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第一部 旅立ち篇
三の扉 秘密裁判
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捕えられたラベルナは翌日には裁判の席で被告人として立たされていた。
ありえない展開の早さだった。例え、どんなにはっきりした証拠があろうともこんなにも早く裁判が開かれるわけがない。まして、貴族ともなればひとりやふたり殺したぐらいのことならそうそう裁判沙汰に持ち込まれたりはしない。
世間の目をごまかすために貴族専用の(実は宮殿並の暮らしの出来る)牢獄に入り、ほとぼりが冷めるのをまって出てくる。
それが普通だ。
いわんや、王国随一とも言える権勢を誇るカーディナル家の当主ともなれば。
だが、事実としてラベルナは捕えられ、その翌日には裁判の席に立たされている。
それも、被告人として。
罪に問われ、裁かれる身として。
最初から仕組まれていたとしか思えない。すべては事前に取り決めが行われており、ラベルナにすべての責任を負わせるつもりだったにちがいない。そうでなければ捕えた翌日に裁判など開けるはずもない。
ラベルナにとっては目もくらむほどの屈辱。
代々、王家に仕え、王族の心身の健康を守ってきたカーディナル家。民衆の求めに応じ、その膨大な薬学の知識を生かして市井の人々の生命を守ってきたカーディナル家。そのカーディナル家の当主である自分が罪に問われ、裁かれる立場に置かれるなど。
――なんといううかつ。このような陰謀が仕掛けられていたことにも気が付かなかったなんて。
突然の両親の死。
若くしていきなり国内最大の貴族の当主となった。
その名に恥じない振る舞いをすることで精一杯だった。
各種の手続きにも忙殺されていた。
両親の事故の真相も探らなくてはならなかった。
もちろん、薬師としての仕事をおざなりにするわけには行かなかった。
『新しい当主になってカーディナル家もすっかり落ち目になった』
冗談にもそんなことを言わせるわけにはいかなかった。だからこそ、それまで以上に必死に薬師の仕事に励んだ。
ろくに寝る間もない日々。
食事中でも依頼とあれば口のなかのものを吐き出して駆けつける。
家にいればいたで休む間もなく薬品の調合に精魂を傾ける。
まさに、心身を削るような消耗の日々だった。
それを思えば自身にかけられた陰謀に気が付かなかったのも仕方がない……と、自分を納得させることができるのはただの凡人。
ラベルナはちがった。
そんな風にあきらめるにはラベルナは誇り高すぎた。こんな陰謀に気が付くこともできず、家名を汚した自分がただただ歯がゆかった。
――家名を汚した?
ラベルナは心のなかで思った。
――いいえ、まだよ。まだそうとは決まっていない。誰が首謀者であれ、裁判にかけたと言うことは、正式にわたしに罪をかぶせる気でいると言うこと。ならば、それを逆手にとる。この裁判でわたしの潔白を証明し、カーディナル家の名を守ってみせる。
誰ひとりとして味方のいない裁判の席。
そのなかでラベルナはひとり静かに決意を固めた。
――父上、母上、そして、人々の身命を救うことに生涯を捧げたカーディナルの英霊たちよ。ラベルナに力をお与えください。
その祈りと共に――。
ギリッと奥歯を噛みしめた。
それは『決して屈しない』との覚悟の表れ。
断固たる決意そのものだった。
そして、裁判ははじまった。
当然と言うべきか、裁判は非公開であり、特別に許可された王侯貴族以外に傍聴することは許されなかった。メリッサやサーブたち、カーディナル家の使用人たちは何とか主を支えようと傍聴することを望んだのだが所詮、国王の権威の前には為す術がなかった。
あまりにもしつこく食い下がれば、それこそ反逆者の烙印を押されかねない。そんなことになれば主人の立場はますます悪くなる。主人の身を案じつつ、歯がみして引きさがる他はなかった。
