ダサいモブ令嬢に転生して猫を救ったら鉄仮面公爵様に溺愛されました

あさひな

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1巻

1-2

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 流れるようなマーメイドラインが美しいこのドレスは、十三歳のレディが着こなすには少々難しいデザインに見える。
 ちょっと不安だが言われるままに試着をしてみると、あらビックリ。セリーヌの雰囲気にぴったりだ。

「まぁ、想像以上にお似合いですわ!」

 ポンフィット夫人はベタ褒めで、周りの助手たちもウンウンと力強く頷いている。

「まぁ、セリーヌ! 凄く似合っているわ!」

 いつの間にか試着室にいたお母様も大絶賛だ。

「あ、ありがとうございます?」

 容姿を褒められることに慣れていないからなんと返事をしたら良いのやら。

「このドレスは購入しましょう。さぁセリーヌ、ボサッとしていないで次のドレスを着て頂戴」

 ええ、もう⁉ 早ッ‼

「畏まりました、ラルミナル伯爵夫人。さ、お嬢様、次のドレスに移りましょう」
「え、ええ?」

 こうして私はスパルタレベルで次々とドレスを試着させられ、これで何十着目だろうか……と魂が半分抜け出てきた頃にようやく試着地獄から解放された。

「ポンフィット夫人、今日は良い買い物ができたわ」
「こちらこそ、たくさんお買い上げいただきましてありがとうございます。またのお越しをお待ちしておりますわ」

 従者が馬車に荷物を運んでいる間、お母様は終始満足そうな笑みを浮かべていた。
 私はというと、試着に疲れ果てソファにグッタリもたれ掛かりながら『もうお母様とドレスは買いに行かない』と心に誓ったのだった。


   *  *  *


「ふふふ」

 異世界転生して三日目。私はパンパンになった愛しい財布をナデナデしていた。

(やっぱり、あのドレスたちはいい金額になったわね)

 前世でリサイクルショップのバイトをしていたことがあり、不用品を高値で買い取ってもらう方法を熟知していた私は、早速不要なドレスを可能な限り高値で売り捌いた。
 まさか、前世の知識が乙女ゲームの世界でも役に立つとは。
 ちなみにドレスを売ることはお父様に相談しており(お母様に話すと同行するとか言い出しそうだったのでお父様にした)、売ったお金は好きに使って良いと言われている。

「さぁて、このお金はどうしようかしら」

 セリーヌは貴族のため、宝飾品の類はそれなりにあるし化粧品も一通り揃っている。
 ドレスは二日前に買ったばかりだし。
 そんなことを考えながら景色を眺めていると、貴族の令嬢らしき女性が、腕に前世で見覚えのあるモフモフした何かを抱えている光景が目に入った。
 おお⁉ この世界にも猫様がいらっしゃるのね⁉ まさか、こんなところで猫様に遭遇できるなんて嬉しい‼

「お嬢様、危ないですから窓から身を乗り出さないでください。そして先ほどから独り言が多いのですが、一体どうなさいました?」

 はっ‼ そうだった。ノアが同乗しているのを忘れていたわ⁉
 思わず窓から乗り出した己の身体を引っ込める。

「えへへ。ちょっと色々あってつい興奮しちゃって」
「はぁ?」
「まぁ、いいじゃない。私にも色々考えがあるのよ」
「はぁ……お嬢様は何かにのめり込むと暴走するところがあるから気をつけないといけないわね」

 ノアが何かブツブツとつぶやいているけど、今の私は先ほど見た猫様にすっかり心を奪われてそれどころではない。
 ああ、猫様可愛かったなぁ。ちらっと見た感じだと、猫様の姿は前世と一緒だったし。
 どうやらこの世界では、猫をペットとして飼うことはメジャーなことのようだ。
 セリーヌの持つ知識を探ると、こちらの猫様も前世の猫様と生態は一緒のようだし、貴族向けのペットショップも展開されているらしい。
 だが、ペットショップがあるということは、気軽にペットを手に入れることができる反面、簡単に手放す輩が出てきてしまうということでもある。残念なことに、この世界にもそういう不届き者は一定数存在する。
 この世界においても、捨て猫はちょっとした社会問題となっているようだ。だが、まだこの世界にはそういった猫たちの受け皿となるような施設は存在せず、放置されているのが現状だ。
 セリーヌの記憶の中にも、お父様と領内の孤児院に行った際に、捨て猫問題を相談された経験がある。
 お父様と孤児院の院長らしき人が会話していた内容を覚えている。孤児院のある街はずれにはこっそり猫を捨てに来る輩がいて、孤児院に住みついた猫には孤児や職員たちが餌をやり、世話をしているらしい。
 帰りの馬車でお父様が「あの猫たちを何とかしてあげたいものだな。全く、飼ったのであれば責任を持って最後まで面倒を見るべきだろうに。命を粗末にするなんてけしからん」とボヤいていた。

