逆襲の悪役令嬢物語 ~家門の矜持、守るためなら鬼となります〜

藍条森也

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第一部 旅立ち篇

一三の扉 逆襲への旅立ち

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 国王アルフレッドは上機嫌だった。
 すべては自分の思い通り。まんまとうまく行った。すべての責任をラベルナとカーディナル家に押しつけ、ごまかすことが出来た。一度はカーディナル家への信頼を取り戻し、王家を責めていた民衆も、ラベルナが裁判の席で実際に人を操って見せたことを目撃した結果、すべての責任はカーディナル家にあるのだと信じた。
 王家も魔女によって操られていた被害者なのだと信じた。
 おかげで、あれほど騒がしかった抗議の声も最近はすっかりおとなしくなった。
 ――これで良い。
 アルフレッドはニヤニヤとほくそ笑む。
 ――民衆どもはだませた。あの目障めざわりな小娘は追放できる。カーディナル家は取りつぶして財産はすべて没収した。すべてはおれの思い通り。しかし、あの目障りな小娘とカーディナル家にすべての責任を押しつけたのは我ながら名案だったな。
 もっとも嬉しかったのはカーディナル家の財産を没収したことかも知れない。もちろん、国内きっての大貴族であるからにはカーディナル家には膨大な財があることはわかっていた。しかし、実際に没収してみるとその財は予想以上だった。
 ――あれだけの金があればまた当分は博打三昧の生活ができるぞ。
 そう思うとなんとも心が沸き立つ。
 カーディナル家の資産はそこいらの貴族が抱え込んでいるあぶく銭とはわけがちがう。代々、人々の身命を守ってきた行為に対する代価であり、さらなる研究を行い、人々に尽くすために蓄えてきた浄財じょうざいである。
 しかし、そんなことはこの賭博とばくぐるいの国王には関係ない。アルフレッドにとって『財産』とは結局、自分が湯水のように賭け事につぎ込める金のことなのだ。
 「ち、父上……」
 オドオドとした声がした。
 息子であり、王太子であるアルフォンスが父親のご機嫌をうかがうように上目遣いに父王を見つめている。すがるようなその目付きは、まさしく子供そのものだ。
 その隣には『クリーム令嬢』こと、現在の婚約者であるティオル公爵令嬢ピルアが寄り添っている。相変わらず愛らしくはあるが、ぽやあっとした締まりのない表情。見ているだけで虫歯が出来そうなほど甘ったるい雰囲気だ。
 意志も弱ければ、気も弱すぎる王太子と菓子のことしか頭にない公爵令嬢。
 ある意味、国一番のお似合いカップルは、そろって父王の下にやってきていた。
 「ち、父上、あの魔女は本当に追放されるのですね? もう二度と、会わずにすむのですね?」
 「むろんだ。あの娘は遙か北、カウロン領へと送り込む。かの地は寒風吹きすさぶ極限の大地。人間の住む場所ではない。なにより、かの地には野蛮な一つ目巨人どもが住んでおる。遠からず、食い殺されるわ」
 そう。
 アルフレッドにはラベルナを生かしておく気など最初からなかった。
 処刑ではなく追放刑にしたのは自分の手を汚すことなく始末するため。野蛮で粗野(と、アルフレッドの信じる)一つ目巨人族に食い殺させるためだった。
 その残忍な仕打ちをしかし、かつてのラベルナの婚約者である王太子アルフォンスは心からの安堵の表情で聞いていた。
 「は、ははは、助かった、助かったぞ、ピルア! これでもう私はあの魔女に操られたりせずにすむ。もう怖れる必要はない」
 「アルフォンスさま」
 「私はそなたのおかげで、あの魔女の洗脳から解放され、真実の愛を知った! これからはそなたとふたり、幸せに暮らしていこう」
 「嬉しゅうございますわ、アルフォンスさま」
 場も、国の状況もわきまえないカップルはお互いに見つめ合い、ふたりの世界に没入していた。まわりにミツバチが飛び交うのが見えるほど甘い雰囲気であり、見ているだけで胸焼けを起こしそうだった。
 そんなふたりをアルフレッドはしかし、邪悪な笑みを浮かべて眺めていた。
 ――あの目障りな小娘は片付けた。あとはこいつだ。こいつさえいなければ……。
 ラベルナを追放し、民衆を懐柔かいじゅうしたいま、アルフレッドにとって自分の地位を脅かす存在と言えばただひとり。王太子の立場にいるこの息子ただひとりだった。
 アルフレッドは王位を譲る気などなかった。博打ばくち遊興ゆうきょうにうつつを抜かしていられるこの立場を捨てるつもりなどこれっぽっちもなかった。その地位を脅かす存在である王太子は前々から目障りな存在だったのだ。
 ラベルナとカーディナル家が後ろ盾として存在していたときには手が出せなかった。しかし、ラベルナは追放され、カーディナル家はお取りつぶし。もはや、アルフォンスの後ろ盾となるものはいない。となれば――。
 ――玉座はおれのものだ。永遠におれだけのものだ。アルフォンス。きさまには渡さん。
 己の守護者を自ら切り捨てた無邪気で愚かな王太子はいま、自分の身に降りかかろうとする運命も知らずに婚約者とふたりきりの幸せな時間に浸っていた。

