27 / 39
第1部3章 学園生活のイベントにはトラブルがつきもの
07 いやこれ以上ファンはいりません
しおりを挟む
獣の匂いがツンと鼻をさす。
ぼやけた視界がクリアになるころには、転移魔法によって飛ばされた場所が学園内の馬小屋であることに気づいた。やはりあの短時間では、学園より外に俺たちを出すことはできなかったらしい。簡易的に場所を移動させて、そこで待っている仲間と合流する算段か。
「アイネ、大丈夫?」
「はい、何とか……でも、ちょっと気持ち悪いです」
「無理ないよ。もしかしたら、転移酔いしやすいタイプなのかもね」
魔導士であっても、魔法酔いする人間はいる。繊細な人間ほど、魔法酔いする可能性は高いし、例にもれずアイネもそうなのだろう。
うぷっ、と口元を抑えながら、アイネは気持ち悪そうに顔色を悪くしていた。もし、長距離の移動だったらどうなっていたか。考えるも恐ろしい。俺は少し耐性があるからいいものの、アイネは気絶してしまっていたかもしれないと。
馬小屋にいる馬たちは、俺たちのことを不思議そうに見つめていたが、彼らが転移してきたことによりその顔を一斉にそちらに向けた。
黒衣の男たちは、五人おり、先ほどいなかった小柄な男を合わせると六人いた。その男だけ明らかにまとう雰囲気が違い、指示薬はその男だとすぐに気付くことができた。
「相当な大人数で。俺たちをどうしようっていうのさ」
こちらが不安に駆り立てられていることに気づけば、その隙を狙ってやつらは攻めてくるだろう。だから、俺は少しでも気を大きく、やつらの動向を探ろうと思った。誰かが助けに来てくれるなんていう都合のいい展開は起こらない。これは、ゲームにないシナリオだった。この間の春みたいに、騎士団が駆け付けてくれるわけでもない。
そもそも、そんなものに頼っていては、騎士失格なのだ。
俺の言葉に男たちはピクリと肩を動かしたが、小柄な男だけはこちらをまっすぐと見つめて微動だにしない。目深にかぶったフードの奥から見える瞳は、殺意と憎しみに染まっているようにも思えた。
(他の五人はどうにかできそうだけど、あの一人は厄介だな……)
目的はアイネなのだろうが、俺まで巻き添えで転移させられた。あちらからしても、それは誤算だったのだろう。俺を連れていく必要はないから始末したいはずだ。となると、俺がとるべき行動はアイネだけを逃がすことである。しかし、それを簡単にはさせてくれないだろう。
「目的は、あの魔法科の服を着た男のほうだ。そっちの男は必要ない」
と、小柄な男は指をさす。男たちは、その小柄な男の指示を受け、懐からナイフを取り出した。五人のうち二人は魔導士らしく、詠唱を唱え始めたのだ。小柄な男が応戦したら……と思ったが、その男は身をひるがえすと、どこかに消えてしまった。ただの指示役だったか。だが、それにしてはただならぬオーラを放っていた気がするのだ。しかし、こちらからしたらそれは幸運なことで、あの男とを相手しないのであれば話は簡単になる。
「アイネ、後ろに下がってて。防御魔法で流れ弾は防いでほしいのと、絶対に今いる場所から動かないで」
「は、はい。でも、ニル先輩は?」
「大丈夫。俺はこれくらいの相手ならどうってことないから」
俺は、アイネを安心させるように微笑むと、その視線をすぐに男たちに向けた。
男たちは、自分たちが舐められていると悟ったのか、一斉に俺に襲い掛かってきた。沸点が低くて助かる。これくらいの煽りで血管を浮きだたせているんじゃ、刺客には向いていないだろう。
俺は、相棒の剣を鞘から引き抜き、構えた。詠唱によって生成された魔法陣は明らかに攻撃魔法のものだった。
