上 下
45 / 55
第三章 魔王編

【ヘンリー視点】

しおりを挟む
「イザベル嬢!? 駄目だ!!」

 私の声もアーサーの声も、イザベル嬢には届いていないのか、イザベル嬢はアーサーの手を振り解き、アルフを庇う様にして魔王に立ちはだかった。

「ラウル、止めてーーっ!!」

 くっ! この距離では間に合うか!?

 咄嗟に風魔法を発動し魔王に向けて放ち、同時に自身の足に風魔法を纏いながらイザベル嬢の元へ駆け出すも、魔王の攻撃はイザベル嬢に向かって放たれた後だ。

「イザベル嬢っ!!」

 頼む! 私の攻撃が届いてくれ!

 しかし、私の攻撃が届く前にイザベル嬢に魔王の攻撃が当たってしまった。
 ドンッ! という鈍い衝撃音と共にイザベル嬢の身体が宙を舞う。

「っ! イザベルーーっ!!」

 足に纏った風魔法により高速でイザベル嬢の元へ駆け寄ると、地面に着地する前の身体を抱き止めた。

「イザベル! イザベル!!」

 必死に叫ぶもイザベル嬢の身体はピクリとも動かない。
 周りにいた者達もイザベル嬢の元へと駆け寄って来たのか、辺りが騒がしくなる。

「ベル! 君は何てことを……!」
「イザベル嬢! しっかりするんだ!」
「いやーーっ!! お姉様!!」
「イザベル様!!」
「イザベル君! 魔王君、よくもやってくれたな!?」

 エスタ卿の攻撃は強過ぎて、ここで放たれたらイザベル嬢の身体に障る!

「エスタ卿、この場で攻撃魔法を使えばイザベル嬢の身体に障る! 攻撃魔法は使わずに魔王を捕らえてくれ!」
「……了解です」

 エスタ卿は黒い影を出すと、魔王目掛けて放った。
 魔王は抵抗する様子もなくエスタ卿の影に捕らえられた。
 魔王を捕らえたと同時に、マリア嬢は我々を押し除けイザベル嬢の身体に触れる。

「イザベル様! ああ良かった、まだ息がある! これなら私の魔法が効くかもしれないです!」
「それは……アーサーに使った浄化の魔法か!?」
「はい。ただ前回のアーサー様とは違い、イザベル様は重症です。この魔法でどれだけ回復するかは分かりませんが、今使わないとイザベル様は手遅れになってしまいます!」

 マリア嬢の魔力は不安定だが、アーサーの傷を治した実績がある。
 ここは彼女の可能性に賭けるしかない。

「分かった。マリア嬢、頼む。イザベル嬢を救ってくれ」
「わかりました。皆さん、集中したいので少し下がっていてください!」

 我々は一旦身を引くと、マリア嬢はイザベル嬢の身体を横にし、静かに両手を当てた。
 しばらくすると、マリア嬢の辺りの空間がキラキラと輝き始め、光は辺りに広がって行く。
 始まったか。
 頼む、どうか成功してくれ!
 広がった光は一気にイザベル嬢に向かって集まり、パァッと強い光を放った後に跡形もなく消え去った。
  
 終わった、か……?

 マリア嬢の表情を見ると、不安そうな表情を浮かべながらイザベル嬢の身体を軽く揺すっている。

「イザベル様、傷が治りましたよ。イザベル様、起きて下さい」

 ん? マリア嬢の様子がおかしい。
 
 イザベル嬢の元へ駆け寄り身体の状態を確認すると、イザベル嬢の呼吸は先程より穏やかになっている様だ。
 しかし、マリア嬢の呼び掛けにピクリともせず、閉じた瞼を開けることはない。

 なぜ、目を覚まさない?

 隣にいたアルフが痺れを切らしたのか声を荒げた。

「マリア嬢、本当に浄化の魔法は効いたのか!?」
「はい、腕にあった傷は治っていますし、効いているはず……なのですが……」
「では、なぜベルは目を覚さない!?」
「アルフ、マリア嬢が怖がっているだろう。詰め寄るのはよせ」
「お前に何が分かる!?」

 不安で周りに当たりたくなるアルフの気持ちは痛いほど分かる。
 私とてイザベル嬢の事を想うと、心配や不安で思考が止まりそうになる。
 しかし、今は己の感情よりも、イザベル嬢を救う道を考えなければ!
 
