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贈物
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日々は同じように過ぎていく。
私の中では、時計の針が進む音さえも遠くなった。ただ、目の前のことを淡々とこなすだけ。それが生活のすべてだった。
「アリシア様、お手紙が届いております」
侍女のエリーナが封筒を差し出す。
それは見覚えのある紋章で封印されていた。アルノー様――いや、もはやその名前を口にすることすら無意味だと思う。彼の手紙が私に届くたび、私は何かを期待しようとする自分を戒める。
期待しなければ、失望もしない。
封筒を開くと、中には短い文面と小さな包みが同封されていた。包みを開けると、中には小さなペンダントが入っている。宝石がはめ込まれたそれは、明らかに高価なものだろう。だが、それ以上の感想は浮かばない。
手紙にはこう書かれていた。
「アリシア 君が少しでも喜んでくれることを願って、このペンダントを選んだ。次の祭りの日には、これを付けてぜひ僕と一緒に出かけてくれないか? アルノーより」
かつての私なら、この言葉に胸が高鳴り、期待で心が躍っただろう。けれど、今の私はただそれを「読む」だけだった。そこに何の感情も、何の温かさも湧いてこない。
アルノー様が何を考えているのかも、なぜこのタイミングでこんなものを送るのかも、興味はなかった。
「エリーナ、この手紙とペンダントは戻しておいて」
淡々とそう告げると、エリーナの表情が一瞬固まるのが見えた。彼女は驚きを隠せないようだった。無理もない。私がアルノー様からの贈り物を拒むなど、かつての私なら考えられなかったことだ。
「アリシア様、本当にお戻しに?」
「ええ」
それ以上の説明は不要だった。エリーナは困惑した様子でペンダントを手に取り、何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わず部屋を出て行った。
それから数日後、アルノー様が直接私のもとを訪れた。彼が私の部屋を訪れるのは、何ヶ月ぶりのことだろう。
「アリシア、少し話せるか?」
扉をノックする音と共に聞こえた彼の声は、どこか急いているようだった。私はゆっくりと扉を開けた。
そこには、以前と変わらない整った顔立ちの彼が立っていた。その顔には微かに焦りが見えたが、それを隠そうとしているのがわかった。彼の視線が私を捉えるが、私は何も感じなかった。ただ、彼の言葉を待つだけ。
「君に贈ったペンダント……どうして返したんだ?」
「必要ないものだから」
簡潔な答えだった。事実をそのまま告げただけだが、彼はその言葉に少し眉をひそめた。
「いや、それは君に喜んでほしくて選んだんだ。君に似合うと思って――」
「そう」
私は彼の言葉を遮るように短く答える。
その瞬間、彼が一瞬だけ口を閉じた。彼は私の態度に戸惑っている。いや、焦っているのだろう。かつての私なら、彼の贈り物を手にして心から感謝し、微笑みながらその気持ちに応えた。だが今、それはできない。
「祭りの日、君を誘おうと思っているんだ。一緒に行かないか?」
彼の言葉は、かつて私がどれほど望んだものだったか。それを聞いた瞬間に、かつての私ならどれほど喜び、彼の腕にしがみついたことだろう。だが、今は違う。
「行きません」
「……なぜだ?」
彼の声に苛立ちが混じる。それが私に向けられたものか、自分への苛立ちかは分からない。だが、彼がそんな感情を抱いていること自体が、今の私にはどうでもいいことだった。
「興味がないから」
その一言が彼を傷つけたのかどうかは、私にはわからない。ただ、彼の顔がわずかに歪んだのを見て、何も感じない自分に気づいた。
「……そうか」
彼はそれだけ言うと、踵を返して去っていった。その背中には、どこか影が差しているように見えたが、それすらも私には遠い世界のことのようだった。
