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過去編
あの頃の僕ら 4
しおりを挟む時の流れとは実に早いもので、俺たちは十五になり、誕生日を目前にある封筒を待っていた。
「落ち着きがないな、ニル」
「当たり前だろ! 今日、なんだから。その、推薦入試の結果」
「推薦だ。それに、まあ俺たちは落とされることないだろう」
「そうはいっても!」
そうはいっても、気になってしまうのだ。
セシルの部屋で、ぐるぐると回る俺を彼は呆れたように見ていた。セシルは大丈夫だろうと構えているが、俺は心配性なのだ。
冬に受けた入試がちょっとしたミスにより結果発表が遅れてしまった。そのため、他の入試方法と変わらない今日に結果発表が行われる。
ここ数年の間、刺客に狙われることはありながらも、代り映えしない日々精進とした生活を送っていた。隣国との対談にも参加し、セシルは皇太子として、未来の皇帝としての一歩を歩みつつあった。俺は、その隣で彼を守る護衛騎士としてふるまう日々。こちらも、板についてきたと父に言われた。俺としてはまだまだだし、父ももちろん褒めてはくれるが気は抜かないようにと強く言う。剣術に関しては、父との特訓により、近衛騎士にも劣らない強さを手に入れた。だが、重量のある攻撃は向いていないようで、代わりに素早い攻撃が俺の武器ともいわれた。短所を克服するよりも、長所を伸ばせ。俺は、自己分析を行い、最適な戦い方を身に着けている最中だ。それでも、周りからしたらレベルが高いと。
また、魔法の訓練も行ったところ、かなり素質があるということが発見された。数年前のセシル誘拐未遂のときにつかった魔法は使い方によっては、魔力量を抑えられるのだと教えられた。そのため、半年に一度あの魔法の訓練があった。はじめこそ、うまくいかなかったが、今ではかなり物になっている。だが、あくまで奥の手のため頻繁には使わない。
俺の身体は魔力量はあるが、魔法を発動するときの出力に問題があるという欠陥仕様らしく、下手すると寿命を縮めるとまで言われた。ちなみに、その話はセシルにしていない。
まあ何はともあれ、あの日よりも成長している……それだけは確かだろう。
「もし、俺だけ落ちたてたら?」
「そんなことになったら、俺は、入学しないつもりだぞ。ニル」
「うぅ……セシルのそういうところ嫌い」
「何故だ!? 俺は、ニルと一緒がいいといっただけじゃないか」
「もう子供じゃないんだから、自立はしてよ……というか、俺のせいでセシルがいきたかった学園にいけなくなるほうが胸が痛い」
親友同士だけど、何から何まで一緒というのはどうだろうか。別に嫌じゃないし、むしろセシルが一緒がいいといってくれることに喜びすら感じる。しかしながら、セシルには耐性をつけてほしいとも思うのだ。世の中甘くないこと。もちろん、セシルは皇太子として常に気を張っていなければならない。威厳ある姿を、堂々としていなければならない。だから、俺の前では気を抜いてほしい。そのメリハリはあっていいだろう。でも、その時間が少しずつ減っていくだろうし、俺がもし死んだとき、セシルは耐えられるのだろうかと。
俺が死ぬ、なんて想像したくないし、死にたくもなければ、死ぬつもりもない。血反吐を吐いてでも生き残って見せる絵と思うのだが、人生何が起きるかわからないのだ。
そういういつかのための覚悟は持っていても余計ではないだろう。
セシルは、ぐぬぬ、とうなるように俺を見ていたが、俺は試験の結果がどうだったか気になって気になって仕方がなかった。
推薦だから基本は落ちない。体力テストも、技能面も万点近い数値は出せたはずだ。ペーパーテストも……いや、一問だけで間違えた。あれははっきり覚えている。間違えたのが一か所だけと俺が思っているだけかもしれない。そう考えると胃がすぼむ。
「試験はもう終わったことだ。考えても仕方がない。祈って試験結果が変わるわけじゃない」
「セシルは、いいよね! 楽観的で」
「俺は、ニルは落ちないと思っている。俺のニルはあんな試験で落ちるような人間じゃない。そう信じてるだけだ」
と、セシルは自信満々に胸を張った。
その言葉に、ポンと背中を押される。手のひらににじんだ汗が引いていくようだった。
セシルの言葉は魔法だ。
「セシルが、俺に意地悪した……」
「なっ、俺がいつ意地悪したっていうんだ。ニル……ついに、頭がおかしくなったか?」