(このお金を使って、領地内の捨て猫問題に取り組むのもいいかもしれないわね)

 前世で叶えることができなかったあることが頭をよぎる。
 そう、前世の私には夢があった。
 それは「保護猫カフェ」を作ること。
 前世の私は猫好きが高じて、実家にいた頃は近所に捨てられていた猫のみーちゃんを拾って飼っていた。
 人間の身勝手で捨てられた猫たちは、過酷な環境下での病気、事故などにより長く生きられないことが多い。私はそのことに心を痛め、なんとかならないかと常々思っていた。
 でも、一人暮らしの賃貸ではペットが飼えず、捨て猫を引き取ることもできない。雀の涙のような寄付をするのが精一杯だった。
 そんな時に知ったのが「保護猫カフェ」という存在。
 そこは、捨て猫や行き場を失った猫たちの拠り所であり、新しい飼い主を探したり、猫好きたちの憩いの場として提供されている施設だ。
 私はお金があったら保護猫カフェを開いて、少しでも猫たちを救いたいと思っていた。

(じゃあ、このお金を使って……! いや、しかし)

 場所を作ることはできても、運営となると継続的にお金が必要だし、万が一経営が傾いた時、保護猫たちの行き場が再びなくなってしまう恐れがある。それは何としても避けたい。

(うーむ。たとえば、寄付を募るのはどうかしら?)

 この国の貴族は、平民から徴収した税で生活している。それを使って領地を運営するだけでなく、慈善団体に寄付するなど、何かしらその地位に見合った形で貴族としての責任を果たすことを求められる。
 そのため、どんなに貧乏な貴族であっても寄付は義務化されているのだ。

(貴族制度がなくならない限り、うまく寄付を募ればお金は手に入るわ。資金面についてはクリアできそうね)

 あの時、孤児院の院長さんはこうも言っていた。

「――孤児院を出た子たちは就職先が限られているのが現状です。自力で道を開ける子もいますが、結局は孤児院と繋がりのある修道院の雑用などに収まる子が多い。もし、将来の選択肢を広げることができるなら、きっと孤児たちにとっても生きる希望になると思うのです」

 この領地の孤児院は、就職先についての問題も抱えているようだ。

(それであれば、保護猫カフェの従業員も選択肢に入れてもらうのはどうかしら。もちろん、猫を愛する人であることが前提だけど。それに、寄付と保護猫カフェの売り上げ、ダブルで収入が確保できれば経営も安定するんじゃないかしら)

 しかし、施設の運営となると私一人ではできない。
 よし、お父様に相談してみよう。


「――というわけなのですが、お父様」
「…………」

 私の話を聞いたお父様は、目頭を押さえてそのまま黙り込んでしまった。
 あ、あれ? いい案だと思ったんだけど、ダメだったかしら。

「セリーヌ、お前は本当に立派に育ったな」
「お父様?」

 お父様の目が心なしか赤い。
 え、もしかして、泣いている⁉

「え⁉ あの、ごめんなさい、私――」
「セリーヌ、ぜひやってみなさい!」
「は、はいぃ!」

 お父様の迫力に圧倒され、思わず声が裏返っちゃったわ、恥ずかしい。
 しかし、お父様はそんなこと気にも留めていないようだ。

「さぁ、そうと決まれば経営に精通した執事の一人をセリーヌに付けよう。細かな話は執事にすると良い。計画が行き詰まったり、困ったことがあれば私を頼るようにな」
「はい、ありがとうございます」

 お父様の反応には驚いたけど、無事に話がまとまって良かったわ。

(よーし、これで保護猫カフェが作れるぞ!)

 前世の夢を実現させるために、早速自室に戻り計画を練ることにした。


   第二章 保護猫カフェ、オープンしました!


(ついに、完成したわ!)

 私は執事のリチャードとともに、とある場所に来ていた。
 ちなみにリチャードはお父様専属執事の一人だが、保護猫カフェの立ち上げのために期間限定で私付きの執事になったのだ。

(ああ、長年の夢が実現するなんて。感動!)

