嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

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一四章 今度は嘘じゃないです

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 そして、翌日の日曜日。
 笑苗えなはひとりでいつきの畑へとやってきた。
 みおたちは『一緒に行く!』と主張したのだが、笑苗えなが断固として断った。
 「これは、あたしがやらなきゃいけないことだから。新道しんどうに怒られるのも、殴られるのも、あたしひとりで受けとめなきゃいけないことだから」
 そう言って。
 もちろん、そう言われたからと言って、みおたちがおとなしく引きさがるわけもない。四人そろってこっそり後をつけ、様子をうかがっているのだが。
 いつきはいつも通り畑で作物の世話をしていた。
 一見、いつもとかわりなさそうな様子。だけど、その表情ははっきりと怒りを秘めたものだった。ほんの数日のこととは言え、いつきと一緒に畑の作物の世話をしてきた笑苗えなにはそのことがよくわかった。
 ――いつもの、作物の世話をしているときの新道しんどうの顔じゃない。絶対、怒ってる。
 ゴクリ、と、笑苗えなは唾を飲み込んだ。
 ドクン、と、心臓が鳴った。
 足がすくむ。
 脂汗がにじむ。
 吐け気がする。
 それぐらい、ひどい緊張に襲われた。
 帰りたい。
 このまま回れ右してすぐ帰りたい。
 それができたら、どんなに楽だろう。でも、そのあとに来るものは……。
 ――もう一度、新道しんどうと付き合いたい。今度こそちゃんと、本物のカップルになりたい!
 その思いを胸に己を奮い立たせ、笑苗えないつきに近づいた。
 「新道しんどう……くん」
 笑苗えなはそう呼びかけた。
 震えを帯びた、それでも、確固たる力を込めた声だった。
 いつきが顔を向けた。驚きの表情を浮かべた。
 そこにいるはずのない人間を見た。
 まさに、そのときの表情だった。
 笑苗えなは意を決していつきに近づいた。そんな笑苗えなを物陰からみお、あきら、慶吾けいご雅史まさふみの四人がハラハラしながら見守っている。
 そのなかで慶吾けいごが口にした。
 「ひいらぎはああ言ったけど……ひいらぎを殴らせるわけにはいかない。もし、新道しんどうひいらぎを殴ろうとしたら、おれは割って入るぞ」
 その言葉に、雅史まさふみもうなずいた。
 「おれもだ」
 いつきにぶちのめされた痣が未だくっきりと残っていながら――。
 そう言いきる慶吾けいご雅史まさふみだった。
 そんな連れたちに見守られているとは知らず、笑苗えないつきに向かって思いきり頭をさげた。叫ぶようにして言った。
 「ごめんなさい!」
 耳をつんざくような大声だった。
 「あたし、新道しんどうくんをだましました。遊びでもてあそびました。そのことは何度でも謝ります。本当にごめんなさい。もう二度とこんなことはしません!」
 そう言ってから頭をあげた。いつきの目を見上げながら必死に訴えかける。
 「でも、信じて! 最初の頃はたしかに『彼女のフリ』してたけど、でも、そんなのすぐに忘れてた。罰ゲームだってことも、嘘告だってことも全部忘れて、新道しんどうのことが本当に好きになってた。新道しんどうは優しくて、礼儀正しくて、きちんと未来のことを考えて、世界とつながって行動していた。すごい人だって思った。本気で尊敬出来る人だって、そう思った。
 だから、そんな新道しんどうとずっと一緒にいたい、一緒に生きていきたいって、本気でそう思ってた。だから……もう一度、チャンスをください! もう一度、付き合ってください。今度こそ、本当のカップルとして」
 笑苗えなはありったけの思いを込めて訴えかけた。
 いつきはそんな笑苗えなをじっと見下ろしていた。やがて――。
 いつきが一歩、前に出た。
 「まず……」
 そう言った。
 ひどく静かな声だった。
 ――殴られる!
