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第1部2章 死亡フラグを回避し学園生活に戻りました
03 優等生として、始業式の欠席だけは避け……れなかった!
しおりを挟むやはり、始業式は終わっていたらしい。
まだ、希望はある! なんて、一ミリもない希望を胸に始業式が行われていただろう講堂に近づくとすでに、式を終えた生徒たちが次の式の準備に取り掛かっていた。何か手伝えることはないかと思ったが、ドンと後ろからぶつかられ、邪魔だといわれたため、俺は講堂から少し離れたところにあったベンチに腰を下ろした。黒い制服の人ばかりだったから魔法で椅子の配置とカを変えたりするのだろう。騎士科が椅子を運ぶよりも、そっちのほうが早く済むからだ。魔法は本当に便利なものだと、俺は思いながらうなだれる。
騎士科は二クラスあるが、セシルと同じクラスになれたのだろうか、とか。確かに始業式ほどつまらないものはないが、セシルの護衛として、公爵家の子息として身体に異常がないのであれば参加したかったものだ。だが、それもそのセシルによってかなわないわけだが。
「はあ……」
「優等生のため息は心地いいなあ……」
「……っ、なあっ!?」
今日一、大きなため息が出た後に、今日一大きな叫び声をあげてしまった。幸い、近くには誰もおらず、俺の声に気づくものはいなかったが、俺の頭上で声をかけた男の鼓膜にはクリーンヒットしたらしい。
「ぜ、ゼラフ……っ」
「おいおい、そんなに逃げられると、泣いちまうぞ?」
「え、どうぞ泣いてください……というか、何でここに」
鮮やかな赤髪をかき上げて、ゼラフはふっと笑った。黒い手袋をはめた長い指をふいっと動かすと、真っ赤な蝶のようなものが彼の周りを飛び回る。その蝶は、俺のほうにやってくるとまるでキスでもするように頬に当たって消えた。
「追跡魔法だよ。つっても、校内にいれば会えるんだろうが、こっちのほうが確実だしな」
「別に会いたいとか思ってないんだけど」
「つれないこというなって。一緒に、始業式サボった仲だろ?」
と、ゼラフは、俺の肩を組もうとしてきたので、俺はスッとそれをよける。ゼラフの腕は空を切って、次の瞬間にはチッ、と大きな舌打ちが聞こえた。誰だって、いきなり肩を組もうとされたら避けるだろう。俺は、最近そういう危機察知能力が磨かれたんだ、とゼラフに警戒の目を向ける。
追跡魔法をかけられたことには気づかなかった。それはこれからの俺の課題だろう。
そして、サボり仲間になった覚えはない。
「勝手に仲間扱いしないでほしいんだけど。それと、校内で魔法の私用は禁止されているはずだけど?」
「本当に真面目だな。これくらいで校則違反だっていわれる筋合いはねえよ。ただのマーキングだ」
「……ストーカー」
まったく反省の色を見せないゼラフをみて、俺はあきれてものも言えなかった。はじめから、こいつに反省という言葉は辞書に載っていないのだろう。人のことを付け回して、一体何の用なのだろうか。
(もう少しで、主人公と攻略キャラの出会い……物語が始まるはずなんだけど)
それは、入学式前に起きる出来事だ。対象キャラは三人ほどいて、セシル、ゼラフはその対象キャラである。ゼラフが功勝手に動いていると、主人公は自然とセシルのほうに引き寄せられるのではないかと俺はひやひやしていた。別に、主人公とセシルの接点ができようができまいが関係ないことではあるのに、セシルが主人公に惚れたら……! と少し思ってしまうのだ。ゲーム通り、コミカライズ通りに進むのはなんだかもやもやとする。
まあ、このゼラフとくっついてくれたら何も言うことはないが。
「何、気にしてんだよ」
「別に。この後は、入学式の準備をして、新入生を出迎える……学科ごとのパーティーがあるでしょ? 四年生は基本的に参加しないし、参加するとしてもするだけ。パーティーの指揮は、三年生が行うはずだけど」
ちらりとゼラフを見る。
ローズクォーツの瞳が瞬かれ、首をかしげる。
新入生歓迎パーティーは、校内で行われる。校内には一つの大きな庭と、三つの小さな庭があり、そこに学科ごとに分かれてパーティーを行う。四年生は卒業や就職に向けて忙しいので、準備も指揮も基本は三年生が行うのだ。そして、学科の成績優秀者がだいたい歓迎の言葉を贈ると。
騎士科はセシル、魔法科はゼラフ、商業科はもう一人の攻略キャラとなっていたはずだが、その準備にゼラフはいかなくていいのだろうか。一応主人公は魔法科の特待生だし、ifストーリーでは騎士科に所属していたが、基本は魔法科だろう。魔法科の特待生という設定だ。
「あんなパーティーいかねえよ。おいしい飯も出ねえし、一年坊主どもの世話なんて見てられねえ」
「でも、君は成績優秀者でしょ? 恒例の歓迎の言葉を贈る役じゃない?」
「んなこと言うなら、騎士科はあの皇太子だろうが」
「だから、俺を拘束するのをやめてほしいんだけど。セシルのもとに早くいかなきゃいけないから」
トンと彼の胸を押して、俺はセシルを探すからと背を向ける。だが、まだ何かあるようで俺の腕を掴んでグイッと後ろに引っ張った。セシルほどではないがかなり力があり、油断していたこともあってすぐに引き戻される。
「ちょっと、まだ何か!?」
「さっきは、腰ぎんちゃくっつったけど、そういや今お前、皇太子殿下と一緒じゃねえんだな。解雇されたのか?」
「なわけない……ない!」
