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第三章 魔王編

【ヘンリー視点】

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* * *

 翌朝、我々は予定通りに国境まで辿り着いた。
 ここから先は魔の森が広がる。

 皆の準備が整った事を確認すると、我々は国境を潜り、魔の森へと足を踏み入れた。
 一歩足を踏み入れた森はシーンと静まり返り、異様な空気感に包まれていた。
 ザッザッと響く足音と、風に揺れる葉の音以外、何も聞こえてこない。

 おかしい、以前訪れた時はもっと生き物の気配がしていたはずだが……。

 ふとそんな事を考えながら歩みを進めると、あっと言う間に休憩地点まで辿り着いた。
 皆に休息を取っているのを確認すると、私も地面に腰を下ろした。

 予想より早く着いたな。それにしても、生き物の気配がない。一体どういう事だ?

 顎に手を当てながら考え込んでいると、クロエ嬢とマリア嬢を連れたエスタ卿が声を掛けて来た。

「ヘンリー殿下、滑り出しは順調みたいですね」
「ああ、今のところはな」

 クロエ嬢は気の抜けた顔で私に話しかけて来た。

「私、拍子抜け致しましたわ。全く魔獣が出ないんですもの。本当に魔の森か疑ってしまいますわ」

 クロエ嬢の話をそばで聞いていたマリア嬢も話に便乗して来た。

「魔獣どころか生き物の気配がないですね。魔の森ってこんなに静かなところなんですか?」

 エスタ卿が首を傾げながら口を開いた。

「ヘンリー殿下、何か妙じゃないですか」
「エスタ卿も気付いたか」
「ええ。以前の魔の森はもっと生き物の気配があったのですが」

 やはり、か。
 他の生き物が住めない程に、魔獣が増えているのだろう。
 そして、増え過ぎた魔獣は、生きるために共食いをしている可能性が上げられる。
 魔獣同士の小競り合いは報告でも上がっており、この仮説は正しいのだろう。

「魔獣同士の生存競争が激化している可能性がある。生き残った魔獣はそれなりに力がある奴だろうから、遭遇した場合は厄介だな」
「そうですねぇ。ま、でも、僕がいれば大丈夫ですけどね☆」
「確かにエスタ卿の魔力は強力だが、今は闇魔法が使えない。油断は大敵だ」

 エスタ卿は頬を膨らませて私を睨み付けた。

「むぅ、心外だなぁ。僕の力を舐めてもらっちゃ困りますよ~?」
「エスタ卿の力を低く見積もっているつもりはない。ただ、ハンデがある分用心するに越した事はないと話しただけだ。そんな顔をしな」

 ギャァァオォォォオ!

 森に響く、けたたましい鳴き声。

「!?」
「出たぞー!! 魔獣だ!」

 来たな!

「マリア嬢、クロエ嬢はその場にいろ! エスタ卿、行くぞ!」
「嫌ですわ、私も戦います!」
「駄目だ! クロエ嬢はマリア嬢を守るためにここに待機していろ、いいな!」

 不満そうな顔をするクロエ嬢を尻目に、エスタ卿と共に声のする方へと駆け出した。
 ザザザッと草木を掻き分け進んだ先には、体長三メートルはあるだろう巨大な魔獣が聳え立っていた。
 この魔獣は火属性の魔力を宿し、口と尻尾から強力な火を出す厄介な魔獣だ。
 先に辿り着いた者達は魔獣の大きさに怯んでいるようだ。

「な!?」
「で、でかい」

 以前見た物より、明らかに巨大化している!?

「魔獣達が以前より強くなっている可能性がある! 皆、気を付けろ!」

 剣を構えて前に出ようとした時、側にいたエスタ卿が前線にいる他の隊員達をグイグイ手で押して魔獣から引き離した。

「はいはいはーい☆ みんな、どいてどいて! 危ないよー!」
「エスタ卿?」
「な、なんだ?」

 奇行に走るエスタ卿にザワザワする隊員達を尻目に、皆をどんどん魔獣から引き離して行く。
 皆が一定の距離まで離れた事を確認すると、エスタ卿はスッと手を翳した。
 そして次の瞬間、ドン! という凄まじい音と共に、魔獣がいた場所に巨大な穴が空いた。

 なっ!?

 突風に煽られ、思わずグラついた身体にグッと力を込め、体勢を整える。
 エスタ卿は風で顔に掛かる髪を払い除けながらニッコリと笑い、私に話しかけた。

「ほーらね、ヘンリー殿下☆ 大丈夫だったでしょ?」

 エスタ卿は頬に付いた魔獣の返り血を指でスッとなぞり、ふふっと笑った。

「僕は国の……いや、世界の最終兵器。この力を舐めてもらっちゃ困りますよ? ぐふふ」

 エスタ卿は指に付いた血をうっとりと眺めながら「あぁ、もっと強い奴と戦いたい」とぶつぶつ呟いている。

 エスタ卿の方が魔王より魔王らしい気がするな……。

 私はそんな事を思いながら、手持ち無沙汰になった剣を鞘に収めた。
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