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過去編

あの頃の僕ら 6

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 入学式は滞りなく終わり、セシルの代表の言葉もとてもよかった。終わった後、本人がやたらどや顔だったのはイラっとしたが。感情をぐっとこらえて、お疲れ様ということができた。


「新入生歓迎パーティーとやらがあるらしいが」
「セシル、楽しみだっていうの抑えられてないよ。顔、すごいニヤニヤ」
「なっ、そんなにか? いや、そういうのがあるっていうのは、聞いていたんだ。まあ、俺が楽しみなのは、そこで行われる催しだが……それが、楽しみだったんだ。学科別にあるらしいしな」
「詳しいね」


 セシルが楽しみというのは珍しい。だが、噂によると、騎士科恒例のちょっとした催しがあるらしい。その学科の成績優秀者に一年生が立ち向かっていくといったもの。基本的に、一年生は見世物になるがオチなのだが、どれほど強くても、セシルにはかなわないだろうと思う。セシルは、楽しみにしているみたいだが、そんな強い相手がいるとは俺は到底思えなかった。
 俺は思っていることは口にせず、とりあえず名前を覚えるところからだな、とそのパーティーで上級生との仲を縮めようと思う。
 俺たちは、入学式後、教室に行きよくある初めましての挨拶をした。セシルはすごく目立っていたし、自由席のためどこに座ってもよかったのだが、わざわざ真ん中に座るものだからみんな驚いてしまって、さらに距離ができてしまった。まあ、セシルがそれでいいならいいのだが。そうして、一通り済んで、俺たちはパーティーが行われる時間になるまで、寮で過ごそうということになった。
 寮のカギをもらい、俺たちは扉を開ける。中には二段ベッドと、勉強机が二つあった。


「二段ベッド」
「二段ベッドだな。なあ、ニル」
「何セシル」
「じゃんけんするか」


 と、セシルは、真剣な表情で俺のほうを見た。なぜじゃんけんかと思ったが、セシルの視線の先にあったベッドを見て、俺は納得した。


「じゃんけんするまでもないよ。二段ベッド、上がいいんでしょ?」
「ということは、ニルが譲ってくれると?」
「まあね。俺は、別に興味ないし。あと、落ちたら怖いから」
「落ちないだろ……いや、ニルは少々寝相が悪いからな」


 セシルはぼそりと何かをつぶやいたが、聞こえなかった。一人で納得し、一人悩み、と顎に手を当てている。そんなセシルを置いて、俺は持ってきた荷物を置いた。クローゼットを開けてみると、ハンガーが吊り下がっているだけでそこには何もなかった。前の住人がきれいに使っていたのか、クローゼットの中にカビが生えているとか、痛んでいるとかはなかった。
 そもそも、俺たちの部屋はセシルが皇太子だからということで少し広めになっている。セシルは「そんなことしなくていい」とはっきり言ったが、学校側からしたら、一応陛下からそれなりにお金はもらっているので邪険に扱えないとのことだった。今の皇帝陛下と、この学園の学園長は仲がいい。俺の父との関係よりは薄いらしいが、陛下も陛下で、この学園のことはかなり気に入っているみたいだった。
 今の皇帝陛下は人望も厚いし、外交もうまい。愛された皇帝なのだ。


(いつか、セシルも、そうなれると……)


 と、俺がセシルのほうを見れば、梯子を上って二段ベッドの上にダイブしていた。その姿を見て、まだまだ皇帝になる日は程遠いなと思ってしまう。年相応のことをしているセシルはかわいいけど。


「ベッド潰さないでね。一つになっちゃったら、この狭ーいベッドに二人並ぶことになるんだからさ」
「いいだろ。別に、二人並んで寝ることは昔からよくあったことだ」
「い、いや、狭いっていったじゃん」


