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第七話 ときにはこんな休日を
三九章 水着がないなら裸で泳げばいいじゃない
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大陸の街道を二頭立ての大きな馬車がゆっくりと進んでいる。車を引く馬は貴族の馬車用によく使われる風格ある大型種。御しているのはまだ一〇代はじめとおぼしき少女。馬と少女の体格差がありすぎて、鼠の御者がカボチャの馬車を走らせる童話の挿し絵のように見えてしまう。
車のなかには妙齢のふたりの女性。そのうちのひとりは美の女神さえ裸足で逃げ出すのではないかと思わせるほどの絶世の美女だった。この世の光という光すべてを集めて造形されたのではないか。そうとさえ思えるほどに光り輝いている。
大型種二頭が引いているにしては歩みが遅いのは、御者である少女が馬を疲れさせないよう緩い歩調を保っているというのもあるが、それ以上に客車の後ろにおおきな荷車を引いているからだ。荷車のなかには幼児の背丈ほどしかないリンゴの鉢植えがいっぱいに乗せられている。むしろ、このリンゴの鉢植えこそがこの馬車の本当の客と言えた。
アーデルハイド。
カンナ。
リーザ。
後の世に『食の三女神』と呼ばれることになる三人の女性たちである。
大陸中を巡っては各地の街道沿いや集落にリンゴの木を植え、リンゴの矮性化栽培技術を伝え、食糧の生産拠点を確保すべく活動してきた。それは同時に各地の商人と契約を結び、大規模な食糧の供給網を整備するための旅であり、また、対鬼部戦役のための募兵の旅であり、さらには、鬼部に追われて故郷から逃げ出してきた人々を新天地へと案内するための救民の旅でもあった。
そして、いまも、カンナの手さばきのもと、街道を旅している。
「どうやら、この辺りはまだ小鬼どもも現れていないようだね、ハイディ」
リーザがアーデルハイドに愛称で話しかけた。
「ええ。油断は出来ないけど……まずは一安心ね」
アーデルハイドもうなずいた。
アーデルハイドはその『貴族令嬢』という概念の最適解のような姿とは裏腹に、並の兵士以上によく剣を使う。カンナも〝歌う鯨〟出身とあってナイフ術には自信があるし、リーザにも狩りで鍛えた弓の腕がある。
女三人とは言え、小鬼の襲撃に遭っても追い払い、荷を守るだけの力量は充分にある。とは言え、襲われずにすむならそれに越したことはない。
以前はもっと大がかりな隊商を組んで移動していたが、少しでも早く大陸中にリンゴの矮性化栽培技術を伝え、食糧を確保するためには、それぞれ別個に行動し、ちがう地域を巡った方がいい。そのためにいまでは馬車一台ごとにそれぞれちがう区域を担当して活動している。
「……しかし、噂だとエンカウンも相当ヤバいらしいね。頼みの勇者サマも鬼界島に乗り込んだはいいけど逃げ帰ってきたらしいし」と、リーザ。
「ええ」
「エンカウンが陥ちたら本気でヤバいよね。鬼部の侵攻から人間世界を守るための防壁がなくなっちまう」
「だからこそ」
アーデルハイドは力強く答えた。
「だからこそ、いまのうちに食糧の生産拠点を確保し、供給網を整備しておかなくてはならない。生産拠点を城塞化し、兵を置き、防衛線を構築する。それができなければ、人類はエンカウン陥落後の戦いを越えられない」
アーデルハイドはハリエットよりも数段、現実的で論理的な認識の持ち主だった。ハリエットのようにエンカウンを救うことなど考えず、エンカウン滅亡を必然として捉え、『その後』のために活動していた。
――そう。エンカウンは陥落する。熊猛紅蓮隊も、そして、勇者も敗北する。それは避けられない。でも、その敗北を人類全体の敗北とするわけにはいかない。勇者たちが曲がりなりにも時間を稼いでいる間に体勢を整えておかなくては。
現実的で論理的。だからこそ、無意味な希望を抱くことなく『冷徹』とも思える判断を下す。アーデルハイドはそう言う人間だった。
生まれは貴族令嬢、見た目は美神。しかし、頭脳は生粋の軍師。
それが、アーデルハイドだった。
アーデルハイドは見るともなく馬車の窓から外の風景を眺めていた。
その目にある風景が飛び込んできた。
