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第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの

09 熱◆

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「――セシルッ!」


 彼が、控室に戻ってくるまで待つことができなかった。
 俺は、廊下を走りながらこちらへ向かってくるセシルに声をかける。あちらも俺に気づいたようで、息を上げながらも喜ばしそうに手を振り返してくれた。
 その隣には、あの赤色の彼もいた。


「おめでとう、セシル」
「……っ、ニル。見ていてくれたか」
「うん。もちろんだよ。一瞬も目を離すことなかった……それくらい、見入ってたよ……ゼラフも、お疲れ」
「へいへい。二人だけの世界に入らなくてよかったと思ってるよ……ったく、目の前で、いちゃつくなよ」


 と、なんだか機嫌悪そうに頭を掻いていた。結んでいたはずの髪もほどけており、かなりぼさぼさとしていた。いつもはハーフアップにしているのに、ほどいたらなんというか幼く見えるし、けれども色っぽく見えるとなんだか不思議だった。

 そんなゼラフに気をとられていると、こっちを見ろといわんばかりにセシルが俺の手を掴んだ。その手は汗で濡れており、熱くて、ドクンドクンと脈打っている。いきなり掴まれたので、もう外そうかなと思っていた手袋が床に落ちる。セシルのおかげで、だいぶ体は温まった。


「すごい汗。ほんと、二人ともすごかったよ」
「……ハッ、当たり前だろ。ニル。俺のこともっと褒めてくれても。何だったら、頑張ったなーっつうハグでも……クソ、なにすんだよ。セシル!」
「負け犬が吠えるな。何が、ハグだ。させるわけがないだろ? それに、貴様は汗臭い、ニル近寄るな。臭いが移るだろ」
「それを言うのは、俺じゃなくてニルだと思うが? つか、怖え顔すんなよ。剣を交えた仲だろ?」
「試合以外では関わりたくない」


 そうツンとセシルはゼラフに言い、手汗まみれの俺の手を握ったまま彼を睨みつけていた。先ほどは、好敵手、という感じでぎらついていて、正真正銘正統派ライバル! みたいな感じでかっこよかったのに。リングを下りたらすぐこれだ。セシルの切り替えの早さと、ゼラフのいつものダル絡みがアンバランスで笑えてくる。


「仲良がいいね。二人とも」
「ニル……どこをどう見たら、俺がヴィルベルヴィントと仲が良いというふうに見えるんだ。こいつのことなんて、ちっとも……」
「そーだな。俺はセシルと仲がいいのかもしれねえな。友達の友達は友達理論で言ったら、俺はニルとも仲がいいことになるけど……おい、だから痛え!」


 と、ゼラフはまた余計なことを言う。すると、案の定、セシルはまた彼の足を踏んでいた。しかもさっきよりも強めに。ゼラフが痛え! と叫び声をあげるが、セシルは知らないというようにそっぽ向くだけだった。友達の友達は友達、なんて久しぶりに聞いたなと思ったし、それは理論なのかどうなのかと謎だった。

 まあ、仲がいいとは言えないな、と自分の発言を思い出して頬をかく。
 何はともあれ、セシルは無事勝利をおさめ帰ってきてくれたということだ。はじめから信じていたけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
 俺は、少しだけ高いセシルに目線を合わせるため、上を向く。毎回、上目遣いになってないかなーなんて気にしながら、見れば、そこには試合後の紅潮したセシルの顔があった。死闘を制した剣士の匂いにクラりとする。嫌いな匂いじゃない。


「おめでとう、セシル。本当に」
「……っ、ああ」
「セシル、どうしたの?」


 俺が顔をもっと近くで覗こうとすれば、後ろからひょいとゼラフが顔を見せる。あごに手を当て、感慨深そうに俺の顔を見て、ふむ、とうなずいた。


「ふーん、かわいい顔してんじゃねえか、ニル。顔もちょ~と赤くてリンゴみてえだな。かわいいし、さらに惚れちまいそう……だから、痛えだよ! セシル・プログレスッ!」
「痛くしたんだ。貴様に、ニルの顔を見せるわけにはいかない。目が潰れればいい」
「……セシル、言い過ぎ、だよ。ゼラフの顔、本当に潰れちゃってる」


