嘘告からはじまるカップルスローライフ

藍条森也

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プロローグ 小悪魔は報いを受ける(前半)

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 「ふふ、ふふふふ」
 ひいらぎ笑苗えなは自然とこぼれる笑みを隠そうともせず、高校への道を小走りに駆けていた。
 校則ギリギリの短いスカートをひるがえらせて駆けるその様はなんとも楽しそうで、幸せそう。見かけた誰もが『なにか良いことあった?』と、笑顔で尋ねたくなるぐらい、喜びに弾けている。
 笑苗えなはもともとスクールカーストでAクラスに入るギャルであり、仲間たちとの学校生活を満喫まんきつしていた。しかし、最近ではもともと楽しかった学校生活をさらに楽しくしてくれる存在があった。
 それが、付き合いはじめたばかりの彼氏、新道しんどういつき。クラスでも有名な陰キャのボッチだったのに、いざ付き合ってみると礼儀正しいし、優しいし、よく気がつくしで大満足。
 ――なにより、おいしいご飯、作ってくれるもんね。
 いつきが毎日、自分で作ってもってくるサンドイッチの弁当。
 それを思い出すと勝手に花咲く笑顔がますますあふれる。朝食はしっかり食べてきたというのに、途端にお腹が空いて腹の虫が大きく鳴りそう。ついでに、よだれもこぼれそう。そのことに気付いて、
 ――いけない、いけない。さすがに公衆の面前でよだれをたらすなんて女子としてあってはいけないことよね。
 と、笑苗えなはまだこぼれていないよだれを拭くように口元を手でぬぐい、気を取り直す。
 なにしろ、通勤通学の時間帯の通学路。まわりは人であふれている。もちろん、同じ学校に通う顔見知りもウヨウヨいる。そんなところでひとり、ニヤけながらよだれをたらして走っている……などという姿を見られては、なにを言われるかわからない。
 中学校の頃からのスクールカースト上位キャラ。それだけに、上位キャラがいかに簡単に突き落とされ、下位カーストに押し込められるかはよく知っている。そして、元上位カーストキャラの下位カースト暮らしがいかに惨めなものなのかも……。
 ――でも……。
 と、笑苗えなはやっぱり、思う。
 ――新道しんどうの作るサンドイッチって本当においしいもんねえ。そりゃあ、よだれも出そうになるってもんでしょう。
 そう思うと笑苗えなのニコニコはとまらない。
 いつきは高校生ながら兼業農家。祖父の代まで代々、農業を営んでおり、祖父の死後、その畑を継いだという。サンドイッチにはさむ野菜はもちろん、パンそのものさえ自分で作る。それも、小麦自体を自分で栽培して作っているのだ。
 まさに、一からの手作り。先祖代々の畑で丹精込めて育てた作物から作られるサンドイッチの味はまさに絶品。工場製の大量生産品とはわけがちがう。
 そもそも、ボリュームからしてちがう。具材こそほとんどが野菜だけれど、男子高校生らしい大ボリューム。絶妙の焼き色に香ばしい香りただようバゲットにトマト、キュウリ、レタス、その他ハーブ類をこれでもかとばかりに詰め込んだ野菜サンド。
 畑で飼っているニワトリがその日の朝に産んだ卵で作った目玉焼きとカリカリに焼いたベーコン、それに、やっぱり、各種ハーブをはさんんだベーコンエッグサンド。
 同じくカリカリに焼いたベーコンに分厚くスライスしたトマト、何層にも重なったレタスをはさんだボリューム感あふれるBLTサンド……。
 どれもが新鮮で瑞々しく、しかも、はしたないぐらいに大きく口を開けなければ食べられないほどの大ボリューム。それはもう、高級ホテルのモーニングのCMとしてテレビに出てきそうな代物ばかり。
 食べ応えがちがうし、味わいもちがう。女子とは言え食べ盛りの高校生。いつきと付き合うようになってから、一緒の昼食でお相伴しょうばんにあずかれるようになったのが本当に嬉しい。なお、もらってばかりいるわけではない。笑苗えなの方も弁当を用意し、おかずと交換している。念のため。
 ――さあ、今日はどんなサンドイッチを作ってきてくれたかなあ。今日は、どんなことをするんだろう?
 いつきとの付き合いが楽しいのはなにも『食』ばかりが理由ではない。農家として、真摯しんしに未来の農業を切り開こうとしているいつきは、笑苗えなとはまったくちがう世界の人間だった。
 小学生の頃から典型的な陽キャで人気者、中学ではバリバリのギャル。高校に入れば不動のカースト上位。そんな笑苗えなであるから、いままでずっと自分と同じギャルやチャラ男としか関わってこなかった。それだけに、いままでに経験したことのない世界を見せてくれるいつきの存在は新鮮で刺激的なものだった。
 なにしろ、高校二年にして世界の農家とつながり、新しい農業を切り開こうとしている傑物けつぶつなのだ。そして、そんないつきの素顔は学校中で自分しか知らない……。
 ――今日は、どんなことを見せてくれるんだろう。
 そう思うと心が弾む。
 息を弾ませながら走りつづける。校門前に来たところで愛しの彼を発見した。と言っても、後ろ姿が見えただけ。同じように校門に向かうその他大勢と同じ、なんら代わり映えのしない学生服姿。背の高さや、体格に特徴があるわけでもない。どこにでもいる中肉中背の後ろ姿。もちろん、髪型だってごくごく平凡。普通なら、後ろ姿を見ただけではその他大勢と区別などつきはしない。
 でも、そこがわかってしまうのが恋する乙女の直感。愛しい彼氏を嗅ぎ分ける超能力と言うものだ。
 笑苗えなは輝く笑顔をますますこぼれさせ、いつきに近づいた。元気よく声をかけた。
 「おはよう、新道しんどう!」
 その声にいつきが振り返る。
 「今日は……」
 どうするの?
 そう言いかけた笑苗えなの言葉が途中でとまった。小走りに駆けていた足がとまり、笑顔が消える。かわりに戸惑いの表情が浮かんだ。
 いつきの表情を見たからだ。そこに浮いている表情は昨日までとはまるでちがう。なんの関係もない赤の他人を見るような顔……。
 「なんの用だ?」
 ――なんの用だ?
 それが、いつきの答え。
 彼氏が彼女に対して言う言葉では絶対になかった。
 「な、なんの用って……」
 「おれには、もう用はないはずだろう」
 「な、なに言ってるのよ、新道しんどう。あたしたち……」
 ――付き合ってるんじゃない。
 笑苗えながそう言うより早く、いつきはある事実を口にした。
 「昨日で十日目だ。君の罰ゲームの期間は終わった。もうおれに用はないはずだ」
 ただそれだけを言って――。
 いつき笑苗えなに背を向けて校門をくぐった。
 想像もしなかった彼氏の拒絶。ショックのあまり、笑苗えなはその場に立ちすくんだ。
 まわりにいる有象うぞう無象むぞうなど関係ない。
 『なにかあったのか?』と、好奇と気遣いの目で見られていることにも気がつかない。
 愛しい彼氏に突き放されて、笑苗えなはその場にただひとりだった。
 そして、笑苗えなは思い出した。いつきの言った事実を。
 ――忘れてた。あたし……みんなとの罰ゲームで新道しんどうに嘘告したんだった。
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