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第1部4章 親友であって親友じゃない

06 足止め

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 会場には多くの人が集まっており、プログラム通りに進んでいく式を静かに聞いていた。舞台袖で、セシルはもう一度挨拶の確認をしていて、俺はそれを聞いていた。


「今、少し早かったかも。あと、声裏返った?」
「そうか……俺のイントネーションが違うのかもしれない」
「そんなことないと思うけど。緊張してる?」
「いや、緊張はほぐれた。ただ、こういう場は苦手だな」
「それを緊張してるっていうんじゃないの?」


 セシルは、頭が痛い、というように額を抑えていて、俺はそれを見て笑ってしまった。
 セシルの苦手なことは、皇太子らしく振舞うこと、執務、責任……もっといろいろあるが、とにかく身分に縛られることが嫌いで、苦手だった。皇太子らしくあらなければならない。学園でもしばし、皇太子として見られて、そのたび彼が嫌な顔をしてきたのは知っている。みんな、セシルは皇太子だという認識でしかなく、彼を同級生とか、先輩とか、後輩とかという目で見ないのだ。
 セシルはそれが窮屈でたまらないと何度も愚痴をこぼしていた。
 今だって、何者でもないセシルでありたいのに、皇太子としての責務を果たさなければならないと肩に力が入っている。先ほど、俺に甘い言葉をかけた人間とは思えないくらい、顔つきも変わって、皇太子としてのセシル・プログレスがそこにはいるのだ。十分に、彼は責任を果たそうとしている。周りから見たら、それは気づかない些細な誤差。でも、俺は長く彼のそばにいるから気づいてしまう。


(どっちも、セシルなんだけどな……)


 俺に二面性があるかといわれたら、ない。だが、親友としてのニル・エヴィヘットと、彼の護衛としてのニル・エヴィヘットは違うのではないかとは思う。それをお二面性として言うには少し乱暴な気がするから言わないだけで。俺たちの間に透明な壁があるのだ。身分という透明で分厚い壁が。


「でも、セシルはいつも通りでいいと思うよ。いつもしっかりしているから。皇太子として……って思うのは、すごくいいことだけど、自然体のセシルでも大丈夫、って俺は言いたいな」
「そういってくれるのは、ニルだけだ」


 と、セシルはこちらを向いて微笑む。少しだけ緊張が和らいだようで、俺も思わず笑みがこぼれた。


「そうそう。俺はセシルの永遠の味方だから。ドーンと構えてたらいいよ。君の周りのみんなが失望したとしても、俺は絶対に君を見放さない。だって、セシルはセシルだから」
「心強いな。俺が全ての人間を敵に回しても、味方でいてくれるということか?」
「まあ、そうだね。でも、わざと敵に回すようなことはしないでよ? セシルの命が狙われるようなことになったら俺は嫌だから」

 
 今だって、敵が少ないとは言えない。
 セシルが完璧だから妬んでいる貴族がいるというか、揚げ足を取りたい貴族がいるのは事実だ。セシルが、平民に対しても優しく接しており、平民から功績を残し貴族の地位を与えられたものもここ数年で増えた。そのせいもあって、純貴族があまりいい気持ちじゃないというか。古き良きを大切にする貴族の伝統、考え方。セシルと、現皇帝はどちらかというと、新しい国を作っていくという方針で、合わないのだろう。貴族制度が撤廃されることはなくとも、その権力は今よりも弱くなり、平民との差が徐々になくなっていく可能性だってある。
 俺は、それでもいいと思うし、それこそ平等の思想だとは思う。


(けど、自分の力がなくなるのを恐れている貴族の反乱が、起きないとも限らない)

 
 穏健派だけではない。だが、過激派がいるわけでもない。皆虎視眈々と、そして陰湿に妬み、揚げ足をとろうと画策しようとしている。それにいち早く気付き、鎮圧するのが、俺たちの役目でもある。不正も、クーデターも起こさせない。 
 それに、セシル以外誰が次の皇帝になるんだとなったとき、第二皇子のネーベルしかいないわけで。しかし、ネーベルはまだ幼いため、力もなければ、政治的、経済的な見方ができないというか。まあ、それを利用しようとしている輩も少なくはないだろうが。


「俺はセシルの安全が一番だから。まあ、何があっても主人であり、親友であり……ね、君のことは守るよ。約束する」
「ああ、本当にニルには頭が上がらない」


 肩をちょっと上げて、微笑んだセシルの顔を見ていると、変な気は起こさないだろうなと思う。
 何があっても、守るって約束したし、俺は彼の騎士であるから。でも、春休みと同じようなことは絶対にしない。今度こそ強くなって、自分もセシルも守れる俺になる。

