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第1部1章 もうすぐ死ぬキャラに転生しました
07 時間がない
しおりを挟む「――ハアッ!! クッ、はあ……こんなんじゃ、だめだ。もっと早く、もっと……」
月明かりが照らす夜。静かな稽古場に響くのは俺の低くも高くもない声だった。
シュッと剣をふるうたびに音が鳴るが、まだまだ詰めが甘く、もっと素早く動かせるのではないかと、筋肉の使い方を考えてみる。腰を落として、もっと狙いを定めて。汗で柄を握る手がネタネタとしていた。滴る汗をぬぐう。穴あきの手袋の下にできた剣だこがつぶれた痛みを気にする暇もなく、もう一度剣をふるう。先ほどよりも精度が落ちた。もう一歩大きく踏み込むべきだ。
改善点はいくらでも出てくるのに、それを実行できない体が腹立たしい。もう一度、もう一回! と、剣を握って試してみるが、病み上がりの体に鞭を打ったせいか、身体の節々が痛んだ。このままやっても意味がない。精度が落ちるだけだとはわかっていても、時間がないと、焦りからがむしゃらに、無意味に剣をふるってしまうのだ。
「もう、一回……!」
そう口にして剣をふるい、黒い人影に、俺はふるった剣がぴたりと止まった。もう一歩、もう少しでもふるっていればその人物に当たっていたかもしれない。銀色の髪がはらりと剣先に当たって落ちていく。かすっただけ……当たってはいない……なんて、言い訳だと思った。
すぐに俺は剣を下ろして、その場に片膝をついた。
「セシル……ごめん、俺……」
「いい。だが、夜間の稽古場の使用は禁止じゃなかったか?」
と、少し暗いトーンの声が俺の耳に響いてくる。確かに、夜間の稽古場の使用は禁じられていた。また、稽古場につながる扉も施錠されており、簡単には入れないようになっていたのだが、俺はそのカギを開けてこっそりと中に入った。ばれないようにカギも返す予定だったのだが、その前にセシルに見つかってしまったわけだ。
暗闇で、彼の夜色の瞳が輝く。稽古場の空にも満天の星空が広がっており、それをそのまま切り取ったような瞳をしていたので、思わず見惚れてしまう。だが、依然として彼の顔は怒っているように見えた。
いつもなら、一緒に付き合うぞと言ってくれるような気もするのに。なぜ彼がむっとした表情をしているのか俺には理解できなかったのだ。剣を向けたからじゃない、というのだけわかったが。
セシル? と名前を呼べば、少しだけ動く身体。けれど、セシルは「立て」と命令するように俺に言う。俺はその言葉を聞いて、背筋がすっと伸び、指示通り立ち上がる。剣を鞘にしまって、セシルを見る。俺よりも少し高くて、体格のいいセシル。部屋着姿で、少し髪の毛に寝癖がついていた。けれど、星屑を散らしたような銀色の髪はそれでもきれいだった。
「ごめん、気づかなくて。剣を向けたことは謝るよ……」
「別にそれについては怒っていない。だが、気づかないようじゃ、まだまだだな」
「あはは……それは、言い返す言葉もないや」
集中しすぎていて、セシルが来たことに気づかなかった。足音を凝らしていたのだろうと思うが、それでも、俺の注意がかけていた。こうやって刺客に狙われ、命を落とすのかもしれない。そう思うと、まだまだだと思い知らされる。
俺がそんななよなよっとした返事をすると、さらにセシルの顔が険しくなった。
「ニル、何をそんなに焦っている?」
と、セシルは一歩踏み出して聞いてきた。俺は無意識的に、一歩後ろに下がって、警戒する姿勢をとってしまった。本当に、無意識で、それに最初に気づいたのはセシルのほうで、悲しそうな色を瞳に浮かべる。しまった、とは思ったが、距離を積めようとは思わなかった。
俺が腰に下げている剣の柄に手を添え、「汗まみれだな」と、ふっと笑ったかと思うと、今度は俺のほうを見る。
しっかりしているようで、たまに抜けているポンコツな一面だって見せるセシルが、一段と大人びて見えた。哀愁漂うそんな、美少年に見えた。でも、それはいつぞやのスチルで見た、亡き親友を思う表情とリンクし、ドクンと心臓が脈打つ。呼吸も少しだけ荒くなって、俺は、いけないと首を横に振る。
「焦っているって、なんのこと?」
「とぼけるな。それで隠しているつもりか?」
「……焦ってないよ」
「目を見てしゃべれ」
セシルはそういって、俺の顔を掴んだ。両側から押しつぶされた顔はタコの口になって、口を開こうにも開けない。
強制的に目と目があう状況になってしまい、俺は視線をそらそうかと考えたが、まっすぐとみられてしまうと、どうにもダメだった。嘘をついてはいけない気がしたのだ。
焦っているといつ分かったんだろうか。腕が完治とはいかずとも、包帯をとっていいとなったときから、早数日は経つ。それから、俺は狂ったように剣を振って、魔法の基礎訓練も行った。本来であれば、父に無理言って稽古をつけてもらったほうが得なのだろうが、父の仕事を邪魔したいわけでもないし、多忙なのを知っているため、休憩をとれるときにはとってほしいと思ったのだ。そうして、自分流でどうにか鍛錬を積んだわけだが、一向に成果が出なかった。強くはなっているのかもしれないが、フィクションじゃないからすぐに成長なんてことはなかった。日々の積み重ね。だったら、いつまで続ければセシルを完璧に守れて、自分の身を守れるほど強くなれるのだろうか。