 リチャードはお父様の右腕として領地の運営に携わっていた、経営のスペシャリストだ。
 私のぼんやりした考えにメスを入れ「アイディアはいいけれど、経営についての知識が乏しいのでまずは経営学を一から学びましょう」と、リチャードのスパルタな授業を受ける羽目になった。
 お陰でこの数ヶ月間は経営学の勉強に加え、保護猫カフェの建物づくり、経営計画、施策検討、お茶やお菓子の選定と開発、スタッフの採用と研修、資金繰りのシミュレーションといった実務に追われて寝不足の毎日だったのだ。この間に誕生日を迎えたけど、あまり記憶がない。猫様への思いがなかったら挫けていたに違いない。

「お嬢様、いつまでこんな場所に突っ立っているつもりですか? そのうち石像と間違われて撤去されますよ」
「リチャード、うるさいわね。私は感慨に浸っているのよ」

 今日は、記念すべき猫カフェのオープン日。ここに、ついにお客様をお迎えする。感慨もひとしおだ。
 ところで先ほど失礼な発言が聞こえた気がしたが、リチャードはセリーヌの幼少期よりラルミナル家に仕えている、年の離れた兄のような存在だ。実の妹のように接してくれているリチャードのこのような皮肉めいた発言は日常茶飯事なので、私も聞き流している。

「足が痛くなってきたので、いい加減中に入りましょうよ」
「はいはい、分かったわよ」

 確かに三十分程度入り口付近に突っ立ったままだったので、中に入ることにした。
 中に入ると、早速店員が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ! 二名様ですね。当店は猫たちとの触れ合いスペースとカフェスペースに分かれておりまし……あれ? セリーヌ様⁉」

 あっ、早速バレたわ。
 まぁそうよね。このカフェを作ったのは私だし、店員の研修も私がしたもの。

「しーっ! 今日はお客としてきたの」
「そ、そうなのですか? では、お席にご案内いたします」

 店内は地元の住民で賑わっていた。

(予想より多く人が入っているわね。うんうん、悪くない滑り出しなんじゃないかしら)

 席に案内されると、ガラス扉越しに猫がいるのが見えた。

(はわわわ! 猫様がいらっしゃる‼)


 ちなみに、カフェ内は猫たちの居住兼触れ合いスペースと、カフェスペースがガラス扉を隔てて二分されており、すでに猫が二匹ほど生活している。
 猫たちを刺激しないようにガラス扉を開けてそっと中に入ると、茶トラ柄の猫がスリスリと足元に擦り寄ってきた。

(きゃわゆい~‼)

 足元から離れなかったので、試しにそっと触れようとすると「気安く触るな」と言わんばかりに身体を翻し、元いた場所に戻ってしまった。

「はぁ、尊い」

 何よこのツンデレは。可愛すぎるじゃないか。
 ちなみにもう一匹のグレーの猫は、高みの見物といった様子でキャットタワーの最上部から私たちを観察している。

「リチャード、確かこの子たちは野良だったのよね?」
「ええ、元はそのようですが、二匹とも孤児院で面倒を見ていたそうですよ」

 なるほど、だからこの子たちは人間に対して警戒心が薄いのか。

「孤児院付近にはあと五~六匹野良猫がいるそうなので、弱っている猫から順に保護していく手筈になっています」
「そう。怪我をしている子や弱っている子は早めに治療してあげないといけないわね」

 保護される猫たちは皆が健康というわけではない。まず健康チェックや治療をし、元気になり準備が整い次第、このカフェに移ってくる。
 しかし、病気や怪我などで治療を施しても、回復の見込みがない猫ももちろんいる。
 人間の身勝手に振り回され、心も身体も傷付いた猫たちに、最後くらいは温かい場所で落ち着いてゆっくり過ごしてほしい。
 偽善、と思われるかもしれないが、それが私の心からの願いだ。

(この広いスペースなら、猫たちが増えても充分受け入れが可能ね)

 生活スペースは広く取ってあるし、キャットタワーや隠れる場所など、猫たちが快適に過ごせる工夫もあちこちに施されている。
 満足して内部を見学していると、孤児院の院長が慌てた様子でやってきた。
 きっと店員から私が来ているという話を聞きつけたのだろう。
 保護猫カフェは孤児院の隣に建てた。
 計画を話したところ、猫を愛する院長がカフェの店長役を買って出てくれたのだ。
 猫のお世話も、院長になら安心して任せることができる。