 ゼラフはセシルに顔をつぶされて、息苦しそうだった。身長的にはゼラフのほうが高いのだが、セシルの手が彼の顔を覆っている。
 俺の顔なんて、いつでも見てるだろうに、と呆れながらセシルのほうを見ると、何かに耐えているような顔で俺を見つめていた。結ばれた唇は、ぎゅっと赤くなっている。


「ニル、ヴィルベルヴィントに顔を見せるな」
「いや、いつも見せてるじゃん。セシル、どうしたの? そんなに焦って」
「……別に、何でもない。ただ、こいつが鬱陶しかっただけだ。その、感謝する。祝ってくれて」
「感謝するって……セシルらしい、言葉。もちろん祝うに決まってるじゃん。誰よりも早く言いたかったから。こうして、走ってきちゃって。はは……セシルじゃないけど、すごい汗かいちゃってる。ちょっと恥ずかしいかも。でも、さ。セシルが勝ったこと嬉しくって」


 別に俺と戦っているときに手を抜いているわけじゃないんだろうけど。客観的な視点で見るセシルは、自分と剣を交えているときよりもかっこよく見えた。泥臭く、最後まで真剣に戦うその雄姿を、俺は一生忘れないと思う。
 その気持ちを他の誰よりも早く伝えたかった。あの姿は、本当に――


「すごく……すごく、かっこよかった。それがいいたかったんだ。誰よりも早く、俺の主君に、親友に。最高にかっこよかったよ、セシル。おめでとう」
「そうか。ニル。お前は本当に……」
「ん? まだ何か……って、え、ちょっと何?」


 自分ごとのようにうれしくなって微笑めば、セシルをごくりと喉ぼとけを上下させた。そして、まだ呼吸が整っていない状態で俺の腕を掴んで歩き出す。方向は、俺たちの寮に向かう通路だった。
 ゼラフは、途中までついて来ようとしたが、セシルに牽制されそれ以上はついてこなかった。いったいどうしたというのだろうか。トイレ……だったら俺を連れていく必要ないし。それともまた、アイネを庇って巻き込まれたことを怒られるのだろうか。このタイミングで?
 そんなことを思っていると、すぐに寮につき、バタンとものすごい勢いで扉が閉められ、鍵までかけられる。部屋の中に、一気にセシルの匂いが広がる。もちろん、俺も汗臭いので、両方の……だが、こちらも嫌な気はしなかった。


「セシル、どうしたの? 寮まで帰ってきて、それに鍵までかけて……この後休憩後に魔法科の試合が」
「はあ……いや、すまない」
「すまないって、何か言って……んんっ!?」


 汗ばんだ手は俺を離してくれなかった。何も言わずにつれてこられる以外に、たちが悪いものはない。
 理由が分からず、それを聞こうと顔を上げたら、セシルの左手が俺の頬に触れ、顔を引き寄せそのままぶつかるように唇を奪ったのだ。


「せし……っ」


 いきなりキスをされ、俺は抗議の声を上げようかと思い、口を開けた。すると、その隙をついて、セシルは自身の分厚い舌を俺の口の中に潜り込ませてくる。


「んっ、んんんん……っ」


 頭が追い付かなかった。目を開こうにも、恥ずかしさが勝って、口内を蹂躙されるのを黙って受け入れるしかない。
 口を何度も角度を変えながらむさぼられ、俺の呼吸までも奪おうとするような激しさだ。少しでも油断しようものなら、セシルの舌にからめとられてしまいそうで、俺は彼の服にしがみつくしかなかった。実際、抵抗なんてむなしいものだ。
 歯をなぞられ、上あごをくすぐられ。どちらの唾液かわからないものを絡ませて、かきまわして飲み込ませる。あまりの激しさに、俺はくらくらと頭が回った。その感覚さえもだんだん気持ちのいいものに変わっていったのが、自分でも信じられなかった。