 広さはどう考えても、皇宮よりも、公爵邸にある自室のベッドよりも狭いわけで、そんなところに二人並んだらぎちぎちすぎて身動きもとれないだろう。
 セシルは何がおかしいというように、首を傾げていたが、大問題だ。セシルのほうが体格がいいし、がっしりとしているし。俺は父親似じゃなくて、母親似だから細身だし、筋肉がつきにくい。かといって、セシルと並んだら狭いわけで、ベッドは絶対に壊さないでほしい。
 セシルの筋肉を見ると、自分の貧弱さにため息が出る。別に、鍛えが足りないわけじゃないんだろうけど。


(体質、だよなあ~~~~ほんと、もう)


 父はあんなにがっしりとしているのに、俺はなんでこう細マッチョの部類なのだろうか。父のあの獅子のような男の中の男みたいな体格にあこがれているのに。どちらかというとセシルのほうが、それに近いというか。
 俺は、荷物を片付けながらため息を漏らす。ついでに、とセシルのも片付けながら、時々ベッドの上で何やら考え事をしているセシルを見る。セシルは天井を見上げ、手を伸ばしまま何も言わなかった。


「ニル、視線がうっとうしいぞ」
「あ、れ。気づいてた? いや、鬱陶しいっていい方。別に、何してるのかなーって見てただけ」
「そうだったのか、だったらすまない。言い方にとげがあったな」


 セシルはそういいながら、ベッドから降りて、俺のほうに来た。そして、自分のカバンの中にある最後の荷物を手に持って、それを引き出しへ片づける。


「今の何?」
「日記だ。一応、つけているんだ」
「毎日? すごいね。見せてよ」
「……だ、ダメだ。日記はそもそも人に見せるものではないだろ?」
「ええ、何その隠し方。見られちゃまずいものでも書いてあるわけ?」


 俺が、からかってやろうというと、セシルは全力で先ほど片づけた引き出しの前に立って両手を広げた。首を横に振って「ダメだぞ」と俺に牽制する。そんなにみられたくないものだろうか。まあ、日記だし、ちょっと恥ずかしいポエムとか書いてあるのかもしれない。親友でも踏み込んでほしくないところがあるのは当然だと俺は、降参というように両手を上げる。


「無理やりなんて見ないから、安心して。見せてくれる分に関しては嬉しいけど」
「くっ……見せる予定はない」


 耳が赤くなっているセシルが面白くて、もう少しからかってやろうかと思ったとき、廊下のほうが騒がしかった。耳をすませば、パーティーが始まるぞ、と上級生も混じって声をかけているようだった。


「もう、そんな時間か」
「そんな時間なんだね。残りの荷物……っていってもないけど、また後日片づけよう。セシルが楽しみなパーティーに行かなきゃ」


 カバンを隅のほうへよけて、俺はドアノブに手をかける。
 すると、忘れ物だ、とセシルに投げられたものを俺はうまくキャッチした。それは、持ってきた剣だ。もう身に染みているはずなのに、剣を忘れかけたことに、やってしまったと思いつつも、俺は、それを腰に下げる。


「ごめん、忘れてた」
「珍しいな、ニルが」
「そういうこともあるよ。ありがとう、セシル」


 ああ、と言ってセシルは自らの剣を前に押し出して言う。それから、寮の鍵を閉めて、パーティー会場へと向かった。
 モントフォーゼンカレッジには、五つの庭があり、その一つの庭でパーティーが行われる。パーティー会場にはすでに人が集まっており、料理のおいしそうな匂いが漂っていた。その匂いにつられてふらふら~と歩けば、ぷっと横でセシルが噴き出した。


「ニルは食いしん坊だな」
「えっ、いや、そんなつもりじゃ。セシルだって、おいしいもの見たら食べたくなるでしょ?」
「まあそうだが。ニルは、体格の割にあまり食べないほうだからな。珍しくて」
「ああ、それもそうだけど……」


 おいしいものは好きだし、家柄もいいから、いいものを食べてきたとは思う。でも、俺はあまり食べるほうじゃなかった。食べて肉をつけなければならないのだが、その方法がうまく取れないというか。少しのことでお腹いっぱいになってしまうのだ。それでも、お腹は空くし、おいしいものには目がない。