「まぁ、セリーヌ様⁉」
「あ、院長さん、こんにちは。お邪魔しております」
「事前にご連絡いただければご案内いたしましたのに」
「ああ、いいのです。ちょっと様子を見に来ただけですから、お気遣いいただかなくて結構ですよ」
「お嬢様は一度言い出すと人の話を聞きませんからね」
「リチャード、お黙り」
「あ、セリーヌ様。もしお時間ございましたら、猫たちにご飯をあげてみませんか? これから食事の時間なのです」
「まぁ、そうなのですか⁉ ぜひぜひ!」

 やったぁ! 猫たちと触れ合える‼

「ちょっとお嬢様、これから家庭教師が来るのですから帰りますよ」
「嫌よ! 猫ちゃんとの触れ合いタイムを邪魔するなら家に帰らないわよ⁉」
「ちっ、この猫娘が」
「ああん? リチャード、何か言った⁉」
「イエ、ナンデモゴザイマセン。では三十分だけですよ? それ過ぎたら強制送還しますからね」
「はーい」

 この子たちの名前は、茶トラの子は「トラ」、グレーの子は「グレイ」といい、二匹とも雄だ。
 喧嘩などしていないか心配で聞いてみると、二匹は気が合うらしくトラブルはないそうだ。
 そんな会話を院長さんとしながら二匹にご飯をあげていると、すぐにリチャードが声をかけてきた。

「お嬢様、もう時間です。帰りますよ」
「えぇ~、もう? まだ三分くらいしか経ってないんじゃない?」
「時計を見てくださいよ、もうとっくに三十分過ぎているじゃないですか。お嬢様の目は節穴ですか?」
「せっかくこの子たちと仲良くなれたのにぃ~、まだ遊ぶ!」
「ダメです! 幼児みたいなこと言ってないで帰りますよ!」

 ギャーギャー騒いでいる私たちを見兼ねたのか、院長さんはとりなすように言った。

「えっと、それでしたらまた視察に来られた時に、ぜひこの子たちにご飯をあげてください」

 あっ、それは嬉しい提案!

「まぁ、本当ですか⁉ ありがとうございます」
「院長、お気遣い感謝いたします」
「セリーヌ様、リチャード様、とんでもない! セリーヌ様のお陰で孤児院全体の寄付も増えましたし、孤児たちもこうして働き口を見つけることができたのですから、感謝してもしきれません」

 院長さんの提案もあり、非常に名残惜しかったが保護猫カフェを後にすることにした。


 そして、帰りの馬車に乗り込もうとした時。
 ニャー……と消え入るような、か細い猫の鳴き声が聞こえてきた。

「ん? リチャード、なんか猫の鳴き声が聞こえなかった?」
「僕には聞こえませんでしたけど。保護猫カフェの猫じゃないですか?」

 ニャー……

「「‼」」
「リチャード、聞こえたわよね⁉」
「ええ。カフェの方角からではありませんね」

 リチャードの話では、まだ付近に野良猫がいると言っていた。
 恐らくまだ保護されていない野良猫の声だろう。
 猫様の状況も知りたいし、このまま放置しておくことはできないわ。

「ちょっと捜してくるわ」
「え! ちょっとお嬢様⁉」

 リチャードの制止を振り切り、声のする茂みに向かって進むと、ガサガサッと近くに生えている草木が動いた。

(この奥にいるのかしら)

 刺激しないように腰を屈めながらソッと茂みを覗くと、白い尻尾がチラリと見えた。

(あっ、いた!)
「お嬢様、どこへ行くんですか! 家庭教師が嫌だからって逃げ」
「シーッ! 静かに。見つけたから、リチャードはその場にいて頂戴」

 リチャードがその場に立ち止まるのを見届けると、私は近くにあった猫じゃらしのような草をそっと引き抜き、フリフリと揺らしてみた。
 すると、茂みからぴょこっと白いモフモフが顔を覗かせる。

(わぁ、綺麗な毛並み)

 野良猫にしては綺麗すぎる毛並み。
 それに、よく見ると首輪をしている。

(この子は野良じゃないわね。ひょっとして迷子かしら?)

 ブルーの瞳と毛並みが美しい白猫は、私の動かす猫じゃらしもどきに戯れ始めた。
 試しに距離を詰めてみても逃げる様子はない。

(このまま抱っこできるかしら?)