「ニル先輩!」
アイネが叫ぶのと同時に、詠唱を唱え終わった二人の魔導士は俺に向かって魔法を放つ。飛んできたのは青い火球だった。
(なるほど。魔法のレベルは高い……か)
一つをよけ、俺はもう一つを斬撃で消し飛ばした。
魔法は切れないわけじゃない。だが、そんな芸当できる人間は多くない。まあ、俺は死に物狂いでこの技術を身に着けたわけだが。何よりも父がそれを得意としていたから、それくらいできなければと思ったのだ。今だって、百パーセントまで精度が上がっているわけじゃない。よくて、九十九パーセントくらいだろう。
男たちは、俺が魔法を斬撃で消し飛ばしたことに驚いているようだった。どうやら、俺のことを舐めていたようで、目つきが変わる。焦りの色が見えた。
だてに、皇太子の護衛を何年もやっているわけではない。
身に着けた技術は、全部セシルを守るためのもの。春に痛感した、自分の弱さや、弱点を鍛え上げて、さらに長所を伸ばすことに徹底した。休日に戻っては、父に稽古をつけてもらい、ヘロヘロの状態で学校に通うなんてことはざらにあった。でも、その疲労をセシルの前では見せなかった。弱い姿をセシルに見せることはしたくなかったから。それだけじゃなくて、彼の隣に並んでも誇れる自分でいたかったから。
セシルのためなら、俺は自分の限界を越えられる。それくらい、守りたい人なのだ、セシルは。
男たちの隙をついて、俺は一気にやつらとの距離を縮める。刺客だから、それ相応の痛みは受けてもらうつもりだが、情報を吐かせなければならない。殺しだって本当はしたくない。俺は、気絶程度に収めようと、男たちに剣をふるう。しかし、その攻撃はすれにかわされた。
「……っ!」
「ニル先輩!」
アイネの叫び声がする。俺は、背後からの気配に気づいて、すぐに避ける。間一髪のところで避けることができたが、はらりと自分の髪が宙を舞う。どうやら連携技にはたけているらしい。
鬱陶しいほどに素早くて、そして連携の取れた相手をアイネを守りながら一人。舐めていたのはこっちだったかもしれないと、強く剣を握りなおす。だからといって、このままアイネを連れ去られるわけにも、負けるわけにもいかなかった。
もう少しで、次の試合が始まる。そしてその次に俺はセシルと当たるのだ。体力のない状態でセシルと戦いたくない。そのための体力を残しておかなければならない。セシルとは本気で戦いたいから。
(俺の願望は二の次……今は、ただこの場を)
そんな少し未来の願望よりも目先のことに集中しようと思った。それが今、俺が騎士としてすべきことだから。
間違っていない。自分のエゴを押し殺してでも、騎士としてすべきことをなせと。
「大丈夫、これくらい。ただ、ちょっと鬱陶しいなあ……誰に頼まれてきたか知らないけど、巻き込まないでほしいよね」
自分でも驚くくらい低い声が出る。怒りににじんだ地響くような声。
アイネは巻き込まれ体質だから、主人公だから、守ってあげなくちゃいけない存在だから。でも、俺は彼の攻略キャラじゃないし、守る必要はない。でも、上級生として、騎士としてそれは自分の流儀にかける。騎士魂というべきか。彼は俺の本来の主人じゃないけれど、それは関係ない。弱きものを助けるのもまた騎士だ。
男たちは、俺の変化に気づいたらしく低く体制をとった。いつ飛び出してきてもおかしくない状況。
そして、俺は一つ彼らの弱点に気づいた。弱点というよりかは、俺を舐めている一つの指標となるものに気づいたのだ。
(ああ、もう使いたくなかったんだけどさあ……!)