「カンナ」
アーデルハイドは御者を務める少女に呼びかけた。
「どうしました、アーデルハイドさま?」
アーデルハイドはカンナにも愛称である『ハイディ』と呼ぶように言っているのだが、カンナは『あたしはアーデルハイドさまの従者です!』として、『アーデルハイドさま』という呼び方をかえない。
アーデルハイドはそんな少女に言った。
「馬車をとめて」
「はっ?」
こんなところで馬車をとめてどうしようというのだろう。
カンナはそう思ったが、何と言っても敬愛する主人の言うことである。聞き返しもせず素直に馬車をとめた。
アーデルハイドは馬車を降りた。何とはなしにカンナとリーザもそのあとにつづく。
馬車の側に佇む美の化身。
あまりにも絵になりすぎる光景だったが、アーデルハイドの視線の先には小さな湖が広がっていた。
「小さいけど、きれいな湖ね」
「ですね。ゲンナディ内海と比べたら獅子の前の子猫みたいなものですけど、この明るさと開放的な雰囲気はゲンナディ内海にはないものですからね」
一年中、霧に閉ざされ、陰鬱な空気が支配するゲンナディ内海。そこで生まれ育った少女はそれらしい感想を述べた。
「なんという湖かわかる?」
「さあ? この辺りにきたのははじめてだしねえ」
リーザがそう言うと、カンナもコクコクとうなずいた。リンゴの矮性化栽培技術伝道のため、故郷を遠く離れて旅をしている身とあれば、その途中で見かけた湖の名前などわかるわけがない。
「決めたわ」
アーデルハイドが言った。
「今日はこの湖で一泊しましょう」
「ええっ⁉」
カンナが声をあげた。
一日の間に人の住む集落にたどり着けるかどうかわからない旅の身とあって天幕から寝袋まですべて用意してある。野宿するには困らないし、いままでだって何度もしてきた。しかし――。
「まだ時間は早いですよ? このまま進んでいけば夜までには前の町で聞いた集落にたどり着けるはずです」
「急ぐんだろう? 寄り道してる場合じゃないんじゃないかい?」
カンナとリーザが口々に言った。アーデルハイドは首を横に振った。
「たまにはいいでしょう。いくら『急ぐ』と言っても、毎日まいにち気を張り詰めていてはとても神経がもたないもの。こんなきれいな湖に偶然、出会えたのも何かの縁。今日はこの湖の畔でゆっくり過ごしましょう」
「……アーデルハイドさまがそう仰るなら」
「そうだね。ずっと働きづめだったもんね。たまには骨休めもいいか」
カンナとリーザもうなずいた。結局、ふたりとも、この名も知らない湖の美しさに魅せられていたのだった。
馬の軛を外して馬車から解放してやり、三人は湖に向かった。岸辺に立ち、思い切り、伸びをする。水の香りを含んだ清新な空気が胸いっぱいに吸い込まれる。
「いやあ、いい気持ちだねえ。今日は朝からずっと馬車のなかだったからよけい、ありがたく感じるよ」
「本当。内海育ちだからやっぱり、水のそばの方がいいわ」
リーザとカンナが口々に言う。
アーデルハイドは、なにやら急に決意したような表情になった。
「よし。泳ぎましょう」
「なんだって?」
「いきなり、どうしたんです、アーデルハイドさま」
「こんなきれいな湖だもの。泳がずにいるのはもったいないでしょう。今日は骨休めと決めたんだから、水遊びをして思い切り楽しみましょう」
「でも、水着なんてないですよ⁉」
「水着がないなら裸で泳げばいいじゃない。見渡す限り、誰もいないのだから」
そう言いつつ、アーデルハイドはいきなり服を脱ぎはじめた。
「うわっ!」
カンナが思わず声をあげた。
アーデルハイドはかまわず服を脱ぎすてた。『白磁のような肌』と言うのさえ足りない、白くなめらかな肌が露わになる。
――わわわっ、アーデルハイドさまったら。
――まあ、この体じゃあねえ。そりゃ脱ぎっぷりも良くなるか。
カンナが真っ赤になり、リーザが納得した。
同性の目から見てもアーデルハイドの裸体は見とれるほどに美しい。肌はどこまでも白く、その下の血液の流れを映してほのかな桜色に染まっている。その色合いだけでもう、充分すぎるほどに蠱惑的。体型はまさに完璧で、一〇〇年の研鑽を経た老芸術家が人生の最後に表現したいと思うほどのバランスを保っている。突き出した乳房のまろやかな形、引き締まった胴、ツンと突きあがった尻、そして、長くて細い脚へと至る体線のその見事さ。一目見ただけで溜め息が出てしまう。その体欲しさに男という男が命懸けの戦場に乗り込むのも納得の姿なのだった。
