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第二話 鷹子の庭園
プールにて
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その道場は庭園の一角に建てられている。
戦国時代からつづく古武術・鬼式を伝える道場。鷹子と揚子虎の祖母が営む道場である。
鬼式は戦国の世に生まれた。その創始者は伝説の忍び、風魔の小太郎だという。忍びが生みだしただけに単なる武術などではない。身を守り、野山で暮らし、人の世での過ごし方までも含めた生きるための総合技術。
それが、鬼式。
その技を伝える一族は完全女系であり代々、女性当主によって伝えられてきた。
完全女系である理由はただひとつ。
――男は戦で死ぬから。
すぐに死ぬ男たちに大事なことは任せて置けない、と言うわけだ。
このあたりの認識が、戦国の世に生まれた技術のリアルというものだった。
その鬼式道場に稽古の声が響いていた。
まだ夜が明けて間もない早朝のことである。
祖母が営むこの道場において、鷹子は二一歳の若さですでに師範代の地位にある。鬼式を伝える家系は戦国時代から強さを求め、そのための交配を繰り返してきた。言わば、戦いのために生み出されたサラブレッド。一般人とは体の作りからしてちがうのだ。
鷹子は門下生たちが稽古に励むそのなかで、まだ一二歳のいとこの少年を相手に組み手をしていた。揚子虎である。鷹子は女性とはいえ一七〇センチを超える長身。揚子虎は男子とはいえ、まだ一二歳。身長も、手足の長さもちがいは歴然。
揚子虎の間合いは、鷹子のそれよりも圧倒的に短い。まともに殴りあえば、自分の攻撃は一切届かず、一方的に殴られることになる。
揚子虎はそのことを知っている。そのため、体の小ささを逆に生かして鷹子の懐に飛び込み、密着しての戦いに持ち込もうとする。鷹子はそれに対し、巧みな足捌きで接近をかわしつつ、蹴りを叩き込んでは揚子虎の動きを封じる。
一切の容赦のない本気の蹴りだ。
『子ども相手だから……』などと言う手加減は一切ない。
古来より、邪を祓い、魔を退け、人々の安寧を守るは武術家たるものの務め。その伝統を受け継いでいればこそ、鷹子は人々を守るためにオーナーメイドのかたわら、探索者となった。
揚子虎もまた鬼式を伝える一族のひとりとして、いずれは人々を守る役職に就く身である。本人も、それを望んでいる。だからこそ、鷹子は手加減しない。本気の蹴りを容赦なく叩き込む。
本気の蹴りを叩き込むことで、痛手を受けることなく攻撃を受けとめるにはどうすれば良いかを体で覚え込ませる、そのために。
「もっと、防御に注意を払いなさい。攻撃だけでは死にに行くようなものよ、よしこちゃん」
「うるさいっ! よしこちゃんって言うな!」
揚子虎はそう叫んでは突進し、そのたびにかわされ、カウンターの一撃を食らう。それでも、立ちあがり、めげることなく突進してくる。そのあたりのタフさはさすが、鬼式の一族だけのことはあった。
――普通なら、あたしの本気の蹴りを食らったら、大の男だって倒れて動けなくなるものね。それなのに何発、食らっても向かってくるんだから揚子虎ってやっぱり、血統はたしかなのよね。
それだけに、攻撃一辺倒で守りがおろそかなのが惜しいのだが。
――血の濃さで言えば、まちがいなくあたしより上。攻撃一辺倒ではなく守りにもちゃんと気を配れば、確実にあたしより強くなるんだけど。
「いい、揚子虎。よく見ていて」
稽古が一段落し、休憩に入ったとき、鷹子は揚子虎にそう言った。目の前で跳んだ。後ろに倒れ、背中から板の間に落ちた。
普通なら――頑健さには定評のあるレスラーであっても――一瞬、息が詰まり、動けなくなる。しかし、鷹子は倒れた瞬間、バネ仕掛けの人形のようにピョンと立ちあがった。板の間に落ちた衝撃など、まるで感じていないかのように。
さすがに、目を丸くして驚く揚子虎に向かい、鷹子は説明した。