それでも捨てきれない、セシルとの試合。エゴを捨てろとはよく言ったもの、全然捨てきれていないのも事実。
去年の悔しさ、そしてセシルと最高の舞台で戦える楽しみ。いろんな気持ちは混ざり合って、気持ちを高ぶらせて。本来であれば、とっくに会場入りしててもおかしくない。
時間をかければかけるほど、俺はその舞台に立てなくなる確率が高まっていく。だからといって、次の試合に響くようなことをすれば、それこそ本末転倒だ。だからこそ、奥の手は取っておきたかったが、試合に出られないほうがつらいので、使わざるを得なかった。
ふぅ……と息を吐けば、周りの空気が凍てつく。ピキパキと、周りの空気が目に見える形で結晶化していく。初夏に近づいているのに、氷点下ほどの寒さが俺を包んでいく。
男たちは、まずいと思ったのか、俺が何をしようとしているのか考えずに突っ込んでくる。
訂正――やはり、あいつらは戦闘に慣れていない。技術だけの三流。
「ニル先輩危ない!」
心配には及ばない。
アイネの声を背で受けながら、俺は地面に剣を思いっきり突き刺した。刹那、空色とも青色ともいえるような魔法陣から氷が生成され、とびかかってきた男たちを包み込む。氷の柱となって地面を伝いその範囲を広げ襲い掛かる。魔法陣から飛び出した氷の柱に少しでも当たれば、そこから凍ってしまうのだ。
男たちは目を開けたまま氷漬けになった。何かを思うその時間さえ与えられず、静かに氷漬けになったのだ。もはや、動くことも何かを思って口を動かすことすらできない。
残った氷はパラパラと霧雨のように降り注ぐ。ダイヤモンドダストのような美しい氷が雫となって解けていくのだ。
芸術品として飾れないような刺客の氷漬け。俺の身体は、冷え固まって、頬に少し氷が張り付いている。久しぶりに使ったが、やはり自分にかえってくるものが多いようだ。この奥の手を使った反動はすぐにも自分に返ってきた。指先の感覚がない。心臓が冷たいものに圧迫されているようだ。
あっけにとられたようにアイネは口を開いていた。そして、はじかれたように意識が戻ると、俺のほうに近づいてきたのだ。
「あ、あのニル先輩……!」
「ん? ああ、大丈夫……って、どうしたの?」
アイネのほうに体を向ければ、彼は震えながらこちらに近づいてきて、そっと俺の手を取った。うるんだ瞳を見ていると、どのルートだったか忘れたが、あるスチルを思い出す。攻略キャラだったら、かわいい、とか庇護欲に駆られてコロッと落ちるかもしれない。でも、俺はただ、彼を守れたことに安堵していた。
「ニル先輩、魔法……ですか」
「え、ああ、うん。そうだね。魔法……そっか、俺が魔法使えるって知らなかったのか。いや、使えるんだけどね、騎士科だから、普段は使わないから……あー、うん。あまり得意じゃないけど」
「すごいです……あんな広範囲の攻撃魔法」
と、アイネはさらに俺の手を包み込んだ。冷たくなった俺の手は、アイネの体温によって温められていく。なんだか不思議な感覚だな、と思いながら俺は解けていく氷を見つめていた。
騎士科だから、あまり魔法は使わない。
だからといって、魔法を使わずに生活しているわけでもないし、どちらも均等に使えたほうがいいに決まっているのだ。俺は、そのバランスがとれていて、自分でもいうのは何だが、魔法科に入学していたとしてもそれなりの成績は収められたと思う。
ただ、先ほど使った魔法は、自分の身体さえも凍らせてしまう代償ありきのもので、奥の手として普段は使わない。早く終わらせたかったというのもあるが、今だって、アイネに温められているとはいえ、指先の感覚がほとんどない。
攻撃魔法の中でも殺傷能力と拘束力を持つ氷魔法。それをここまで使いこなせる人間はそう相違ないだろう、とアイネの見解ではそうなのだろう。自分でもわかっている。
(寒い……痛い……痛い、痛い、痛い)
本当は倒れそうなくらい寒かったし、痛かった。
いつだっただろうか。まだ魔法が発現してすぐのころ、セシルが襲われて、その際に付け焼刃の魔法で刺客を撃退したことがあった。けれど、先ほど使った魔法は、子供の身体には有害すぎるもので、そのときも何日か寝込んだ気がするのだ。で、セシルに怒られた記憶がある。あの時も「死ぬな!」とめちゃくちゃに頬を叩かれた記憶が残っていた。
今思えば、いつも死に際にいるのが俺で、死にキャラと言われているも納得がいく。それは、ゲームの説明にはなかったはずだが。
体は冷たくて、何よりも心臓に氷を当てられているようで激痛が走っている。立っているのもやっとだが、ここで倒れたらアイネを心配させると、俺は自分を奮い立たせた。せめて、倒れるなら人のいないところで倒れなければ。騎士の名折れだ。
ふぅ、と吐く息はまだ白かった。けれど、慣れたポーカーフェイスでアイネのほうを見て微笑む。ポッとアイネの顔が赤くなるのが分かった。
「まあ、ね。アイネは怪我無かった?」
「は、はい。ニル先輩が守ってくれたので……ニル先輩、手、冷たいですね」
「魔法の反動だよ。もう少ししたらいつも通りの体温に戻ると思う」
「術者にもダメージがいってしまう魔法ですか? それって、危険なんじゃ」
「うん。まあ、でも気にしないで。アイネが無事ならそれで……」
「……でも、ニル先輩……ありがとうございます。僕のために」
心配させないために動かない手を動かそうとすると、視界の端にアイネのキラキラと輝く表情を見てしまった。顔を紅潮させ、見惚れているようなそんな顔で――
ピコン、と聞きなれない機械音とともに俺の目の前にシステムウィンドウのようなものが現れる。この間までは”貴方は攻略キャラではありません”だの書いてあったのに、手のひらをくるくると返したように、その文字は俺に残酷な言葉を突きつける。
『ニル・エヴィヘット 攻略キャラとして新たに加わりました』
(は、はああああああ!?)