(あーあ……一番ばれたくない相手だったのにな)
セシルは、過保護だから無理な鍛錬はやめるよう言いたいのだろう。それだけじゃなくて、焦っている理由だって知りたいと、言及してくるはずだ。セシルに命令されれば、俺が答えないわけにもいかない。けれど、未来が分かるんだとか、前世の記憶がとか、そんなことを言って信じてもらえるとは思えなかった。
いうのであれば、それなりの嘘を混ぜて言うのがマストだと思う。
「焦っているように見える?」
「ああ。ここ最近、寝る間も惜しんで鍛錬を重ねているようだからな。あまりにも異常だ」
「君に追い越されたぶん、取り戻しているってそう思わないの?」
「思わないな。どう考えても焦りの色が見える。それは、俺に追い越されたからという理由ではない気がするんだ。何を隠しているんだ。ニル。俺には言えないことか?」
そう、セシルは悲しそうにいうのだ。
セシルにはこれまで嘘をついたことがなかった。もちろん隠し事も。けれど、これは一人で抱えきれるものではなく、しかしながら一人で抱え込まなければならない問題だった。俺が死んでしまうかもしれないということ、セシルはまた刺客に襲撃されるということ。そんな物騒な未来の話はできなかった。
嘘も、隠し事もしたくない。彼が俺を親友だって言ってくれるから、それに応えたいと思う。俺も、親友でいたい。そのためには、隠し事はしないべきなのだ。
月にうっすらと雲がかかる。それまで明るかった稽古場がだんだんと暗くなっていく。
セシルの瞳もそれと同時に曇っていくようだった。見ていられないな、なんて思いながら、手を離してくれないセシルの腕をつかむ。
「今から言うこと、信じられないかもしれないけど」
「信じる」
「速答だね。セシルらしい」
前置きをしようと思ったが、間髪入れずに「信じる」と言われてしまい、俺は思わず苦笑してしまう。そこは、変わらぬセシルなのだと、同時に安心感もあった。だから、こっちも迷うことなくいえると思ったのだ。
「夢をみたんだ」
「夢?」
「うん。それはもう、怖くて、悲しい夢」
夢ということにして、俺は話しを進めることにした。セシルははじめこそ、理解できていないように首をかしげたが、俺が話す話だと、顔つきを変えて、真剣に聞いてくれた。そのころにはすでに手を下ろしてくれて、俺も話しやすくなった。けれど、彼も彼で何かを恐れるように俺の手を優しく握っていた。かすかにふるえているのは気のせいだと思いながら俺は話しを続ける。
「セシルが死ぬ夢……いや、夢だからさ。すっごく、不謹慎で、セシルに言っていいかわからなかったんだけど。あの日から……この間襲撃された日から頻繁にみるようになった。俺が、セシルを守れていなかったらって。あのときは守れたけれど、気づくのがもう少し遅れていたらだめだったんじゃないかって。それを悪夢で見る。近いうちにまたあるんじゃないかって思うんだ」
「俺が死ぬ夢……」
こんな話嫌だよね、といえば、セシルは首を横に振る。
「いや、俺が逆の立場だったら、怖くて眠れないかもしれない。それこそ、今のお前のように鍛錬を重ね、自分を鍛えて来るべきときに備えるだろう」
セシルはそういうと目を伏せた。
次に目を開いたときは、それを想像してか少し瞳が潤んでいるようにも見えた。
「――一人で辛かったな」
「……せ、しる」
その言葉を聞いた途端、スッと胸の中にあったもやが払われるような気がした。まだそこに漂って入るものの、その言葉に、少し救われた気がしたのだ。
(は、はは……なに喜んでるんだろう)
すべてを離したわけじゃない。都合のいいように、夢の話をしただけだ。だから、セシルが俺のことを百パーセント理解してくれたわけじゃないのに。それでも、一人で抱え込んできたからこそ、それを分かち合おうと、理解しようとしてくれるその姿勢に、俺は胸が熱くなる。
セシルの瞳が訴えてくる。「もう一人で抱え込まなくていい」と。でも、違うんだ。そうじゃない。
言ってしまえば楽になるかもしれない。セシルが死ぬのはもちろん回避しなければならない、回避したい出来事だ。けれど、それで、セシルを一人にしてしまったら……
俺は、自分が死ぬことよりも、そんな俺を大切に思ってくれるセシルを一人にすることのほうが怖かった。
それは言えない。俺が死んでしまうかもしれないなんて。情けなくて、断言するようなことを、いえるわけがなかった。いって楽になれるほど、それは軽いものじゃなかったから。
伝ってしまった涙は、頬を流れていく。それを見て、セシルの目が見開かれたのは言うまでもなかった。
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