嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

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一二章 小悪魔は報いを受ける(後半)

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 「えぐ、うぐ、ひっぐ……」
 笑苗えなは屋上で泣きじゃくっていた。後からあとから涙を流し、目を真っ赤に泣きはらして嗚咽おえつの声をあげている。
 すでに授業ははじまっている。けれど、とてもではないが出席出来るような状態ではなかった。今朝のいつきの態度に完全に心は折れて、ただひたすらに泣きじゃくる。
 笑苗えなのまわりにはみお、あきら、慶吾けいご雅史まさふみのいつもの連れたちがいて、それぞれに心配そうに笑苗えなを見つめている。この四人も笑苗えなのことが心配で、授業に出るどころではなかったのだ。
 みおとあきらのふたりが笑苗えなに寄り添い、肩を抱いて必死に慰めている。慶吾けいご雅史まさふみは前に立って『どうしたらいいのかわからない』と言った表情を浮かべている。
 「……新道しんどうのやつ、最初から嘘告だって知ってたのか?」
 慶吾けいごがコソコソ声で雅史まさふみに尋ねた。その表情がさすがに後ろめたそう。雅史まさふみもメガネをかけた優等生顔を慶吾けいごに負けず劣らず曇らせてうなずいた。
 「……ああ。あの日、新道しんどうも偶然、図書室にいたらしい。PC席で調べ物をしていたらしい。ちょうど、壁があるからおれたちからは見えなかったんだな」
 けど、声は充分に届く距離だったから。
 雅史まさふみはなんともバツの悪そうな表情で言った。
 「おれたちも、他に人なんていないと思って声を潜めたりはしていなかったしな」
 「なんて間の悪さだよ。そんな偶然、あるか普通?」
 「あったんだから仕方ない。そう言うしかないな」
 「そうは言ったって……」
 慶吾けいごは舌打ちした。
 「けど、と言うことは新道しんどうのやつ、最初から全部、知っていてひいらぎと付き合ったんだろ? 知らない振りして付き合って、ひいらぎが本気になったらフるって……あいつだって、そうとうひどいだろ」
 「おれたちがそんなことを言えた義理じゃないな。遊びで人の気持ちを踏みにじったのは事実なんだ」
 「そ、そりゃそうだけどよ……」
 慶吾けいごはそう言われて明らかに怯んだ。バツの悪そうな表情で身じろぎした。
 その間にも笑苗えなは泣きつづけている。
 「あたし……あたし、ひどいことした。新道しんどうの気持ちをもてあそんで、踏みにじった……」
 「な、なに言ってるの!」
 泣きじゃくりながらそう言う笑苗えなに、みおがたまりかねて叫んだ。
 「罰ゲームで嘘告させたの、あたしたちじゃない! 笑苗えなは最初から言ってたでしょ。『そんなの、相手に悪い』って」
 「そ、そうだよ、それをおれたちが無理やりやらせたんだから。ひいらぎは悪くないって」
 慶吾けいごもあわてて言った。
 ふたりの言葉が友情からのものであることはまちがいなかった。けれど、笑苗えなの心に届くようなものでもなかった。
 「関係ない! あたし、実際に嘘告したもの! 新道しんどうをだましたもの! 全部ぜんぶあたしが悪いの!」
 笑苗えなは泣きながらそう叫ぶ。
 そう言われてしまうとみおたちもなにも言えない。お互い、顔を見合わせ、『なんとかならない?』と目配せするばかりだ。
 「新道しんどう、いつも優しかった。あたしに気を使ってくれた。あたしの知らないこと、いっぱい教えてくれた。お弁当のサンドイッチ、すごくおいしかった。一緒にいて楽しかった。
 罰ゲームだなんて忘れてた。嘘告だったなんて忘れてた。本当の彼女になったって思い込んでた。でも、ちがった。新道しんどうはあたしのこと、軽蔑してたんだ。怒ってたんだ。人の気持ちをもてあそぶ最低のやつだって……だから、だから」
 あんな風に冷たくしたんだ。
 やり返してやるために。
 「全部、ぜんぶ、あたしが悪いの!」
 笑苗えなは泣きながら怒鳴った。
 「戻りたい。あのときに戻りたいよ。そうしたら、本気で告白するのに。罰ゲームでも、嘘告でもなくて、本当に『付き合ってください!』って言うのに……」
 「だったら、いまからすればいいじゃん!」
 あきらが笑苗えなを抱きしめながら言った。
 「もう一度、告白しなよ! 新道しんどうだって、笑苗えなといて楽しそうだったじゃない。ちゃんと説明すればわかってくれる。本当に好きになってたんだって信じてくれるよ!」
 「そうだよ、笑苗えな! 思い出してよ。ふたり、クラスのみんなが引いちゃうぐらいラブラブだったじゃない。あれが演技のわけないよ。新道しんどうだって絶対、笑苗えなのこと好きだよ。だから……」
 みお笑苗えなを抱きしめながら訴えかけた。
 「そ、そうだよ! おれだって、メチャクチャうらやましかったんだぜ。男同士だからわかる。新道しんどうも絶対、ひいらぎのことが好きだ! だから、もう一回……」
 慶吾けいごが拳を握りしめて力説した。
 「おれもそう思う。新道しんどうのやつ、ひいらぎに迫られて困ったり、照れたりしていた。あれが演技のわけがない。肚の底で『やり返してやろう』なんて思ってたはずがない。新道しんどうだってひいらぎのことが好きだったんだ」
 雅史まさふみが冷静に指摘した。
 四人の連れのそれぞれの言葉を笑苗えなはしかし、全身で拒絶した。
 「出来ない! 出来ないよ。だって、もう知られちゃってるんだよ。あたしが遊びで嘘告するような女だって。平気で人の心をもてあそぶ人間だって。そんなこと知られて……もう新道しんどうの前に立てないよ」
 笑苗えなは泣く。
 泣きつづける。
 みおとあきらはなにも言えず、ただ笑苗えなを抱きしめていることしか出来なかった。そして、慶吾けいご雅史まさふみは――。
 互いの顔を見合わせ、うなずきあった。

