嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

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一五章 お前ら、場所をわきまえろ!

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 「おはよう、いつき!」
 月曜の朝の校門前。
 大勢の生徒が門に向かっていくそのなかで、笑苗えないつきの姿をめざとく見つけ、飛びついた。満面の笑顔を浮かべ、当然のごとくに名前呼び。両腕でしっかりいつきの腕にしがみつく。
 その密着振り、風紀指導の教員でなくても『場所をわきまえろ!』と怒鳴りたくようなものだった。
 月曜の朝。
 いつきは普通に登校していた。
 一週間の停学処分は昨日の時点で解けていた。正確には笑苗えなたちが走りまわってほとんど無理やり取り消しさせたのだ。
 学校側と交渉しようにも日曜と言うことでもちろん、学校には誰もいない。そこで、教師の家に押しかけた。担任はもちろん、学級主任に風紀指導の教員、さらには教頭から校長にいたるまで。
 「それでダメなら理事長のところに行ってじか談判だんぱんよ!」
 笑苗えなは燃える瞳で拳を振りあげ、そう言ってのけたものである。
 「いや、そこまでしてくれなくてもいいんだけど……」
 当のいつきはそう言ったものである。
 もともと、『大学までは卒業する』という親との約束で学校に通っている身。学校生活に対してさしたる興味があるわけでもない。退学というならともかく、停学処分ぐらいでは気にもならない。
 ……まあ、停学処分を知った親からはこっぴどく叱られるわ、涙ながらに嘆かれるわでさんざんな目にはあったけれど。
 ――いまほど親元をはなれてひとり暮らししていることを、良かったと思ったことはない。
 心からそう思い、安堵あんどの息をついたいつきだった。
 そんなわけだから別に、無理に停学処分を解いてもらう必要はなかったのだ。むしろ、一週間、学校に行かなくていいとあってその時間を世界の農業技術の学習に当てるつもりだった。
 なので、笑苗えなたちの熱意はある意味、ありがた迷惑とも言えた。もちろん、そんなことを口に出して言うわけにはいかないが。
 それでも、笑苗えなたちは『悪いのはあたしたちなんだから、いつきを停学になんてさせられない!』と、陽キャならではの行動力を発揮して一日中、駈けずりまわった。
 日曜なので家にいる教師ばかりではなく、出かけている場合もあった。その場合は行き先を調べてそこまで押しかけた。
 教師たちにしてみればせっかくの日曜に押しかけられて迷惑この上なかったにちがいない。とは言え、仮にも教師という立場では自分のもとにやってきた生徒を追い返すわけにもいかない。とにかく、会うだけは会うしかない。
 そうして、強引に面会を果たした笑苗えなたちは声をそろえて言ったものである。
 「悪いのはあたしたちなんです。新道しんどうくんの停学を解いてください!」
 自分たちが罰ゲームで嘘告をしたのがはじまりであること、殴られて当然と納得していること、すでに本人同士で和解済みであることなどを説明し、頭をさげ、頼み込んだ。
 担任、主任、風紀指導、教頭、そして校長と、それぞれに繰り返した。
 別に、笑苗えなたちの姿を見た教師たちが『君たちの友情には感動したよ』などと言って涙を流し、停学処分を取りさげる……などという学園マンガのような展開があったわけではない。しかし、仮にも教師。殴られた当の生徒たちが熱心に自分の非を訴え、相手は悪くないことを力説するとなれば聞かないわけにもいかない。
 笑苗えなたちがカースト上位の校内有名人であり、影響力をもつグループであることも影響したのだろう。
 ――ここで断ったら『わかってくれないおとな』として悪い評判を流されかねない。そんなことになったら生徒たちに嫌われる。そうなっては、なにかと仕事がやりづらくなる。
 その程度のことは教師であっても考える。
 結局、いつき自身がいままで面倒事など一度も起こしたことのない、手のかからない――教師から見ての――優等生だったこともあり、めでたく処分取り消しが決定した。
 もちろん、そこには『せっかくの日曜なのに、いつまでもつきまとわれてはたまらない』という思いもあったにちがいないのだが。
 まあ、相手の思惑などどうでもいいこと。笑苗えなたちにとって重要なのはいつきの停学処分が解けたというその一点。
 「やったな、ひいらぎ! これで万事解決だ!」
 嬉しそうに言う慶吾けいごに向かい、笑苗えなは首を横に振った。
 「ううん。まだよ。まだ肝心なことが残ってるわ」
 「肝心なこと?」
 「いつきのご両親への説明」
 「それだけはよせ!」
 と、いつきは血相をかえてとめたのだが、もちろん笑苗えなはとまらない。いつきの実家へと猪突猛進。たじろぐ両親相手にたっぷり一時間も力説した――そのなかにはいつきが十日の間、どんなに自分に良くしてくれたか、いつきがどんなに素晴らしい男子かという惚気のろけも多分に含まれていた。その内容たるや端で聞いていただけのみおたちでさえ赤くなるほど。当事者であるいつきにいたっては、
 「……もう死にたい」
 と、呟きながら、顔面を両手で覆っていた。
 そんないつきを――。
 なんとも言えない表情で両側からはさみこみ、肩をポンポンと叩いて慰める慶吾けいご雅史まさふみだった。
 とにもかくにも笑苗えなの熱意は両親にも伝わった。事情が伝わり、親子和解となった。それはいいのだが――。