 笑苗えなは反射的にそう思った。
 ――でも、それでもいい。怒られて、殴られて、それで、もう一度チャンスをもらえるならかまわない。
 両目をギュッと閉じ、奥歯を噛みしめた。顔を殴られたときのための準備だった。だが――。
 いつき笑苗えなの後ろに目をやった。物陰に隠れている――つもりの――四人に向かって言った。
 「見え見えだぞ。そんなところで隠れている気になってないで出てこい」
 「えっ?」
 いつきの言葉に笑苗えなははじめて気がついた。みおたち四人がコッソリ覗いていることに。
 「みお、あきら、三杉みすぎ遠井とおいまで……」
 名前を呼ばれて四人はさすがに観念したようだ。バツの悪そうな表情でやってくる。
 「……ごめん。やっぱり、放っておけなくて」
 みおが四人を代表して言った。
 慶吾けいご雅史まさふみいつきの前に立った。
 「新道しんどう。前にも言ったけど、ひいらぎに嘘告をやらせたのはおれたちだ。悪いのはおれたちであってひいらぎじゃない」
 「それに、お前だって女を殴りたくはないだろう? かわりにおれたちを殴ってくれ。気がすむまで、好きなだけぶちのめしてくれていい。だから、ひいらぎは許してやってくれ」
 慶吾けいご雅史まさふみはそろって頭をさげた。
 そんなふたりを笑苗えなは涙のこぼれそうな目で見つめる。
 「三杉みすぎ遠井とおい
 いつき慶吾けいご雅史まさふみを見た。
 心臓をバクバク言わせながら見守る女子三人の前で――。
 いつき慶吾けいご雅史まさふみに向かって頭をさげた。
 「すまなかった」
 「な、なんで、お前があやまるんだよ⁉」
 思わぬ展開に慶吾けいごの方が慌てふためく。
 「悪いのはおれたちだ。人ひとりの心をもてあそんだんだからな。殴られたって仕方がない。お前が謝る必要はない」
 雅史まさふみの言葉にいつきは答えた。
 「そんな理由で殴ったんなら謝ったりしない。おれがお前たちを殴ったのは……ただの焼きもちだ」
 「焼きもち?」
 チラリ、と、いつき笑苗えなを見た。その表情に思いきれない後悔の念がにじむ。
 「……罰ゲームの期間は十日。そのことは知っていた。だから、あの日、おれはもうひいらぎとは関われないと思った。でも、お前たちはこれからもひいらぎと一緒にいる。そう思うと腹が立って、腹が立って……思わず殴っていたんだ」
 「それって……」
 いつき笑苗えなに向き直った。
 頭をさげた。
 「……ごめん。おれは君を信じられなかった。君がどんなにおれに好意を示してくれても『これは演技なんだ。罰ゲームで仕方なくやっていることなんだ。期間が過ぎればおれのことなんて気にしなくなるんだ』って、そう自分に言い聞かせていた」
 「新道しんどう……」
 「君と過ごした十日間、楽しかった。君はかわいいし、明るいし、おれの知らない世界のことを教えてくれた。おれはその、いままで女の子とまともに付き合ったことなんてなかったから……嬉しかった。だからこそ『勘違いするな、ひいらぎはあくまで罰ゲームで付き合っているフリをしているだけなんだ』って、そう自分に言い聞かせていなきゃいけなかった。
 だから、せいぜい演技に付き合って、期間が過ぎたらこっちから冷たくあしらってやろう。そう思っていた。でも……いざ、君にもう会えないとなるとさびしかったし、悲しかった。そのことにひどく苛々した。そして、三杉みすぎ遠井とおいのふたりを殴ったとき、はっきり気がついた。おれは君のことが好きになっていたんだって」
 その言葉に――。
 笑苗えなをのぞく四人の顔に大輪の笑顔が咲いた。
 笑苗えなはひとり『信じられない』という思いでいつきを見つめている。
 「でも、それでも、おれは君に告白する勇気なんてなかった。おれだって、学校内での自分の立ち位置ぐらいは知っている。君みたいな人気者がおれを相手にするはずないと思ってたから。告白したって相手にされるわけない、とんだ勘違い野郎だって迷惑がられるだけだって。でも、君にその気があるのなら……」
 いつきはまっすぐに笑苗えなの目を見つめた。
 そして、はっきりと告げた。
 「ひいらぎ笑苗えなさん。あなたが好きです。新道しんどういつきと付き合ってください」
 その言葉に――。
 笑苗えなの瞳に涙があふれる。
 華奢きゃしゃなその身を震わせ、泣きじゃくった。
 「……はい。よろしくお願いします」
 笑苗えなは泣きながらいつきの胸に飛び込んだ。
 その華奢きゃしゃな体をいつきはぎこちなく、そして、遠慮がちに抱きしめた。
 そんなふたりのまわりでみおが、あきらが、慶吾けいごが、雅史まさふみが、歓喜の声を爆発させた。
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