ぼやけた視界がクリアになるころには、転移魔法によって飛ばされた場所が学園内の馬小屋であることに気づいた。やはりあの短時間では、学園より外に俺たちを出すことはできなかったらしい。簡易的に場所を移動させて、そこで待っている仲間と合流する算段か。
「アイネ、大丈夫?」
「はい、何とか……でも、ちょっと気持ち悪いです」
「無理ないよ。もしかしたら、転移酔いしやすいタイプなのかもね」
魔導士であっても、魔法酔いする人間はいる。繊細な人間ほど、魔法酔いする可能性は高いし、例にもれずアイネもそうなのだろう。
うぷっ、と口元を抑えながら、アイネは気持ち悪そうに顔色を悪くしていた。もし、長距離の移動だったらどうなっていたか。考えるも恐ろしい。俺は少し耐性があるからいいものの、アイネは気絶してしまっていたかもしれないと。
馬小屋にいる馬たちは、俺たちのことを不思議そうに見つめていたが、彼らが転移してきたことによりその顔を一斉にそちらに向けた。
黒衣の男たちは、五人おり、先ほどいなかった小柄な男を合わせると六人いた。その男だけ明らかにまとう雰囲気が違い、指示薬はその男だとすぐに気付くことができた。
「相当な大人数で。俺たちをどうしようっていうのさ」
こちらが不安に駆り立てられていることに気づけば、その隙を狙ってやつらは攻めてくるだろう。だから、俺は少しでも気を大きく、やつらの動向を探ろうと思った。誰かが助けに来てくれるなんていう都合のいい展開は起こらない。これは、ゲームにないシナリオだった。この間の春みたいに、騎士団が駆け付けてくれるわけでもない。
そもそも、そんなものに頼っていては、騎士失格なのだ。
俺の言葉に男たちはピクリと肩を動かしたが、小柄な男だけはこちらをまっすぐと見つめて微動だにしない。目深にかぶったフードの奥から見える瞳は、殺意と憎しみに染まっているようにも思えた。
(他の五人はどうにかできそうだけど、あの一人は厄介だな……)
目的はアイネなのだろうが、俺まで巻き添えで転移させられた。あちらからしても、それは誤算だったのだろう。俺を連れていく必要はないから始末したいはずだ。となると、俺がとるべき行動はアイネだけを逃がすことである。しかし、それを簡単にはさせてくれないだろう。
「目的は、あの魔法科の服を着た男のほうだ。そっちの男は必要ない」
と、小柄な男は指をさす。男たちは、その小柄な男の指示を受け、懐からナイフを取り出した。五人のうち二人は魔導士らしく、詠唱を唱え始めたのだ。小柄な男が応戦したら……と思ったが、その男は身をひるがえすと、どこかに消えてしまった。ただの指示役だったか。だが、それにしてはただならぬオーラを放っていた気がするのだ。しかし、こちらからしたらそれは幸運なことで、あの男とを相手しないのであれば話は簡単になる。
「アイネ、後ろに下がってて。防御魔法で流れ弾は防いでほしいのと、絶対に今いる場所から動かないで」
「は、はい。でも、ニル先輩は?」
「大丈夫。俺はこれくらいの相手ならどうってことないから」
俺は、アイネを安心させるように微笑むと、その視線をすぐに男たちに向けた。
男たちは、自分たちが舐められていると悟ったのか、一斉に俺に襲い掛かってきた。沸点が低くて助かる。これくらいの煽りで血管を浮きだたせているんじゃ、刺客には向いていないだろう。
俺は、相棒の剣を鞘から引き抜き、構えた。詠唱によって生成された魔法陣は明らかに攻撃魔法のものだった。
「ニル先輩!」
