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一〇章 人脈! 再び!

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 「画家の篠崎しのざき伊吹いぶきと、画商の篠崎しのざき白馬はくばです。ふたりとも、あたしと同じあまの育館いくだての出身者です。ライフ・ウォッチング・オーバーアートを成功させるための助っ人として来てもらいました」
 ほだかが『最強スキル・人脈!』を駆使して新たに連れてきたふたりの男性は、なんとも好対照な人物だった。
 伊吹いぶきは幼さの残る顔立ちに低めの身長、心配になるぐらいスリムなモデル体型。プロの画家として活動しているのなら成人しているのだろうが、見た目は『少年』そのもの。それも、とびきりの美少年だ。
 赤く染めた髪にフェイスペイント、いくつものピアスと、画家と言うよりビジュアル系バンドのヴォーカルのよう。ちょっとねたような、斜に構えた表情と仕種もなんともそれっぽい。
 一方の白馬はくばの方はスラリとした長身をスーツ姿に固めている。神崎かんざき翔悟しょうごのようにこれ見よがしな外国製高級スーツというわけではないが、しっくりとその身に馴染んだ自然な風格がある。おそらく、まことと同年代だろうが、その歳に似合わない風格はまことのコンプレックスを刺激するのに充分なものだった。
 スリムではあるが、伊吹いぶきのように不健康さを感じさせる要素はまったくない。それどころか、よく鍛えられた細身のサーベルを思わせる力強さがある。ムエタイかなにかをやっているのではないかと思わせる見事な体型だった。
 いかにも『人生踏み外してます』敵雰囲気満載の伊吹いぶきとは対照的に、見た目も服装もいたって健全且つ常識的。信頼できるごくまっとうな社会人という印象。穏やかな雰囲気と端整な顔立ちの美丈夫で、職場では常に女子社員に囲まれていそう。女子校教師にでもなっていれば教え子に追いまわされて大変なことになっていただろう。
 「だから、女子校の教師にならなかったんですよ」
 にこやかな笑顔とともにそんなことでも言われたら、まことならずとも世界中の男が殺してやりたくなるにちがいない。
 ともかく、伊吹いぶきにしても、白馬はくばにしても、タイプとしてはまったく対照的だがどちらもとびきりの美形。平凡な顔立ちのまこととしては劣等感を刺激されずにはいられない。
 ――料理人の平井ひらいたかしといい、どうしてこんなイケメンばっかり連れてくるんだ。
 いやがらせか!
 と、思わず叫んでしまいたくなる現実ではあった。
 ――しかし、ふたりとも『篠崎しのざき』か。
 「『篠崎しのざき』って言うのは、あたしの育ったあまの育館いくだての館長の姓で、名前のわからない子はみんな、篠崎しのざき姓になるんです」
 まことは、ほだかのその言葉を思い出した。
 ――と言うことは、このふたりにも親はいないのか。
 まことはそう察し、その点にはふれないことにした。
 ほだかを見る限り、そんなことはまったく気にしていないようだし、気にさせないほどにあまの育館いくだてで幸せに過ごしてきたのだろう。だとしてもやはり、その程度の気は使いたい。それに、なにより、両親のもとで育った身としては『親がいない』と言われるとどうしても遠慮といか、引け目というか、そんなものを感じてしまう……。
 「はじめまして。篠崎しのざき白馬はくばです」
 そんなまことの思いとは関係なしに、白馬はくばがいかにも良識的社会人らしく笑顔で挨拶し、右手を伸ばしてきた。
 一方、伊吹いぶきはちょっとねたような表情のままただ一言、
 「……伊吹いぶきだ」
 とだけ、呟いた。
 敵意でももっているのかと勘ぐりたくなる態度だが、それがまたビジュアル系美少年の外見によく似合っているので腹も立たない。
 「あ、これはご丁寧に。小松こまつがわまことです。よろしくお願いします」
 まことはあわてて笑顔を作ると、白馬はくばの右手を握って握手を交した。せっかくの笑顔だったが、白馬はくばと比べると半分もにこやかさがないのは対人経験、とくに女性経験の差と言うものだろう。
 そこでまことはふと、あることに気がついた。
 「あれ? そう言えば『ほだか』に『白馬はくば』に『伊吹いぶき』って、もしかして、山の名前?」
 「よくぞ、気付いてくれました!」
 ほだかが嬉しそうに両手を叩いた。なにかにつけてお日さまのような笑顔が弾けるのがなんとも目にまぶしい。
 「うちの館長、登山が趣味なんです。それで、子どもたちにはみんな、山の名前をつけているんですよ」
 「へえ」
 「迷惑な話だけどな」
