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第三話 覇者マヤカの告白

一六章 踊る人形

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 「だいぶ登ってきたけど……そろそろ、最上階かしらね」
 メインクーンはそう呟いて円盤を降りた。
 ここまで登ってくればさすがに仕組みもわかる。この塔のなかには階段もなければはしごもない。そのかわり、空飛ぶ円盤がある。
 円盤の中央に置かれた台座の上にある〝手伝い妖精ブラウニー〟の人形。最初にそれにふれると魔力を凝集ぎょうしゅうして作られた義体ぎたいをもつ謎の生き物? 言わば、人工精霊が出現する。それをすべて倒してから再び〝手伝い妖精〟の人形にふれると円盤が起動。空を飛んで上の階に連れて行ってくれる。そして、そこでまた同じことを繰り返す。
 そういう仕組みだった。
 「なんで、こんな手間のかかる仕組みになっているの? いちいち戦わなくちゃいけないなんて面倒すぎるじゃない。それに……」
 メインクーンはふう、と、息をついてから言った。
 「何だか知らないけど出てくる相手がどんどん強くなるし」
 さすがに疲れを感じる。
 〝知恵ある獣ライカンスロープ〟の強靱な体力をもってしてもここまでくるのは骨が折れた。それほど、出現する相手が強くなっているのだ。
 最初の頃の相手は冒険者どころか、ちょっと腕っ節の強い一般人なら倒せるレベルだった。それが、十階、二十階と登るうちにどんどん強くなり、一般人ではとうてい対処できないレベルになっていた。五十階を超える頃にはもう、たいていの冒険者では太刀打ちできない強さになっていた。そして――。
 ここ数階の相手となるとメインクーンですら手こずるほどのものだった。
 「なんで、徐々に強くなるわけ? 塔に侵入するのを防ぐためなら最初から強いやつを出せばいい。それを、段々と強くしていくなんて。これじゃまるで、わざと相手を試しているみたいじゃない。それに……」
 コツン、と、メインクーンは足元の円盤を軽く蹴りつけた。
 一度、登ってしまえばこの円盤は用済みらしく、なにをしても動かない。その階に用意されてある新しい円盤を使わないと上に行くことは出来ない。
 「この円盤。どうして、飛んだりできるの?」
 飛翔の魔法自体はさほど珍しいわけではない。
 メインクーン自身は魔法は使えない。と言うより、〝知恵ある獣〟という種族そのものが魔法を使えない。魔法を使うためには、それがどんな系統のものであれ、それぞれに神と契約する必要がある。だが、徹底した個人主義者である〝知恵ある獣〟にとって『他者と契約』するなど自分の自由を損ね、他者に隷従する絶対悪。種族の本能として出来ないことなのだ。
 メインクーンは物心付いたときから人間と関わってきたから、一般的な〝知恵ある獣〟ほど極端な個人主義ではない。それでもやはり、『神との契約』などは容認できない。
 他者と契約して力を手に入れるぐらいなら、自分ひとりの力で戦って死ぬ。
 それが、〝知恵ある獣〟の生き様なのだ。
 そのため、〝知恵ある獣〟は魔法は使えない。と言うか、決して使わない。とはいえ、原理に関しては学んでいる。
 「飛翔の魔法は任意の方向に重力場を作りあげることで、その方向に落ちていくことで移動する。この円盤が同じ方法で飛んでいるなら、重力場を作りあげていることになるんだけど」
 どうやったらそんなことが出来るの?
 飛翔の魔法はかなり高度なもので、よほどの修行を積まないと制御できないと聞いている。それがこんな円盤ひとつに……。
 「円盤と言うより、この人形?」
 メインクーンは台座の上にある〝手伝い妖精〟の人形をポンポン叩いて見せた。
 なかに精霊か何かが閉じ込められているのかとも思ったがそう言う訳でもないようだ。何をしようと身動きひとつしないし、声ひとつ立てない。どうやら、純然たる作り物のようだ。
 その作り物が重力場を作りあげ、空を飛ばせる?
 どうやって?