「どうしたの? あなたたちも脱ぎなさい。服を着たままでは泳げないでしょう」
「え、えええっ⁉ でも……」
「……いや、そりゃ無理だから」
「どうして? かまわないでしょう。他に誰もいないんだから」
「そういうことじゃなくって!」
「あんたの隣で裸になる度胸はないってこと」
「わからないこと言っていないでほら、早く」
「わ、わあっ、まって、まって、アーデルハイドさま!」
アーデルハイドはカンナを捕まえると、慌てふためく少女の服をさっさと脱がし、裸にむいてしまった。
「い、意外と、手癖、悪かったんだね」
リーザが思わずそう言うほどの手際の良さだった。
ともかく、こうなっては仕方がない。カンナもリーザも開き直るしかなかった。裸になって湖に飛び込み、『普通の女の子』になりきって水遊びを楽しんだ。
「ほらほら、どうしたの、カンナ。それでも内海育ち?」
「やったなあ、これが内海育ちの実力!」
「山育ちだからってなめんじゃないよ! これでも毎日みたいに川に潜って魚、獲ってたんだからね」
ひとしきり湖のなかで楽しんだあと、三人は並んで岸辺に仰向けになつた。三人の美しい人魚が寝そべっているかのような光景だった。
「ふう。こんな風に暴れたのっていつ以来かしらね」
「貴族のお嬢さまも水遊びとかするんだ?」
「一般的ではないわね。でも、わたしはけっこうヤンチャだったから。小さい頃は親の目を盗んで男の子たちと一緒に出かけて遊んでいたわ」
「アーデルハイドさま、そんな子供だったんですか⁉」
「意外?」
「当たり前です! アーデルハイドさまは小さい頃からずっとおしとやかで、上品で、絵に描いたような貴族のご令嬢だと思っていました」
「それはあくまで家の教育。わたし自身はけっこう、イタズラ好きなのよ。こんな風に……」
と、アーデルハイドはカンナの裸体をつついてみる。
「キャアッ!」
内海育ちの少女は飛びあがって叫んだ。
「逃げない、逃げない……って、逃げるのを追い回す方が楽しいかもね。追いかけっこでもしてみる?」
「やめてください、アーデルハイドさまあっ!」
その日、名も知らないその湖の畔では『女の子』たちの楽しげな声が響いてたのだった。
車のなかには妙齢のふたりの女性。そのうちのひとりは美の女神さえ裸足で逃げ出すのではないかと思わせるほどの絶世の美女だった。この世の光という光すべてを集めて造形されたのではないか。そうとさえ思えるほどに光り輝いている。
大型種二頭が引いているにしては歩みが遅いのは、御者である少女が馬を疲れさせないよう緩い歩調を保っているというのもあるが、それ以上に客車の後ろにおおきな荷車を引いているからだ。荷車のなかには幼児の背丈ほどしかないリンゴの鉢植えがいっぱいに乗せられている。むしろ、このリンゴの鉢植えこそがこの馬車の本当の客と言えた。
アーデルハイド。
カンナ。
リーザ。
後の世に『食の三女神』と呼ばれることになる三人の女性たちである。
大陸中を巡っては各地の街道沿いや集落にリンゴの木を植え、リンゴの矮性化栽培技術を伝え、食糧の生産拠点を確保すべく活動してきた。それは同時に各地の商人と契約を結び、大規模な食糧の供給網を整備するための旅であり、また、対鬼部戦役のための募兵の旅であり、さらには、鬼部に追われて故郷から逃げ出してきた人々を新天地へと案内するための救民の旅でもあった。
そして、いまも、カンナの手さばきのもと、街道を旅している。
「どうやら、この辺りはまだ小鬼どもも現れていないようだね、ハイディ」
リーザがアーデルハイドに愛称で話しかけた。
「ええ。油断は出来ないけど……まずは一安心ね」
アーデルハイドもうなずいた。
アーデルハイドはその『貴族令嬢』という概念の最適解のような姿とは裏腹に、並の兵士以上によく剣を使う。カンナも〝歌う鯨〟出身とあってナイフ術には自信があるし、リーザにも狩りで鍛えた弓の腕がある。
女三人とは言え、小鬼の襲撃に遭っても追い払い、荷を守るだけの力量は充分にある。とは言え、襲われずにすむならそれに越したことはない。