 そうしているうちに、プログラムは進んでいき、次の次という順番になったとき、舞台裏の入り口付近で聞きなれない嫌な音がした。ゴッと固い何かでなぐられるような鈍い音が響く。セシルも聞いたようで、彼の目つきが一瞬にして変わった。
 また、音ともに漂ってきた鉄臭さに、俺は鼻を曲げる。自然と眉間にしわがより、険しい顔になる。


「……何? てか、この臭いッ!!」
「外には、警備隊がいるはずだが……ニル、教師を呼んできてくれ。俺は状況を確認する」
「待って、セシル――待って!」


 駆け出したセシルの腕を俺はつかむ。セシルは振り返って、俺のほうを見たが、なぜ止めるんだといわんばかりの顔で睨んできた。緊急事態だから、状況を把握しないといけないから――これは正しい行いだと目で訴えてくるのだ。
 それはもちろんわかっている。外で聞こえた鈍い音、何かを切り裂くような音、そして血の匂い……嫌な予感しかしないし、考えたくもないが何者かが襲撃してきたとしか。負傷者が出ているのは確かだった。どのように警備をくぐり抜けてきたかも気になるが、問題はそこではないのだ。


「ダメ、セシルはここにいて。というか、俺と一緒にいて」
「だが!」
「……危険なの分かるでしょ? セシルが強いのも、正義感があるのもわかる。でも、ダメ」


 彼の腕をつかむ手に力を籠める。
 セシルのやろうとしていることは正しい。状況把握は必要だろう。だが、それをセシルがしなければならない義務はない。むしろ、セシルがいったら狙われるのではないかとすら思う。狙いがセシルかはわからないが、とにかくセシルが前に出てはダメだと思った。
 嫌なことがフラッシュバックする。春休み。セシルが狙われたときのことを。
 もちろん、二人でいれば安心というわけじゃない。それでも、二人でいるときは俺は命を懸けてでもセシルを守りたい。 
 セシルは、腰に下げていた剣をぐっとつかんで、奥歯をかみしめた。


(アイネが狙いなら、ここにいない……でも、会場の裏口、舞台袖の近く。嫌な予感しかしない)


 式を無茶苦茶にするつもりかもしれない。だが、その理由もやはりわからないのだ。
 いろいろと思考を巡らせてみるが、答えは出なかった。ただ、セシルを現場にはいかせられないし、なんなら、もっと安全なところに移動させたいとすら思う。
 少しくらい舞台袖で、夜色のセシルの瞳が光る。


「そんな目をしてもダメ。敵の狙いも分からない、どうなっているかも……だから、むやみやたらに飛び出すのは危険だ。セシル」
「そうはいっても、死人が出ていたら」
「そうだったとしても。セシル、自分の命を大切にして。君のそういうところは好きだけど、守らせて。安全なところにいて」
「……ニル」


 セシルの手がおろされる、もう駆け出すことはないだろうと、俺もセシルの手を離した。
 その後の動向はわからない。ただ、裏口はやけに静かになって、俺たちが出てくるのを待ち伏せているのかもしれないと思った。やはり、飛び出すのは危険だ。だからといって、舞台に上がるのも。
 舞台にいる人たちも、決して安全とは言えなかった。今は、順調にスピーチが進んでいるようで、襲撃されているような気配はない。


(敵の、狙いは何だ?)


 まだセシルの番ではない。教師と警備も部隊のほうに集中している。どうやってこちらに来てもらうか……


「とりあえず、防御魔法を張ってそこに……」
「ニル、後ろ!」


 と、セシルが叫ぶ。俺は何の防御の体制もとらず、瞬間的に振り返ってしまった。するとそこには、先ほどまでいなかった黒いローブを被った細身の人間が立っていた。


「なっ……」


 どこから入ってきたのだろうか。気配はなかった。となると、転移魔法か……
 その人間の容姿に見覚えがあった。といっても、黒衣に身を包んでいるので、誰、という判断はできないのだが、気配と、体格からしてこの間アイネを襲った人物……指示役の男で間違いないだろうと思った。そして、もう一つ気づいたことがあった。それを、セシルに伝えるべきか迷ったが、まずはこの状況を切り抜けなければと、口を閉じる。
 俺は、その男から離れようとしたが、腕を掴まれてしまい、護身用に持っていたナイフを取り出す前に男が詠唱を唱える。


「ニル!」
「ダメだ、セシル。転移魔法! こっちに来ちゃだめだ!」


 制止を無視してこちらに走ってくるセシル。だが、俺の身体はセシルの手が触れる前に光に包まれ転移してしまう。これだけ早く詠唱を唱えられ、なおかつ転移魔法が使える魔導士なんていない。転移前に見えたセシルの顔は、酷く焦っていて、そして歪んでいた。絶望にでも染まったような表情だった。