 ……まだパン屋でさえ朝の仕事をはじめているかどうかと言う時刻。
 ほとんど忘れ去られ、いまでは使われることもなくなった古い港に一隻の軍艦が停まっていた。ラベルナとその弟ユーマとを北の地へと送り届けるための護送船である。
 わざわざ出発地点としてこんな寂れた港を選んだのは、立場をわからせてやろうというアルフレッドの嫌がらせだった。とは言え、ラベルナたちにとってもむしろ好都合だった。
 なにしろ、怒りに燃える民衆のなかには王家の公表を信じてラベルナとカーディナル家こそがすべての元凶だと思い込むものもいた。へたに人目につく場所から出立することになれば、そんな人間たちが押し寄せてきて襲われる心配もあった。こうして、誰の注目も浴びずに安全に出立出来るのは何よりだった。
 その場には十数人の人間たちが集まっていた。
 見送りの賑わいはなく、通夜のように沈痛に沈み込んだ表情が広がっている。
 カーディナル家の使用人たちである。
 すでにカーディナル家はお取りつぶしになっている。である以上、『元使用人』と言うべきなのだろう。しかし、かの人たちの心のなかでは、いまでもカーディナル家の使用人のままである。
 侍女メリッサ。
 執事グルック。
 ハウスキーパー、シュレッサ。
 コック、サマンサ。
 フットマン、サーブ。 
 コーチマン、ハザブ。
 ガーデナー、カント。
 ボーイ、ルークス。
 その他、何人かの使用人たち。
 その他の使用人たちはカーディナル家がお取りつぶしになった時点で身の危険を感じ、離れていった。カーディナル家の使用人であった過去を隠し、新たな奉公先を見つけようと活動している。
 それを責めるわけにはいかないだろう。かの人たちにもかの人たちの生活がある。
 メリッサたちもそのことは承知している。責めるつもりなど毛頭ない。
 だが、それだけに、この場に残ったものたちは筋金入りだった。最後までカーディナル家の一員であることを貫く。その覚悟を決めた人間たちだった。
 「……ラベルナさま」
 侍女のメリッサが泣きそうな顔でそれだけを言った。悲しみで胸が潰れ、それ以上の言葉が出てこない。
 「あの国王め! よりによってカウロン領などへ送り込むとは!」
 若きフットマン、サーブが忌々いまいましさを込めて大地を蹴りながら叫んだ。
 コックのサマンサが憤慨ふんがいした声をあげた。
 「まったくだよ。あんな北の果て、どんなに温かい料理を作ったってすぐに冷えちまうじゃないか。おまけに、あそこにゃあ、人を食う一つ目巨人族が住むって言うし……」
 「だいじょうぶです。サマンサ」
 ラベルナは母親気質のコックを安心させるためにあえて笑って見せた。
 「『一つ目巨人』と言うのはあくまで通称。一つ目に見える独特の仮面をかぶっていることから付けられた俗称です。体が大きいのも北の地に住んでいるから。寒さに対抗するため、熱を蓄えやすい大きな体になっただけのこと。決して怪物などではなく同じ人間。言葉もある程度は通じるし、『人を食う』などと言うのも無責任な噂に過ぎません」
 ラベルナはそう言ったが、そうとばかりは言えない。
 北の巨人族は周期的にフィールナル王国を襲撃し、人を殺し、食糧や資源を奪っていく。である以上、比喩ひゆとしてならば『人を食う』というのはまちがってはいない。しかし、わざわざこの場でそれを指摘して母親気質のコックを心配させる必要もないことだった。
 「……お嬢」
 いつもはグルックやシュレッサから窘められるほどに陽気で冗談好きのコーチマン、ハザブがこのときばかりは沈み込んだ表情で言った。
 「……すまねえ。お嬢の乗る乗り物を操るのは本来、おれの役目だってのに」
