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第一部 旅立ち篇
九の扉 この親にして……
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国王アルフレッドはさすがに苦り切っていた。
このところ、事態がどうにも思うように進んでいない。それどころか、逆風が吹きはじめた印象さえある。
カーディナル家とラベルナを悪役に仕立てあげてすべての責任を負わせ、国民の怒りをそちらに向けようと思ったのに、どうにも、そうなっていかない。
ラベルナはどれほど責め苦を与えようと一向に従おうとはしないし、カーディナル家の使用人たちは使用人たちで、主が捕えられたというのに離散しようともせず、カーディナル家を守ろうと奮闘している。
それでも、最初のうちはうまく行っていたのだ。噂戦術によってカーディナル家とラベルナの悪い印象を国民に植え付け、疑わせることに成功した。国民の怒りは王家からカーディナル家とラベルナの方へとたしかに流れていこうとしていたのだ。ところが――。
「……生意気な使用人どもめ」
アルフレッドは忌々しさを込めて吐き捨てた。
カーディナル家の使用人たちは団結して困難に立ち向かい、国民の信頼を取り戻した。おかげで、一度はカーディナル家とラベルナの方を向いた国民の怒りは再び王家の側に向きはじめている。ラベルナとカーディナル家を悪役に仕立てあげようとした姑息さがばれた分、その怒りはより激しく、深いものになったと言ってもいい。
いまも王宮の外には連日のように抗議する民衆の群れが押し寄せ、非難の声を張りあげている。もちろん、身の程知らずの民衆どもの言うことなど聞いてやる義理はない。しかし、いちいち非難の声など聞かされてはうるさくてかなわない。第一、王宮を取り巻かれているとあっては賭博場や売春宿に出かけることも出来ないではないか!
「まったく。これというのもカーディナル家の使用人どものせいだ。自分たちだけで診療所を開くとは生意気な。使用人なら使用人らしく主たる国王の命に従っておればよいものを」
なんとも身勝手な言い草だったが、その言葉をとうのカーディナル家の使用人たちが聞けば口をそろえてこう言ったにちがいない。
『ええ。わたしたちは使用人らしく主に従っております。主たるラベルナさまのご意志にね』
「はああ、どうしたものか」
アルフレッドはめずらしく思案に暮れた。
とは言え、日頃、考えることと言えば、賭博仲間にいかにしてイカサマを仕掛けて金を巻きあげてやろうかと言うことぐらい。あとはせいぜい、色町で女を選ぶときに頭を悩ませることがあるぐらいだ。事態を解決するための名案など出てくるはずもなかった。
「ち、父上、どうしたらいいのでしょう?」
オロオロとした、なんとも気の弱そうな声がした。
じろり、と、アルフレッドは声のした方を見た。
そこには、かの人の第一子であり、王太子でもある息子、アルフォンスが立っていた。
「なんだ、お前か」
アルフレッドは一応、答えはしたものの、そこには親子の情などと呼べるようなものは何もなかった。冷淡な口調といい、その目付きといい、『邪魔者の相手をする』以外の感情は存在しなかった。
「呼んだ覚えなぞないぞ。なにをしに来た?」
「な、なにって、父上。王宮は連日、民衆に取り囲まれているのですよ。怖いじゃありませんか」
「怖いだと?」
「そ、そうですよ。いつ襲われるかと思うと……怖くて夜も眠れません」
一国の王太子とも思えない言葉である。
とっくに成人していると言うのに父親相手に語りかけるその言葉は、口調といい、内容といい、まるで五歳児のように幼く、弱々しい。
アルフレッドは再び、息子を睨んだ。息子の方は『ヒッ』と小さな声をあげて身をすくめた。アルフレッドの一瞥に迫力があったわけではない。ただ単にアルフォンスが極度に気が弱いのだ。
アルフレッドは視線を横に向けた。そこには装飾過剰なドレスに身を包んだアルフォンスの新しい婚約者、ティオル公爵令嬢ピルアがいた。
クリーム令嬢、などと陰口をたたかれるだけあって、見た目ばかりは可愛らしく、愛らしいが、どうにもぽやあっとした印象で、表情にも締まりがない。いつでも、夢を見ているかのよう。ラベルナのような強靱な意志や知性はまったく感じさせない。アルフォンスとはちがう意味で成人とも、未来の王妃とも思えない人物だった。
通常なら、まっとうな使命感と責任感をもつ国王なら、息子のふがいなさに憤るところだろう。いい歳をして自らの意思も胆力も示すことなく、ただただ父親にすがりついてオロオロするばかり。しかも、強靱な意志と知性に恵まれた婚約者を捨て、菓子のことしか頭にないような凡庸な娘を相手に『真実の愛』とやらにうつつを抜かすとは。
いい加減、王太子としての自覚をもたんか!