 「こら。そういう言い方をするなといつも言っているだろう。館長は自分の一番、好きなものの名前をつけてくれているんだから」
 伊吹いぶきがいかにもな口調で憎まれ口を叩くと、白馬はくばが軽くたしなめた。
 ほだかがつづけた。
 「それで、子どもたちもよく登山に連れて行くんです。そこで、自然の美しさに魅せられて、画家とか、カメラマンになっちゃう子が多いんですよ」
 「ああ、なるほど。それじゃ、伊吹いぶきさんもそうやって画家に?」
 「……『さん』付けするな。『伊吹いぶきさん』なんて呼ばれるとそれこそ、山の名前みたいだろう」
 「あ、ああ、これは失礼」
 まことは謝ったが、そんな伊吹いぶきの頭を白馬はくばがコツンと叩いた。
 「こら、失礼だぞ。まことさんは礼儀を守ってくれたというのに」
 叩かれた伊吹いぶきは、頭を押さえながら仏頂面で白馬はくばを見上げている。不満、と言うより、どこか甘えたような表情ではあった。
 「そうそう。失礼ですが、僕たちも『まことさん』と呼ばせてもらいます。ほだかから聞いていると思いますけど、僕たちはお互い、名前で呼びあうことに慣れているので」
 「ええ、どうぞ。かまいません」
 「ありがとうございます。それと、僕たちの名前は呼び捨てにしてください。やっぱり『さん』付けされると山を思い出してしまいますからね」
 白馬はくばはそう言うと、ウインクしながら茶目っ気たっぷりに微笑んで見せた。その微笑みはそっちの趣味のないまことでさえ、思わずドキリとしてしまうぐらい魅力的なものだった。

 とにかく、現場となる畑を見たい、と言うことなので、まことはほだかを含めた三人を畑に案内した。
 「なるほど。ここが、ほだかの言うオーバーアートの舞台なわけか」
 白馬はくばが畑を見回しながら言った。
 「そうです! ここから農業をかえるプロジェクトがはじまるんです!」
 ほだかは両拳を握りしめ、力強い瞳に炎を燃やしながら断言した。
 『プロジェクトをはじめる』ではなく『プロジェクトがはじまる』と言ったあたりに、ほだかの意思の強さが表れていた。
 一方、伊吹いぶきはつぼみを付けたコマツナが一面に広がる光景に失望したらしい。つまらなそうに呟いた。
 「……同じ色、同じ大きさ、同じ形。がっかりだな。畑の風景を芸術作品にかえるというならもっと面白い風景が見られると期待していたのに。これじゃ、魅力的な絵になんてしようがない」
 その言葉に、白馬はくばがやや手厳しくたしなめた。
 「プロの言葉じゃないな。どんな風景にも隠れた魅力を見つけ出し、それを絵として表するのがプロだろう。目に見えているものをただ描き写すだけなら、それは素人だ」
 「……簡単に言ってくれるな」
 「苦労して、成果を出すのがプロだよ」
 そう言われて伊吹いぶきは、
 「ちっ」
 と、くやしそうに舌打ちしてそっぽを向いてしまった。
 そのやりとりを見てまことは、なにやら違和感のようなものを感じた。
 ――なんだ? なんか奇妙だな、このふたり。
 違和感の正体がわからず首をひねるまことに、ほだかがササッと近づいた。まことの腕をとってやけに嬉しそうに耳打ちする。
 「ね、ね、師匠。あのふたり、いい感じだと思いません? 『ガチBL⁉』って、うちでも有名なふたりなんですよ」
 「ああ、違和感の正体はそれか」
 言われて、納得するまことだった。
 「いいですよねえ。中二病満載の年下男子と、お兄さんぶる年上男子。いっつも楽しませてもらってます」
 「いや、男のおれにそんなことを言われても困るんだけど……」
 ヘテロの男としてBLなどに興味はないが、基本的に男子禁制の世界であることぐらいは知っている。がっ――。
 そんなことよりはるかに重大な問題が自分の身に起きていることに、まことはいまさらながら気がついた。ほだかに抱きつかれた腕。その腕がいましっかりと、ふたつの柔らかいふくらみに包まれているのである。
 「……⁉ 胸が当たってるじゃないか! はなれろ!」
 「はっ? いいじゃないですか、これぐらい。なにを騒いでるんです?」
 「いいわけないだろ⁉」
 「そんな童貞みたいなこと……って、えっ? 師匠ってもしかして、マジ童貞⁉」
 「そういう問題じゃない!」
 まことは叫んでほだかを振り払おうとする。しかし、ほだかははなれない。おもしろがってくっついたままだ。
 そんなふたりのやりとりを、今度は伊吹いぶきが冷ややかな目で見つめている。
 「……おれたちは今日、仕事の話で呼ばれたんだと思っていたが?」
 「取り引き相手と世間話するのも、大切な仕事だよ」
 白馬はくばは相変わらずにこやかな様子でそう言ったが――。
 その微笑みはちょっと怖かった。
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