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過去編

あの頃の僕ら 5

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 新品の制服に袖を通し、腰に剣を携える。鏡の前で深呼吸をし、よしと声を腹から出せば、鏡の中の自分と目があった。澄んだ快晴の色をしているそれは、見方によっては氷のように光を反射する特殊な色に見えるかもしれない。
 今日は、モントフォーゼンカレッジの入学式だ。
 寝癖がどうにも治らず、ピンと立っているのだけを除けば完璧な姿に、自分でも惚れ惚れする。完璧な姿で、彼の隣に――

 そう思っていると、トントンと扉がノックされ「ニル」と俺の名前を呼ぶ親友の声が聞こえてきた。俺は、すぐに駆け寄って、扉を開く。扉の向こうに立っていたのは、同じくモントフォーゼンカレッジの制服に身を包んだセシルだった。銀色の髪に、夜色の瞳は、モントフォーゼンカレッジの制服姿をさらに際立たせる。全身ダイヤモンドをちりばめているみたいだ。少し眩しい。


「似合っているな。前にも言ったが、ニルは白が似合うな」
「そうかな? 髪色は黒だから、まあ映えるかもだけど。でも、セシルのほうが似合ってるよ。かっこいい」
「そういってくれるのは、ニルだけだ」
「そんなことないよ。だって……いや、セシルはかっこいいよ、いつだって」


 これだけかっこよかったら、女子学生が惚れてしまうんじゃないかと思う。彼がいくら皇太子だからといっても、身分のことを考えないで、淡い恋心くらいは抱いていいだろうし。歩けば、みんなが振り返るんじゃないかって程、輝いている。そんなセシルを妬むような人が現れないことは祈るばかりだけど。
 俺が、そういうと、セシルは照れ臭そうに頬をかいていた。


「遅れないよう、出発しよう」
「あれ、馬車だと間に合わないよね?」


 馬車でここを出ても、つくのはぎりぎりになるのではないだろうか。そう思っていれば、セシルが答えを教えてくれ、目の前に手が差し出される。


「転移魔法を使える魔導士を呼んでおいた。これで、間に合うだろ?」
「う、うん。でも、何で手?」


 握れ、ということなのだろうが、十六になると、少し恥ずかしいところもある。だから、できるなら、並んで……とかがよかったが、セシルが何で手を取らないんだ? という顔をするので、俺はため息をつく暇もなく彼の手を取った。変わらないのはいいことだと思う。
 ぎゅっと彼の手を握れば、温もりが手を伝ってくる。このセシルの温度ももう何度も感じている。今でも、たまに二人で寝ることはあるけど、周りからちょっと白い目で見られるようになった。だから、最近では、別々に寝ている――が、セシルは「周りの目など気にする必要ないだろ」と、特別気にしている様子もなかった。俺的には、思春期入っているので、周りの目を気にしてしまうのだが、セシルはそういうのを気にしないらしい。堂々としていて、そこは男らしいと思う。ただ、俺は彼が皇太子であることも忘れていないので、彼の体裁が悪くなるようなことは避けたいのだ。きっと、俺がいっても聞いてくれないけど。
 それと、俺だって別に嫌なわけじゃない。セシルが隣にいてくれるのは嬉しいし、安心できる。でも、周りが良しとしない。


「ほら、いくぞ。ニル」


 と、俺の手を掴んで駆け出す彼が好きだ。背中をおって走っていると、目に入るかすかに揺れる銀髪も、漂ってくる匂いだって嫌じゃない。ずっとこうしてきたはずなのに、今でも新しい気持ちで彼をみえる。毎日が新鮮だ。

 俺たちは、宮廷魔導士の力を借り転移魔法でモントフォーゼンカレッジへととんだ。学園につくと、すでに人がわらわらと集まっており、式の会場へ向かって歩いていく。流れができているので、それをたどっていけばいずれつくだろう、と俺たちはそこでようやくぱっと手を離した。


「そういえば、今年の試験の最高成績者ってセシルだったよね」
「うっ……」
「うっ、て何。俺びっくりしたんだけど。言ってくれなかったから、この間まで知らなかったし。ねえ、セシル? 新入生代表の言葉を言うのは、セシルなんだよね」


 俺は、セシルの顔をぬっと覗き込むように見てやる。すると、セシルはいたたまれないようにパッと目をそらして、口元を引くつかせていた。

 新入生歓迎の言葉があれば、新入生代表の言葉があるのもまたしかり。

 新入生代表の言葉は、今年度の試験で最高成績を収めたものがするようになっている。必然的に、入学生は、その年のトップを知ることとなるのだ。それでだが、試験内容は推薦、一般入試、特待生とすべて違う。特待生に関しては、本当に基準が特別なので除外らしく、推薦枠と一般入試の中で総合得点の高いものが選ばれるらしい。ただし、選ばれたとわかるのは一位のもののみ。そのほかがどのような点数だったのかは開示されない。もちろん、一位も一位ということしかわからない。


「ニル、圧がすごいぞ……」
「圧かけてるの。練習した?」
「…………………………した」
「まあ、そうだよね、セシルだし」


 セシルは、堅苦しいこととか目立つことはあまり好きじゃない。だから、黙っていたのだろうが、練習位付き合ったのに、と俺はちょっと文句を言ってやりたかった。本番で失敗しても、それはセシルの責任だけど。
 セシルは、すまない、と謝ったうえで、胸から代表の言葉が書かれた紙を渡した。渡されても、ここで読めないんだけど、と俺が冷たい目を向けると、また委縮して「タイミングを逃したんだ」と言い訳してきた。珍しく、セシルが腰を低くしていたので、全部どうでもよくなって、俺は紙を返した。


「読まないのか?」
「うん。セシルがなんていうか楽しみにしてる」
「……形式的なものを少し弄っただけだ。それに、皇太子がこれを読むなんて、つまらないだろ」
「まあ、確かに。今年の人たちは委縮するかもね。同学年にセシルがいるんだ―って」
「だから、嫌なのだが……」


 うぅ、と頭が痛そうにセシルはうめいていた。
 それは、避けようがないことだと思うけど。さっきまで、セシルが学園を歩くだけで、女子学生を惚れさせてしまうんじゃないか! とバカみたいに内心はしゃいでいたが、事態はそれよりも深刻というか、リアルだった。
 俺たちの横を通る人たちは、なんだなんだとちらちらとみている。だが、誰かがセシルの正体に気づいたらしく、「ああ!」と声を上げたので、俺とセシルは同じタイミングで振り返ってしまった。目があった学生たちは、俺たちを見て固まっている。指をさしていた学生はサッと腕を下ろして、後ろに下がった。


「皇太子殿下……?」
「皇太子殿下だ……」
「そうか、今年は確か……」


 と、口々にいう。人はだんだんと集まってきて、人だかりができていく。

 道の往来で立ち往生したのがいけなかったのだが、ここまで注目を集めると――そう思って、セシルのほうを見れば、苦々しい顔をしていて、手に持っていた紙がくしゃりと握りつぶされた。
 ああ、これはまずいな、と俺は「セシル」と彼の名前を呼ぶ。すると、弾かれたように、セシルの目がゆっくりとこちらを向いた。


「代表ってことは、練習じゃないけどあるんじゃない? まあ、なかったにしても、早めに準備しようよ。ね?」
「……ああ。本当に、ニルは気が利くな」
「何年一緒にいると思うの。セシルのこと一番理解してるのは、俺だよ。それだけは、すごく自信ある」


 セシルが嫌なことも、好きなこともなんだって理解してるつもりだ。そのうえで、今何をしてほしいか、何をするのがいいかを瞬時に考え、実行することにもたけていると思う。それほど、彼とずっと一緒に生きてきたのだから。
 俺がにこりと微笑めば、いくらかセシルの表情も優しくなった。そして、セシルはいくかといって歩き出す。学生たちは、セシルが移動するのと同時に道を空け、俺たちを不思議そうに見つめていた。好奇の目にさらされてはいたが、俺は気にしなかったし、少しでもセシルが気にならないようにと、一番視線を集めるところにわざと重なるように歩いた。それに、セシルは気づいたらしかったが、ここを切り抜けるまでは何も言わなかった。
 そして、静かな吹き抜けの廊下に出れば、セシルはぴたりと足を止めた。


「どうしたの、セシル」
「いや、これからも、こんな感じかと思ったんだ。お前が、機転を利かせてくれたからよかったが」
「……仕方ないよ。セシルは、セシルだけど、みんなからしたら皇太子だから。いくら、同学年でも、ね」


 言いたいことはだいたいわかる。だから、あえて口にして俺はこう思っているからと伝えてやる。セシルは、こちらを振りかえって、夜色の瞳を俺に向けた。少し揺れている。水に波紋が広がったように。
 たったあの一瞬、集めた視線。その視線は俺たちが思った以上だった。パーティーに出ても、セシルはそれはもう目立つ存在だけど、それ以上に、同学年、年の近いものたちだけが通う場所でも同じように、それ以上に彼は目を奪ってしまう。みんながセシルを見て、それぞれ感情を抱く。それは、恐れ多いという畏怖の念だったり、神々しさと高貴なまでのオーラにあてられての硬直や緊張だったり様々だ。しかし、セシルを皇太子というフィルターを通さずに見ることができる人は少ない、というかあの場にはいなかった。セシルが気にしていたことは的中して、彼は落ち込んでいる……といったところか。

 学園では、ただのセシルとしていられるはずだったのに、とそうセシルは落ち込んでいるのだ。
 まあ、俺的にはそうなるだろうなと予想していた結果だったが。セシルだってわかっていたはずだけど。


「落ち込んでいるわけじゃない……いや、これは強がりかもしれないが。そうだな。いつも通りの視線だ」
「そうだよ。それが嫌なのはわかってるけど、どうしてもね。だからって、学校をやめたりしないでしょ?」
「まさか。当たり前だろ、ニル。俺は、ニルとの学園生活を楽しみに……あ」
「何? セシル」


 セシルは、何かに気づいたように口をバッと抑えた。はらりと、紙が落ちていくので、俺はそれを目で追って、拾い上げる。


「ああ、ありがとう」
「どういたしまして。で、何? セシル。そんなに驚いて」
「……お前は同じ気持ちか?」
「同じって、何が……ああ、学園生活? そりゃ楽しみだったよ。だって、さ、ほら。ここなら、ルームメイトっていう名目で一緒にいられるわけじゃん? 皇宮にいたときよりも自由度はあると思うよ。周りの目を気にしなくて済む」


 モントフォーゼンカレッジは、寮制だ。もちろん、男女は分かれているが。それで、俺とセシルは初めから決まったルームメイト。本来はランダムで、学科別なのだが俺がセシルの護衛ということで特別に。だから、俺はこれから四年間セシルと同じ部屋なのだ。親友、幼馴染、ルームメイト。いろんな言葉を俺たちは増やしていく。特別が増えていくようで俺は好きだ。
 セシルは「そうか、同じか」と呟いて、俺から紙を受け取って、胸ポケットにしまった。


「今から、いろいろと考えても仕方がないな。ニルがいてくれるだけでも、俺はいくらか救われる」
「何それ。まあ、でもそうだね。俺しか、セシルをただのセシルとして見れないんだから。俺は、セシルの特別だもんね」
「……っ、ああ、特別だ。ニル、お前は俺の特別だ」
「二回も言わないでよ、恥ずかしいな」


 本人に言われると照れてしまう。
 俺は、恥ずかしさに視線をそらしつつ、目についた時計塔を見上げる。大きくて長い秒針がかちりと動く。まだ、鐘はならないが、時間は過ぎている。


「こんなところで油うってないでいこっか。入学式、出席しなきゃでしょ。優等生として」
「優等生? なのか、俺たちは。だが、そうだな。行くか、ニル」
「うん、セシル」


 彼が歩き出すタイミングに合わせて一歩を踏み出す。同じリズムで歩くのも心地がいい。今は手をつないでいないが、手をつないでいるような気分にもなる。彼の横を俺は歩いていた。ずっとこれからも彼の隣で……そんな未来も少し描いて。


 そして、この後入学式を無事終え、彼の代表の言葉を聞いた。相変わらず、堂々としていて、先ほど少し緊張していた人間が嘘のようだった。本当に何でも完璧にこなしてしまう親友がうらやましいし、誇らしい。入学式後、どうだった? となぜか自信満々で言ってきた親友に「二百点満点」と俺はかえしてやって、トンと胸を叩いた。セシルは、驚いた顔をしていたが、俺のその手を取って「失敗するわけがない。お前のためにもな」といったのは、とても印象に残った言葉だった。


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