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第1部4章 親友であって親友じゃない

04 一時の帰宅と嫌味な副団長

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「久しぶりだな。ニル。大会の話聞いたぞ?」
「お久しぶりです。父上……ははっ、といっても、三位で」
「んなことは気にしていない。今年入学したばかりの特待生を守ったそうじゃないか。そのうえでの結果だろ。なら、よしだ」


 ガハハハッ、と笑って俺の背中を叩く父はとても嬉しそうだった。ビシバシとかなりの力でたたかれる俺のことを考えてくれていればもっとよかったのだが、父は俺の結果を聞いてそれはもう喜んでいた。三位という結果、そして準決勝は棄権で……と、俺としては散々だったのだが、父はとても機嫌がよかった。いつ、その話を聞いたのかと思ったが、かなり前から知っていて、今回帰ってくるタイミングで俺に話そうとしていたらしい。
 基本、学園生活は寮で過ごすのだが、土日は外出届を出せば外に出られることになっている。俺たちは、土日も稽古や、セシルに関しては帝王学などまだまだ詰め込むべき勉強があって皇宮のほうに帰る。ただ、最近はいろいろと忙しく帰ることができていなかったのだ。父に会うのも久しぶりである。父はあまり文通が得意なほうではないので、手紙も来ない。だからこうして、面と向かってあって話すのだ。


「そう、ですか。でも、精進します。三位に甘んじるのではなく、来年こそは」
「ああ、その息だ。さすが俺の息子だな」


 と、父は俺の頭を乱暴に撫でる。子供扱いをされているようだったが、嫌な気はしなかった。単純にほめられたのが嬉しかったのだ。
 セシルはすでに勉強のため自室に戻っているし、俺はその間報告をすませたあとに父に稽古をつけてもらおうと思っていた。
 学園創立記念パーティーの準備に行くため、日曜日には戻る予定なのだが、一日でも父に稽古をつけてもらえれば、と思ったのだ。
 学園での話もしたいのだが、それよりも一秒でも、鍛錬を積んで強くならなければと思う。サマーホリデー前の最後の大きなイベントだから。


(ゲームではこの後、夏のイベントっていう幕間イベントがあるんだっけ……)


 好感度は緩やかにしか上がらないが、スチル多め、フルボイスのイベントがこの後に挟まる。だが、アイネと約束をしていないし、アイネが好感度を上げた攻略キャラはほとんどいないだろう。俺が把握していないだけで、セシルとゼラフ以外にいるのかもしれないが。だったら、そのメンツで海に行くだろう。
 セシルにはそのイベントがおこらないわけで、サマーホリデーは稽古と勉学に励むことになりそうだ。少しくらい息抜きはしたいものだが。


(……恋人になって初めての、夏、だし)


 実際には、まだ恋人にはなっていない。だが、ゆくゆくは……と。


「父上、稽古をお願いします」
「ああ、そうだったな。もう少し話を聞いていたいところだが。お前の気持ちが変わらないうちに移動しよう」


 父はそういうと、ついて来いと稽古場まで歩いていく。
 父の背中は大きくて、まだまだ俺なんかが届く距離にはいなかった。どれだけの死線を潜り抜けてきて、そしてどれだけ剣をふるったのか。物心ついたときにはすでに最強の騎士団長ともいわれていて、そんな父の背中を見て育ったため、自分もああなれるものだと思っていた。だが、現実はそんなに甘くなくて、まだまだどころか、一歩近づいたかどうかも怪しい。そうはいっても、厳しい父がお世辞を言うわけでもなく、先ほど褒めてくれたということは、俺の志は間違っていないのだ。方向性はあっている。
 稽古場につくと、ヒュンと空を切る音が聞こえた。誰かが剣を振っている。


「メンシス副団長」
「…………誰かと思えば、団長殿……と、エヴィヘット公爵子息じゃありませんか」


 稽古場の真ん中で剣を振っていたのは、メンシス副団長だった。かなりの速さと時間剣を振っていたように思えるが、彼は汗一つかいていなかった。そして、鋭く陰湿な瞳で俺と父を交互に見て小さく敬礼をする。


「邪魔したか、メンシス卿」
「いえ。もう少しで切り上げる予定でしたよ。団長殿。して、息子に稽古をせがまれたのか……?」
「ああ。うちの息子は、将来有望だ」


 と、父は俺の背中を再度叩いた。その拍子に一歩前に出てしまい、メンシス副団長と距離が縮まる。顔を上げると、ひょろっとして、骨がうっすらと見える骸骨のような顔が俺を見下ろした。


