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 んーー、いい天気!


『結婚が決まって早々にすまないが、公務のために数日家を空ける』

 朝食時にクロード様はそう言い残して出て行ってしまった。
 手持ち無沙汰になった私は何かする事はないかとセバスさんに話しかけたのだが……。
「エステル様は奥方になられたばかりですから、まずはこちらの生活に馴染んでいただければ幸いでございます」とやんわりお手伝いを断られ、やる事がなくなった私は自室に一旦戻ってきた。

 そのやり取りをみていた侍女のルネさんが「今日はお天気も良いですし、お庭の散策などいかがですか?」とお散歩を提案してくれたお陰で、気持ち良く庭散策を楽しんでいる最中なのだ。

 そう、今日から私には専属の侍女が付くことになった。
 名前は「ルネ」さんで、私より四つ上の、笑顔が可愛くてハキハキした方だ。

「今日は本当にいいお天気で外に出ているだけで気持ちいいですね」
「まだ奥様は嫁がれたばかりで緊張もあるかと思いご提案させていただきましたが、喜んでいただけた様で嬉しいですわ」
 
 ああ、談笑をしながら庭散策なんて、一流貴族の妻っぽいなぁ。って、私は昨日からクロード様の妻になったんだったわ。

 心の中でひとりツッコミをしつつ和やかな空気の中散策を続ける。

 スターク家はお金がなかったから庭も見えるところだけしか手入れされていなかったけど、ここの庭園は隅々まできちんと手入れが行き届いているようだ。
 どこを見ても雑草がボーボーに茂っているところはないし、小枝や荷物やゴミが散乱しているような場所も見当たらない。

 綺麗に咲く花々を愛でていると、装飾用の石の上に動く何かがいることに気付いた。
 お、こんなところにてんとう虫が。
 実は前世で園芸を嗜んでいたこともあり、虫に対して苦手意識がないため、試しにそのてんとう虫を手に乗せてみた。

「まぁ奥様! いけません、手が汚れてしまいますわ」
「ルネさん、大丈夫ですよ。手なんて洗えばいいのですから」

 会話をしていると木の影に庭師の様な格好をした初老の男がしゃがんでいるのが見えた。

 何をしているのかしら?

 てんとう虫を手に乗せながら近付くと私の姿に気付いた男は慌てた様子で立ち上がった。

「おっと失礼。作業に夢中になっていて気付かずに失礼しました」

 庭師のおじいさんにルネさんは呆れた様子で話し掛けた。

「まぁ、ドンさん。奥様にお客様なんて失礼ですわ」
「奥様!? まさか、昨日皆がしていた噂は本当じゃったのか!」
「ドンさん、当主様が嘘を吐く訳ないでしょ!?」
「た、確かにそうじゃが……まさか本当に奥様を迎えるなんて。そうか、そうか、ダンブルグ家も賑やかになるな!」
「もう、ドンさん!!」

 ふふ、どうやらここの家は使用人同士の仲が良いみたいね。
 二人の仲良さそうなやり取りを見ていると、ドンさんと呼ばれる男が何かに気付いた様子で慌てた様子でこちらを向いた。
 
「そうじゃ、奥様にご挨拶を忘れておったわ! 奥様、ワシは庭師のドンと申します。この通り老いぼれのジジイですが何卒よろしくお願いいたします」
「スターク男爵家から嫁いで来ました、エステルと申します。ドンさん、これからよろしくお願いします」
「む、手にあるのはてんとう虫ですかな?」

 あ、そうだった。石の上にいたから葉っぱに戻してあげようと思って手のひらに乗せたままにしていたんだっけ。

「ええ、そうです」
「ほほぉ、貴族のお嬢様が虫を触れるとは珍しいですな」
「実は趣味で園芸を……あ」

 し、しまった!
 つい、前世の話をしてしまった!!

「なるほど、それなら虫にも慣れていらっしゃるのも理解出来ましたわい。ちなみにどういった植物を育てていらっしゃったので?」

 お、意外と好印象。
 令嬢でも園芸は周囲に理解がある趣味なのかしら。

「ええっと、トマトとかナスとか」
「トマト? ナス?」

 あ、そうだった。トマトもナスも前世に近い物はあるけど、呼び方は全く違うんだった。

「し、食物を育てていましたの」
「ほほぉ! 食物は簡単な様で実は奥が深いですからのぅ。ご令嬢が食物栽培をしているとは聞いたことが無いですが、中々面白い趣味ですな。ちなみに食物を自分で育てようと思った理由なんかはあるのですか?」

 令嬢は園芸で食物を育てないのか……。
 エステルの生活環境が普通じゃなかったから、令嬢がどんな生活を送っているのか分からないのよね。
 まぁ喋っちゃった事は取り消せないし、仕方ないか。
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