「目を覚ませ、アルフ!」

 私はアルフの胸ぐらを掴んだ。

「今はイザベル嬢が目を覚ます方法を考える事が先決だろう!?」

 側にいたクロエ嬢が私とアルフの間に割ってきた。

「二人ともお止めになって! マリア様、もう一度浄化の魔法を使ってみて下さい。そうしたらイザベル様が目を覚ますかも知れませんわ」
「それが……先程の魔法でほとんどの魔力を消費してしまい、浄化の力を発動させるには魔力の回復が必要なのです」

 嘘だろ! では、他に助かる方法は!?

 しかし、この中に回復魔法を使える人間はいない。
 それはつまり、現段階でイザベル嬢を助ける方法がない、ということだ。

「な、何!? ベルが助かる方法は他にないのか!?」
「……」

 くそっ! どうする事も出来ないのか!?

 力無く横たわるイザベル嬢の身体を抱き上げ、軽く譲ってみる。

「イザベル、私の声が聞こえるか? 早く目を覚ましてくれ」

 イザベル嬢の瞼は閉じたまま、身体はピクリとも動かない。
 穏やかだった呼吸は少しずつか細くなり、美しい顔からは徐々に血の気が引いていく。

「可愛いイザベル、どうか目を覚まして……?」

 やがて呼吸も分からなくなり、腕越しに伝わる身体が徐々に冷たくなって行くのが分かる。

 イザベル、お願いだ。私を置いていかないでくれ……。

 本当の私は、卑怯で弱い人間だ。
 未来の王として生まれた私は、常に周りからの期待と重圧が付き纏った。
 そして、近付く者は私を利用しようとする者ばかりだ。
 そんな気の休まる時などない環境の中で、私はどこか冷めた目で人を見てきた。
 しかし、貴女という愛おしい存在に出会って、私は内に宿る感情に気付いたのだ。

 貴女といる時は、時間を忘れてしまう。
 貴女がいない時は、貴女のことばかり考えて職務すら手に付かない。
 貴女と過ごす時間が増えるほど、私の中に宿る貴女の存在は大きくなっていく。
 いつしかそれは、私の生きる目的になっていた。

 貴女が何者かなど、どうでもいい。
 貴女さえいてくれたら、私は、私は……!

「イザベル! イザベル!! 頼む、目を開けてくれ……!」
「ベル! ベル!!」
「くっ、イザベル嬢……!」
「お姉様……っ、ぐすっ」
「イザベル様、目を開けて……!」

 ギュッと強く身体を抱き締めた時だ。
 ドクンッと力強い心音を感じ、フッとイザベル嬢が深呼吸をした。

「!? イザベル!!」

 イザベルの顔を確認すると青白い顔色は血色を取り戻し、ふるりと瞼が震えた。
 そして、長い睫毛に縁取られた瞼がゆっくりと持ち上がり、瑠璃色の美しい瞳が私を映し出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

異世界で捨て子を育てたら王女だった話

せいめ
ファンタジー
 数年前に没落してしまった元貴族令嬢のエリーゼは、市井で逞しく生きていた。  元貴族令嬢なのに、どうして市井で逞しく生きれるのか…?それは、私には前世の記憶があるからだ。  毒親に殴られたショックで、日本人の庶民の記憶を思い出した私は、毒親を捨てて一人で生きていくことに決めたのだ。  そんな私は15歳の時、仕事終わりに赤ちゃんを見つける。 「えぇー!この赤ちゃんかわいい。天使だわ!」  こんな場所に置いておけないから、とりあえず町の孤児院に連れて行くが… 「拾ったって言っておきながら、本当はアンタが産んで育てられないからって連れてきたんだろう?  若いから育てられないなんて言うな!責任を持ちな!」  孤児院の職員からは引き取りを拒否される私…  はあ?ムカつくー!  だったら私が育ててやるわ!  しかし私は知らなかった。この赤ちゃんが、この後の私の人生に波乱を呼ぶことに…。  誤字脱字、いつも申し訳ありません。  ご都合主義です。    第15回ファンタジー小説大賞で成り上がり令嬢賞を頂きました。  ありがとうございました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。