そう一喝するのが普通の父親であり、国王というものだろう。
アルフレッドはちがった。
憤ったりはしなかった。
むしろ、都合がいい。
そう思っていた。
アルフレッドは国王としての使命感も責任感もこれっぽっちも持ち合わせていなかったが、『国王』という地位には執着していた。正確に言うと、他人の金――国民の税金――で、賭博三昧できる立場を捨てる気はなかった。
アルフォンスを王太子にしたのも『もう殿下も成人なされたのですから』と、まわりからしつこく言われたので、うるさくなって言うとおりにしてやっただけのこと。自分では王太子を立てるつもりなどなかったし、王位を譲るつもりもなかった。
そのアルフレッドにしてみれば息子が凡庸、いや、凡庸以下の、意志も弱ければ気も弱い、絵に描いたような『いいところのボンボン』なのは好都合だった。
――なまじ、出来の良い息子などをもって、おれの地位を狙われたら大事だからな。馬鹿な息子でよかったわい。
もとより、アルフォンスに対して『息子への愛』など感じたことはない。というより、そもそも『息子』と思っていない。子育てに関わったことがない、というのはまあ、一国の王としては自然なことだが、一二歳になって社交界にデビューするときまで会ったこともなかった。
生まれたときも、お産の苦しみに耐える妻のことなど気にもかけずに賭博場に出かけ、賭博仲間たちと盛りあがっていた。その際、一応『御子さまがお生まれになりました!』との報告は受けたのだが、聞いてなどいなかった。何しろ、ちょうどホーカーで、生まれてはじめてのロイヤルストレートフラッシュが出そうなところだったので。そうでなくても、覚えてなどいなかったろうが。
それきり、『息子が産まれた』ことなど忘れていた。
社交界デビューと言うことで母親――つまり、自分の妻――に連れられてやってきたとき『そう言えば、息子が産まれたとか言われた気がしたな』と思ったぐらいだ。
そんな調子だから、息子の将来に対して責任を感じたこともない。適切な傅役や家庭教師を付けることもなく、存在自体を忘れ去っていた。
妻との間は冷え切っていた。というより、最初から何もなかった。典型的な政略結婚であったし、愛だの、情だの、そんなものは最初から存在しなかった。どのみち、女を愛するような人間ではなかったが。
アルフレッドにとって『女』とは自分の欲望を満たすための道具であって、それ以上のなにものでもなかった。
それを思えば王太子となる息子が産まれただけ上出来と言えるだろう。遊興にしか興味のない夫に嫁がされながらも、王妃としての役割を必死に果たそうとした妻の手柄だと言える。
その王妃がアルフォンスが一五歳のときに流行病で亡くなると、アルフォンスの将来に責任をもとうとするものはいよいよいなくなった。アルフレッドは杯を傾けて言ったものである。
「これで、口うるさいやつがいなくなった。これからは思う存分、羽を伸ばせるぞ」
そんなアルフレッドにとって、息子の婚約者であるラベルナは『最後の』目障りな存在だったと言える。
――あんな堅苦しくて、口うるさくて、いい歳をして賭け事のひとつしようとしないで勉強ばかりしている変人――アルフレッドにすればそう見える――が息子の嫁になどなってみろ。一日中、小言を言われつづけるに決まっている。
アルフレッドはラベルナの存在が邪魔でじゃまで仕方がなかった。
ラベルナとアルフォンスの婚姻は先代の王と先々代のカーディナル家当主との間でかわされた正式な約束だったので、いかに国王と言えど反故には出来なかった。それでも、とにかく、機会さえあれば放逐してしまいたかったのだ。
そして、機会はやってきた。
国民の怒りが沸騰し、王家に向かうなか、アルフォンスが泣きそうな顔で訴えてきた。
『ラベルナが私に対し、父上を弑して国王位を奪えとそそのかしてきました!』
それを聞いたとき、アルフレッドの頭のなかに一世一代の名案――本人にとっては――が浮かんだのだ。
すべての責任をあの目障りな女とカーディナル家に押しつけてやればよい!