 そっと背中に触れてみても嫌がる様子がなかったため、続けて耳の後ろや顎下などを撫でる。
 最後にそっと抱き上げると、白猫は無抵抗でスッポリと腕の中に収まった。
 抱き上げた時に気づいたが、どうやらこの子は雌のようだ。

「よしよし、お利口さんね」

 私の一連の動きを見ていたリチャードは驚いた様子でこちらを見つめている。

「お嬢様、一体どこで猫を手懐ける術を学んだのですか?」

 げっ、まずい。
 前世で猫を飼っていたから、ついその癖が出てしまった。

「えっと、どこかの書物で見たような?」
「はぁ?」
「ま、まぁ、細かいことはいいじゃない。それよりこの子は首輪をしているし野良じゃないわ」
「そのようですね。しかし、前脚に怪我をしているようですが」

 よく見ると前脚が少し赤くなっている。どうやら血が滲んでいるようだ。

「あら、大変!」
(保護猫カフェなら一通りのケア用品も揃っているし、治療のために一旦引き返そう)
「リチャード、一旦カフェに戻るわよ」
「はぁ、お嬢様は何故こうも猫のことになると周りが見えなくなるのか。はいはい、分かりましたよ」

 リチャードを引き連れカフェに戻ろうと歩き出した時、後ろからバタバタと複数の足音が聞こえてきた。

「いたか?」
「確かこちらで物音が……あっ!」

 身なりからして貴族の子息だろうと思われる美青年と、従者らしき男性が私の腕にいる白猫を見て驚いたような表情をしている。

(あ、もしかしてこの子の飼い主さんかな?)

 その青年は私を見るなりズンズンと向かってきた。
 なんか殺気立った冷たいオーラを感じるんですけど。

「我が家の猫を誘拐するとは良い度胸ですね」

 はあぁぁ⁉ 誘拐⁉ 
 迷い猫かと思って保護しようとしただけなのに、何という言いがかり‼

「あの、何か誤解していらっしゃるようですが、私はたまたま茂みにいたこの子を見つけただけですわ。怪我をしているようでしたので、治療のために近くのカフェに寄ろうと思っていたのです」
「カフェ?」
「はい、あちら側にある建物がそうですわ」

 私の説明を聞いた青年の殺気立ったオーラが、幾分か和らいだように感じる。
 濡羽色の髪に、神秘的な深緑の瞳。
 恐ろしく整った顔立ちだが、その表情からは何の感情も読み取れない。
 あれ、何だろう。この瞳に見覚えが……?

「そうだったのですか。それは大変失礼いたしました」

 美青年はそう言うと、深く腰を折って丁寧に謝罪をしてきた。
 我が家の猫、と言っていたから、お家で大切に育てている猫ちゃんなのだろう。
 いきなり見ず知らずの者の腕に抱かれているのを目撃しては、心穏やかでいられない気持ちはよく分かる。

「いえ、こちらこそ誤解を招くような行動を取ってしまいすみませんでした。今、猫ちゃんをお返ししますね」

 腕の中の白猫をその青年に渡そうとした。
 しかし、白猫は私の腕の中が気持ち良かったのか、それとも先ほど保護猫たちにあげたご飯の匂いが気になるのか、爪でガッシリ腕にしがみつき離れない。

「いだだだっ⁉」
「レティ、放しなさい」

 青年がグイグイ白猫を引っ張るも、爪が服を貫通し腕に刺さって食い込んでいる。
 痛い、痛い、痛い‼

「あいだだだだっ‼」
「くっ、取れない。すみません、大丈夫ですか?」

 大丈夫なわけないでしょ! あーいたたた……
 しかし、このまま猫ちゃんを抱いていては青年に渡せないし。あ、そうだ。

「爪が腕に食い込んで取れないので、カフェでしばらく様子を見てから離すのはいかがでしょう?」

 青年はカフェの方向をチラリと見ながら頷いた。

「そうですね。貴女の腕も心配ですし、怪我をしていれば治療も必要だ。貴女の言う通りまずはカフェに行きましょう」

 こうして保護猫カフェに戻ることに決めた私たちだったが、戻ってきた私たちを見た院長さんは驚いた様子で駆け寄ってきた。

(ああ、そうだよね。別れの挨拶をしたばかりなのに戻ってきたら、何かあったのかと驚くよね)
「院長さん、すみません。この子、怪我をしているうえに私の腕から離れなくて。治療も兼ねてしばらくこちらにいてもよろしいですか?」
「まぁ、セリーヌ様! それに、お連れ様……ですか? ええ、それはもちろん構いませんよ」

 院長さんは、私とリチャード、青年にその従者たちとぞろぞろやってきて動揺を隠せない様子ではあったが、それでも奥の広い席に案内し、治療グッズを一式持ってきてくれた。
 保護猫カフェに初めて足を踏み入れた青年は、辺りを見回しながら私に話しかけた。


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