アイネが叫ぶのと同時に、詠唱を唱え終わった二人の魔導士は俺に向かって魔法を放つ。飛んできたのは青い火球だった。
(なるほど。魔法のレベルは高い……か)
一つをよけ、俺はもう一つを斬撃で消し飛ばした。
魔法は切れないわけじゃない。だが、そんな芸当できる人間は多くない。まあ、俺は死に物狂いでこの技術を身に着けたわけだが。何よりも父がそれを得意としていたから、それくらいできなければと思ったのだ。今だって、百パーセントまで精度が上がっているわけじゃない。よくて、九十九パーセントくらいだろう。
男たちは、俺が魔法を斬撃で消し飛ばしたことに驚いているようだった。どうやら、俺のことを舐めていたようで、目つきが変わる。焦りの色が見えた。
だてに、皇太子の護衛を何年もやっているわけではない。
身に着けた技術は、全部セシルを守るためのもの。春に痛感した、自分の弱さや、弱点を鍛え上げて、さらに長所を伸ばすことに徹底した。休日に戻っては、父に稽古をつけてもらい、ヘロヘロの状態で学校に通うなんてことはざらにあった。でも、その疲労をセシルの前では見せなかった。弱い姿をセシルに見せることはしたくなかったから。それだけじゃなくて、彼の隣に並んでも誇れる自分でいたかったから。
セシルのためなら、俺は自分の限界を越えられる。それくらい、守りたい人なのだ、セシルは。
男たちの隙をついて、俺は一気にやつらとの距離を縮める。刺客だから、それ相応の痛みは受けてもらうつもりだが、情報を吐かせなければならない。殺しだって本当はしたくない。俺は、気絶程度に収めようと、男たちに剣をふるう。しかし、その攻撃はすれにかわされた。
「……っ!」
「ニル先輩!」
アイネの叫び声がする。俺は、背後からの気配に気づいて、すぐに避ける。間一髪のところで避けることができたが、はらりと自分の髪が宙を舞う。どうやら連携技にはたけているらしい。
鬱陶しいほどに素早くて、そして連携の取れた相手をアイネを守りながら一人。舐めていたのはこっちだったかもしれないと、強く剣を握りなおす。だからといって、このままアイネを連れ去られるわけにも、負けるわけにもいかなかった。
もう少しで、次の試合が始まる。そしてその次に俺はセシルと当たるのだ。体力のない状態でセシルと戦いたくない。そのための体力を残しておかなければならない。セシルとは本気で戦いたいから。
(俺の願望は二の次……今は、ただこの場を)
そんな少し未来の願望よりも目先のことに集中しようと思った。それが今、俺が騎士としてすべきことだから。
間違っていない。自分のエゴを押し殺してでも、騎士としてすべきことをなせと。
「大丈夫、これくらい。ただ、ちょっと鬱陶しいなあ……誰に頼まれてきたか知らないけど、巻き込まないでほしいよね」
自分でも驚くくらい低い声が出る。怒りににじんだ地響くような声。
アイネは巻き込まれ体質だから、主人公だから、守ってあげなくちゃいけない存在だから。でも、俺は彼の攻略キャラじゃないし、守る必要はない。でも、上級生として、騎士としてそれは自分の流儀にかける。騎士魂というべきか。彼は俺の本来の主人じゃないけれど、それは関係ない。弱きものを助けるのもまた騎士だ。
男たちは、俺の変化に気づいたらしく低く体制をとった。いつ飛び出してきてもおかしくない状況。
そして、俺は一つ彼らの弱点に気づいた。弱点というよりかは、俺を舐めている一つの指標となるものに気づいたのだ。
(ああ、もう使いたくなかったんだけどさあ……!)
