寝取られ予定のお飾り妻に転生しましたが、なぜか溺愛されています

あさひな

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ssクロード視点 2

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「はぁ」

 仕事に身が入らず、字面が全く頭に入ってこない。

「当主様、先ほどからサインの手が止まっておりますが」
「ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた」
「お疲れのようでしたら、少し休憩を挟んでからにしましょうか?」
「そうだな……そうするか」

 セバスが茶の準備のために扉から出て行く。
 握っていた筆を投げ出し、椅子にもたれ掛かる。

 ……エステル、私はこんなに貴女を想っているのに。

 貴女の心に私以外の男の存在がいたらと想像するだけで、その男を嬲り殺したくなる程の殺意が芽生える。
 だが、それがジャンだったとした……私は一体どうしたらいいのだろう。

 そのまま目を瞑りぼんやりしていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。

 セバスが茶を持ってきたのだろう。

「入れ」

 ガチャッと扉が開くとお盆を持ったエステルが立っている。

「……エステル?」

 いかん、エステルの事を考え過ぎて幻でも見えてるのだろうか。

「セバスさんから、クロード様がちょうど休憩されると伺ったので、代わりにお茶とお茶菓子を持って参りました」

 ああ、この愛らしい声は幻ではなくて本人のようだ。

「そうだったのか。エステル、ありがとう」

 椅子から立ち上がり、ソファ前に移動する。
 すると、紅茶の隣に芸術品のように美しい飴細工の乗った甘味が添えられている。

「おお、美しい甘味だな。これはどうしたのだ?」
 
 するとエステルはへへっと嬉しそうな笑みを浮かべる。

 ああ、世界一可愛いその笑顔は私だけのものだ。
 例えそれがジャンであっても、絶対に渡したくない。いや、絶対に渡さない。

「実は私が作ったのです」
「これをエステルが? それは凄いな」

 私のためにこんなに凝った甘味を作ってくれたのか!? ああ、エステルはなんて優しいのだろう。
 この甘味を宝石箱に入れて大切に保管したいくらいだ。

「ありがとう、エステル。愛しているよ」

 立っているエステルを抱き寄せる。
 貴女の優しい香りと柔らかい肢体を抱き締めているともっと先の触れ合いが欲しくなる。
 だが、今は、エステルがせっかく手間暇掛けて作ってくれた甘味を味見してみたい。
 一旦腕を解き、エステルと共にソファに座る。 
 
「クロード様、宜しければ一口お召し上がりになってみてください」
「そうだな。せっかくだから、いただくよ」

 私好みのクリームがふんだんに使用された甘味。
 もしかしてエステルは甘味屋での話を覚えてくれていたのだろうか。
 フォークを入れるとサクッとした生地が切れる感触がする。
 一口食べると、口の中で程よい甘さのクリームとサクサクの生地の食感が広がる。

「ん、うまい」
「ああ~、良かった!」

 エステルは安堵した様子で私を見つめる。

「実は甘味屋でクロード様がクリームたくさん入った甘味が好きなことを知ったので、クロード様好みの甘味を作ってプレゼントしようと思い付いたのです。そこで、ここしばらくはジャンさんにもご協力いただいて甘味作りをしていました」

 ……なんということだ。
 私は勘違いからエステルの愛を疑い、ジャンに敵対心を燃やしていたということか。

「ジャンさんはプロの料理人ですから甘味の作り方もご存じでしたし、本格的な甘味のレシピを伝授いただいておりましたの。クロード様を驚かせたかったから、甘味作っているところを見られたくなくて厨房の出入り禁止にしてご不便をお掛けいたしました」
「そうだったのか……」
「クロード様も厨房に御用がおありだったのでしょう? ここ数日厨房の辺りをうろついていたという話をメイド達が話していましたから」

 う、それはエステルとジャンの動向が気になってうろついていただけなのだが。

「いや、特に用事はない」
「そうですか? それなら良かったです」

 ああ、そんなに無邪気な笑顔で見つめられると、罪悪感が生まれる。
 一瞬でも貴女の愛を疑ったことを謝罪しなければ。

「エステル……すまない。貴女に謝らなければならない事がある」
「え?」
「実は最近やたらジャンと楽しげに厨房に籠っていたから、私よりジャンに興味が出たのかと思い違いをしていた。一瞬でも貴女の愛を疑ってしまって申し訳ない」

 エステルはきょとんとした顔をしたあと、あはは! と、弾けるような笑顔でお腹を抱えて笑い出した。

「あはははっ! 私がジャンさんに興味!? あっはは、そんなわけないじゃないですか。確かにジャンさんは料理人としての知識は凄いとは思いますけど……ふふふ、クロード様は想像力豊かなのですね」
「すまない、後でジャンにも謝っておくよ」
「大丈夫だと思いますよ? それより、クロード様がそんな事を思っていたなんて意外ですわ」
「そうか?」
「ええ。クロード様って普段から物怖じしない『ザ・硬派な騎士団長様』みたいな印象があったので」

 エステルから見ると私はそのように映るのか。
 だが、私の中身は硬派な騎士などではない。 
 貴女の愛を得るためなら他の男など嬲り殺してもいいとさえ思ってしまう、独占欲の塊のような男だ。

「クロード様が、私のことを想っていただいていることは理解しています。もしかしたら、私はまだまだクロード様よりも愛の言葉が少ないのかも知れません。……ですが、私はクロード様の事をお慕いしています」
「エステル」
「うまく言葉に出来ませんが、毎日お見掛けしていてもクロード様の姿を見る度に胸がときめきますし、クロード様は素敵な御方ですから他に惚れてしまう人がいるのではとひやひやすることもございますわ」

 エステルがそんなことを想ってくれていたとは。
 そして、頬を赤らめながらも私に愛の言葉を伝えてくれるその姿が愛おしい。

「愛している」

 愛しさが溢れ、思わずエステルを抱き締める。
 服越しの温もりが心地良い。

「私も、クロード様を愛しています」

 温かく柔らかな頬を傷付けないように、そっと包む。
 そのまま顔を近づければ、私を見つめていた潤んだ瞳は長いまつ毛で伏せられる。
 そっと唇に触れれば、エステルの細い腕は私の背に回る。

 そのまま、私は時間の許す限り、甘味よりも甘いこの唇を堪能することにした。
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