 今、俺は、セシルとキスしている。


「……っは」


 ようやく離してくれた時には、もう足腰に力が入らずその場に崩れ落ちる寸前だった。セシルに腕を掴まれていなければ、そのままぺしょんと座り込んでしまっただろう。


「せ……っ、しる? なんで」
「我慢できなかった。あんな顔のお前を前にしたら、もう……」
「え?」


 ゴリッと腹にあてられた熱いものに気づくと、俺の体温も一気に上昇した。
 なんで勃起しているのだろうか。
 顔を上げるとそこには、顔を紅潮させ、ぎらついた目で俺を見ているセシルの顔があった。はあ、はあ……と色っぽくも、荒い息遣いの。

 試合後の高潮、興奮、熱……それらがセシルをおかしくさせたのだろうか。だが、我慢、という言葉がそれに結び付くような気もしなくて、俺は口からこぼれた唾液をぬぐう余裕もなく彼を見上げていた。そういうこともないこともないだろうが、あのセシルが? と信じられなくもある。試合で昂った熱を発散できずに。アドレナリンが出っぱなしなのだろうか。わからない。

 わからないまま、しきりに、俺の腹にすり寄せてくるそれに体がピクンと反応してしまう。そういえば、セシルのそれを間近で見たのはいつだっただろうか。服の上からでもその大きさがなんとなくわかる気がして、恥ずかしかった。身長はセシルのほうが少し高いくらいで、そこまで変わらないはずなのに。でも、体格とかは全然セシルのほうが……
 理性ぎりぎりと保っているセシルを前に、俺は何を言ってあげられるだろうか。


「……すまない、ニル。先に謝らせてくれ」
「謝るって、なに、を……?」
「……っ、もう、限界だ」
「な、何が……せし、っ!?」


 セシルはまた俺にキスをした。
 でも、今度はさっきよりも優しいキスで。でもその優しさとは裏腹に、俺の体をまさぐる手つきはとてもいやらしいものだった。服の中にも手を入れられ、俺は慌てて彼を止めようとする。しかし、その手も絡めとられてしまいそのままドアに縫い付けられてしまう。

 抵抗する理由なんてないはずだった。俺は、セシルのことが好きだし、もしセシルがそういうのを望んでいるのであれば、応えてあげたいと思う。それくらい俺は、彼のことを許していたと思う。けれど、ちょっとの抵抗が、反抗心が芽生えるのは、セシルが言葉にしていってくれないからだ。
 だって、求められている意味が分からないから。


(セシルも、俺のこと好き……なの、か?)


 わからない。
 セシルは親友で、その親友のことを俺はわかっていたはずなのに。
 だって、最初にあっちが俺のことだっていったんじゃないか。俺は気持ちを押し殺して……

 俺の下半身は、そんなグダグダとした思考とは裏腹に、バカみたいに反応していた。彼の熱にあてられて、暴発してしまいそうなほどに。喜んでいる。ほしいって、腰がかすかに揺れてしまっている。知らないはずの、その熱をずっと求めていたように。
 それでも、切れかけの理性がストップを止める。


「俺たち…………親友でしょ……? こんな、いいの……?」


 口から出た言葉はそんな弱々しいものだった。
 自分は好きなくせに、なぜ相手に言葉を求めるのだろうか。俺が好きといってしまったら、セシルに迷惑がかかるからだろうか。そう、自分の思考にストップがかかってしまうのだ。
 流されたいと思うと同時に、セシルは俺が好きなのか? と、その答えが知りたい。進めない。親友でいようと俺は努力し続けたのに、それをも簡単に乗り越えようとしてくるのだ。それはずるい。

 セシルは、熱を帯びた目で俺を見て、吐息を漏らす。汗のせいか、セシルの匂いが鼻腔いっぱいに広がって、くらくらした。今にも飛びついて、食い殺されそうなぎらついた眼。


「――……親友……じゃない」
「え……?」


 その言葉と同時に、セシルは俺に再度キスをする。口の中を蹂躙しながら、俺の服をセシルは器用に外していく。抵抗しようとするのに、今度は身体に力が入らなくてできなかった。あっという間に、ボタンがすべてはずされ、セシルの指が俺の胸元をまさぐる。こすこすと指先で、俺の乳首が何度も弾かれると、じんじんして段々くすぐったくなる。


「ンッ……んん!」


 すると、今度は口を離し、乳首をべろりと舐め上げてきた。ぬるぬるとした唾液の感触にぞわっとして俺が小さく声を上げると、セシルは息を荒くさせる。そしてもう一度噛みつくように吸い付いたのだ。もう片方は指で弄り始めるから、俺はまた口を半開きにして喘ぐしかない。


