嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

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七章 新世紀農業

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 「やっほー、新道しんどうぉー」
 よく晴れた日曜の昼下がり。ひいらぎ笑苗えな新道しんどういつきが守る畑を訪れた。右手を大きく振って、左手にはコンピニスイーツを詰め込んだエコバッグ。お日さまに負けないまぶしい笑顔を添えて。
 いつきはちょうど、畑で作物の世話をしているところだった。
 「やあ、きたのか……」
 「なによ、その『なんの用?』みたいな言い方」
 と、笑苗えなはちょっとねて、頬をふくらませて見せる。いつきは気まずそうに顔をそらした。
 「あ、いや……」
 「畑のお世話? 精が出るわね」
 「世話というか、見回りだけどな。昔から『一番の肥料は農家の足跡』って言われているから」
 「農家の足跡? どういう意味?」
 「いい作物を育てるには、それだけこまめに畑に入って見回らなきゃいけないって意味だよ。水は足りているか、肥料は充分か、古い葉が混み合っていないか、害虫は発生していないか、病気は出ていないか……どれもこまめにチェックしなくちゃいけないことだし、そのためには実際に畑に入って見てまわるしかないからね」
 いつきはいったん言葉を句切り、手近な作物の葉にふれながらつづけた。
 「特に病気は早い段階で手を打たないといけないからね。広まってからでは手遅れになる。そのために毎日、見回らなきゃいけない」
 「なるほどねえ」
 笑苗えなは両手に腰を当て、素直に感心する。
 「そんな頑張り屋さんにご褒美。コンビニスイーツ買ってきたからさ。一緒に食べよ」
 と、笑苗えなは左手にもったバッグを掲げて見せた。片目をつぶり、ちょっと小首をひねった仕種が可愛らしい。
 「……ああ。そうだな」
 返事をするまで多少の間はあったものの、いつきもうなずいた。
 年ごとに暑さが募るこのご時世。いくら若くても、七月の午後の炎天下にぶっ続けで働くことは危険すぎる。いつ熱中症で倒れるかわからない。日陰で休み、水分を補給するにはいい頃合いだった。
 ふたりは野外キッチンの屋根の下に並んで座り、コンビニスイーツを満喫まんきつした。お茶はいつきが手ずからハーブを摘んで、淹れてくれた。種類はレモンバームティー。一口含むと口のなかいっぱいにレモンの香りが広がる。しかし、レモンのような渋みはなく、とても柔らかな味わい。リラクゼーションや安眠に効果のあるナイトティーとして知られるお茶である。
 「う~ん」
 と、笑苗えなは気持ちよさそうに伸びをした。
 よく晴れた七月の午後。目の前に広がる緑を見ながらのティータイム。
 これはたしかに気持ちよかった。
 ピクニックに来たようなと言うか、一昔前の貴族たちが庭園で行うお茶会に出席しているような気分。ちょっとした異世界転生令嬢気分だった。
 心地よい、と言うには少しばかり気温が高すぎるのが難点だが、それも、畑を吹き抜ける風がやしてくれる。アスファルトの熱に焼かれた空気とちがい、土と緑の上を吹き抜ける風はひんやりとして心地良い。そのなかには果物の甘い香りまで含まれているようだ。畑のなかに何本も植えられている果樹の匂いだろう。
 「そう言えばさあ。新道しんどうの畑ってかわってるよね」
 笑苗えなは言ったが、いつきは答えなかった。笑苗えながなにを言っているのか察しているようだった。
 「畑のことなんてよく知らないけどさ。普通、畑に木なんて植えないんじゃないの? 小学校の頃に体験学習で連れて行かれた畑にはなかったはずだけど」
 あのときの畑はいちめん真っ平らで、同じ茎葉ばかりが茂っていた。たしか、サツマイモ畑だったはずだ。みんなで泥だらけになってサツマイモを掘り出した記憶がある。
 「それが、この畑は木が何本もあるしさあ。それに、『畝』って言うの? 土のベッドが並んでるし。おまけに、畝と畝の間は緑の屋根がかかってるし。こんなの、はじめて見る」
 「あの木は肥料代の節約だよ」
 「肥料代?」
 「そう。最近、野菜の値段が高騰こうとうしているのは知ってるだろう?」
 「えっ? あ、ああ、もちろん……はは」
 笑苗えなは冷や汗を流しながら引きつった笑みを浮かべた。
 食事のほとんどが宅配サービスか冷凍食品というひいらぎ家。生野菜を買うことなんてほとんどない。『野菜の価格が高騰こうとうしている』なんて言われても、全然ピンとこない。
 いつきは『当然、知っている』という態度で話しはじめた。いつきにとっては常識中の常識なので無理はない。