「お前が、おいしそうに食べるその顔は俺は好きだがな」
「なっ、なーに言ってんの、セシル!!」


 恥ずかしすぎる。
 というか、人が食べているとき見ないでほしい。見られていたのも知らなかったけど。
 そんなふうに、会話をしていれば、パン、パン、パンと拍手が鳴り響き、その音の主に注目が集まる。


「えーごほん、本日は、入学式お疲れ様だった。騎士科に新しく仲間が増えることを喜ばしく思う」


 喋りだした男は、暗い茶色の髪の毛をしており、体格もそれなりによかった。肩幅もあるし、筋肉質で背も高い。恵まれた体格をしているな、と同時に腰に携えられている剣もかなり使われているものだった。柄の部分が年季を感じる。


「俺は、四年生のアロイス・アインファッハだ。これから、よろしく頼むぞ」


 と、男アロイスは紹介を終え、フンと胸を張るように笑った。

 新入生たちは、あっけにとられていたが、タイミングが遅れつつもまばらに拍手をしていた。
 アインファッハといえば、伯爵位だったか。聞いたことある家名だったが、いまいちピンとこなかった。基本的に、騎士科にいる学生は、いい家柄というか、親が帝国騎士団に所属しており、なおかつ一軍とか近衛騎士に属しているものが多いと聞くが。


(一軍……だったかな、多分)


 全員を把握しているわけではないので恐縮だが、アインファッハ先輩の父親、伯爵は一軍に属している騎士なのだろう。先輩が、このパーティーを仕切っているということは、きっとこの学科の中で一番強いのだと。


(体つきは、そうだし、剣を見てもそううかがえるけど……実際どうなんだろうか)


 値踏みしているわけでも、舐めているわけでもないのだが、なんというかあまり品性を感じない。初対面の相手にこんな感情を抱いていいかわからないが、そう思わせている相手も相手だろう。周りを見れば、いまいち状況を理解できていない新入生であふれかえっている。上級生に関しては、いつものことだと流している人もいれば、先輩のファンなのかキャーと叫んでいる人もいた。どこからかヒューヒューと口笛も聞こえてくる。
 そんな歓声を受けながら、先輩は「では、まず」と周りに静まり返るよう促した後、手を挙げた。


「騎士科恒例の、エキシビションマッチを行おうか」


 上級生は、待ってましたと言わんばかりに盛り上がっている。しかし、やはり新入生のノリは悪い。
 だが、先輩は気にする様子もなくエキシビションマッチの説明を行った。
 セシルがいっていたやつはこれだろう。
 先輩曰く、このエキシビションマッチは、騎士科で今トップの成績を収めている先輩と戦えるというもの。先輩に一撃でも食らわせられたものが勝利、先輩からの攻撃は基本なし、防御だけ。受け流すのはOK。また、新入生は束になって先輩に攻撃してもいいらしいのだ。このルールでいったら、先輩が相当強くなければ、連携で負けるのではないかと思った。いくら新入生だからとはいえ、何人かは腕の立つ人はいるだろうし……
 よっぽど自信があるんだなとはうかがえるが、どうなのだろうか。


「どうする、セシル? 俺たちもやる?」
「一人相手に複数人というのがよくわからない。そんなに強いのか?」
「……せ、セシル。それ、本人に言うなよ……? 一応先輩なんだから」
「アインファッハ伯爵は、確か数十年かけて一軍に昇格した。だが、一軍どまり。しかも、昇格したのはつい最近だ。親がどうというつもりもないし、その努力は認められるべきだろう。だが、あの男から感じるのは、父親の地位を利用した他者の見下しだ」
「……セシル」


 ああ、腑に落ちた気がする。

 セシルの言っていることが全部正しいかはおいて置いて、あの男……先輩から感じたのは、明らかにこちらをなめてかかっている態度。あれは、騎士としていただけない。俺たちを歓迎しているようで、実際は歓迎していないような態度。このエキシビションマッチは伝統だから、この男が、というわけではないのだろうが、新入生を痛めつけて、上級生との上下関係を作るというようにもとらえられてしまう。きっと、そうなのだろう。
 騎士の階級もそんな感じだ。清廉潔白、誠実に紳士的に、なんて上っ面だけで、その中はどろどろとした階級争いが起きている。他者を蹴落とそうとも、自分がいい地位につけるためならなんにでも。さすがに、何でもやったらバレて退職させられるのだが、不正工作に、いじめは起きているだろう。それこそ、下の階級に行けば行くほど。
 父ほどになれば、そんな争いに巻き込まれることもないし、父自体が強さの象徴であるため、憧れを抱かれている。その分、妬みも、だが、父はそういうものに一切興味がなく、ぶつかられても笑顔で済ませるような人だ。犬に噛みつかれても、笑っていなすほどに、父はよくできた人だから。

