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「ふぅ、これで野菜の処理は終わりね」
「奥様、いつもありがとうございます」
「ふふ、こちらこそいつも美味しい食事を提供して下さってありがとうございます」
 
 そう言い残し、厨房を後にする。
 気付けば新婚生活も二ヶ月目に突入した。
 結婚式の準備を始めているが、それ以外にすることがなく毎日が平和だ。
 あまりに平和過ぎてすることもないため、こうやって使用人達の仕事を手伝うのが日課となっている。
 
 うーん、今日はもうお手伝いをする事がなさそうだな。

 そんなことを考えながら歩いていると廊下の突き当りからセバスさんと共に颯爽と現れた体格の良い男性。
 遠目からでも美丈夫だと分かるイケメンオーラを放っているのは、ランブルグ領の当主クロード様だ。

「やあ、エステル。今日も使用人の手伝いをしていたのか?」
「クロード様!? お、おかえりなさいませ! 今日は公務がおありだと伺っていましたが」
「可愛いエステルの顔が見たくなってな。早めに切り上げて帰ってきたんだ」

 そう言うとクロード様は私の髪をそっと撫でる。

「エステル、今日も一杯付き合って欲しいのだが、今夜の予定はどうだろうか」
  
 そう、実は朝チュンしてからというもの、なぜかクロード様は毎晩のように晩酌に誘ってくる。

「え、ええ」

 断る理由もないので毎回お誘いを受けるのだが、ビジネス夫婦なのにこうも毎晩のように二人きりで晩酌するって普通なんだろうか。いや、たぶん普通じゃないよね?

「良かった、誘いを受けて貰えて嬉しいよ。そうだ、この間の異国の酒、エステルが美味しそうに飲んでいたからまた仕入れたんだ」

 そう言いながらクロード様は優しく手を取りそっと手の甲に口付ける。
 そして嬉しそうな笑みを浮かべながら私の腰に手を回し優しくエスコートをする。

 はぅあ!?
 至近距離でイケメンのそのキラキラスマイルは心臓に悪い!!

 思わず手で胸の辺りを抑えると、クロード様は心配そうに「大丈夫か? 体調が悪いなら、無理せず自室に戻ろうか」と軽々と私を横抱きにした。

 うきゃあああああ! お姫様抱っこ!?
 距離が近いいぃぃ!
 
「クククロード様!? わ、私は大丈夫ですわ! ですから、どうかご心配なさらずに……!」
「そうか? でも万が一エステルの身に何かあっては心配だから部屋まで送ろう。そうだ、医者を」
「お医者様は呼ばなくて結構ですわ!?」

 そう、普通じゃない事と言えば、朝チュン以降のクロード様の対応だ。

 最初は「エステルと呼んでもいいだろうか」と呼び名の変更から始まり、次第に物理的距離が近くなり、今では事ある毎に手の甲やら髪に口付けたり、さり気なくエスコートをしてくる。
 さらには甘いセリフ達が追加装備され、何かあるとすぐに医者を呼ぼうとする極度の心配性っぷりまで発揮されている。

 前世でもイケメンにこんなに丁寧な扱いを受けたことのない私には、日を追う毎に甘みを帯びるクロード様の態度についていけない。ってか、刺激が強すぎるのよ!

 そんな事を思いっている内に、クロード様はそのまま私を自室のベッドまで運ぶと甲斐甲斐しく介抱を始めようとする。

 えっと……気持ちは嬉しいよ?
 けど、これじゃ全く落ち着かない。
 クロード様には申し訳ないけど、今日のところはご退出いただこうかしら。

「クロード様、私は大丈夫ですから今日は自室に戻られては如何でしょうか」

 クロード様は私の言葉に少し残念そうな様子で「……分かった。でも、少しでも具合が悪くなるようなら遠慮せずに呼んでくれ」と、心配そうな表情のまま部屋を後にした。

 はぁ、これでようやく落ち着ける。

 誰もいなくなった事を良いことにゴロンと寝返りを打ちつつ楽な態勢を取る。


 うん、おかしい。
 絶対何かがおかしい。


 そもそもクロード様の設定って「冷徹な騎士キャラ」みたいな感じだったと思ったのだけど。
 最初こそ威圧感みたいなものはあったけど、今ではその欠片もない。
 それどころか、日を追うごとに甘々になっていく態度。
 私が元のストーリー無視して勝手に動いているから設定自体が大きく変わってしまったのだろうか?
 そもそもこの世界がゲームと同じ世界なのか、クロード様のあの態度を見ているとそれすら怪しく思う。

 うーーーーん、やっぱり色々考えても結論なんて出てこない。

「やめやめ、考えてもどうしようもないわ」

 そう、結論が出ないことをウジウジ考えても仕方ないし、私一人でできる事なんてたかが知れている。
 クロード様に離縁を突き付けられる日が来るまで、今は、側にいる人達を大切にしていこう。

 ……離縁、かぁ。
  
 ちくっと胸の奥が痛む気がしたがけど、ベッドに横になっていると手伝いの疲れが出たのか段々眠気が襲ってくる。

 そのままフカフカの布団に包まり、ふっと意識を手放した。
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