 『高騰こうとうの原因は、温暖化のせいで作物が作りにくくなっているせいもあるけど、資材費の値上がりが原因なんだ。燃料費も、肥料代もどんどんあがっている。よそから買っていては、もう農業なんてやっていけないんだよ。だから、自前でなんとかするしかない。そのための木だ」
 「どういうこと?」
 「大きく育った木は大量の枯れ葉を落とす。この枯れ葉が地面に積もってそのまま肥料になる。木を植えておくことで、その木が勝手に肥料を作り、まいてくれる。金を出して買う必要もなければ、畑のなかを歩いて肥料を与えてまわる必要もない。自然の森と同じ原理だよ。自然の森は誰も手入れなんてしないのに毎年、ちゃんと多くの植物が育つ」
 「なるほどねえ。でも、植物って日陰になるのは良くないんじゃなかったっけ?」
 「日差しの必要な果菜類は陰にならないように配置して植えている。それに、強すぎる日差しや高温に弱い野菜は意外と多い。そんな野菜は木陰に守られて生長するんだ」
 「なるほどねえ」
 「それに、畝が高いのはその方が楽だからだ。キューバの首都、ハバナでは有機農業が盛んなんだけど……」
 「ハ、ハバナ……?」
 笑苗えなはいきなり外国の首都の名前が出てきたことに戸惑った。
 「本で読んだんだけど、昔、キューバでは当時のソ連からの援助がいきなり打ち切られて食べ物がなくなったそうだ。これはもう自分たちで作るしかない! と言うことで、ハバナ中で有機農業が行われるようになったんだ。それこそもう、どんなせまい隙間でも利用して野菜作りに取り組んだそうだよ」
 「へ、へえ……」
 「その本のなかに、高畝に腰掛けながら作業する人の写真があってね。それがすごい楽だと言っていたんだ。これはたしかに楽だと思って真似したんだよ。あとはワルワルスも参考にした」
 「ワルワルス?」
 ――なに、その子ども向けアニメに出てきそうな悪役っぽい名前は?
 「インカ時代からつづけられてきた古代農業だ」
 ――今度はインカ⁉
 予想をはるかに超える名前に、笑苗えなは仰け反った。
 「このワルワルスって言うのは、運河のなかに高畝を作ったものでね。高畝で作物を栽培しつつ、運河に育つ水草や緑藻類を肥料として使える。おまけに魚介類も養殖できる。限られた土地を最大限に活かすにはこれ以上のものはない。
 それを真似たんだ。まず、高畝にすることで立ったまま作業できるようにした。おかげで体がずっと楽だし、作業効率が格段に良くなった。ひとりでも広い範囲を世話できるようになったわけだ。畝と畝の間ではニワトリが育てられる。畝の間に放されたニワトリたちは勝手に生えてくる野草や、虫たちを食べて元気に育つ。糞をして、走りまわることで、糞と枯れ草や砂を混ぜ合わせて自然と肥料を作ってくれる。ときどき、畝の間の土をすくって畝にかぶせてやればいいんだから金も手間もかからない。もちろん、卵や肉も与えてくれる」
 「緑の屋根は?」
 『緑の屋根』と言うのは、畝と畝の間にかけられたアーチ状の支柱に絡まるツル性植物のことである。
 「あれは日差し避け。いまの時代、真夏の炎天下で作業してたらさすがにもたない。と言って、普通に屋根をかけていたら金もかかるし、補修もしなくちゃならない。そこで、緑のカーテンを真似て緑の屋根を作ることにしたんだ。緑の屋根なら金もかからないし、補修の手間もいらないからね」
 「なるほど」
 「それに、ほら」
 と、いつきは立ちあがった。笑苗えなを緑の屋根の下に連れて行った。
 「まだ七月だから熟してはいないけど、ブドウやミニメロン、小玉スイカが実っているだろう? 八月以降になればこれらのフルーツ類が熟して採り放題になるってわけ」
 「わあ、すごい! ねえねえ、八月になったら採りに来ていい?」
 キラキラ輝く笑顔でそう言われ、いつきは視線をそらした。
 「……あ、ああ。かまわない……よ」
 「やったあっ! 楽しみぃ~」
 笑苗えなはその場でピョンピョン跳びはねた。喜びすぎていて気がつかなかった。いつきがそんな自分を複雑な表情で見ていることに。
 それから、夕方まで畑仕事の手伝いをした。『お礼に』と、いくらかの野菜とハーブ類をもらって帰途についた。もちろん、いつきの護衛付き。なんだか身分の高いお姫さまにでもなったようで気分が良い。
 「それじゃ……」
 「うん! また明日ね」
 と、笑苗えなは元気いっぱい、手を振った。
 いつきはそんな笑苗えなを前にちょっとさびしげな様子を見せて帰って行った。
 ――新道しんどう、なんだかちょっとさびしそうだったな。あたしと別れるのがそんなにつらいのかな?
 そう思うとニマニマがとまらない。
 ――さあっ! さびしくないよう、早く家に帰ってメールを送ってあげよう。
 とびきりの笑顔のまま、家への道を駆けていく笑苗えなだった。
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