以前はもっと大がかりな隊商を組んで移動していたが、少しでも早く大陸中にリンゴの矮性化栽培技術を伝え、食糧を確保するためには、それぞれ別個に行動し、ちがう地域を巡った方がいい。そのためにいまでは馬車一台ごとにそれぞれちがう区域を担当して活動している。
「……しかし、噂だとエンカウンも相当ヤバいらしいね。頼みの勇者サマも鬼界島に乗り込んだはいいけど逃げ帰ってきたらしいし」と、リーザ。
「ええ」
「エンカウンが陥ちたら本気でヤバいよね。鬼部の侵攻から人間世界を守るための防壁がなくなっちまう」
「だからこそ」
アーデルハイドは力強く答えた。
「だからこそ、いまのうちに食糧の生産拠点を確保し、供給網を整備しておかなくてはならない。生産拠点を城塞化し、兵を置き、防衛線を構築する。それができなければ、人類はエンカウン陥落後の戦いを越えられない」
アーデルハイドはハリエットよりも数段、現実的で論理的な認識の持ち主だった。ハリエットのようにエンカウンを救うことなど考えず、エンカウン滅亡を必然として捉え、『その後』のために活動していた。
――そう。エンカウンは陥落する。熊猛紅蓮隊も、そして、勇者も敗北する。それは避けられない。でも、その敗北を人類全体の敗北とするわけにはいかない。勇者たちが曲がりなりにも時間を稼いでいる間に体勢を整えておかなくては。
現実的で論理的。だからこそ、無意味な希望を抱くことなく『冷徹』とも思える判断を下す。アーデルハイドはそう言う人間だった。
生まれは貴族令嬢、見た目は美神。しかし、頭脳は生粋の軍師。
それが、アーデルハイドだった。
アーデルハイドは見るともなく馬車の窓から外の風景を眺めていた。
その目にある風景が飛び込んできた。
「カンナ」
アーデルハイドは御者を務める少女に呼びかけた。
「どうしました、アーデルハイドさま?」
アーデルハイドはカンナにも愛称である『ハイディ』と呼ぶように言っているのだが、カンナは『あたしはアーデルハイドさまの従者です!』として、『アーデルハイドさま』という呼び方をかえない。
アーデルハイドはそんな少女に言った。
「馬車をとめて」
「はっ?」
こんなところで馬車をとめてどうしようというのだろう。
カンナはそう思ったが、何と言っても敬愛する主人の言うことである。聞き返しもせず素直に馬車をとめた。
アーデルハイドは馬車を降りた。何とはなしにカンナとリーザもそのあとにつづく。
馬車の側に佇む美の化身。
あまりにも絵になりすぎる光景だったが、アーデルハイドの視線の先には小さな湖が広がっていた。
「小さいけど、きれいな湖ね」
「ですね。ゲンナディ内海と比べたら獅子の前の子猫みたいなものですけど、この明るさと開放的な雰囲気はゲンナディ内海にはないものですからね」
一年中、霧に閉ざされ、陰鬱な空気が支配するゲンナディ内海。そこで生まれ育った少女はそれらしい感想を述べた。
「なんという湖かわかる?」
「さあ? この辺りにきたのははじめてだしねえ」
リーザがそう言うと、カンナもコクコクとうなずいた。リンゴの矮性化栽培技術伝道のため、故郷を遠く離れて旅をしている身とあれば、その途中で見かけた湖の名前などわかるわけがない。
「決めたわ」
アーデルハイドが言った。
「今日はこの湖で一泊しましょう」
「ええっ⁉」
カンナが声をあげた。
一日の間に人の住む集落にたどり着けるかどうかわからない旅の身とあって天幕から寝袋まですべて用意してある。野宿するには困らないし、いままでだって何度もしてきた。しかし――。
「まだ時間は早いですよ? このまま進んでいけば夜までには前の町で聞いた集落にたどり着けるはずです」
「急ぐんだろう? 寄り道してる場合じゃないんじゃないかい?」
カンナとリーザが口々に言った。アーデルハイドは首を横に振った。
「たまにはいいでしょう。いくら『急ぐ』と言っても、毎日まいにち気を張り詰めていてはとても神経がもたないもの。こんなきれいな湖に偶然、出会えたのも何かの縁。今日はこの湖の畔でゆっくり過ごしましょう」
「……アーデルハイドさまがそう仰るなら」
「そうだね。ずっと働きづめだったもんね。たまには骨休めもいいか」
カンナとリーザもうなずいた。結局、ふたりとも、この名も知らない湖の美しさに魅せられていたのだった。