「わかった? 筋肉だけで衝撃を受けて、内臓に伝えなければなんてことはない。板の間に落ちてもだいじょうぶと言うことは、殴られてもだいじょうぶだと言うこと。この独特の守りこそが鬼式の秘伝。あんたに足りないのは、この呼吸なの。これさえ身につければ、あんたはたしかに強くなれるのよ」
「……お前よりもか?」
「もちろん。鬼式の一族は完全女系。でも、体質そのものは男の方が強い。あんたの才能はまちがいなく、あたし以上。きちんと術式を学べば確実にあたしより強くなるわ」
「だったら、守りでもなんでも身につけてやる。絶対、お前より強くなってやるからな!」
「その意気よ」
と、鷹子は少年の気負いを笑顔で応援した。
稽古のあとは全員そろって道場で朝食。そのあとは鷹子はオーナーメイドとして畑仕事。揚子虎は学校。学校と言っても広域オンライン学校なので実際に学校に行くわけではない。自分の部屋でPCの画面相手に学習である。
鷹子は、オーナーメイドのメイド服に着替えて畑に出た。
揚子虎からなにかというと、『そんなエプロンつきのかわいい格好、ゴリラ女には似合わねえぞ』と言われる格好である。
「ふん。お子ちゃまなんかに、本物の女の魅力がわかるわけないでしょ」
と、負け惜しみ染みたことを口にしながら髪をかきあげ、仕事に向かう。
庭園はその名の通り、屋敷の住人たちにとっての庭であり、食糧の生産地であり、動物たちとふれあう場所でもある。
そこにはウシがいて、ヒツジがいて、ウサギがいて、ニワトリがいて、カモがいる。動物たちからは毛と毛皮がとれるし、肉や乳、卵ももたらしてくれる。果樹が立ち並び、野菜たちが育っている。米もあれば、小麦もある。太陽電池がかけられていて電気も作れる。敷地内のプールでは繁殖力旺盛な浮き草が育てられ、バイオガスの原料となる。石油生成菌もいて、石油を搾ることも出来る。
生きるために必要なものはすべて、この庭園だけでそろえられる。
そういう場所。
それだけに、その庭園を管理するオーナーメイドの責任は重い。オーナーメイドの仕事ぶりは屋敷の住人たちの健康に直結するのだ。怠け者のオーナーメイドが管理者では、屋敷の住人たちの生活は保たれない。
鷹子はそのことをよく知っている。
だから、仕事に手を抜くことはない。
忠実なサポートロボットのダイダと共に、職場に向かっていざ出陣。
朝のうちに動物たちの世話をする。食事を運び、ニワトリやカモの卵を回収し、ウシのとヒツジの乳を搾り、体をブラッシングする。その際にあれこそ話しかけ、体調を気遣羽ことも忘れない。
搾った乳からはチーズやバターを作る。それから、作物の様子を見てまわる。
病気は出ていないか、虫食いはないか、熟れすぎたまま残っている実はないか……。
一つひとつ丹念に見てまわる。
――作物の一番の肥料は人の足跡。
その言い伝えに忠実に、庭園中に足跡を残しながら丹念に見てまわる。
数百キロもあるウシを抱えたり、米俵を運んだり……。
力仕事が多いだけにサポートロボットのダイダの存在はやはり、ありがたい。
それが終わるとすでに昼。
昼食をすませ、午後の仕事。その頃にはオンライン授業を終えて揚子虎もやってくる。午後からは鷹子と一緒に庭園の仕事を行うのが揚子虎の日課。
「またかよ。ゴリラ女にメイド服なんて似合わねえぞ」
「あんたみたいなお子ちゃまに、女の魅力はわからないのよ」
「マスター。そのやりとりは今日で一二二一回目です」
サポートロボットのダイダが――人間なら――あきれ口調で言うやりとりを繰り返し、ふたりは庭園の仕事に励む。太陽電池の屋根を掃除し、バイオガスの原料となる浮き草を収穫してプラントに運び、畝を修復し、雑草を抜き取り、畝と畝の間の土を掘り返して肥料がわりに畝に駆け……まさに、力仕事の連続。終わる頃にはふたりとも、汗だく。唯一、ロボットであるダイダだけは汗をかかない。そのかわり、強い日差しを浴びて金属の体はどんどん熱をもっていく。
「炎の男、ダイダ。私の体表では目玉焼きが焼けます」
と言うのは、ダイダお気に入りのジョーク。AIでもない、単なるプログラムにジョークを解する心があれば、の話だが。
力仕事に励んで体をイジメ、汗だくになったところでとっておきの楽しみがまっている。
「ヒャッホー!」
