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襲撃

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 俺は森の中をトボトボと歩いていた。
 今朝奴と別れ、洞穴を出てからずっと歩き通しだ。
 すでに日は傾きかけていた。

 俺は自分の村に向かっていた。
 あの洞穴で過ごしている間に、日の上がる位置や星の配置を見て、どこに向かえばいいか大体の方角は見当がついていた。
 ファームの村から一度も出たことがない俺は、そこしか行くところを知らなかった。

 深い森を行く間、俺は白いミームの事を考え続けていた。
 あいつは今頃どうしているのだろうか?
 やはり自分の村に戻るのだろうか?
 ちゃんと戻れるのだろうか?
 ひょっとして俺を追ってきてたりしないだろうか?

 背後を振り返る。

 鳥がさえずる、深い森があるだけだった。

 朝からずっとそんな事を繰り返していた。
 自分からたもとを別ったにも関わらず、未練がましく奴のことを考え続けている。
 今すぐにでも二人で過ごしたあの洞穴に戻りたくなる衝動を抑え込み、俺は歩を進めていた。
 別れ際、俺の名を呼び続けた奴の悲痛な声が、今もはっきりと耳に残っている。
 自分がどうしようもなく、弱くなってしまった様な気がした。

 今更ながらに考える。
 短い時間だったが二人で過ごしている間、俺は本当に楽しかった。
 奴の事を愛おしいと思い、あいつもそう感じてくれていると思い込んでいた。
 なぜ奴は俺を裏切ったのか?
 なぜ俺の首を取ろうと思ったのか?

 いや、その前に俺の気持ちがどれほど奴に伝わっていたのだろうか?

 おそらく、ほとんど伝わってはいない。
 何しろ互いの言葉がわからないのだ。
 俺の言葉を理解していないあいつに、一方的に話しかけていただけだ。

 奴は不安だったに違いない。
 この先どうなるのか分からないまま、言葉も通じない俺を信じろという方が無理な話だ。
 奴がああいう行動を取ったのも、致し方ない気がした。

 ウジウジとそんな事を考えながら、樹々の間の獣道を歩きつづける。

 不意に辺りに違和感を感じた。
 さっきまで聞こえていた、鳥のさえずりがない。
 立ち止まり辺りを見回すが、何も見つけられない。

 ……なにかが、おかしい。

 湧き上がる不安を感じながら、歩を踏み出した途端、体が勢いよく引きずり上げられた。

「うおっ!!!」

 体勢を崩しながら、自分が網に絡め取られている事に気付く。

 クソッ、罠だ!

 巧妙に隠された、蔦で編んだ網が足下にしかれていたのだ。
 俺はそれに気づけなかった。
 網の中で宙吊りになりながら、慌ててもがいていると、不意に目の前に人影が現れた。
 ファームとは明らかに体格が違う、細いシルエットが目の前に立つ。

 ミームだ! 奴ら、まだ狩りを続けてたのか!?

 目の前にいる奴以外にも木の陰や、頭上の枝の上からわらわらとミームが現れ、俺を取り囲む様に集まってくる。
 皆興奮し、俺の理解できない言葉で声をあげ話している。
 全部で6人いた。
 奴らはファームの村へ向かう獣道に罠を張って待ち構え、俺はまんまとその罠にはまったらしい。
 奴らの存在にまったく気づいていなかった。
 いままで白いミームしかまとも見たことが無かったが、ミームも個々で容姿が違うという事が分かった。
 背丈も違えば髪の色や目の色も違い、皆それぞれ個性的だ。
 
 その中から一人がずいっと前にでる。
 茶髪を頭の後ろに括りあげ、目の色は鳶色で瞳は小さい。柔らかい雰囲気の白いミームとは違い、険しく残忍そうな顔をしていて、体格も他のミームに比べて大きい。
 その尊大な様子から、こいつがこのグループのリーダーらしいと分かった。
 そして、そいつの腰に括り付けられている物体に目が吸い寄せられる。

 それは首だった。

 仲間の首が5つ、まるで手柄を誇示する様に、それぞれ網に入れられぶら下がっていた。

 こいつら、俺の仲間を!!!

 仲間達は全滅していた。
 今年のミーム狩りの儀式は俺を含めて6人が受けていた。
 俺以外の全員が首だけになっていた。

「キサマッ! 俺の仲間をっ!」

 網に絡め取られた情けない姿で俺は叫ぶ。
 怒りで頭に血がのぼる。

「▼※△☆▲」

 鳶色の目のミームは何やら言葉を吐き、ニヤリと笑いながら近づくと、網ごしに俺の腹に小刀を突き刺した。

「ウアッ!」

 鋭い痛みが脇腹に走り、俺は網の中で痛みにのたうつ。
 奴らはそれを見て声を上げて笑った。
 鳶色の目のミームがニタニタと笑い顔を浮かべ俺を見ている。
 
 奴は小刀を引き抜くと、今度は左肩を突き刺した。
 身動きが取れず、防ぎようが無かった。
 激しい痛みをこらえ、呻き声をあげる。
 だが、わき腹の傷も肩の傷も致命傷には至らない。
 ただ俺に苦痛を与えるだけだ。
 次に刺すところを探すように、ゆらゆらと剣先を彷徨わせる。

 クソッ、……俺をなぶり殺しにするつもりだ。

 怒りと恐怖を滲ませながら、鳶色の目のミームを睨みつける。
 それを見てあざ笑うかの様に、奴は口元を歪め、舌なめずりまでしていた。
 その表情は血を見て興奮し、生来の残忍さが滲み出ていた。
 最初に出会ったミームがこの鳶色の目の奴だったなら、俺は間違いなくミームは野蛮で凶暴だと決めつけただろう。

 こいつにだけは殺されたくなかった。
 こんなことなら白いミームに……、『ファム』に首をくれてやった方が遥かにマシだ。
 だがそんな思いも虚しく、俺はこれからこいつらになぶり殺しにされるだろう。
 腰にぶら下がる仲間の首の、光を映さない深淵のような瞳と目が合う。
 お前もじきにこうなると言われたような気がした。
 恐怖と絶望がじわじわと心を蝕む。

 奴は俺の目の前に、小刀の切っ先を突きつけた。
 ゆらゆらと揺らし、左右の眼の間をさまよわせる。

 今度は目を潰すつもりか……。

 それが右目の前にピタリと止まった。
 鋭い切っ先がゆっくりと眼球に近づいてくる。
 恐怖に叫びそうになりながらも、絶対に声をあげるもんかと下らない意地を張る。
 ドス黒い絶望が俺を飲み込もうとしていた。
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