馬の軛を外して馬車から解放してやり、三人は湖に向かった。岸辺に立ち、思い切り、伸びをする。水の香りを含んだ清新な空気が胸いっぱいに吸い込まれる。
「いやあ、いい気持ちだねえ。今日は朝からずっと馬車のなかだったからよけい、ありがたく感じるよ」
「本当。内海育ちだからやっぱり、水のそばの方がいいわ」
リーザとカンナが口々に言う。
アーデルハイドは、なにやら急に決意したような表情になった。
「よし。泳ぎましょう」
「なんだって?」
「いきなり、どうしたんです、アーデルハイドさま」
「こんなきれいな湖だもの。泳がずにいるのはもったいないでしょう。今日は骨休めと決めたんだから、水遊びをして思い切り楽しみましょう」
「でも、水着なんてないですよ⁉」
「水着がないなら裸で泳げばいいじゃない。見渡す限り、誰もいないのだから」
そう言いつつ、アーデルハイドはいきなり服を脱ぎはじめた。
「うわっ!」
カンナが思わず声をあげた。
アーデルハイドはかまわず服を脱ぎすてた。『白磁のような肌』と言うのさえ足りない、白くなめらかな肌が露わになる。
――わわわっ、アーデルハイドさまったら。
――まあ、この体じゃあねえ。そりゃ脱ぎっぷりも良くなるか。
カンナが真っ赤になり、リーザが納得した。
同性の目から見てもアーデルハイドの裸体は見とれるほどに美しい。肌はどこまでも白く、その下の血液の流れを映してほのかな桜色に染まっている。その色合いだけでもう、充分すぎるほどに蠱惑的。体型はまさに完璧で、一〇〇年の研鑽を経た老芸術家が人生の最後に表現したいと思うほどのバランスを保っている。突き出した乳房のまろやかな形、引き締まった胴、ツンと突きあがった尻、そして、長くて細い脚へと至る体線のその見事さ。一目見ただけで溜め息が出てしまう。その体欲しさに男という男が命懸けの戦場に乗り込むのも納得の姿なのだった。
「どうしたの? あなたたちも脱ぎなさい。服を着たままでは泳げないでしょう」
「え、えええっ⁉ でも……」
「……いや、そりゃ無理だから」
「どうして? かまわないでしょう。他に誰もいないんだから」
「そういうことじゃなくって!」
「あんたの隣で裸になる度胸はないってこと」
「わからないこと言っていないでほら、早く」
「わ、わあっ、まって、まって、アーデルハイドさま!」
アーデルハイドはカンナを捕まえると、慌てふためく少女の服をさっさと脱がし、裸にむいてしまった。
「い、意外と、手癖、悪かったんだね」
リーザが思わずそう言うほどの手際の良さだった。
ともかく、こうなっては仕方がない。カンナもリーザも開き直るしかなかった。裸になって湖に飛び込み、『普通の女の子』になりきって水遊びを楽しんだ。
「ほらほら、どうしたの、カンナ。それでも内海育ち?」
「やったなあ、これが内海育ちの実力!」
「山育ちだからってなめんじゃないよ! これでも毎日みたいに川に潜って魚、獲ってたんだからね」
ひとしきり湖のなかで楽しんだあと、三人は並んで岸辺に仰向けになつた。三人の美しい人魚が寝そべっているかのような光景だった。
「ふう。こんな風に暴れたのっていつ以来かしらね」
「貴族のお嬢さまも水遊びとかするんだ?」
「一般的ではないわね。でも、わたしはけっこうヤンチャだったから。小さい頃は親の目を盗んで男の子たちと一緒に出かけて遊んでいたわ」
「アーデルハイドさま、そんな子供だったんですか⁉」
「意外?」
「当たり前です! アーデルハイドさまは小さい頃からずっとおしとやかで、上品で、絵に描いたような貴族のご令嬢だと思っていました」
「それはあくまで家の教育。わたし自身はけっこう、イタズラ好きなのよ。こんな風に……」
と、アーデルハイドはカンナの裸体をつついてみる。
「キャアッ!」
内海育ちの少女は飛びあがって叫んだ。
「逃げない、逃げない……って、逃げるのを追い回す方が楽しいかもね。追いかけっこでもしてみる?」
「やめてください、アーデルハイドさまあっ!」
その日、名も知らないその湖の畔では『女の子』たちの楽しげな声が響いてたのだった。
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