そして、それは確かにうまく行った。
うまく行っていたのだ。途中までは。
それなのに……。
「……あの頑固な女ときたらいまだに罪を認めようとせん。あんな娘ひとり、言いなりにできんとは獄吏どもも頼りにならんな。そろって首をすげ替えてやるか」
アルフレッドの利己的な怒りはとうとう地下牢の番人たちにまで及んだ。そのとき――。
「父上!」
頼みとする父親の反応が薄いことに不安になったのだろう。栄えある王太子殿下は泣きそうな声を張りあげた。
「なんだ。まだおったのか」
愛する父上の冷淡な反応に傷つく余裕もなく、未来の国王陛下は訴えた。
「あの女、あの魔女はまだ、自分の罪を自白しないのですか?」
「魔女?」
「あの魔女のことです! 私を薬物で操り、父上を弑逆するようそそのかした……」
その言葉にはさすがのアルフレッドも目を丸くした。じっと、息子の顔を見た。その表情は心からの怯えに支配されており、演技や皮肉には見えない。そもそも、この場でそんな演技が出来るほど気の利いた人間でもない。そんなことが出来るくらいならもう少し意志の強い、頼りがいのある人間に育っていたことだろう。
この息子にはラベルナを悪役に仕立てあげるために『魔女ラベルナ』の虚像を語らせていたのだが、どうやら、そんなことを繰り返しているうちに自分自身、信じ込んでしまったらしい。意志も弱ければ、気も弱い、アルフォンスらしい顛末ではある。
――こやつは、ここまで単純だったのか。
息子になど何の興味もなかったのでまったく知らなかったが、さすがにここまでくるとあきれた気になってくる。
――とは言え、こやつの言うとおり。ラベルナに罪の自白さえさせてしまえばすべては収まる。何としても、自白を引き出さんとな。
「どれ。久し振りに地下牢に様子を見に行ってくるか」
じろり、と、アルフレッドは次期国王たる息子を見た。
「どうだ? お前もかつての婚約者に会いに行ってみるか? 地下牢に幽閉して以来、一度も会っておらんだろう」
その一言に――。
未来の国王陛下は悲鳴をあげて、お逃げあそばされたのだった。
このところ、事態がどうにも思うように進んでいない。それどころか、逆風が吹きはじめた印象さえある。
カーディナル家とラベルナを悪役に仕立てあげてすべての責任を負わせ、国民の怒りをそちらに向けようと思ったのに、どうにも、そうなっていかない。
ラベルナはどれほど責め苦を与えようと一向に従おうとはしないし、カーディナル家の使用人たちは使用人たちで、主が捕えられたというのに離散しようともせず、カーディナル家を守ろうと奮闘している。
それでも、最初のうちはうまく行っていたのだ。噂戦術によってカーディナル家とラベルナの悪い印象を国民に植え付け、疑わせることに成功した。国民の怒りは王家からカーディナル家とラベルナの方へとたしかに流れていこうとしていたのだ。ところが――。
「……生意気な使用人どもめ」
アルフレッドは忌々しさを込めて吐き捨てた。
カーディナル家の使用人たちは団結して困難に立ち向かい、国民の信頼を取り戻した。おかげで、一度はカーディナル家とラベルナの方を向いた国民の怒りは再び王家の側に向きはじめている。ラベルナとカーディナル家を悪役に仕立てあげようとした姑息さがばれた分、その怒りはより激しく、深いものになったと言ってもいい。
いまも王宮の外には連日のように抗議する民衆の群れが押し寄せ、非難の声を張りあげている。もちろん、身の程知らずの民衆どもの言うことなど聞いてやる義理はない。しかし、いちいち非難の声など聞かされてはうるさくてかなわない。第一、王宮を取り巻かれているとあっては賭博場や売春宿に出かけることも出来ないではないか!