(この人苦手なんだよな……怖いというか、陰のオーラあって)


 陰キャとかそういう意味ではなく、陰から狙ってきそうなそんな危険な香りがする人なのだ。その実力は知っているし、確かなものであり、さすがは副団長である。だが、その地位はお金によって確立されたものであることも忘れてはいない。それでも、副団長を降板させられないのは、彼が実力のある騎士だからだろう。
 さすがに、団長の座はお金で買えないが……


「そうですか……私の息子は、全く向上心のない人間でしてね。うらやましいくらいですよ」
「そうか。そういえば、うちの息子と大会で当たったらしいじゃないか」


 父がそういった瞬間、ピクリとメンシス副団長の眉が動いた。
 俺と父は仲がいいほうだが、メンシス副団長とリューゲは仲が良くないかもしれないとそう伺える。父が俺のことをこんなに思っていたのかと、最近になって驚いたのだが、メンシス副団長とリューゲはそうではないようだった。リューゲもリューゲで、自分の父の名前を出されるのを嫌っていそうだし。親子は似ているが、仲は良くないのだろう。
 さきほど、向上心がないだのはっきりといって。聞いていないからとはいえ、親からそんなことを言われたらかなり苦しいものだと思うが。
 メンシス副団長のほうをちらりと見れば、先ほどは開いていたはずの手をぐっと握りこんでいた。


「当たったみたいですね。ですが、私の息子は貴方の息子に負けましたので。鍛錬が足りていないんですよ。向上心も、反骨精神も。何もかも」
「とはいえ、騎士科に転入したんだろう? もとは、魔法科の魔導士だったと聞いているが。それで、準々決勝まで上がってこれたのは誇ってもいいだろう」
「もとから、騎士の道を歩ませるつもりが、魔法にハマってしまってね。困ったやつですよ」
「剣と魔法が両方使える騎士は重宝される。そこまで言う必要はないと思うぞ」


 父は、メンシス副団長のぐちぐちとした言葉をすべてかわしながらそう答える。だが、メンシス副団長は常にぶつぶつと何かを唱えるようにして、小言をいうのだ。もし、これをリューゲが聞いたらと思うと胸が痛い。
 別にリューゲとはあれ以降すれ違うばかりで会話という会話をしたわけではなかった。あの日だって、魔法を使おうとしていたし、騎士としてあるまじき行為だとは思っていた。だが、父がこれならあのひねくれた性格になるのも無理ないなと思ってしまうのだ。もちろん、親と子は血がつながっているだけで他人と思うこともできる。全ての遺伝子を受け継いでいるわけじゃないのだから、リューゲは行きたい道を生きればいいと思う。


(だが、副団長が許さないんだろうな……)


 今の口ぶりからして、転学科させられたのは、メンシス副団長のせいだろう。だが、そこはセンスというか、剣の才能もあったみたいで、戦ったとき彼の強さはすぐにわかった。あれは、センスと鍛錬を積んでできる結晶体だと。だが、それにリューゲは満足していない。きっと、魔法のほうが好きなのだろうと、俺は思う。


「いいますよ。団長殿と違って、うちは遅れていますから。どうせ、金で買った地位……まわりからの視線は痛いものです」
「そこまで言ってないだろう。それに、その人、その人で成長の速度は違う。焦れば、それが剣に現れる」
「……そういえば、エヴィヘット公爵子息」
「は、はい」


 父の言葉を遮って、メンシス副団長は俺のほうを見た。
 父と話すのは面倒だと考えて、標的を俺に変えたのだろう。願わくば、話したくなかったが、この男の嫌味を論破でもしてやろうかと俺は背筋を伸ばす。
 父のほうを横目で見れば、少し苛立ったように筋を立てていた。父とメンシス副団長は性格的に合わないのだろう。仕事だから、つるんでいるだけで、きっと二人きりになったら父が場を持たせるために一方的に話すに違いない。


「何ですか、メンシス副団長」
「私の息子が世話になったみたいで、それは言っておこうと思ったのだ。それと、魔法科の特待生を刺客から守ったそうじゃないか。なぜ、特待生と一緒にいたかは知らないが、彼は君にとって守るに値する存在だったのか」
「おっしゃっている意味がなんとも……たまたま一緒にいたので。それで、狙われたら守るのが当然では?」
「だが、君には守るべき存在がいるだろう。もし、同じときに君の主人が狙われたら? どちらかなら助けられるとき、君は目の前の他人か、主人……どちらを守る?」
「そんなの……」
「両方などという甘い考えでは困るよ。助けられるのは一人だ。せいぜい、大切なものを失わないように……今度は、運よく庇っても生き残れる……なんてことはないだろうからな」