(やば……っ)


 気持ちい。
 そう感じてしまう自分がいた。男に……親友に乳首を舐められて、感じている自分が。
 もう片方の胸も指先でピンピンと弾かれて、くすぐったいような、でも確かな快感を拾い上げていた。触れられたところが、やけどしたみたいに熱い。


「セシル、待って、お願い、まって……っ」
「ニルのこと……もう、親友として見れない……っ」
「……っ、セシ……」
「すまない……すまない、こんなことっ、きもち、わるいよ、な」


 ずるっと落ちてしまいそうなほど弱く、彼が俺の腕をつかむ。少し震えていて、寂しそうだった。

 葛藤しているなんて、見ればすぐにわかることで、その言葉を聞いて、彼が俺と同じことを思っているのだと知ってしまった。流されれば楽かもしれない。そう思って、思考を破棄しようとしていた自分を殴りたい。わかっていたはずだ。すまない、ってあっちも残った理性ぎりぎりで、謝って、謝って……それを無視して、流されようとした俺はバカだ。好きな人から与えらえる快楽に身をゆだねてしまっていた。
 今、セシルが傷ついたのは、俺が完全に流されるでも、完全に拒絶するでもなかったから。中途半端な拒絶が、セシルを傷つけた。

 でも、こんな状態で気持ちを伝えていいものなのかと、俺は口ごもってしまう。けれど、伝えなければならないことだけは伝えようと思った。
 震えるセシルの背中に手を回し、俺は抱き寄せる。


「気持ち悪くないよ。セシルは、全然、気持ち悪くなんてない」
「ニル?」


 今、できることは少ないだろう。
 そして、どうせ今何を言われても、俺が受け入れられないと思う。だから、俺は違う方法をとることにした。セシルを、悪いけど黙らせる意味で。 


「……まだ、ほら。熱、収まらないでしょ。さっさと、抜いて最後の試合見に行こうよ。それに、表彰式だってある」


 俺は、するりとセシルの下半身を撫でた。それだけでビクッと面白いくらいに体がはねるものだから、笑ってしまいそうになる。
 セシルは、自分自身のベルトを外しすでに先走りで濡れていたそれをおずっと俺に差し出した。なんだか素直すぎて、それもおかしい。俺も、自身のを取り出し、彼の強直に摺り寄せた。こうしてみると、やはり大きさが違う。セシルのは、色も赤黒くて、カリ首が高く張っている。自分のはまだ幼く見えてしまう。男として、なんだか負けた気分だ。


「あついね……試合後だから?」
「うっ、それもあるが……それも……」
「いいよ、任せて」


 今は何も言わないで。
 俺はセシルのペニスを一緒に握り込んだ。互いに先走りが潤滑油になって、上下に手を動かせばぐちゅぐちゅといやらしい音が部屋に響く。


「……っ、ニル……っ!」
「ん?」
「い、のか……っ」
「何が? 俺も、こうしてると気持ちいいよ。ああ、もしかして気持ちよくない? もっと強く?」
「ちがっ……クソ、いい。だが、ニルにも気持ちよくなってほしい」


 そういったかと思うと、俺の手を掴んで、一緒にしごき始めた。絶妙な力加減で、俺がわざと外していたところをピンポイントにせめて、弄って。いや、俺の身体のこと知らないからわざと外すもないのだろうけど、あまりにも手つきが慣れているものだから。


「っ、あ……セシル……だ、め。そんな触り方」
「イキたいか? ニル。イキたいなら、イキたいといえ。恥ずかしくない。俺も、出そうだ」
「ん……っ、そんな、こといったって……ああっ」


 彼の動きに合わせて扱けばすぐにイってしまいそうになる。そして何より熱い吐息が耳元にかかった状態でそうささやかれたら限界だった。俺は足をがくがくさせながら、セシルの手のひらに射精した。