 「……わしがいなかったら、誰があんたのために薬草を栽培するんだ」
 無口で偏屈へんくつなガーデナーのカントも悔しさをにじませながら呟いた。
 このふたりとメリッサを含めた三人は、船長に対して強硬に主張したのだ。
 「自分もラベルナさまと共に行く!」と。
 しかし、船長の『そんな命令は受けていない』という一言によってはね除けられた。いかに、忠誠心に篤いかの人たちとは言え、完全武装の兵士たちから槍を突きつけられたとあっては引き下がらざるを得ない。なにより、兵士たちに逆らって怪我をするなどラベルナが許さない。
 「大丈夫です、皆さん」
 ニッコリと微笑んでそう言ったのはまだ一二歳のラベルナの弟、ユーマである。
 「姉上は私が守ります。安心していてください」
 「……ユーマさま」
 ボーイのルークスが呟いた。
 自分より二つも下の少年がそれだけの覚悟を決めているのを見て恥ずかしくなったのだろう。すぐにうつむいてしまった。
 「ラベルナさま」
 執事のグルックが一同を代表するように前に立った。
 初老とは言え、年齢を感じさせないピシッとした立ち姿はさすが、熟練じゅくれんの執事という貫禄かんろくだった。
 「残念ながら我々は共に参ることはできません。ですが、心は常に共にありますぞ。我々は永遠にカーディナル家の一員であり、あなたさまのしもべです」
 「その通りです」
 厳格な女教師という印象のハウスキーパー、シュレッサもメガネの奥の瞳に強靱な意思を込めてうなずいた。
 「カーディナル家の誇り、我々は決して忘れません」
 「ありがとう、みんな」
 胸に迫るものを感じながらラベルナは答えた。
 「でも、覚えておいてください。これは追放ではなく旅立ち。カーディナル家は必ずこの地に戻ってきます」
 きっぱりと――。
 ラベルナはそう言い切った。
 「カーディナル家は代々、王家を守護し奉る使命をもった一族。ですが、今回の件でその義理は果たした。わたしはそう考えています。あとは我が一族の名誉を汚したものに対する聖なる復讐ふくしゅうだけ。カーディナル家は必ず帰ってきます。北の地で名誉を回復するための力を手に入れて」
 「だったら!」
 それまで悲しみのあまり、なにも言えずにいた侍女のメリッサがたまらずに叫んだ。大きな目に涙がいっぱいに溜まっている。
 「わたしたちはカーディナル家のご帰還を待ちつづけます。例え、何年、何十年、いえ、何百年かかろうと! このフィールナルの地に根を張って生き抜き、お迎えいたします!」
 「その通りです」
 フットマンのサーブも声を重ねた。
 「カーディナル家に受けた恩義。わたしは決して忘れません。何代かかろうとも必ずやお迎えいたします」
 「ええ」
 ラベルナはうなずいた。
 「では、行ってきます。留守を頼みます」
 「はい!」
 ラベルナのその言葉も、堂々と胸を張ったその姿も、追放されるもののそれではなかった。まさしく、誇りに満ちた旅立ちを迎えたものの姿だった。
 ラベルナは船長に言った。いや、命じた。
 「さあ、船長。船を出しなさい。カーディナル家の名誉回復の旅のために」
 「あ、ああ……」
 ラベルナのあまりにも堂々とした態度に船長こそが気圧けおされていた。
 そして、ラベルナとユーマは船に乗り込んだ。
 波をかき分けて船がゆっくりと進み出す。
 その船をメリッサたちはいつまで見送っていた。

 ここにカーディナル家はふたつにわかれた。
 遙か北の地へと旅立つものと。
 この地に残るもの。
 そして、そのことが王国の未来を大きく動かすことになる。
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