「……外? 違う」


 一瞬にして転移は完了する。目を開けるとそこに広がっていたのは見慣れた景色。
 転移はやはり学園の敷地内だった。さすがに、あの短い詠唱で学外に俺を外に連れ出すのは不可能だろう。だが、身体的接触があったため、もしかすると遠くに……とも可能性があったため、校内でほっとしていた。
 周りを見ると、タイルが敷き詰められた廊下に、そびえたつ時計塔が目に入った。時計塔につながる通路だ。式の最中だからか、先ほどいた人たちは誰もいない。人一人くらいいてもいいのだが、あたりは静まり返っていた。
 それから、ふぅと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。セシルにバレる前にことを片づけられたら、いいが果たしてうまくいくだろうか。背後に気配を感じ、俺は冷静を装いつつ振り返る。


「……それで、俺をここに転移させた理由を聞いてもいいかな。暗殺者さん……いや、リューゲ・ライデンシャフト」


 俺を見つめる黒衣の男は、俺が招待に気づいたことに驚いているようだった。
 そして、観念したのか目深にかぶったローブを脱ぎ捨て、その顔をあらわにする。死人のように疲れ切った顔に、毛先にウェーブがかかったワインレッドの髪。そしてその瞳は殺意に染まっており、血走っていた。


「何故、気づいた」
「何故も何も。一度、剣を交えたからね。君の魔力も、体格も覚えていたし……それに、君が元魔法科の生徒だったことも聞いたから。まさか、転移魔法が使えるとは思っていなかったけど」
「……チッ」


 小さく舌打ちを鳴らし、リューゲはいらだったように髪を掻きむしっていた。
 なぜ彼が……そうは思いつつも、気づいてしまったのだから仕方がない。しかし、正体はわかってもなぜ彼が俺を? と、疑問点がいくつか浮上する。
 だが、今の彼に何を聞いても、答えてくれないだろう。話す気が全くない態度と、顔をしているから。
 アイネを襲った理由も、俺をここに転移させた理由も。でも、きっとアイネが望んでやったことじゃないことだけはわかる。


(……あまり、疑いたくないけどメンシス副団長か)


 これまでの素行を考えると勝手に彼に行きついてしまう。

 偏見の塊だとわかってはいても、メンシス副団長がリューゲに指示をしたのではないかと。もちろん、偏見だけではなく、メンシス副団長が最近よく出かけるという話を父に聞いていたからだ。職務怠慢なわけではないが、定時に切り上げてはどこかに行く、有休を使ってどこかに行くことが増えたらしい。
 父は知っていたが、その動向を探らなかったし、怪しいと思っていても、メンシス副団長にはきっとまかれるだろうとあえて尾行していなかったそうだ。

 何をしていたかわからないので、必ずしも悪いことをしていたとは限らない。
 しかし、メンシス副団長は過去に魔力を持つ子供たちを集めて何かをしていたらしく、その子供たちは何かがあって教会におくられたとか。本当に、何かの部分が全く分からないため、何をしたいのか予想がつかない。だが、魔力のある子供、ということでもしかしたらアイネを狙っていた理由につながるのかもしれないと。


(まあ、そんなことはおいて置いて……)


「君とは戦いたくないな。穏便に済ませたい」
「そんなことを言っている余裕があるんですね。さすがは、騎士団長の息子さんだ」
「君に言われたくないけど」
「…………そう、いわれたくないだろうな。僕みたいな、出来損ないの人間に!」
「はぁっ!?」


 ぶわり広がったのは魔力だった。しかも、かなり高濃度な。


(こんな、魔力……どうやって)


 魔力は定期的に放出しなければ体に害をなす。そのため、魔導士は定期的に魔力を身体から放出する。そうでなくとも、一定の魔力がたまると、勝手に放出するように体がなっているのだ。魔力の過度な滞納は、体に猛毒だから。
 それなのに、今感じたリューゲの魔力は許容量を超えていた。そして、その許容量を超えた魔力の波動と同じくらいの殺気が俺の身体にぶつかる。
 どうして、俺を憎むのか、あの大会から全く分かっていない。ただ、もしかしたら、俺と同じように大きな存在である父親、優秀な父親を持つ子供としての嫉妬や劣等感を感じているのかもしれない。それは、メンシス副団長が、俺の父を妬むのと同じように……


「く、そっ……!」


 あまりの魔力の波動に全身の毛が逆立つ。突風も巻き起こって、俺は思わず目を瞑ってしまった。だが、それが間違いで、次、目を開いた瞬間目の前にリューゲが立っていたのだ。俺に剣を突きつけて、そのまま――


「死ね! ニル・エヴィヘットッ!」
「……ッ!!」


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