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第1部1章 もうすぐ死ぬキャラに転生しました
09 運命のとき
しおりを挟む一週間は過ぎ去っていく。
あれから変わったことはなかった。セシルに休めといわれたので、いつもより鍛錬の時間は少なめに、それ以外の時間は魔法の勉強をした。セシルは脳筋な部分はあるが、魔法の才もあり、文武両道、剣術も魔法も俺より成績がいい。俺はどちらかというと、剣術特化型なので、魔法はあまり得意ではなかった。得意を伸ばすか、苦手を克服するか。いろいろ考えたのだが、鍛錬の時間を削られるのならと、俺は分厚い魔導書を開いて勉強に励んだ。
その間にセシルとの練習試合もできるくらいに、身体は回復し、あの武器屋のおじいさんからもう少しで剣ができるからと手紙をもらった。春休み明けには間に合いそうだと思いながら、俺はどんな武器がくるのか楽しみにしていた。まあ、それまで生きていればの話だったが。
そうして、始業式の一週間前になり、そろそろあのイベントが起きるはずだと、俺はセシルを部屋に閉じ込めた。
「これは、どういうことだ。ニル」
「今日は嫌な予感がするから、夜は一歩も出ないでおこうって思って」
「だからと言って、厳重すぎないか?」
セシルの部屋はそれはもう頑丈な防御魔法を施してあるのだが、それにさらに二、三と魔法を重ね、金属よりも固い貫通不可能なほどの防御結界を生成した。しかし、一つ懸念点があり、それはセシルが外に出た時点で、俺がかけたほうの魔法は消えてしまうということだ。いつも通りでも問題はないだろう。だが、念には念をと重ねた魔法が切れてしまうのは悔しいので、セシルが風呂に入って、トイレをすませたのを見計らってセシルを部屋に閉じ込めたというわけだ。いつもは一人で寝いてるが、今日は俺もと、押し入るような形でセシルの部屋に入った。
セシルの部屋には家具が極端に少なく、机の上に、本が数冊載っているくらいで、他にはめぼしいものは何もなかった。泥棒が入ったとしても、盗むものがないくらいにスタイリッシュな部屋だった。だが、刺客はそんな部屋だったとしても入ってくるのだ。
これだけ魔法を何重にも掛けたら問題ないと思いたいが、それでもまだまだ安心できない。どれだけかけても足りないくらいだった。セシルは、心配性だな、といつもはどっちが心配性なんだというような言葉を俺に投げて、ベッドサイドに腰を掛けた。
「これも、夢の影響か?」
「そう、だね。夢の影響」
「顔色が悪いが、そこまで心配することか? 一度も、この皇宮で襲撃に成功した暗殺者はいないが」
「それでも、もしもってことがある、だろ……その話をしている」
心臓が一つじゃ足りないくらい心配だ。でも、この心配している気持というのは、セシルにはわからないのだろうと思う。未来を知っているか、知っていないかだから。
俺は、ふうと息を吐いて、セシルの隣に腰を下ろす。でも、どうしても剣を手放すことはできなかった。
これまで自然体でいよう、気にしないでいようと思ってきたが、そのときが近づくにつれ、心配事は増えていった。あれは、『始業式一週間前のことだった』とセシルがストーリーで語っていたため、来るなら今夜だった。もしかすると、明日かもしれないけれど。でも、ストーリー通りいけばそうなのだから、今夜の警戒はそれはもう入念にしなければならないだろう。セシルは、頭を掻いて俺の過保護具合に呆れていたが、俺は気を張りすぎてどうにかなりそうだった。
今夜が山場。ここさえ乗り切れば、少しは気が楽になるはずだ……と。
もしかしたら、物語を変えられるかもしれない。そんな少しの希望もあったのだ。
「……まあ、それだけ俺は思われているということか」
「セシル何か言った?」
「いや? 俺が常に過保護、過保護とお前に言われているからな。でも、そんなお前が今度は、過保護になったんだと思って。面白くてな」
「何か酷くない? セシルの過保護とは違うんだよ。これは、そう……」
机の上で揺れていた蝋燭がふっと消える。風も何もなかったのに、なぜ? と俺は、不吉に思っていると、うなじにピリピリとした痛みを感じた。それが、何かが起きるという合図のように、窓の近くにヴオンと大きな血色の魔法陣が現れた。
「は……?」
「ニル、伏せろ!」
ドン、と押され、俺たちはベッドの下に倒れ込む。次の瞬間、大きな爆発音が頭上で響く。部屋の中の明かりが一気に消え、一瞬にして暗闇に包まれた。
明らかに攻撃魔法だった。窓だけではなく、壁すらも破壊する威力の攻撃魔法。あれだけ頑丈にかけた魔法は、元からかけてあった宮廷魔導士の魔法すら破られ消えてしまっていた。
俺は、すぐに身体を起き上がらせベッドの下から少し顔を覗かせてあたりを確認する。まだ白煙が上がっていて、よく見えないが、誰かが入ってきそうな気配がしていた。今のは侵入するために穴をあけるために放った魔法だったのか。
セシルが反応してくれ、床に伏せることで、俺たちは無傷だった。ただ、防御魔法は呆気なく破壊されてしまい意味をなしていない。