私は扉を閉じると、再び自分の椅子に座り、何事もなかったかのように本を手に取った。周囲の慌ただしさや、彼の行動に何の意味もない。それが私の「日常」だった。
私の中では、時計の針が進む音さえも遠くなった。ただ、目の前のことを淡々とこなすだけ。それが生活のすべてだった。
「アリシア様、お手紙が届いております」
侍女のエリーナが封筒を差し出す。
それは見覚えのある紋章で封印されていた。アルノー様――いや、もはやその名前を口にすることすら無意味だと思う。彼の手紙が私に届くたび、私は何かを期待しようとする自分を戒める。
期待しなければ、失望もしない。
封筒を開くと、中には短い文面と小さな包みが同封されていた。包みを開けると、中には小さなペンダントが入っている。宝石がはめ込まれたそれは、明らかに高価なものだろう。だが、それ以上の感想は浮かばない。
手紙にはこう書かれていた。
「アリシア 君が少しでも喜んでくれることを願って、このペンダントを選んだ。次の祭りの日には、これを付けてぜひ僕と一緒に出かけてくれないか? アルノーより」
かつての私なら、この言葉に胸が高鳴り、期待で心が躍っただろう。けれど、今の私はただそれを「読む」だけだった。そこに何の感情も、何の温かさも湧いてこない。
アルノー様が何を考えているのかも、なぜこのタイミングでこんなものを送るのかも、興味はなかった。
「エリーナ、この手紙とペンダントは戻しておいて」
淡々とそう告げると、エリーナの表情が一瞬固まるのが見えた。彼女は驚きを隠せないようだった。無理もない。私がアルノー様からの贈り物を拒むなど、かつての私なら考えられなかったことだ。
「アリシア様、本当にお戻しに?」
「ええ」
それ以上の説明は不要だった。エリーナは困惑した様子でペンダントを手に取り、何か言いたそうに口を開きかけたが、結局何も言わず部屋を出て行った。
それから数日後、アルノー様が直接私のもとを訪れた。彼が私の部屋を訪れるのは、何ヶ月ぶりのことだろう。
「アリシア、少し話せるか?」
扉をノックする音と共に聞こえた彼の声は、どこか急いているようだった。私はゆっくりと扉を開けた。
そこには、以前と変わらない整った顔立ちの彼が立っていた。その顔には微かに焦りが見えたが、それを隠そうとしているのがわかった。彼の視線が私を捉えるが、私は何も感じなかった。ただ、彼の言葉を待つだけ。
「君に贈ったペンダント……どうして返したんだ?」
「必要ないものだから」
簡潔な答えだった。事実をそのまま告げただけだが、彼はその言葉に少し眉をひそめた。
「いや、それは君に喜んでほしくて選んだんだ。君に似合うと思って――」
「そう」
私は彼の言葉を遮るように短く答える。
その瞬間、彼が一瞬だけ口を閉じた。彼は私の態度に戸惑っている。いや、焦っているのだろう。かつての私なら、彼の贈り物を手にして心から感謝し、微笑みながらその気持ちに応えた。だが今、それはできない。
「祭りの日、君を誘おうと思っているんだ。一緒に行かないか?」
彼の言葉は、かつて私がどれほど望んだものだったか。それを聞いた瞬間に、かつての私ならどれほど喜び、彼の腕にしがみついたことだろう。だが、今は違う。
「行きません」
「……なぜだ?」
彼の声に苛立ちが混じる。それが私に向けられたものか、自分への苛立ちかは分からない。だが、彼がそんな感情を抱いていること自体が、今の私にはどうでもいいことだった。
「興味がないから」
その一言が彼を傷つけたのかどうかは、私にはわからない。ただ、彼の顔がわずかに歪んだのを見て、何も感じない自分に気づいた。
「……そうか」
彼はそれだけ言うと、踵を返して去っていった。その背中には、どこか影が差しているように見えたが、それすらも私には遠い世界のことのようだった。
私は扉を閉じると、再び自分の椅子に座り、何事もなかったかのように本を手に取った。周囲の慌ただしさや、彼の行動に何の意味もない。それが私の「日常」だった。
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