「はあ……はあっ」
「ニル……」


 すると今度は、セシルが俺の精液を潤滑油にしてまたしごき始める。彼はまだいけてないようで、出したばかりで敏感な俺のも一緒にしごく。出したばかりなのに、すぐにまた昂ってしまう。彼の片手は俺の精液でぬめっていて、それに纏わりつくように俺も自分の手を重ねた。擦り付けてるだけなのに気持ちよくて、思考がドロドロに溶かされていくのを感じた。
 いつしか主導権も奪われていて、俺は無意識に腰を揺らしていた。いいところを自ら押し付けるような真似までしてしまう始末だ。でもそれを恥ずかしいという認識さえなかったし、止めようとも思わなかった。敏感になっているそこを触るのはやめてほしいのに、その先にあるだろう快感をおって、どうなるんだろうと興奮してしまう。


「ニル、イクぞ……くっ」


 びゅるるっ、と勢いよく出たセシルの精液は、俺の腹にかかり、そこをどろりと垂れる。それを目で追っていると、セシルのペニスの先っぽがまだ出し切れていなかったのか俺の胸に向かって射精した。


「あ……」
「す……すまない、ニル」


 慌ててティッシュを持ってきて拭こうとするも、俺はそれを制した。そして、自分の胸にかかった精液を指で掬って口に運ぶ。ねちゃりとして苦いが、なんだか癖になりそうな味だった。


「溜まってたの?」
「……あ、ああ」
「あーうん。ごめん、なんとなくわかった。うん、俺も悪いかも」
「いや、ニルのせいではないだろう。俺が、お前を襲って……」
「試合後だし、仕方ないよ。うん、それと、この間のね……」


 射精したことで、なんとなく頭がクリアになった。溜まっていたというか、俺のせいでためてしまっていたのかもしれない。この間、俺が勝手に風呂場をのぞいたから、中途半端にしか抜けなかったのだろうと。ということは、あれから抜いていないということになるが。


(まあ、同室だし。そんなことしたらすぐばれるよなぁ……)

 
 あれが、セシルの性欲を爆発させるきっかけとなってしまったのなら、こちらの落ち度だ。まあ、それだけじゃないと思いたいけど。
 それに、襲われたという認識はあったのだが……セシルもあったみたいで。俺は、抵抗という抵抗もしなかったし、受け入れてしまっていたしで、強姦にはならないだろう。少なからず同意していた。

 セシルは、汗で張り付いた前髪をかきあげて、そそくさとタンスからタオルを引っ張り出すと俺に投げた。


「時間はあるだろ……ニル、風呂に入ってからいこう」
「……だね。このままじゃ、いけないや」


 精液まみれ、汗まみれ。こんなので外を出歩けるはずはない。俺は先にセシルに風呂を譲ってその間に床に垂れたものを掃除した。
 流されることを選んだが、あれで本当によかったのだろうかと思ってしまう。まあ、そのうち、答えは聞けるだろうが……


(はあ、バカだなあ、俺も……)


 好きっていうのが怖くて逃げてしまった。そして、セシルにそれを促した。
 俺は親友としても、ただの最低野郎だし、受け身だと思う。でも、あの状態で聞こうという気はなかった。けれど、その前に超えてしまった一線を、どうしようもない現状を。これからどんな顔でセシルを見ればいいかわからない。
 
 嫌じゃなかった、気持ち悪いなんて絶対にない。むしろ気持ちくて、何も考えられなかった。
 好きだって、気持ちを伝えるべきだった。それを言えなかった意気地なし。そのせいで、さらに膨らんでいくこの思いを、俺は抱えきれずにいた。


「セシル……のバカ。俺はもっとバカ……」

 
 好きと一言伝えるだけで変わってしまうかもしれない関係にびくびくしている。きっと、簡単なことなのだろうけど、それが難しくて、怖くて仕方がない。

 親友じゃないといったセシルの顔が鮮明に思い出される。
 拒絶されたわけでもないのに、その一言に一瞬だけ心臓が止まるかと思ったのだ。そういう意味で言ったわけじゃないのだろう。でも、自分でも思っている以上にセシルのである俺も大切なんだなと思ってしまった。それと同時に、親友以上を望んでいる自分と……セシルと。何から考えればいいのか、何も考えないほうがいいのかわからなくなる。

 俺は腹についた精液をぬぐいながら、聞こえてきたシャワーの音に耳を傾けてため息をついた。

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