鷹子は歓声をあげてメイド服を脱ぎすてる。下に着込んでいるのは大胆なビキニの水着。音高く、溜め池兼養魚場兼バイオガスの原料である浮き草の繁殖場であるプールのなかに飛び込んだ。
「ぷはあっ! 最高!」
一回、完全に潜って全身に水を浴びてから水面に顔を出して、そう叫ぶ。ノリはほとんど仕事あがりのビールを楽しむオヤジである。
「仕事で汗だくになったあとにすぐプール! このときほど、この仕事をしていてよかったあって思うことはないわ」
言いながらプールのなかをガンガン泳ぐ。金属の体であるロボットのダイダが入れないのは当然として、揚子虎もプールに入ろうとしない。服を着たままなにやらモジモジしている。
鷹子は泳ぎながらそんな揚子虎に声をかけた。
「なにしてんのよ、よしこちゃん。あんたも早く来なさいよ」
「い、いや、おれはいいよ……」
と、揚子虎らしくもなく歯切れの悪い答え方。頬はかすかに赤く染まっている。
「なに言ってんの。あんただって、その下は水着なんでしょ。早く、来なさいって」
「だ、だから、いいって……」
揚子虎はそう言って、その場を去ろうとした。鷹子は逃がさなかった。素早く水からあがると、揚子虎を後ろから抱きとめた。
「わあっ! なにすんだよ!」
「なにすんだじゃないでしょ。いいから、あんたもさっさと来なさい」
「やめろ、脱がすなっ! 水着姿でくっつくなあっ!」
揚子虎は必死に抵抗したものの――。
しょせん、子どもの身。力では身長一七〇センチ以上、鬼式の師範代を務める鷹子にかなうはずもない。あっという間に服をはぎ取られ、海パン一丁の姿にされて、プールのなかに放り込まれた。
「なあによ。まだむくれてんの?」
「う、うるさい……!」
揚子虎は叫んだが、その声は大きいばかりで勢いがない。水のなかに入ってはいるものの、鷹子に背を向けてちぢこまっている。
「マスター。揚子虎氏は照れているようです」
「ばっ……! なに言ってんだ、ダイダ⁉」
「照れてる? なんで? 一緒にプールに入るなんて昔からなんだから、いまさら照れる柄でもないでしょうに」
「う、うるさい……! おれはもう行くからな!」
揚子虎はそう叫ぶと勢いよくプールを出た。脱ぎすてられた服を抱えて走り去る。
「どうしたの? 揚子虎のやつ」
「マスター。あれは思春期というものです」
サポートロボットのダイダがそう説明した。
戦国時代からつづく古武術・鬼式を伝える道場。鷹子と揚子虎の祖母が営む道場である。
鬼式は戦国の世に生まれた。その創始者は伝説の忍び、風魔の小太郎だという。忍びが生みだしただけに単なる武術などではない。身を守り、野山で暮らし、人の世での過ごし方までも含めた生きるための総合技術。
それが、鬼式。
その技を伝える一族は完全女系であり代々、女性当主によって伝えられてきた。
完全女系である理由はただひとつ。
――男は戦で死ぬから。
すぐに死ぬ男たちに大事なことは任せて置けない、と言うわけだ。
このあたりの認識が、戦国の世に生まれた技術のリアルというものだった。
その鬼式道場に稽古の声が響いていた。
まだ夜が明けて間もない早朝のことである。
祖母が営むこの道場において、鷹子は二一歳の若さですでに師範代の地位にある。鬼式を伝える家系は戦国時代から強さを求め、そのための交配を繰り返してきた。言わば、戦いのために生み出されたサラブレッド。一般人とは体の作りからしてちがうのだ。
鷹子は門下生たちが稽古に励むそのなかで、まだ一二歳のいとこの少年を相手に組み手をしていた。揚子虎である。鷹子は女性とはいえ一七〇センチを超える長身。揚子虎は男子とはいえ、まだ一二歳。身長も、手足の長さもちがいは歴然。
揚子虎の間合いは、鷹子のそれよりも圧倒的に短い。まともに殴りあえば、自分の攻撃は一切届かず、一方的に殴られることになる。
揚子虎はそのことを知っている。そのため、体の小ささを逆に生かして鷹子の懐に飛び込み、密着しての戦いに持ち込もうとする。鷹子はそれに対し、巧みな足捌きで接近をかわしつつ、蹴りを叩き込んでは揚子虎の動きを封じる。
一切の容赦のない本気の蹴りだ。
『子ども相手だから……』などと言う手加減は一切ない。