「まったく。これというのもカーディナル家の使用人どものせいだ。自分たちだけで診療所を開くとは生意気な。使用人なら使用人らしく主たる国王の命に従っておればよいものを」
なんとも身勝手な言い草だったが、その言葉をとうのカーディナル家の使用人たちが聞けば口をそろえてこう言ったにちがいない。
『ええ。わたしたちは使用人らしく主に従っております。主たるラベルナさまのご意志にね』
「はああ、どうしたものか」
アルフレッドはめずらしく思案に暮れた。
とは言え、日頃、考えることと言えば、賭博仲間にいかにしてイカサマを仕掛けて金を巻きあげてやろうかと言うことぐらい。あとはせいぜい、色町で女を選ぶときに頭を悩ませることがあるぐらいだ。事態を解決するための名案など出てくるはずもなかった。
「ち、父上、どうしたらいいのでしょう?」
オロオロとした、なんとも気の弱そうな声がした。
じろり、と、アルフレッドは声のした方を見た。
そこには、かの人の第一子であり、王太子でもある息子、アルフォンスが立っていた。
「なんだ、お前か」
アルフレッドは一応、答えはしたものの、そこには親子の情などと呼べるようなものは何もなかった。冷淡な口調といい、その目付きといい、『邪魔者の相手をする』以外の感情は存在しなかった。
「呼んだ覚えなぞないぞ。なにをしに来た?」
「な、なにって、父上。王宮は連日、民衆に取り囲まれているのですよ。怖いじゃありませんか」
「怖いだと?」
「そ、そうですよ。いつ襲われるかと思うと……怖くて夜も眠れません」
一国の王太子とも思えない言葉である。
とっくに成人していると言うのに父親相手に語りかけるその言葉は、口調といい、内容といい、まるで五歳児のように幼く、弱々しい。
アルフレッドは再び、息子を睨んだ。息子の方は『ヒッ』と小さな声をあげて身をすくめた。アルフレッドの一瞥に迫力があったわけではない。ただ単にアルフォンスが極度に気が弱いのだ。
アルフレッドは視線を横に向けた。そこには装飾過剰なドレスに身を包んだアルフォンスの新しい婚約者、ティオル公爵令嬢ピルアがいた。
クリーム令嬢、などと陰口をたたかれるだけあって、見た目ばかりは可愛らしく、愛らしいが、どうにもぽやあっとした印象で、表情にも締まりがない。いつでも、夢を見ているかのよう。ラベルナのような強靱な意志や知性はまったく感じさせない。アルフォンスとはちがう意味で成人とも、未来の王妃とも思えない人物だった。
通常なら、まっとうな使命感と責任感をもつ国王なら、息子のふがいなさに憤るところだろう。いい歳をして自らの意思も胆力も示すことなく、ただただ父親にすがりついてオロオロするばかり。しかも、強靱な意志と知性に恵まれた婚約者を捨て、菓子のことしか頭にないような凡庸な娘を相手に『真実の愛』とやらにうつつを抜かすとは。
いい加減、王太子としての自覚をもたんか!
そう一喝するのが普通の父親であり、国王というものだろう。
アルフレッドはちがった。
憤ったりはしなかった。
むしろ、都合がいい。
そう思っていた。
アルフレッドは国王としての使命感も責任感もこれっぽっちも持ち合わせていなかったが、『国王』という地位には執着していた。正確に言うと、他人の金――国民の税金――で、賭博三昧できる立場を捨てる気はなかった。
アルフォンスを王太子にしたのも『もう殿下も成人なされたのですから』と、まわりからしつこく言われたので、うるさくなって言うとおりにしてやっただけのこと。自分では王太子を立てるつもりなどなかったし、王位を譲るつもりもなかった。
そのアルフレッドにしてみれば息子が凡庸、いや、凡庸以下の、意志も弱ければ気も弱い、絵に描いたような『いいところのボンボン』なのは好都合だった。
――なまじ、出来の良い息子などをもって、おれの地位を狙われたら大事だからな。馬鹿な息子でよかったわい。
もとより、アルフォンスに対して『息子への愛』など感じたことはない。というより、そもそも『息子』と思っていない。子育てに関わったことがない、というのはまあ、一国の王としては自然なことだが、一二歳になって社交界にデビューするときまで会ったこともなかった。
生まれたときも、お産の苦しみに耐える妻のことなど気にもかけずに賭博場に出かけ、賭博仲間たちと盛りあがっていた。その際、一応『御子さまがお生まれになりました!』との報告は受けたのだが、聞いてなどいなかった。何しろ、ちょうどホーカーで、生まれてはじめてのロイヤルストレートフラッシュが出そうなところだったので。そうでなくても、覚えてなどいなかったろうが。