 俺を見下ろして、冷たい言葉を吐く。
 それはまるで、春休みに俺が死んでいればよかったのに、という意味が含まれている気がしてならなかった。俺が死んだところで、この人に何のメリットもないだろうに。
 それと、リューゲを悪く言うその言葉も態度も気に食わなかった。突っかからなければいいのに、俺は隣を横切ろうとしたメンシス副団長を呼び止める。


「リューゲは強かったです」
「負け犬に餌をやっても意味ないだろう。負けは負けだ。そこに、慈悲はいらない」
「……貴方は、腐ってもリューゲの父親でしょう。父親なら、父親らしく……少しくらいほめてあげてもいいんじゃないですか」
「ハッ、褒めたら上達するとでも? 生ぬるい頭のエヴィヘット公爵子息とは違う。強者でなければ意味がない。敗者は、泣き言さえ煩わしく思われる。敗者に残されるのは死だけだ」


 ドン、と肩をぶつけるようにメンシス副団長は俺の隣を通っていく。


「弱者は死ぬ。それが、この世界の絶対的ルールだ。覚えていなさい、エヴィヘット公爵子息」
「……っ」


 心臓を鷲づかみにされるようなプレッシャー。呼吸をするのも憚られ、俺はぎゅっとこぶしを握った。
 メンシス副団長がいった言葉を、正しくないとすべてを否定できなかったから。

 稽古場に静寂が戻り、俺はしばらくメンシス副団長の言葉を考えていた。彼なら、俺がアイネのことを守ったということは聞いているだろう。だが、そのとき、俺はたまたまアイネといただけで、守るべき主人はセシル……それは変わらない。だけど、目の前に迫る危機を、助けられるかもしれない人を放っておくことはできないのだ。
 そんなふうに考えていると、ポンと肩を叩かれた。見上げれば、父が心配そうに俺を見つめていた。


「父上?」
「……メンシス卿はああいうやつだ。気にすることはない」
「いえ、気にしては……はは、まあ、なんとなく性格はわかります。父上と合わないでしょうね」
「そんなことはない。あいつは、ああは言うが、頭が切れるやつだ。司令塔や参謀に向いているだろうな」
「騎士じゃないんですね……」


 俺がそういうと「副団長だぞ?」と当然のことを言う父。俺はそれを聞いて、ぷっと噴き出してしまった。


「つかぬことをお聞きするのですが、父上。メンシス副団長は、副団長になる前はどちらに所属を?」
「数年前は、帝国騎士団の二軍だったが、少し前に近衛騎士団に、そして今の地位についているが。ニル、お前も昔あってるはずだぞ?」
「え……えーっと、記憶になくて」


 俺がいつ、メンシス副団長にあったというのだろうか。
 今だって、春休みにあったっきりというか。記憶にない。それに、二軍だったというのなら、なおさら会う機会などなかったはずだ。


(でも、どこかで会った記憶もあるような……)


 記憶に残っていないのなら、俺にとってそれまでの存在だし、気にすることはないだろう。ただ、あの態度は嫌いで、苦手だ。リューゲのこともあるかなおさら。
 敵意のある目に、かすかに見えた何かが引っかかって仕方がない。冷たいし、陰湿だし、それ以外の感情は抱けないのだが、なぜか……

 俺は、考えないように首を横に振って、剣の柄に手をかける。気にしても仕方がないことだ。
 

「父上、改めて稽古お願いします」
「そうだな。少し厳しくいくぞ。学園創立記念パーティーには支障がないようにはするが。手は抜かない」
「もちろんです、覚悟しています」


 剣を鞘から引き抜いて構える。
 主人であるセシルも、目の前にいる守れるかもしれない誰かもどちらとも守れるように。俺の考えが甘くても、守れる男であれば問題ないと。


(雑念……いらない、考えない。俺は、強くなる)


 命を落としてまで守る価値のある主君を守れたとしても、その人の心に癒えぬ傷を残すのは守れなかったも動議。
 あの日、あのとき感じた、セシルと一緒にいたいという生への未練と、死への恐怖をぬぐうため。俺は、もっと強くならなければならないのだ。
 低く構えて、飛び出して、俺は剣を思いっきり振り上げた。
 そう、弱者に残るのは、死だけだから……

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