古来より、邪を祓い、魔を退け、人々の安寧を守るは武術家たるものの務め。その伝統を受け継いでいればこそ、鷹子は人々を守るためにオーナーメイドのかたわら、探索者となった。
揚子虎もまた鬼式を伝える一族のひとりとして、いずれは人々を守る役職に就く身である。本人も、それを望んでいる。だからこそ、鷹子は手加減しない。本気の蹴りを容赦なく叩き込む。
本気の蹴りを叩き込むことで、痛手を受けることなく攻撃を受けとめるにはどうすれば良いかを体で覚え込ませる、そのために。
「もっと、防御に注意を払いなさい。攻撃だけでは死にに行くようなものよ、よしこちゃん」
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揚子虎はそう叫んでは突進し、そのたびにかわされ、カウンターの一撃を食らう。それでも、立ちあがり、めげることなく突進してくる。そのあたりのタフさはさすが、鬼式の一族だけのことはあった。
――普通なら、あたしの本気の蹴りを食らったら、大の男だって倒れて動けなくなるものね。それなのに何発、食らっても向かってくるんだから揚子虎ってやっぱり、血統はたしかなのよね。
それだけに、攻撃一辺倒で守りがおろそかなのが惜しいのだが。
――血の濃さで言えば、まちがいなくあたしより上。攻撃一辺倒ではなく守りにもちゃんと気を配れば、確実にあたしより強くなるんだけど。
「いい、揚子虎。よく見ていて」
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さすがに、目を丸くして驚く揚子虎に向かい、鷹子は説明した。
「わかった? 筋肉だけで衝撃を受けて、内臓に伝えなければなんてことはない。板の間に落ちてもだいじょうぶと言うことは、殴られてもだいじょうぶだと言うこと。この独特の守りこそが鬼式の秘伝。あんたに足りないのは、この呼吸なの。これさえ身につければ、あんたはたしかに強くなれるのよ」
「……お前よりもか?」
「もちろん。鬼式の一族は完全女系。でも、体質そのものは男の方が強い。あんたの才能はまちがいなく、あたし以上。きちんと術式を学べば確実にあたしより強くなるわ」
「だったら、守りでもなんでも身につけてやる。絶対、お前より強くなってやるからな!」
「その意気よ」
と、鷹子は少年の気負いを笑顔で応援した。
稽古のあとは全員そろって道場で朝食。そのあとは鷹子はオーナーメイドとして畑仕事。揚子虎は学校。学校と言っても広域オンライン学校なので実際に学校に行くわけではない。自分の部屋でPCの画面相手に学習である。
鷹子は、オーナーメイドのメイド服に着替えて畑に出た。
揚子虎からなにかというと、『そんなエプロンつきのかわいい格好、ゴリラ女には似合わねえぞ』と言われる格好である。
「ふん。お子ちゃまなんかに、本物の女の魅力がわかるわけないでしょ」
と、負け惜しみ染みたことを口にしながら髪をかきあげ、仕事に向かう。
庭園はその名の通り、屋敷の住人たちにとっての庭であり、食糧の生産地であり、動物たちとふれあう場所でもある。
そこにはウシがいて、ヒツジがいて、ウサギがいて、ニワトリがいて、カモがいる。動物たちからは毛と毛皮がとれるし、肉や乳、卵ももたらしてくれる。果樹が立ち並び、野菜たちが育っている。米もあれば、小麦もある。太陽電池がかけられていて電気も作れる。敷地内のプールでは繁殖力旺盛な浮き草が育てられ、バイオガスの原料となる。石油生成菌もいて、石油を搾ることも出来る。
生きるために必要なものはすべて、この庭園だけでそろえられる。
そういう場所。
それだけに、その庭園を管理するオーナーメイドの責任は重い。オーナーメイドの仕事ぶりは屋敷の住人たちの健康に直結するのだ。怠け者のオーナーメイドが管理者では、屋敷の住人たちの生活は保たれない。
鷹子はそのことをよく知っている。
だから、仕事に手を抜くことはない。
忠実なサポートロボットのダイダと共に、職場に向かっていざ出陣。
朝のうちに動物たちの世話をする。食事を運び、ニワトリやカモの卵を回収し、ウシのとヒツジの乳を搾り、体をブラッシングする。その際にあれこそ話しかけ、体調を気遣羽ことも忘れない。