 新入生は、戸惑いつつも、やりますというように手を上げる。先輩はそれを見て嬉しそうに口角を上げ、皆に周りに散るように言った。新入生は合計で八人立候補し、先輩を取り囲むように剣を構える。皆、逃げ腰だし、やはり剣の持ち方も定まっていない。大して、先輩はいつでもどうぞというように、急所を見せびらかしている。よっぽど余裕があるらしい。

 エキシビションマッチを取り仕切っていた他の先輩の「はじめ!」の声で戦いの火ぶたが切って落とされる。
 新入生たちは真正面から先輩に突撃していったが、いとも簡単に薙ぎ払われ、酷い人は地面に倒れて顔面を強打するなど見ていられない。八人もいたのに開始数秒で半分は地面に突っ伏しているし。どうにか鍔迫り合いに持っていったとしても、力負けして後ろへのけぞる。残った二人も、勝ち目がないと思ったのか両側から挟んだ攻撃を仕掛けるが、それもむなしく払いのけられてしまった。
 強さは確かだった。だが、手加減していないようで、八人とも全員どこかしら怪我をしていた。
 あれほどの実力があれば、手加減することだって可能だろう。だってこれは、決闘でもない、エキシビションマッチなのだから。まあ、手を抜かれたと知られれば新入生のプライドが傷つくかもしれないが。曲がりなりにも騎士なのだから。


「はあ~今年の一年生は、骨のないやつらばかりだな。そんなんで、四年間やっていけるのか?」


 と、先輩は呆れるように言って、なあ? と後ろにいた同学年の学生に笑いかける。すると、後ろにいたやつらもにやにやと笑って、「そうだな」、「すぐ家にかえっちまうかもな」と口々に悪口を言う。

 居心地があまりにもよくない。

 俺は今すぐにでもこの剣を鞘から引き抜いて切りかかりたい衝動にかられたが、スッとその手をセシルが制止した。冷たくなっていた手が、セシルによって温められる。


「ニル。あんなやつに真剣になっても無駄だ」
「でも、セシル……」


 あまりにも一方的、痛めつけるような、見せつけるためだけの試合。こんなのが許されていいのだろうか。
 ここにいる人は少なくとも、騎士を志す人で――


「……っ、皇太子殿下?」


 ザッと俺の前に出たセシルは、ただならぬオーラを放ち先輩と対峙した。先輩はセシルに気づいたのか、顔色を変え、そして目を細めた。
 俺にはああいっておいて、セシルもなんだかんだ怒ってるじゃん、と俺は苦笑するが、セシルの周りの空気は冷たかった。


「アインファッハ伯爵子息、見事だった」
「ハハッ、殿下に褒めていただき、光栄の至り。もしよければ、殿下もどうです? エキシビションマッチですし、今日は、無礼講で」
「無礼講を許すかどうかは、貴様ではない」


 ピリリと空気が変わる。先ほど笑っていた上級生も、負けてないている新入生も、皆セシルの気に押されて固まっていた。
 アインファッハ先輩は、頬を引きつらせつつも、笑顔を取り繕って「へえ、でも、学園ここでは俺が先輩ですよ?」と、わざとなのかセシルを挑発する。セシルはピクリと小指を動かしたが、それ以外は動かさず、ただ先輩を見て突っ立っているだけだった。しかし、セシルは、剣の柄に手をゆらりと当てる。


「ああ、そうだな。ここでは貴様が先輩だな。面白い、では新入生を代表して、決闘を申し込もう。アロイス・アインファッハ」


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