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 屋敷に戻ってからは、クロードは湯浴みのために部屋に戻ってしまい、何となく手持ち無沙汰になってしまった。
 使用人達も主人の急な帰宅で慌ただしく動いているし、何もすることがないとなんとなくソワソワするなぁ。
 そんな気持ちが表情に出ていたのか、ルネさんがクスリと笑う。
 
「ふふ、当主様が戻られて落ち付かないですよね」
「え、ええ」
「当主様は湯浴みで暫く自室から出てこないでしょし、せっかくですから奥様もドレスアップしませんか」
「え? 私はいいですよ。それより皆さん忙しそうですから何か手伝いを」
「手伝いは結構ですから、今は当主様を喜ばせることだけを考えましょう。お疲れの当主様の癒せるのは奥様にしかできない事ですし、今回の急な帰還だって奥様に早く会いたい一心で当主様がご決断されたのでしょう?」
「うっ。た、確かに帰還を急がれた理由はそうだけど」
「でしょう? ですから、当主様を癒して差し上げる事が今の奥様にとって最大の任務でございます。きっとドレスアップした美しい奥様が甘えたら当主様もイチコロでしょう」

 ルネさん、それなんか違った方向に向かっていませんか?
 そんな私の疑問を他所に、ルネさんはやる気満々といった様子で勝手に話を進めていく。 

「さぁ、そうと決まればのんびりしている時間はありませんわ。ささ、奥様こちらへ」
「え、ええ?」

 ルネさんや他の侍女達に取り囲まれた私は、成す術もなくドレスアップやら何やらを受けることになった。
 抵抗しても無駄だと悟った私は大人しく着替えやらお手入れやらを受け入れていると、気付いた時には夕食の時間になっていた。
 コンコンと扉をたたく音と共にセバスさんの声が聞こえた。
 
「奥様、夕食の時間になりました。食堂にて旦那様がお待ちです」
「あ、はい!」

 大変、クロード様を待たせてしまっているみたい。

「奥様、急ぎましょう」

 慌てて立ち上がりルネさんと共に食堂まで早歩きで急ぐと、シャツを着崩したラフな格好のクロード様が席に座っていた。

「クロード様、お待たせいたしました」

 私の姿を見たクロード様は満面の笑みを浮かべ立ち上がる。

「エステル、こちらに」

 クロード様は私を隣の席に座らせると満足そうに自身も腰を下ろす。
 って、こんなに広いテーブルなのに隣同士密着状態ってどうなのよ。

「エステル、綺麗だ」
「ありがとう、ございます」

 ひゃあああ。そんなイケボで耳元で囁かないで!
 十日ぶりのクロード様の声にドキドキしていると、美味しそうな料理やお酒が次々に運ばれてくる。

「では、乾杯しようか」
「はい。クロード様、魔獣討伐お疲れ様でした」

 乾杯後、クロード様は何かを思い出したようにゴソゴソ何かを探している。
 そして胸ポケットから大事そうに紫色の小さい袋を取り出した。
 あ、それは……魔獣討伐前に渡したお守りだわ。 

「エステル、お守りをありがとう。このお守りのお陰で討伐隊も私も怪我無く帰ってくることが出来た」

 それはお守りの効果というより、クロード様や騎士様が強いだけな気もするけど。
 でも、そう言って貰えると嬉しいな。

「そうおっしゃっていただけて嬉しいです」
「中には髪飾りが入っているだろう? 返さないといけないと思ってな」

 そう、このおまじないは、自身の装身具を渡し無事に再開出来ることを祈るものだが、再開した時には装身具を相手に返すのが常識となっている。
 クロード様は袋の中からそっと髪飾りを取り出すと席を立ち、そっと私の髪に触れる。
 前世でも男性から髪飾りをつけてもらうことなんてなかったしなぁ。なんか新鮮でちょっと気恥ずかしい。

「うむ、よく似合っている」
「ありがとうございます」

 クロード様はそのまま私の耳に軽く触れる。
 く、くすぐったい!

「ひゃっ」
「エステル、耳が赤くなってる。もしかして、私の事を意識してくれているのか?」
「え、ええ? えっと、あの、その」

 そりゃ、これだけの美丈夫にイケボで囁かれたら嫌でも意識しちゃうよ!
 あああ、なんて答えるのが正解なの!?
 一人でアワアワしているとクロード様が笑いを堪え切れない様子でくくっと噴き出した。

「もう、クロード様! 揶揄うのはお辞め下さい!」
「ははは、すまない。揶揄ったわけではないのだが、貴女の反応があまりに可愛かったもので、つい」
「もう!」
「すまん、すまん。もうしないから、気を損ねないでくれ」

 そういうと私の手に口付け、上目使いで見つめるクロード様。
 うう、クロード様は、私がこの紫目を好きなことを知っていてわざとやっているに違いない。
 この綺麗な瞳で許しを請われたら、許す以外の選択肢などないじゃないか。

「クロード様はずるいですわ。もう」
「エステルが可愛過ぎるのが悪い。私は、貴女の一挙一動全てに翻弄されるただの愚かな男だよ」

 うぐっ! そんな甘いセリフを言われたら何も言えないじゃないか。
 
「さて、おふざけはこのくらいにしておこうか。食事が冷めてしまう」
「……はい」

 もう、ちょっかいかけてきたのはクロード様じゃない。全く。
 羞恥心やら何やらで複雑な心境だけど、目の前の美味しそうな料理を見ると急にお腹が空いてきた。
 とりあえず今は食欲を満たすことを考えよう。
 私はフォークとナイフを手に取ると、美味しそうな肉を頬張った。
 
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