それでも捨てきれない、セシルとの試合。エゴを捨てろとはよく言ったもの、全然捨てきれていないのも事実。
去年の悔しさ、そしてセシルと最高の舞台で戦える楽しみ。いろんな気持ちは混ざり合って、気持ちを高ぶらせて。本来であれば、とっくに会場入りしててもおかしくない。
時間をかければかけるほど、俺はその舞台に立てなくなる確率が高まっていく。だからといって、次の試合に響くようなことをすれば、それこそ本末転倒だ。だからこそ、奥の手は取っておきたかったが、試合に出られないほうがつらいので、使わざるを得なかった。
ふぅ……と息を吐けば、周りの空気が凍てつく。ピキパキと、周りの空気が目に見える形で結晶化していく。初夏に近づいているのに、氷点下ほどの寒さが俺を包んでいく。
男たちは、まずいと思ったのか、俺が何をしようとしているのか考えずに突っ込んでくる。
訂正――やはり、あいつらは戦闘に慣れていない。技術だけの三流。
「ニル先輩危ない!」
心配には及ばない。
アイネの声を背で受けながら、俺は地面に剣を思いっきり突き刺した。刹那、空色とも青色ともいえるような魔法陣から氷が生成され、とびかかってきた男たちを包み込む。氷の柱となって地面を伝いその範囲を広げ襲い掛かる。魔法陣から飛び出した氷の柱に少しでも当たれば、そこから凍ってしまうのだ。
男たちは目を開けたまま氷漬けになった。何かを思うその時間さえ与えられず、静かに氷漬けになったのだ。もはや、動くことも何かを思って口を動かすことすらできない。
残った氷はパラパラと霧雨のように降り注ぐ。ダイヤモンドダストのような美しい氷が雫となって解けていくのだ。
芸術品として飾れないような刺客の氷漬け。俺の身体は、冷え固まって、頬に少し氷が張り付いている。久しぶりに使ったが、やはり自分にかえってくるものが多いようだ。この奥の手を使った反動はすぐにも自分に返ってきた。指先の感覚がない。心臓が冷たいものに圧迫されているようだ。
あっけにとられたようにアイネは口を開いていた。そして、はじかれたように意識が戻ると、俺のほうに近づいてきたのだ。
「あ、あのニル先輩……!」
「ん? ああ、大丈夫……って、どうしたの?」
アイネのほうに体を向ければ、彼は震えながらこちらに近づいてきて、そっと俺の手を取った。うるんだ瞳を見ていると、どのルートだったか忘れたが、あるスチルを思い出す。攻略キャラだったら、かわいい、とか庇護欲に駆られてコロッと落ちるかもしれない。でも、俺はただ、彼を守れたことに安堵していた。
「ニル先輩、魔法……ですか」
「え、ああ、うん。そうだね。魔法……そっか、俺が魔法使えるって知らなかったのか。いや、使えるんだけどね、騎士科だから、普段は使わないから……あー、うん。あまり得意じゃないけど」
「すごいです……あんな広範囲の攻撃魔法」
と、アイネはさらに俺の手を包み込んだ。冷たくなった俺の手は、アイネの体温によって温められていく。なんだか不思議な感覚だな、と思いながら俺は解けていく氷を見つめていた。
騎士科だから、あまり魔法は使わない。
だからといって、魔法を使わずに生活しているわけでもないし、どちらも均等に使えたほうがいいに決まっているのだ。俺は、そのバランスがとれていて、自分でもいうのは何だが、魔法科に入学していたとしてもそれなりの成績は収められたと思う。
ただ、先ほど使った魔法は、自分の身体さえも凍らせてしまう代償ありきのもので、奥の手として普段は使わない。早く終わらせたかったというのもあるが、今だって、アイネに温められているとはいえ、指先の感覚がほとんどない。
攻撃魔法の中でも殺傷能力と拘束力を持つ氷魔法。それをここまで使いこなせる人間はそう相違ないだろう、とアイネの見解ではそうなのだろう。自分でもわかっている。
(寒い……痛い……痛い、痛い、痛い)
本当は倒れそうなくらい寒かったし、痛かった。
いつだっただろうか。まだ魔法が発現してすぐのころ、セシルが襲われて、その際に付け焼刃の魔法で刺客を撃退したことがあった。けれど、先ほど使った魔法は、子供の身体には有害すぎるもので、そのときも何日か寝込んだ気がするのだ。で、セシルに怒られた記憶がある。あの時も「死ぬな!」とめちゃくちゃに頬を叩かれた記憶が残っていた。
今思えば、いつも死に際にいるのが俺で、死にキャラと言われているも納得がいく。それは、ゲームの説明にはなかったはずだが。
体は冷たくて、何よりも心臓に氷を当てられているようで激痛が走っている。立っているのもやっとだが、ここで倒れたらアイネを心配させると、俺は自分を奮い立たせた。せめて、倒れるなら人のいないところで倒れなければ。騎士の名折れだ。
ふぅ、と吐く息はまだ白かった。けれど、慣れたポーカーフェイスでアイネのほうを見て微笑む。ポッとアイネの顔が赤くなるのが分かった。
「まあ、ね。アイネは怪我無かった?」
「は、はい。ニル先輩が守ってくれたので……ニル先輩、手、冷たいですね」
「魔法の反動だよ。もう少ししたらいつも通りの体温に戻ると思う」
「術者にもダメージがいってしまう魔法ですか? それって、危険なんじゃ」
「うん。まあ、でも気にしないで。アイネが無事ならそれで……」
「……でも、ニル先輩……ありがとうございます。僕のために」
心配させないために動かない手を動かそうとすると、視界の端にアイネのキラキラと輝く表情を見てしまった。顔を紅潮させ、見惚れているようなそんな顔で――
ピコン、と聞きなれない機械音とともに俺の目の前にシステムウィンドウのようなものが現れる。この間までは”貴方は攻略キャラではありません”だの書いてあったのに、手のひらをくるくると返したように、その文字は俺に残酷な言葉を突きつける。
『ニル・エヴィヘット 攻略キャラとして新たに加わりました』
(は、はああああああ!?)