 「良い娘さんじゃないか。泣かしたら承知しないぞ」
 「これで、我が家も安泰ね」
 と、両親から完全に笑苗えなのことを『未来の嫁』認定されてしまい、ますます首をくくりたくなるいつきであった……。
 そして、月曜。
 いつも通りに登校したいつき笑苗えなが飛びついた、と、言うわけなのだった。
 「……お、おはよう」
 いつきはとにかく、なんとか、どうにかこうにか、そう返事をした。しかし、その表情は引きつっている。怯えている、と言ってもいいかも知れない。額には脂汗もにじんでいる
 とにかく、昨日の一件以来、笑苗えなの勢いがすごい。当然のごとく名前呼びになったのはもちろん、隙あらばくっついてくる。いままで、ろくに女の子と付き合ったことのないいつきとしては、女子から名前呼びされるだけでも気恥ずかしくてたまらない。その上、この距離の近さときたら……。
 チラリ、と、笑苗えなを見る。
 自分を見上げる幸せそのもののその笑顔。その笑顔だけでもう恥ずかしくていたたまれない。
 「……あの、そんなにくっつかなくてもいいと思うんだけど」
 「いいじゃない。あたしたち、れっきとした恋人同士なんだから」
 「いや、それはそうなんだけど……」
 ――そうなんだけど。
 その一言を言うだけでもいつきは耳まで真っ赤になった。
 ――問題はそこじゃないと言うか……。
 笑苗えなは知ってか知らずか、その身をぴったり密着させている。そのため、柔らかな胸のふくらみがいつきの腕を包み込む形になっている。女子に免疫のない思春期男子にとってはまさに身に毒。いやでも体が反応してしまう。
 とは言え、朝っぱらから、それも学校で、男特有の生理現象など起こしていられない。そんな姿を見られたら、まわりからなんと言われることか……。
 いくらスクールカーストに興味のないいつきでも、その程度のことはわかるし、気にもする。
 ――え、ええと、SRIの特徴は、田んぼにずっと水を張ることなく定期的に水を干し、根を空気にさらすことで根を丈夫に育て、それによって茎が良く育ち、米の増収につながることにあり……。
 頭のなかで農業技術をお経のごとくに唱え、煩悩を追い払わなくてはならないいつきであった。
 授業がはじまってからも笑苗えなの勢いはとまらない。
 むしろ、『クラスメイトが見ている前だからこそ、はっきりさせておかなくちゃ!』とばかりにますます勢いこんで来る。
 休み時間のたびにやってくるし、昼休みともなればみんなの前で堂々のおふたりさまランチタイム。それはもう、あたり一面に『ハート』マークの結界が築かれているようなありさまで、誰も近づけない雰囲気。そのあまりのラブラブ振りにまわりもドン引きしている。
 しかし、笑苗えなは気にしない。と言うより、見せつけてやれて嬉しい! と言った感じ。いままで、こんな注目を浴びたことのないいつきとしてはひたすら恥ずかしいのだが……。
 さすがにたまりかねてみおとあきらに尋ねた。
 「ひいらぎって、いつもあんな感じなのか?」
 みおもさすがにあきれたような、困ったような表情で頬をかきながら答えた。
 「……う~ん。さすがに、あそこまではいままではなかったかなあ」
 「それだけ本気ってことよ。あんなに愛されて幸せじゃない」
 「いや、程度ってものはあると思うし……」
 「言っておくけど、新道しんどう? 笑苗えなを泣かせたら承知しないからね」
 みおとあきら、ふたりの女子から笑顔の圧を受け――。
 汗まみれになるいつきであった。
 「モテる男はつらいなあ」
 と、慶吾けいご雅史まさふみからは明らかにからかい半分に慰められたものである。
 そして、放課後。
 笑苗えなは当たり前のごとくにいつきの側に移動し、密着する。その姿、もはやほとんど護衛対象の要人に密着するSPである。実際、笑苗えなの思いはそれとほとんどかわらない。
 「……な、なあ、ひいらぎ。いくらなんでもその、そんなにくっつかれると歩きづらいんだけど」
 「なに言ってるの。ダメよ、これぐらいしなきゃ。例の件以来、女子の間でいつきのことが話題になってるんだから。ちゃんとバリア張っとかないと誰がよってくるかわからないわ」
 「いや、おれに女子がよってくるとか、あり得ないから」
 「そんなことない! いつきのことを知れば誰だって好きになるわ!」
 そう断言し、ますますくっつく笑苗えなである。
 ――だから、その胸が……。
 見た目スリムな笑苗えなではあるが、胸は意外とボリュームがある。そんなものをぴったりくっつけられては……。
 またしても、頭のなかでお経よろしく農業技術を唱えつづけなくてはならないいつきであった。
 ともかく、ふたりはくっついたまま帰って行く。行き先はもちろん、いつきの畑。今日もふたりで作物の世話をしながら畑デートなのだ。
 そんなふたりを見てみおとあきらは、
 「いやあ。まさか、笑苗えながあそこまでラブラブになるとはねえ」
 「さすがに以外だったわ」
 などと、呑気なことを言っている。
 そんなふたりに対して慶吾けいご雅史まさふみが近づいた。なにやら遠慮しているというか、妙にコソコソしているというか、そんな近づき方だった。
 「な、なあ。香山かやま加藤かとう
 「なに?」
 「あのふたりはあんなだしさ。おれたちも……」
 その言葉に――。
 みおとあきらはじっと慶吾けいご雅史まさふみを見つめた。そして、
 「ば~か」
 その一言を残し、去っていく。
 哀れ、男子ふたりはたった一言で撃沈されたのだった。
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