搾った乳からはチーズやバターを作る。それから、作物の様子を見てまわる。
病気は出ていないか、虫食いはないか、熟れすぎたまま残っている実はないか……。
一つひとつ丹念に見てまわる。
――作物の一番の肥料は人の足跡。
その言い伝えに忠実に、庭園中に足跡を残しながら丹念に見てまわる。
数百キロもあるウシを抱えたり、米俵を運んだり……。
力仕事が多いだけにサポートロボットのダイダの存在はやはり、ありがたい。
それが終わるとすでに昼。
昼食をすませ、午後の仕事。その頃にはオンライン授業を終えて揚子虎もやってくる。午後からは鷹子と一緒に庭園の仕事を行うのが揚子虎の日課。
「またかよ。ゴリラ女にメイド服なんて似合わねえぞ」
「あんたみたいなお子ちゃまに、女の魅力はわからないのよ」
「マスター。そのやりとりは今日で一二二一回目です」
サポートロボットのダイダが――人間なら――あきれ口調で言うやりとりを繰り返し、ふたりは庭園の仕事に励む。太陽電池の屋根を掃除し、バイオガスの原料となる浮き草を収穫してプラントに運び、畝を修復し、雑草を抜き取り、畝と畝の間の土を掘り返して肥料がわりに畝に駆け……まさに、力仕事の連続。終わる頃にはふたりとも、汗だく。唯一、ロボットであるダイダだけは汗をかかない。そのかわり、強い日差しを浴びて金属の体はどんどん熱をもっていく。
「炎の男、ダイダ。私の体表では目玉焼きが焼けます」
と言うのは、ダイダお気に入りのジョーク。AIでもない、単なるプログラムにジョークを解する心があれば、の話だが。
力仕事に励んで体をイジメ、汗だくになったところでとっておきの楽しみがまっている。
「ヒャッホー!」
鷹子は歓声をあげてメイド服を脱ぎすてる。下に着込んでいるのは大胆なビキニの水着。音高く、溜め池兼養魚場兼バイオガスの原料である浮き草の繁殖場であるプールのなかに飛び込んだ。
「ぷはあっ! 最高!」
一回、完全に潜って全身に水を浴びてから水面に顔を出して、そう叫ぶ。ノリはほとんど仕事あがりのビールを楽しむオヤジである。
「仕事で汗だくになったあとにすぐプール! このときほど、この仕事をしていてよかったあって思うことはないわ」
言いながらプールのなかをガンガン泳ぐ。金属の体であるロボットのダイダが入れないのは当然として、揚子虎もプールに入ろうとしない。服を着たままなにやらモジモジしている。
鷹子は泳ぎながらそんな揚子虎に声をかけた。
「なにしてんのよ、よしこちゃん。あんたも早く来なさいよ」
「い、いや、おれはいいよ……」
と、揚子虎らしくもなく歯切れの悪い答え方。頬はかすかに赤く染まっている。
「なに言ってんの。あんただって、その下は水着なんでしょ。早く、来なさいって」
「だ、だから、いいって……」
揚子虎はそう言って、その場を去ろうとした。鷹子は逃がさなかった。素早く水からあがると、揚子虎を後ろから抱きとめた。
「わあっ! なにすんだよ!」
「なにすんだじゃないでしょ。いいから、あんたもさっさと来なさい」
「やめろ、脱がすなっ! 水着姿でくっつくなあっ!」
揚子虎は必死に抵抗したものの――。
しょせん、子どもの身。力では身長一七〇センチ以上、鬼式の師範代を務める鷹子にかなうはずもない。あっという間に服をはぎ取られ、海パン一丁の姿にされて、プールのなかに放り込まれた。
「なあによ。まだむくれてんの?」
「う、うるさい……!」
揚子虎は叫んだが、その声は大きいばかりで勢いがない。水のなかに入ってはいるものの、鷹子に背を向けてちぢこまっている。
「マスター。揚子虎氏は照れているようです」
「ばっ……! なに言ってんだ、ダイダ⁉」
「照れてる? なんで? 一緒にプールに入るなんて昔からなんだから、いまさら照れる柄でもないでしょうに」
「う、うるさい……! おれはもう行くからな!」
揚子虎はそう叫ぶと勢いよくプールを出た。脱ぎすてられた服を抱えて走り去る。
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