 メインクーンは頭を左右に振った。
 いくら考えても分かるわけがない。どうせ、第一文明期の産物。失われた古代の超技術なのだ。
 『〝失われた技術〟は魔法にしか見えない』
 そう言われている。
 だったら、原理がどうこうなど考えるだけ無駄。『そう言うものだ』と納得するしかない。
 その割り切りの良さも〝知恵ある獣〟という種族の特性。人間のようにウジウジ考えて時間を無駄にする、などと言うことはしないのだ。
 「それになにより、わたしの目的はマヤカに会い、問い質すこと。〝失われた技術〟を解明するこじゃない」
 メインクーンはそう呟き、円盤から離れた。
 目的以外のことには興味をもたず、邁進する。それもまた、〝知恵ある獣〟という種族の特性だった。
 メインクーンは改めて周囲を見回した。
 この階はこれまでの階とは様子が違っていた。床と壁、それに天井しかないだだっ広い空間なのは同じだ。しかし、暗い。いままでの階はどこも、外と同じか、それ以上に明るかった。
 それなのに、この階だけはうっすらとした暗がりに包まれている。まるで、新月の夜のようだ。それも、いままでのように空気そのものが光っているのではない。天井近くの壁に埋め込まれた光源か光り、なかを照らしているのだ。その光源がなんなのかはわからないが、何の匂いもしないところからすると何かの脂、と言うわけではないのだろう。
 それに、天井の形もちがう。
 これまでの天井は上階の床も兼ねているせいか、すべて平らだった。ここはちがう。上に行くほど細い円錐形となっている。そして、何より――。
 この階には奇妙なものがあった。
 塔の中央、これまでの階ならば空飛ぶ円盤が置かれているところ。そこに、大きな一本の木のようなものがあった。まっすぐに伸びた幹から細い枝が斜め上に規則正しく突き出している。もちろん、本物の木ではない。あくまで木のような何かだ。そして――。
 その木の前、まるで、その木を守るかのように一体の彫像が置かれている。
 奇妙な像だった。
 一言で言えばマッチョなのっぺらぼうだ。
 恐ろしく筋肉の発達した体に、目鼻のない楕円形の頭が乗っている。
 取っている姿勢がまたなんとも奇妙だった。両手に一本ずつ剣を握っているのだが、その剣をわざわざ自分の体に突き刺しているのだ。
 右手は胸の前に置かれ、手にした剣は顎から頭頂へと突き抜けている。
 左手は弧を描いて頭の上に置かれ、剣先が右肩を貫いている。
 細かな造形こそないものの仕上がりはなめらかで精緻だし、筋肉の造形も見事。彫像としての質はかなりのものだろう。もちろん、メインクーンは芸術の専門家、と言うわけではない。それでも、
 「〝失われた丘ロスト・マウンド〟での宝探しのためにって、芸術品の価値も教えられたものね」
 その目から見ても仕上がりはかなりのものだ。二本の剣をわざわざ自分の身に突き刺した姿勢もシュールで心に残る。もし、持ち帰ることが出来れば好事家にかなりの値で売れるだろう。
 「円盤がないなら、この上にはいけない。円錐形の天井といい、やっぱり、ここが最上階なんだろうけど」
 さて、これからどうすればいい?
 どうすれば、自分がここまで来たことを証明し、昴を納得させられる?
 「この彫像が何かの鍵?」
 メインクーンは彫像に近づいた。すると――。
 ほわっ。
 突然、目鼻のない彫像の顔が青く光った。
 ――………!
 メインクーンは反射的に飛びすさった。
 いや、はっきりと逃げたのだ。
 メインクーンをしてそうさせるほど、彫像からは危険な雰囲気が吹き出していた。
 ズッ、と、音を立てて彫像が自らの身に刺さっていた二本の剣を抜いた。
 ヒュン、と、風を切って剣が振るわれる。
 そこにいたのはもはやシュールな作りの彫像などではなかった。二本の剣を振るう屈強な戦士だった。
 「こいつ……魔力を凝集して作った義体とはちがう。実体をもっている。ゴーレムの一種?」
 ――逃げられない。
 メインクーンはそう直感した。