1,082
お気に入りに追加
2,792
あなたにおすすめの小説
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
溺愛お義兄様を卒業しようと思ったら、、、
ShoTaro
BL
僕・テオドールは、6歳の時にロックス公爵家に引き取られた。
そこから始まった兄・レオナルドの溺愛。
元々貴族ではなく、ただの庶子であるテオドールは、15歳となり、成人まで残すところ一年。独り立ちする計画を立てていた。
兄からの卒業。
レオナルドはそんなことを許すはずもなく、、
全4話で1日1話更新します。
R-18も多少入りますが、最後の1話のみです。
実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…
彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜??
ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。
みんなから嫌われるはずの悪役。
そ・れ・な・の・に…
どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?!
もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣)
そんなオレの物語が今始まる___。
ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️
第12回BL小説大賞に参加中!
よろしくお願いします🙇♀️
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
虐げられた王の生まれ変わりと白銀の騎士
ありま氷炎
BL
十四年前、国王アルローはその死に際に、「私を探せ」と言い残す。
国一丸となり、王の生まれ変わりを探すが見つからず、月日は過ぎていく。
王アルローの子の治世は穏やかで、人々はアルローの生まれ変わりを探す事を諦めようとしていた。
そんな中、アルローの生まれ変わりが異世界にいることがわかる。多くの者たちが止める中、騎士団長のタリダスが異世界の扉を潜る。
そこで彼は、アルローの生まれ変わりの少年を見つける。両親に疎まれ、性的虐待すら受けている少年を助け、強引に連れ戻すタリダス。
彼は王の生まれ変わりである少年ユウタに忠誠を誓う。しかし王宮では「王」の帰還に好意的なものは少なかった。
心の傷を癒しながら、ユウタは自身の前世に向き合う。
アルローが残した「私を探せ」の意味はなんだったか。
王宮の陰謀、そして襲い掛かる別の危機。
少年は戸惑いながらも自分の道を見つけていく。
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話
かし子
BL
養子として迎えられた家に弟が生まれた事により孤独になった僕。18歳を迎える誕生日の夜、絶望のまま外へ飛び出し、トラックに轢かれて死んだ...はずが、目が覚めると赤ん坊になっていた?
転生先には優しい母と優しい父。そして...
おや?何やらこちらを見つめる赤目の少年が、
え!?兄様!?あれ僕の兄様ですか!?
優しい!綺麗!仲良くなりたいです!!!!
▼▼▼▼
『アステル、おはよう。今日も可愛いな。』
ん?
仲良くなるはずが、それ以上な気が...。
...まあ兄様が嬉しそうだからいいか!
またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。
無気力令息は安らかに眠りたい
餅粉
BL
銃に打たれ死んだはずだった私は目を開けると
『シエル・シャーウッド,君との婚約を破棄する』
シエル・シャーウッドになっていた。
どうやら私は公爵家の醜い子らしい…。
バース性?なんだそれ?安眠できるのか?
そう,私はただ誰にも邪魔されず安らかに眠りたいだけ………。
前半オメガバーズ要素薄めかもです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる