明記しなければならないので気が休まらないというか。
それと、どこへ行くにも必ず腰には剣を携えている。
「そういえば、セシルの剣。この間見たけどすごくきれいだったね」
「だろ? あの武器屋はとてもいい。あの店はもっと広く知れ渡るべきだと思う」
「そしたら、メンテナンスしてもらえなくなると思うけど」
俺が空色の剣を手に入れた武器屋で、セシルはオーダーメイドの剣を作ってもらった。その剣は、俺の青色とは対照的に、彼の瞳のように、美しい夜空の色をしていた。基本的には、青紫がベースになっているのだが、光りの映り方によっては、キラキラと光り、また、ミルキーウェイが流れているような特殊な光方もする。ラメのような特殊なものがちりばめられているというか。
何でも、俺の剣を作る際に使った魔鉱石が取れた鉱山でとれたこれまた特殊な魔鉱石らしい。だから、特殊な光方をするのだろうと、セシルと答えを出したが、これがあっているのかはわからない。ただ、本当にセシルの瞳の色と似ていて、キレイだと思った。俺と同じで、光りに透けるところが似ていていい。また、その魔鉱石は隣同士に埋まっていたとか。
セシルが大袈裟に運命だな、と店主に言っていたが、俺も実際そう思ってしまった。だからこの二つは運命の剣。家族のような、それ以上のような関係の剣なのだ。
「大切に使いたいな」
「うん、長く使いたいよね。う~ん、もう少し歩いたら、帰る?」
「帰りたくないが」
「文句言わない。ほら、靴脱いで海にでも入ろうよ」
俺は、セシルにそう言って自分の靴を脱いで見せた。セシルは、目を丸くして俺と靴を交互に見る。
「変装魔法一応かけてるから、俺たちが誰だって気づく人はいないと思うよ。それに、監視の目はないんだから少しくらいは目を外してもいいでしょ?」
「……ああ」
堅苦しい身分なんて脱ぎ捨てて、俺の前だけでは自然体でいてほしい。
そういう願いも込めて、誘えば、セシルはよたつきながらも靴を両方脱いで、俺の靴の隣に置いた。浜辺は熱されてあつかったのか、あちっというようにセシルは足をばたつかせている。
「セシル、怪我しないでね」
「ニルは、大丈夫なのか?」
「ん? 俺? 俺は、なんか大丈夫だね」
足元を見たが、別にやけどしている感じはなかった。というよりも、俺の体温や魔法が、この砂浜の熱にまさってしまったためだろうか。
セシルは、早く海に入りたいというように俺に催促する。
俺は、そんなセシルの背中をポンと押して波打ち際まで走った。ざぶん……サァァと引いていく波を見ながら、俺はどのタイミングで足をつけるか迷った。セシルは、躊躇なく海に入って今度は「冷たすぎる」と体を震わせていた。何をやっているんださっきから、と思いながら、俺もチョンと波が指先に当たる。
「冷たい……ね、確かに」
でも、嫌な冷たさじゃない。
また俺の指をかすめ、引いていく波。セシルはもっと深くに入らないのか? と、ズボンを上のほうまで上げて俺を呼んでいる。
確かに羽目を外していいといったのは俺だけど、それにしても躊躇なさすぎる。周りにいる人たちは、あはは、と微笑ましそうに笑っていた。何だか別の意味で注目されて恥ずかしい。
「もう、セシルは……」
深いところまではいっていってしまったセシルを追って、俺も、右足、左足と海に沈めていく。浮遊感と、砂のチクチクした感覚が足に伝わってくる。しっかりと地面に立っていない感じが不安を掻き立てるが、俺は気づかないふりをして進む。
だが、足をとられて、うわっと前のめりになる。
「……っ、大丈夫か、ニル」
「う、うん。足みてなかったかも。ありがとう、セシル」
恥ずかしいな、と思いながらも、顔を上げれば不安そうに俺を見下ろすセシルの目とまた合ってしまう。ああ、この顔が好き、瞳が好き、と何度見てもうっとりしてしまって、呼吸をするのを忘れる。完全に恋愛脳になってしまっているので、どうにかしなければ、とぶんぶんと首を横に振れば、何をしているんだとセシルに笑われてしまった。
「本当は、服を脱いで泳ぎたいが……そんなことをしている人は誰もいないからな。また、今度こよう」
「もういいの?」
「ああ。やることはたくさんあるからな」
と、彼はどこか遠くを見つめてそういう。セシルらしいといえば、それもセシルらしい。
俺は、なぜか彼の足の上にのせられて、たっている状態。どうしてこうなったかわからないが、支えられているこの安心感は存外悪くなかった。
それから、浜辺に戻ると、俺たちの靴の上に赤いカニがうんしょ、よいしょと登っているのを見つけた。セシルはそのカニに目をとられていたが、俺はその近くにあった貝殻に目が行き拾い上げる。パラパラと中に入っていた砂が落ちていき、貝殻の全貌が明らかになる。巻貝の一種だろうか。小さくて、でも、ほんのりピンク色に色づいている。
「ニル、見ろ。カニだ」
「……何やってるの、セシル。海に返してきなよ」
横を見れば、カニを手でつかんでほらと俺に見せてきているセシルがいた。まったく子供だな、と思いながらも楽しんでいるセシルを見ているだけで、俺は幸せな気持ちになれた。
俺は拾い上げた貝殻を、カニを持っていないほうの手に握らせて、そのカニを奪い取って、波打ち際に放した。
「家に持って帰ろうとしてた?」
「……してない」
「してたでしょ。でも、あのカニの生きる場所はここだから、ダメだよ。持ち帰っちゃ」
「わかっている。それと、ニル、この貝殻は?」
「うーん、俺からのプレゼント」
別に、意味なんてなかったが、そこに何か付与したほうがいい気がして、俺はそういって笑ってやった。セシルは、そんな俺の顔を見てか、掌に握っていた巻貝を見つめ「プレゼントか」と頬を緩く微笑んでいた。
もう少し給料がたまったら、もっといいプレゼントをしてあげられるんだけど。でも、きっとセシルはそういう高価なものじゃなくて、心がこもったものがいいんだろうな、と容易に想像がつくから。
「帰ろっか。セシル」
「ああ、そうだな。ニル」
今日は俺から手を差し出す。でも、互いに靴を履いていないことを思い出し、砂を中に大量に入れながら慌ててはいて、俺たちは帰り際、痛い痛いと叫びながら手をつないで皇宮まで歩いたのだった。
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