セシルが俺を解雇とかないだろう……と思ったが、お前の護衛としての仕事はもう終わりだから、という意味での軟禁だっったかもしれないと頭の中をちらりとよぎる。それで軟禁とかは意味わからないが、四六時中一緒にいる身からして、やはりセシルが隣にいないと落ち着かないというか。あのきれいな銀髪を見て後ろを歩くあの瞬間が好きだな、とふと思った。
言われなくとも、セシルが今ここにいないことにいろいろと感じているのは俺なのに、わざわざ口にしなくてもいいんじゃないかと思った。
俺は不快だ、とゼラフを睨みつけると、ゼラフはそれすら面白いというように目を輝かせていた。ツボが分からない。
「捨てられたんなら俺のもとで働けばいいって思ったんだよ。騎士科で、成績二位のお前だったら俺の護衛にちょうどいいって思ってな。ほら、卒業後就職に困ってんならうちに……」
「誰が君みたいな、品性のない手のかかる俺様のもとに仕えるか! 俺にだって選ぶ権利はある。それに、爵位からしたら俺の家は君と一緒だ。あまり、俺のこと下に見るのはやめてほしい」
「下に見てるんじゃねえよ。腕のいいやつしか、俺は声をかけねえ。それに、お前は面白いからな」
と、ゼラフは誇らしそうに言った。それが決定事項であるように言うのでさらに腹が立つ。
それと同時に、やっぱり彼の面白い枠に入ってしまったようで、今後彼から逃げきる難易度が格段に上がってしまったことに俺は絶望した。セシルを追いかけてきたはずなのに、違う攻略キャラにばったりと出会って、まるで主人公のように目をつけられてしまって。厄日だ。
先ほどのように逃げようと思っても、あちらも警戒しているようで簡単には逃げれそうになかった。魔法の私用が禁じられているように、騎士科もむやみやたらに剣を抜いて人に向けるのは禁じられている。許されるのは、正当防衛と、緊急事態と、決闘の申し込みが成立したときくらいだろう。だが、騎士科が魔法科にというのは前例にない。どう考えても、物理と魔法では差があるのだ。もちろん、魔法を弾くことや、切ることだってできなくもないが、そんなことできる騎士はそこら辺にいたりしない。この学園では。
「面白くないよ、俺は。それこそ、君のいうただの腰ぎんちゃくだ。でも、セシルへの侮辱は許さない。誰だって自分の主人を馬鹿にされたら怒るものだろ?」
「それはそうだ。いい心がけだな。ニル・エヴィヘット」
「……っ」
「名前くらい知ってる。そのまっすぐな騎士道、精神……感銘を受けるものがある……んだよ、その顔。まるで俺がそんなこと言うような奴じゃないって思ってるような顔だな」
「いや、はは……お褒めにあずかり光栄だと思って」
先ほどまで、腰ぎんちゃくと言っていたのにいきなり名前で呼ぶものだから驚いた。だが、俺を掴んでいる手は離さないままだ。それさえはなしてくれたらもっとよかったのにと思ったが、腐っても公子であり攻略キャラ。隙がなくて、常に自信にあふれている。
俺をからかえるのも、自分に自信があるからだろう。だからと言って、見下しているわけでもなく、俺の力や立場を理解したうえで発言している。痕で面倒ごとに巻き込まれるのだけは避けようという意思が伝わってきた。その中で、どのラインまで踏み込んでいいのかそれをよくわかっていると。
ローズクォーツの瞳は、美しくも怪しく光っている。セシル以外の攻略キャラに会うとは思っていなかったが、校内を歩いていればそういうこともあるだろう。だが、こんなにも早く出くわすとは。
つい一か月ほど前までは前世の記憶などなく普通に生活していた。だから、すでにかかわっている攻略キャラだっているはずなのだが、記憶をたどる限りない。学年が違うのと、学科が違うの。また、俺がいかにセシルと一緒にいるせいで他生徒とかかわりがあまり深くないということにも気づいてしまった。気軽に話しかけられる相手がいないという意味ではない。
「それで、もう離してもらっていいかな?」
「皇太子殿下を探しに行くのか」
「まあ、そんなところ。君には関係ないけど」
「生意気だな。その笑顔の下にあるものを引っぺがしたいくらいに」
偽物の笑みを作るのは得意だった。営業スマイルというか、大人や公の場の前での社交辞令。騎士としての感情を削ぎ落した顔。そういった、感情コントロールはまだうまいほうだと思う。
だが、バレる人にはバレるようで、ゼラフには通用しないようだ。まあ、それが分かっていて、わざとその笑みの下に「早く離せこの野郎」という怒りを敷いたのだが、それすらゼラフは面白がってケタケタと笑っていた。
「剣をふるうこと以外は何も面白みのない人間だよ。君の期待に添えるような人間じゃない。もし、そうだな……ゼラフが好きそうな人間は、今年の新入生の中にいるとか。そう、予言しておくよ」
「対して魔力もないくせにいっちょ前に予言なんて言ってんじゃねえよ。毎年、俺の期待を超えるような奴は現れねえ。今後もな」
「でも、今年の特待生はちょっと特殊じゃないかな。俺なんかよりもよっぽど面白くて、君の退屈を壊してくれるかもよ」
「そりゃ、楽しみだな。だが、ニル・エヴィヘット。俺とも仲良くしてくれよ。同学年として」
勘弁、とはいえず笑みを崩さずにいると、ガサと隣の芝生を踏みしめる音が聞こえた。そして、振り返るのと同時に、俺の名前を聞きなれた声の人物が呼ぶ。
「ニル……どうしてここに?」
「セシル……?」
それはもう、幽霊でも見たような驚きに満ちた表情だった。
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