「ひどくない? それは、ちょっといただけないセリフだよ。セシル」
カウンターが変化球……いや、ストレートだったので、顔を上げればセシルはきょとんと首を傾げていた。発言がひどかったことについて理解していないらしい。親友としても頭がおかしくなったはいただけない。口を利くべきか、きかないべきか悩ましい問題だ。
(……はあ、一次の感情に流されるのはよくない。俺が悪かった)
セシルは、俺を信じてくれている。ならば、俺も堂々としておくべきだろう。落ちていない。そう、試験に俺は落ちていないのだ。
もし、落ちていたらセシルが入学を取りやめるというのだから、受かっててくれないと困るわけで。俺もそうだが、できるセシルでさえかなり勉強していた。それほどまでに、モントフォーゼンカレッジに入学したいのだと。
夢の学園生活。俺も憧れていないわけではなかった。ただ、少しだけ懸念点があるとするのなら、ちゃんと青春を送れるか。いや、セシルが他の人と青春を送っている姿を見て、俺がどう思うのか、か。
(なんか、独占欲っぽくてあんま俺らしくないかも)
セシルは、それを夢見ているのだから、俺もそうあってほしいと思う。セシルが青春を謳歌できるのであればそれでいいと。でも、考えるとモヤモヤするのだ。
セシルは、ベッドサイドに腰かけ、ふうと息を吐いていた。
「まあ、とにかく落ち着け。ニル。先ほども言ったが、済んだことだ。それに、お前のそれを別の言い方で表すなら、そこまで真剣に取り組めているってことだろう。自分の些細な間違えにも気づける、いいことなんじゃないか?」
「セシルがそう言ってくれるなら、そういうふうにとらえることにするよ。隣いい?」
「ああ、もちろんだ」
一応確認を入れてから、セシルの隣に腰を下ろす。二人座ると、ベッドはかなりへこむ。
セシルは、俺の顔を覗き込んで、意味もなく笑っていた。
「何。俺の顔に何かついてるの?」
「いや。先ほどよりかは、いい顔になったなと思って。やはり、ニルはその顔がいい」
「変なこと言うなあ……どんな顔」
「鏡を持ってこようか?」
「さすがに、そこまでは結構。セシルも……そう、最初よりもいい顔するようになった」
俺がそういうと、そうか? というようにまた首を傾げる。
ほら、俺もそうだけど、セシルだって自覚がないじゃないか。セシルとの出会いという出会いは思い出せない。だってずっと一緒に育ってきて、物心ついたときにはそこにいたのだから。だから、出会い、というよりかは親友のセシルになったときから、俺たちは変わったのだと思う。
昔、セシルは眉間にしわを寄せた怖い顔をした堅い表情の子供だった。何をしても起こっているような顔、でもそれは周りからの期待に応えようと作り上げた隙の無い表情。感情に流されない悠然とした皇太子の姿。セシルの中で作り上げた皇太子セシル・プログレスの姿だった。
だからたぶん、俺と話しているときも、どこかそれが抜けなくて、言葉も足りなくてすれ違っていた。俺は、そんなセシルがはじめは怖かったし、この人に将来仕えるんだからと一歩引いたところで見ていた。同い年なのに、そこには距離があった。けれど、それをぶち壊してこちらに入ってきてくれたのがセシルだった。セシルから、俺に歩み寄って彼から親友のニルというものをもらった。そこからは、早かった。俺たちが打ち解けるのは。
(セシルの笑顔って、俺しか知らないよな。俺だけだよな……)
特別感、優越感。
本当のセシルを知っているのは俺だけだと思うと、なぜか心が温かくなって、誰かに自慢したくなる。だが、誰にも見せたくないという気持ちだって確かにあって、せめぎあっていた。
セシルが隣にいるのが当たり前になり、またセシルの隣にいるのが当たり前になっていた。互いに、もう切っても切り離せない存在だ。
それと、セシルのことを理解できるからこそ、彼の些細な変化に気づけるようにもなった。未だに、言葉が足りないセシルの気持ちを読み解くことも簡単になってきた。
「セシルも笑ってるほうがいいね。ほら、あの日まではさ、こう目も吊り上げて、眉間にしわ寄せまくって。怖かったし」
「……だから震えていたのか?」
「それもあるけど、君が皇太子だったからかな。一番の問題は」
そうか、とセシルは言ってうつむいた。
「もう、気にしてないよ。ああ、いや、君が皇太子として公式の場に出るときは俺も皇太子セシルとして扱うけど。今は、俺の前にいるときだけはただのセシルでいてくれるじゃん。それがいいって話」