「危ないところだったな」
「でも……どうして?」
「ニルの心配していた通りだ」
このタイミングで来るなんて。俺は、自分の心臓を抑える。これだけ対策をしたというのに、無意味だったのかと。
(それと、あの魔法陣の前に見えた”destiny”の文字……)
”destiny”――意味をいうまでもなく、運命。それは、この世界に存在するものではなく、まるでゲーム画面に映るような敗北や、ERRORを表す警告表示のようだった。逃れられない運命だと、そういわんばかりに俺に主張してくる。
「セシル、文字、見えた?」
「文字? 見えたのは、魔法陣だけだが……」
「そう……」
セシルに聞いてみたが、やはりあの文字を見ることができたのは俺だけのようだった。あれは、俺への余命宣告か。
廊下のほうから、バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。騒ぎを聞きつけて警備隊がやってきたのだろうと思われる。だが、廊下に飛び出ていいものかと思った。もしそれが、敵だったら? さすがに、内部には侵入してこれていないだろうとは思うが、誰も信じられなかった。それに、きっとこの運命は覆らない。
「ニル、どうする?」
「警備隊を待っているべきだとは思うけど……それまで、持ちこたえられるかな。あれだけ強固に張った結界が一撃で破壊された魔導士を、俺たちが」
相手できるとは思わない。しかし、何もしずにやられるというのもごめんだった。
セシルと俺は顔を見合わせ、俺は持っていた剣を鞘から抜き、セシルはベッドの下に隠してあった重量のある剣を鞘から引き抜いた。そして、互いに背中合わせになり、ドアのほうに神経を研ぎ澄ませた。
扉は、勢いよく開かれた。入ってきたのは護衛隊と思しき男たち。騎士服を着ているところを見ると、父の統率する騎士団の団員らしい。そして、見慣れたワインレッドの髪の男もいた。
「何事ですか、皇太子殿下……なぜ、エヴィヘット公爵子息までいる」
「はは……こうなることを予見して、二人で」
ワッ、と中に入ってこようとした騎士たちを制止し、ワインレッドの髪の男、メンシス・ライデンシャフト副団長は俺を睨みつける。状況を説明しろ、と俺に叫ぶ。静かな声色だったが、どこか怒っているようにも思えた。そりゃ、年頃の皇太子の部屋に護衛の俺がいたんじゃ、何か変な勘違いをされても仕方がないのではないかと。まあ、俺たちが日ごろから一緒にいることはわかっているだろうし。だが、今回のこれは少し勘違いされてもおかしくないと思った。
俺が状況を説明しようとすると、それをセシルが止め「奇襲だ」と端的に一言で伝えた。
後ろの騎士たちはざわつき始めたが、メンシス副団長だけは冷静に「そんなことはわかっている」と言って、こちらに来るよう手を出した。
「刺客は我々が引き受けます。皇太子殿下と、エヴィヘット公爵子息は騎士団の護衛の下速やかに避難を」
「ああ、助かる。ニル、いくぞ」
「う、うん……」
一瞬身構えてしまったものの、変な魔力も感じなければ、彼らの服が偽物でないこともわかった。何より、この陰湿な目つきの悪い副団長は本物だろう。わかっているのなら聞くな、と思いながら、俺たちは指示に従うため、背後を気にしながら彼らのもとへと歩く。だが、妙な違和感に襲われた。先ほど壁を壊したやつらの気配が全くしないのだ。
明らかにおかしい。
騎士団が駆け付けたことで、身を引いたというのは考えられるが、これだけ大掛かりなことをすれば気づかれるのは容易に想像がつくことで、ただ壁を壊して退散とはないだろう。まあ、今からそいつらを騎士団がどうにかしてくれるのだろうが。
俺は、もう一度後ろを確認してセシルの後を追う。騎士団が思った以上に早く駆けつけてくれたことにより、どうやら運命は変わりそうだった。こんなにも、簡単に、運命は――
「待て、エヴィヘット公爵子息! こちらに来るな!」
「は、何……!?」
「ニル!」
一歩踏み出した瞬間、カチと何かが作動するように足元に先ほど見た魔法陣と酷似した血色の円が現れる。それは俺を包み込むようにして発行した。メンシス副団長は早くその場から退けとこちらに走ってくるが、それよりも早くセシルがこちらに走ってくる。そして、手を伸ばして――
俺はその手を掴みそうになった。無意識の伸びていたが、ふと思考がクリアになったように、その手を引っ込めるのだ。
ダメだ、このままでは巻き込んでしまう。そう思って下ろせば、おろした手をセシルに掴まれてしまう。
バカ、と振りほどこうとしたが、セシルは手を離そうとしなかった。メンシス副団長がこちらに近づいてき、剣を引き抜き、その魔法陣を破壊しようとしたが、間に合わなかった。クソ、とメンシス副団長の舌打ちが聞こえる。せめても、セシルだけはと思ったが、俺はその手を振りほどけなかった。
「セシル、ダメ! 君まで、巻き込まれ――」
そう言い切る前に、俺たちの身体は光によって包まれてしまったのだから。
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