 こいつは明らかに自分を狙っている。逃げても、逃げても、追ってくる。自分を殺すまであきらめることはない。
 メインクーンは獣の本能でそのことを悟っていた。
 そもそも、逃げ場などどこにもない。ここは雲まで届く塔の最上階。窓はひとつもない。ここに来るために使われた床の穴にはもはや動かなくなった円盤がしっかりとはまっていて通ることは出来ない。
 「つまり、殺されたくなければこいつを倒すしかない。そういうことね」
 メインクーンは静かに語った。
 そして、倒せば何かが起こる。
 いままでの階では出現した敵を倒すことで次の階への道が開いた。ならば、今回も同じ。おそらく、この人形を倒すことこそが塔を制覇し、最上階へと至ったことの証明。そして、『次の道』への鍵なのだ。
 ――だったら、倒す。
 メインクーンは心に誓った。
 それ以外の選択はない。メインクーンはなんとしてもマヤカに会い、問い質さなくてはならないのだ。なぜ、自分と、そして、母とは戦火に追われ、苦しまなければならなかったのか、と。
 マヤカと会うためにこの人形を倒さなくてはならないと言うなら、倒す。それだけのことだった。
 メインクーンは両腰の刀を引き抜いた。
 右手に短刀、左手に長刀。
 人形が二刀なら、自分も二刀。その点で違いはない。ただし、人形の方は二刀とも長剣。自分は長刀と短刀が一本ずつだが。
 ――それに、わたしの場合、短刀はあくまで防御が基本。その意味では攻撃力は向こうがある。でも、二本とも長剣と言うことは小回りは効かないはず。懐に飛び込めばこちらが有利。
 メインクーンはそう判断した。
 もちろん、言うほど簡単なはずがない。ここに来るまでの階に出現した敵の強さを考えれば『最後の敵』とも言えるこの人形の強さが生半可なものでないことはわかる。
 だからと言って、負けるわけにはいかない。
 メインクーンにはどうしてもやらなくてはならないことがあるのだから。
 ――戦争を殺す。かつて、わたしを殺した戦争を今度はわたしが殺す。それまで、わたしは死ねない。
 ふうぅ、と、メインクーンは細い息を吐いた。
 「いざ……!」
 短く、呟いた。
 それを合図とでも受け取ったかのように人形が動いた。
 そのマッチョな作りからは想像も出来ない軽やかな動き。風に舞い散る羽毛のような、獲物を狩る猫のような動きだった。
 両腕を胸の前で交差させた姿勢で突進し、二本の剣を水平になぎ払う。
 ――はやいっ!
 メインクーンは心に叫んだ。
 スピードには絶対の自信をもつ〝知恵ある獣〟。その〝知恵ある獣〟にしてそう叫ばせるほど、人形の動きは素早いものだった。
 ――でも!
 メインクーンは床を蹴って跳んだ。後ろに跳びすさり、人形の斬撃をかわした。着地した時にはすでに人形目がけて突進していた。
 「猫の動きならこっちが本家!」
 その叫びと共に人形の懐に飛び込もうとした。だが――。
 人形の足が跳ねあがった。
 大気そのものを切り裂くような前蹴りだった。
 メインクーンはとっさに身をよじって、その一撃をかわした。まともに食らっていれば顎から上を吹き飛ばされていた。いや、砕かれるのではなく、頭部を両断されていたかも知れない。それぐらい、鋭い一撃だった。
 再び距離が離れた。
 人形が動き、雷光のような突きが放たれた。
 メインクーンは弧を描いてかわし、人形の斜め後ろに回り込んだ。その軌道のまま距離を詰め、近づこうとする。だが――。
 地を擦るようにして放たれた人形の蹴りがその接近を阻んだ。
 ――こいつ! 剣だけじゃなくて体術も使う。
 どうやら、二本の剣で攻撃しつつ、相手が近づこうとしたら蹴りで牽制。再び距離を開き、剣で攻撃。
 そういう戦闘スタイルらしい。
 ――長剣二刀流の欠点を知っていて、それを補う技術ももっている。
 メインクーンは納得した。と同時に舌を巻いた。
 こんな人形にそれほどの技術をもたせるなんていったいどんな魔法?
 それとも――それとも、これは人形以外の何かなのだろうか?