「お前も、ただのニルでいられるからな」
「そうそう。君が、最初に手を差し伸べてくれたからだよ。セシル。君が歩み寄ってくれたから、今の俺がいるんだと思う。この関係も」
恥ずかしいけど、これも言っておこうと口にしておく。
実際に、すべてセシルのおかげで今があるわけだから。俺だったら一生彼に歩み寄ろうとしなかっただろう、チキンだし、ちょっと堅いし。
セシルは俺の言葉を受けてか、少し耳を赤らめて「ニルが……?」と信じられないような顔をしてまた顔をそらしてしまった。
照れてるのか~? と、からかってやろうという意気持ちが出てきたとき、トントンと部屋がノックされる。セシルは、表向きの顔に戻り「誰だ?」と扉の前にいる人間に尋ねる。扉の向こうから自身の名前と職業を名乗り、要件を話す使用人の声が聞こえた。使用人は、封書が届きましたと俺たちに告げる。
それは言わずもがな、あれだ。
セシルは入っていいぞと許可し、使用人が入ってくる。手には大事そうに茶色い封筒が二つ抱えられている。使用人はそれを俺体の前まで持ってくると、丁寧に手渡しし、サッと部屋の隅へと避けた。
「待って、吐きそう」
「またか、ニル。もうここまで来たんだ、腹をくくれ」
先ほどまで、もう大丈夫だ! と思っていたが、全く大丈夫じゃなくなった。手に持った瞬間軽かったが、中身の内容の重みに気が遠くなる。だが、セシルに一喝され、俺は同じタイミングで封書を空けることとなった。一人一人でもよかったが、そのあとやってくる、喜びか絶望か、抱えられないだろうなと思ってタイミングをそろえた。
封を切って、恐る恐る中身を取り出す。中身は賞状のようなものになっており、そこには、大きく合格の文字と、赤いハンコが押してあった。
俺は目を見開き、次にセシルのほうを見る。セシルは、堂々としており、もちろんその賞状には合格の文字が印字されている。
「せし……」
「やったな、ニル。ほら、いった通りだろ?」
はじめから分かっていたようにいうセシル。でも、その顔に喜びの色が見えたのは言うまでもない。
抱き着きたくなる衝動を抑えて、俺は封筒に合格証を戻した。それから、もう一度セシルのほうを見て、笑顔を作る。よかった、おいていかれないし、これからもずっと一緒だ。そんな思いを込めて笑ってやれば、伝わったのか、セシルも微笑み返してくれる。
封書を持ってきた使用人は微笑ましそうに俺たちを見て、それから他にも渡すものがあると他の使用人を呼びつけた。使用人たちが持ってきたのは、モントフォーゼンカレッジの制服だ。
俺たちが受けた学科は騎士科だったので、誠実さを表す白が基調とした制服。そこに、金色のラインが入っていたりと、制服にしては豪華なつくりになっている。
俺たちは使用人たちに出ていってもらい、互いに背を向けて袖を通す。サイズもぴったりで、すでにテンションは荒ぶるほどに高くなっていた。着れた? と、振り返れば、同じタイミングで振り返ったセシルと目があう。
「……セシル、似合ってる」
「ニルも、な。すごく」
俺よりもばっちりと着こなしたセシルがうらやましかった。でも、すごくかっこよくて魅力的に見えてしまって、目が潰れそうだ。
なんで同じものを着ていて、こうも差が出るのだろうか。というか、セシル光っていないか? と、俺は目を細めた。セシルは何をやっているんだ、と言いながら「かわいいな」と聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやいていた。
俺は、とぎれとぎれにしかそれが聞取れず、聞き返そうかと迷ったが、やめてセシルがつきだしてきた拳を見た。
「よかった、これからも一緒だな、ニル」
「もちろんだよ、セシル。これからもよろしく、親友」
こつんと、拳を合わせて笑いあう。
安堵と、これからの期待で胸がいっぱいになる。セシルと学園生活、楽しみで仕方がない。
(よかった、セシルと、これからも……)
胸が温かくなるのはなんでだろうか。期待? それとも、他の何か違う感情だろうか。今はまだわからなかったが、この高揚感だけは、手元にあるものだと思った。セシルとこれからも一緒。そして、彼を守るために日々精進。
俺は、新たな決意を胸に、まっすぐな空色の瞳をセシルに向けてやる。セシルの夜色の瞳には俺だけが映っていた。
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