それきり、『息子が産まれた』ことなど忘れていた。
社交界デビューと言うことで母親――つまり、自分の妻――に連れられてやってきたとき『そう言えば、息子が産まれたとか言われた気がしたな』と思ったぐらいだ。
そんな調子だから、息子の将来に対して責任を感じたこともない。適切な傅役や家庭教師を付けることもなく、存在自体を忘れ去っていた。
妻との間は冷え切っていた。というより、最初から何もなかった。典型的な政略結婚であったし、愛だの、情だの、そんなものは最初から存在しなかった。どのみち、女を愛するような人間ではなかったが。
アルフレッドにとって『女』とは自分の欲望を満たすための道具であって、それ以上のなにものでもなかった。
それを思えば王太子となる息子が産まれただけ上出来と言えるだろう。遊興にしか興味のない夫に嫁がされながらも、王妃としての役割を必死に果たそうとした妻の手柄だと言える。
その王妃がアルフォンスが一五歳のときに流行病で亡くなると、アルフォンスの将来に責任をもとうとするものはいよいよいなくなった。アルフレッドは杯を傾けて言ったものである。
「これで、口うるさいやつがいなくなった。これからは思う存分、羽を伸ばせるぞ」
そんなアルフレッドにとって、息子の婚約者であるラベルナは『最後の』目障りな存在だったと言える。
――あんな堅苦しくて、口うるさくて、いい歳をして賭け事のひとつしようとしないで勉強ばかりしている変人――アルフレッドにすればそう見える――が息子の嫁になどなってみろ。一日中、小言を言われつづけるに決まっている。
アルフレッドはラベルナの存在が邪魔でじゃまで仕方がなかった。
ラベルナとアルフォンスの婚姻は先代の王と先々代のカーディナル家当主との間でかわされた正式な約束だったので、いかに国王と言えど反故には出来なかった。それでも、とにかく、機会さえあれば放逐してしまいたかったのだ。
そして、機会はやってきた。
国民の怒りが沸騰し、王家に向かうなか、アルフォンスが泣きそうな顔で訴えてきた。
『ラベルナが私に対し、父上を弑して国王位を奪えとそそのかしてきました!』
それを聞いたとき、アルフレッドの頭のなかに一世一代の名案――本人にとっては――が浮かんだのだ。
すべての責任をあの目障りな女とカーディナル家に押しつけてやればよい!
そして、それは確かにうまく行った。
うまく行っていたのだ。途中までは。
それなのに……。
「……あの頑固な女ときたらいまだに罪を認めようとせん。あんな娘ひとり、言いなりにできんとは獄吏どもも頼りにならんな。そろって首をすげ替えてやるか」
アルフレッドの利己的な怒りはとうとう地下牢の番人たちにまで及んだ。そのとき――。
「父上!」
頼みとする父親の反応が薄いことに不安になったのだろう。栄えある王太子殿下は泣きそうな声を張りあげた。
「なんだ。まだおったのか」
愛する父上の冷淡な反応に傷つく余裕もなく、未来の国王陛下は訴えた。
「あの女、あの魔女はまだ、自分の罪を自白しないのですか?」
「魔女?」
「あの魔女のことです! 私を薬物で操り、父上を弑逆するようそそのかした……」
その言葉にはさすがのアルフレッドも目を丸くした。じっと、息子の顔を見た。その表情は心からの怯えに支配されており、演技や皮肉には見えない。そもそも、この場でそんな演技が出来るほど気の利いた人間でもない。そんなことが出来るくらいならもう少し意志の強い、頼りがいのある人間に育っていたことだろう。
この息子にはラベルナを悪役に仕立てあげるために『魔女ラベルナ』の虚像を語らせていたのだが、どうやら、そんなことを繰り返しているうちに自分自身、信じ込んでしまったらしい。意志も弱ければ、気も弱い、アルフォンスらしい顛末ではある。
――こやつは、ここまで単純だったのか。
息子になど何の興味もなかったのでまったく知らなかったが、さすがにここまでくるとあきれた気になってくる。
――とは言え、こやつの言うとおり。ラベルナに罪の自白さえさせてしまえばすべては収まる。何としても、自白を引き出さんとな。
「どれ。久し振りに地下牢に様子を見に行ってくるか」
じろり、と、アルフレッドは次期国王たる息子を見た。
「どうだ? お前もかつての婚約者に会いに行ってみるか? 地下牢に幽閉して以来、一度も会っておらんだろう」
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