嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

文字の大きさ
上 下
11 / 24

一〇章 ギャルの出番!

しおりを挟む
 今日もきょうとて、笑苗えなは仲間たちの誘いを断り、いつきの畑で作物の世話を手伝っていた。ほんの数日だけど、だいぶ様になってきた気がする。足元を走りまわるニワトリたちにも慣れたものだ。ニワトリたちを避けてヒョイヒョイ進む。
 世話をするさなか、畑のなかを区切るように植えられている背の高い草が気になった。いつきに尋ねてみた。
 「ねえ。この背の高い草はなんなの? ズラッと並んで生えてるけど」
 「ああ。それはオーツ麦」
 「オーツ麦?」
 「オートミールの原料って言えばわかるか?」
 「ああ、それならわかる。うちって朝は毎日、オートミールなのよね」
 オートミールはご飯やパンより栄養バランスが良くて、美容と健康に良いのよ。
 笑苗えなの母親はそう言って毎朝、オートミールにミルク、スーパーで買ってきたカット野菜を出す。
 ――美容と健康に良い。
 口ではそう言っているがその実、オートミールならご飯のように炊く必要もなければ、パンのように焼く必要もないので楽でいい! というのがその理由。そのことは、笑苗えなをはじめ、家族みんなが気がついている。しかし、気付いていても言わないのが『家族の愛』というものだ。
 「虫除け、風除けのために一定間隔で生やしているんだ」
 「虫除け?」
 「害虫が畑のなかを自由に行き来出来ないようにね。虫って言うのは意外と高いところを飛べないから、背の高い草を生やしておくと、それが邪魔になって通れなくなるんだ」
 「へえ、そうなんだ」
 そんなことははじめて聞いた。
 「それに、オーツ麦とか、ソルゴーとかを植えておくとそこにアブラムシが多くつく。そのアブラムシを食べるためにテントウムシやその他の虫たちが集まる。この虫たちが作物についたアブラムシも食べてくれる。オーツ麦を植えておくことで他の作物が害虫被害から守られるというわけ」
 「へえ。そう聞くとなんかすごいね」
 「ああ。自然の仕組みはよく出来ている。その他にもまわりの植物を元気づけるハーブとか、その逆に他の植物を枯らしてしまう成分を出す植物とかもあるし、組み合わせによって成長がよくなったり、悪くなったりする。本当にいろいろだよ。最近はその組み合わせをうまく生かして、無農薬でも害虫被害のない作物を作ろうっていう取り組みも広がっている。植物同士の相性とか、虫との関係とか、土壌に与える影響とか、まだまだわからないことだらけだけど……そんなことを調べたり、学んだりするだけでもすごく楽しいよ」
 「なるほどねえ」
 と、笑苗えなは感心してうなずいた。
 「あの、ウォルフって言う人ともそういう話するわけ?」
 「しょっちゅうだよ。とにかくいまは農業にとって厳しい時代だ。工夫にくふうを重ねて少しでも手間と費用を減らし、収入を増やさないと生き残れない。だから、世界中の農家がそのために知恵を絞り、工夫を凝らし、新しい方法を生み出している。まるで、SFの世界さ。それらを学び、試し、話し合い、また試す。それは本当に楽しいよ」
 「そうなんだ。やっぱり、新道しんどうってすごいねえ」
 外国人のおとなを相手に同じ道について語り合う。なんだか、憧れる。
 「でも、いいなあ。オートミールかあ。あたし、オートミール風呂ってやってみたいんだよねえ。オートミールからミルクが染み出してお姫さまの肌になるって言うから。でも、さすがに食べ物をお風呂に入れるのはもったいないってママが許してくれないのよね。まあ、実際、お風呂に入れるには高いしね」
 そこまで言ってから、さらにつづけた。
 「ねえ。オートミールが採れたらわけてくれない? 畑の手伝いはするからさ」
 「それはいいけど……」
 「いいけど?」
 「いや、畑って実は美容製品に使えるものが多くあるんだよ。オートミールもそうだけど、米ヌカとか、ハーブとか。特に、ローズマリーの化粧水は『ハンガリーウォーター』として名を残しているし……」
 その昔、ローズマリーを主体にして作った化粧水は歳老いたハンガリー女王エリザベスの手足のしびれを治し、見事に若さと美しさを取り戻したという。その故事に習って『ハンガリーウォーター』として名前が残された。
 「あ、知ってる! ローズマリーって『若さを保つハーブ』って言われてるんだよね。ヘアリンスにもいいって言うし」
 「ああ。それに、ヨーロッパでは花嫁を悪魔から守るために、結婚式では必ずローズマリーの枝を身につける風習があるそうだ」
 いまもやっているかどうかまでは知らないけど。
 と、いつきは付け加えた。
 「へえ、そんな風習があるんだ。それは知らなかったなあ」
 でも、なんだかロマンチック。あたしも結婚式のときはローズマリーの枝を飾ろうかなあ。
 ――なにしろ、あたしってかわいいもんね。こんなかわいいお嫁さんなら、そりゃあ悪魔だってよってくるってもんでしょ。
 と、揺るがぬ自信に胸をそらし、ひとりニマニマする笑苗えなであった。
 「……まあ、とにかく、畑には食品だけではなく、美容と健康のための品も数多くあると言うことだ。だから、美容製品も売り出したいと思っているんだ。食品として売るよりその方が高く売れるから。でも、さすがに、おれひとりじゃそこまで手がまわらないし……」
 その言葉に――。
 ピン! と、笑苗えなの頭に天啓てんけいが閃いた。
 「それ、あたしがやるわ!」
 「君が?」
 いつきは驚いたように目を丸くした。
 笑苗えなは自信満々に胸を叩いて見せた。
 「そう! 美容にはうるさいんだから。そっち方面はあたしに任せて!」
 ――そうよ。美容に関してはあたしの方がずっとくわしいもんね。この点に関しては絶対、新道しんどうの役に立てるわ。
 自分にもいつきの役に立てることがある。
 そのことを発見出来て笑苗えなはとにかく嬉しかった。
 一方、そう言われたいつきの表情はやや複雑だった。一瞬、さびしげな表情を浮かべたあと、顔をそらし、呟いた。
 「ああ、そうだな。そうなったら……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

人魚のカケラ

初瀬 叶
青春
あの娘は俺に言ったんだ 『もし私がいなくなっても、君は……君だけには覚えていて欲しいな』 父親と母親が離婚するらしい。 俺は父親、弟は母親が引き取るんだと。……俺等の気持ちなんてのは無視だ。 そんな中、弟が入院した。母親はまだ小学生の弟にかかりきり、父親は仕事で海外出張。 父親に『ばあちゃんの所に行け』と命令された俺は田舎の町で一ヶ月を過ごす事になる。 俺はあの夏を忘れる事はないだろう。君に出会えたあの夏を。 ※設定は相変わらずふんわりです。ご了承下さい。 ※青春ボカロカップにエントリーしております。

野球小説「二人の高校球児の友情のスポーツ小説です」

浅野浩二
青春
二人の高校球児の友情のスポーツ小説です。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

処理中です...