弁護人も付けられていない。
普通、出来レースの裁判であっても『公平に行っている』と主張するために形ばかりの弁護人は付けるものだ。それすらもしていない。それだけ手間をかけずにラベルナに罪を着せる気でいると言うことだ。
ラベルナはぐるりと辺り一面を見回した。
裁判官の他、その場にいるのは国王にして未来の義父であったアルフレッド。
その息子にして未来の夫であったはずのアルフォンス。
その他、国内でもカーディナル家と権勢を争ういくつかの大貴族の当主たち。
『味方』と呼べる人間はひとりもいない。ラベルナは長く孤独な戦いを強いられることとなる。それでも――。
誇り高きカーディナル家当主は怯むことはなかった。
――必ず、カーディナル家の家名は守ってみせる。
その思いが溶鉱炉を熱する石炭のようにフツフツと燃えている。その熱はラベルナの周囲に張り巡らされた陰謀をも、溶かすに足るものであったにちがいない。
「静粛に!」
それも儀式の一種であろうか。
誰も、一言も言葉を発していないというのに、仰々しい巻き髪のカツラを付けた裁判長が木槌を振るいながらお決まりの言葉を発した。
「被告人、ラベルナ・ヴァン・カーディナル!」
朗々としてよく通る、いっそオペラ歌手になった方がよかったのではないかと思わせる声が響いた。
『被告人』という言葉に居並ぶ貴族たちの顔がニヤニヤといやらしく笑い出す。
そのなかにあって婚約者たるアルフォンスは未来の妻であるはずの女性を助けようともせず、まるで、慣れない場所に連れ出された子供のようにオロオロとした様子を見せている。
「それに相違ないな?」
裁判長の声に対し、ラベルナは胸を張って答えた。
「わたしはラベルナ・ヴァン・カーディナル。被告人などではありません」
きっぱりと――。
家門の矜持に懸けてそう宣言するラベルナだった。
「……被告人は先祖代々、伝えられた薬物を使い、王族の方々を操り、国と民に多大なる害を与えた。そのことを認めるか?」
「………」
「被告人?」
「………」
「被告人! なぜ、答えない⁉」
「すでに申しあげました。わたしはラベルナ・ヴァン・カーディナル。『被告人』などではありません」
ラベルナは裁判長の顔を見返しながら、重ねて言った。
そのあまりにも毅然とした態度に裁判長の方が気圧されたらしい。一瞬、怯えたような表情になった。
「……では、改めてラベルナ・ヴァン・カーディナル」
そう言い直した時点でもはや、ラベルナの勝利だった。
「その方には先祖代々の薬物を使い、王族の方々を操った疑惑がもたれておる。そのことを認めるか?」
「認めません」
「認めない? しかし、カーディナル家には先祖代々、培ってきた膨大な薬物の知識があると聞く。その知識があれば人を操ることも可能だと噂されているが?」
「たしかに。カーディナル家は代々、毒物の研究も行って参りました。そのなかにはまちがいなく人の意思を奪い、操るための秘薬もございます」
「やはり……」
「ですが! それはあくまで王家の方々の身命をお守りするため! 毒物に対する知識がなければ王家の方々が毒物を盛られたときに治療することも出来ない。そのために研究を重ねてきたまで。我がカーディナル家は代々、王家に忠誠を誓い、王家の方々の身命を守ってきた癒やしの一族。そのような恥ずべき薬物を使ったことなど一度もございません。もちろん、このわたし、現当主ラベルナもそのような薬物を使ったことはございません」
「王家に忠誠を誓ってきたと? 王太子たるアルフォンス殿下ははっきりと証言しているのだぞ。その方に操られ、国王陛下に退位を強要するよう言われたと」
「たしかに。わたしはアルフォンス殿下に対し、国王陛下に禅譲を求めるよう進言しました」