 昼休み。
 慶吾けいご雅史まさふみいつきを校舎裏に連れ出した。十日前、笑苗えないつきに嘘告した、あの場所だ。
 ふたりはいつきに事情を説明し、謝った。頭をさげた。
 「なっ? だから、あれはおれたちが無理やりやらせたんだよ。ひいらぎは『そんなことは相手に悪い』って嫌がってんだ」
 「そうだ。悪いのはおれたちだ。怒ったり、軽蔑したりするならおれたちにしてくれ。ひいらぎは許してやってくれ。この通りだ」
 ふたりは改めて頭をさげた。
 いつきは『ふん』と、鼻を鳴らした。
 「そのときのことは知っている。すぐそばで聞いていたんだからな」
 「だったら……!」
 興奮して詰め寄ろうとする慶吾けいごを、雅史まさふみがとどめた。冷静に語りかけた。
 「聞いていたならわかっているはずだ。すべて、おれたちが無理やりやらせたことなんだ。ひいらぎは悪くない」
 「お前たちは……」
 いつきは言った。いっそ、不気味なぐらい静かな声だった。
 「人をからかって楽しもうとした。それも、自分たちよりもはるかに低い立場である下位カーストの人間を相手に。自分たちに逆らえない立場の相手を選んでもてあそぼうとした。それが事実だ」
 「そ、それは……」
 その通りだけど……。
 慶吾けいごも、雅史まさふみも、その点は認めざるを得なかった。たしかに、上位カーストであることを笠に着て、下位カーストやカースト外の生徒を相手にからかって楽しもうとしたのだ。
 「暇なやつらだ」
 いつきは言った。その言い方に――。
 慶吾けいごはカチンときた。
 「なんだと……?」
 「親の顔で高校に通わせてもらっている立場でありながら、自分を鍛えるわけでもなければ、将来のことを考えるわけでもない。やることと言ったら、人をからかって遊ぶことだけか。とんだガキだな」
 「なっ……!」
 いつきは身をひるがえした。冷たい視線をふたりに投げ付けた。
 「あいにくだが、おれはそんなガキの相手をするほど暇じゃないんだ。もうおれには関わるな」
 そう言い捨てて歩き去ろうとする。
 そのいつきの肩を慶吾けいごがつかんだ。
 「おい、まてよ! いくらなんでも、そんな言い方……」
 いつき慶吾けいごの腕をつかんだ。力任せに引っ張った。サッカー部員の体が一気に引きずられる。その腹に――。
 いつき膝蹴ひざげりを叩き込んだ。
 「げふっ!」
 慶吾けいごが潰れた悲鳴をあげ、空気を吐き出した。その顔面めがけていつきの拳が叩き込まれる。それだけで――。
 慶吾けいごは地面に転がっていた。
 「知らないのか? パン屋とは喧嘩するな」
 いつきは青ざめた表情の雅史まさふみを睨みつけた。

 その日の午後。

 新道しんどういつき。生徒ふたりを負傷させたことにより、一週間の停学に処す。

 その報が学校中を駆け巡った。
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