 人形の二本の剣が嵐となってメインクーンに襲いかかる。
 右、左、上、下、また右、左。
 ありとあらゆる方向から、まるで手品のように斬撃が繰り出される。二本の剣が一〇本にも二〇本にも思えるような連続攻撃。
 メインクーンはそのことごとくを受けとめ、かわし、受け流した。しかし――。
 ――どう考えても不利ね。
 すぐにそう悟った。正確には悟らされたのだ。
 この人形は強い。力、スピード、リーチ。すべてにおいて自分より上。
 わずかな間にそのことを思い知らされた。このまま打ち合っていればいずれは防御を破られ、致命の一撃を食らうことになる。そのことは目に見えていた。
 ――となると、長引くほど不利。早く、ケリを付けないと。
 安全策をとっている余裕はない。危険を承知の上で突っ込むしかなかった。
 自分を狙った剣が通り過ぎる。その一瞬の隙をついて懐に飛び込む。人形の足が跳ねあがる。爪先が満月を描いてメインクーンの顎を狙う。
 「承知の上!」
 メインクーンは人形の足に右手の短刀を突きさした。そのまま、足に持ち上げられて宙に舞う。逆立ちの姿勢となった。目の下に人形ののっぺらぼうの頭がある。その頭部に向けて渾身の突きを繰り出した。
 カキイィィィン、と、高く澄んだ音がして、メインクーンの一撃は人形の剣に阻まれていた。
 ――こいつ! 攻撃だけじゃない。防御の反応も疾い。
 ブン、と、音を立てて人形の足が振るわれ、メインクーンは吹き飛ばされた。猫の一族らしく空中で一回転し、着地する。そこへ、人形が襲いかかる。
 突風のように、ではない。体重のないものように、あくまでも軽やかに、だ。しかし、その剣先に込められた威力は、確実に一撃でメインクーンの生命を奪えるものだった。
 メインクーンの姿が消えた。仰向けに倒れ、人形の斬撃をかわしたのだ。
 手を床に着く。その手を支点にしてしなやかな体が回転し、地を這う回し蹴りが放たれる。体全体がひとつのコマとなって人形の足元を襲った。
 人形は跳びあがってかわした。
 いや、かわしたのではない。メインクーンの足を跳び越えて空中から襲いかかったのだ。
 人形の剣がメインクーンに襲いかかる。
 メインクーンは床につけた手に力を込めた。弧を描いた勢いそのままに跳んだ。人形の剣が床に突き刺さる。その間にメインクーンは立ちあがっていた。
 ――鬼式おにしき歩法ほほう二重ふたえ
 メインクーンの体がふたつに分かれる。
 「鬼式おにしき風渦ふうか!」
 ふたりのメインクーンが同時に長刀を振りおろす。その切っ先から激しい渦が放たれる。逆回転のふたつの渦。その渦が人形を包み込み、動きを封じる。
 ――いま!
 メインクーンはまっすぐ人形に飛び込んだ。
 渾身の突きが動きの止まった人形に突き出される。だが――。
 その必殺の一撃はかわされていた。動きを止めたかのように見えた人形はしかし、一瞬で渦を吹き払い、行動の自由を取り戻していた。メインクーンの突進をかわし、やり過ごした。いまや、メインクーンは無謀な背中を人形に向けてさらす格好になっていた。その背に向けて人形は二本の剣を振りおろす。だが――。
 それこそがメインクーンのまっていた瞬間。
 人形は好機と見れば剣を高々と振りあげ、振りおろしてくる。一撃で決めるべく、隙は大きいが威力も高い大技を狙ってくる。ここまでの戦いでメインクーンは人形のその癖を見抜いていた。だからこそ、かわされることを承知の上で突進し、人形の大技を誘ったのだ。そして――。
 「月の光に射貫かれなさい!」
 鬼式おにしき刀術とうじゅつ月牙閃げっがせん
 体を回転させ、その勢いで繰り出される渾身の突き。
 メインクーンは自らのもつ最高最強の技に賭けたのだ。
 もし、人形の二本の剣の方が先に自分の身に降りかかればまちがいなく、両断される。生命はない。でも、月牙閃なら。自分のもつ最も強力なこの技なら。
 ――先に相手を貫ける!
 そのことを信じて。
 人形の長剣が瀑布ばくふの勢いで振りおろされる。
 メインクーンの長刀が白銀の月明かりとなって突き出される。
 一瞬、まさに、まばたきひとつ分ほどもない時間のなかで、しかし、たしかにメインクーンの突きの方が早く人形に決まっていた。
 長刀の柄がメインクーンの手から離れる。すさまじい勢いで放たれた突きはそのまま人形を吹き飛ばし、塔の壁に叩きつけた。人形の背から突き出した切っ先が壁に食い込み、人形の体を縫い付ける。
 ガク、ン、と、人形がうなだれた。
 ほわっ、と、音を立てて人形の目鼻のない顔から光が消えた。
 「終わり?」
 メインクーンがそう呟いたそのときだ。
 辺りが急に明るさに包まれた。
 それまで昏く沈んでいた大気が一変した明るさに包まれた。闇の精霊たちが引き下がり、光の精霊に場を譲ったかのように。
 部屋の中央の木? が震えた。聞いたことのない奇妙な声が響いた。
 「おめでとうございます! あなたは見事、ゲームクリアいたしました!」
 「なに? ゲームクリア? 何のこと?」
 「見事だ」
 別の声がした。冷徹無比を感じさせる男の声。
 振り向いた先。
 そこに黒衣の宰相が立っていた。
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