「それみたことか。畏れ多くも国王陛下に対し奉り退位を強要するなど臣下の分を越えた行い。そのような振る舞いをするもののどこが王家に忠誠を誓っていると言うのだ」
「逆に問いましょう。なぜ、アルフォンス殿下に玉座に就かれるよう意見することが王家に対する裏切りとなるのです? アルフォンス殿下はまぎれもなく国王アルフレッド陛下の御子であり、陛下ご自身によって立てられた王太子にあらせられます。国王陛下が政を行われるのに不適切となれば、王太子殿下がかわるのは理の当然。王家に忠誠を尽くせばこそ、進言したのです」
「国王陛下が政を行うのに不適切だと⁉ なんたる不敬、そのような口を効くものが王家に忠誠など……」
「お黙りなさい!」
鋭い叫びが雷霆となってその場を直撃した。あまりの鋭さに居並ぶ全員が思わず身を震わせたほどだ。。
思わず言葉を失った裁判長に向かってラベルナは、その叫びそのままに鋭い舌鋒を浴びせかけた。
「ごまかすのはおよしなさい! あなたにもわかっているはず。いまの我が国の窮状はあげて国王アルフレッド陛下の失政によるもの。民を顧みず遊興にふけり、無謀な戦に打って出た結果です。そのような御仁のどこが政を司るにふさわしいと言うのですか。真に国に忠誠を誓うのであれば、不適切な王には退位を求め、国を建て直すべく奔走するのが筋。それを、言われるままに女ひとりを犠牲の羊に仕立てあげようなどと……恥を知りなさい!」
「な、ななななな……」
本来、言葉を武器とするはずの裁判長を絶句させておいてラベルナはその視線を国王アルフレッドその人に向けた。強靱な意思を込めたその視線に射貫かれ、アルフレッドはビクンと身をすくませた。
「国王陛下! あなたには王族たるの矜持はないのですか⁉ 無謀に無謀を重ねて国を傾けておきながら、そのことを認め、責任を取るどころか、無実の罪を着せて責任逃れしようなどとは。そのような卑怯者に王たる資格などありません!」
「ひ、卑怯だと……⁉」
ラベルナは次いで、自身の婚約者に視線を向けた。
「王太子アルフォンス殿下!」
「ひ、ひいいいぃっ……!」
「あなたはそこで何をしているのです⁉ あなたは第一王子として、王太子として、誰よりも先に国王陛下の過ちを指摘し、正さなくてはならない身! その当然の責務を果たさないばかりか、自分の未来の妻の権利を守ろうともしないとは! そのような脆弱なことで国を支えられるとお思いですか⁉」
「ヒイイイイッ!」
アルフォンスは幼子のような情けない悲鳴をあげて父親の陰に隠れた。
ラベルナの弾劾は止まらない。次には居並ぶ大貴族たちに向けられた。
「あなた方もです! そこで、何をしているのです⁉ 国の大事に対して団結して立ち向かわなければならないときに、このような謀略ごっこにうつつを抜かすなど! そのようなことでなぜ、国を支えることが出来ると言うのです⁉ 貴族ならば貴族らしく国民を支えようとの気概をもちなさい!」
その苛烈な弾劾に居並ぶ貴族たちは一言もなかった。顔を赤くしたり、青くしたりしながらうろたえるばかり。
この場にいる誰も、まさかラベルナがこれほど苛烈な反撃を示すとは思ってもいなかったにちがいない。
敵に囲まれ、味方のひとりもおらず、窮地に追い込まれた小娘にすべての罪を押しつけ、まんまと責任逃れをする。
それこそが居並ぶ貴族たちの目的であり、その過程を呑気に高みの見物する気でいたのだ。ところが、その『小娘』はこの場にいる誰も予想だにしなかった強靱な意志を見せつけ、その場にいる全員を、引いてはこの裁判そのものを弾劾してのけたのだ。想像だにしなかった反撃にうろたえるばかりで一言も発することは出来なかった。
そのなかでただひとり、言葉を発したものがいた。
国王アルフレッドその人である。
遊興にふけり、無謀な博打に乗り出して国を傾けたこの愚王にも王としての矜持の最後の一欠片ぐらいは残っていたのか。それとも単に、堂々たる反撃を受けて怯えきり、自棄になったのか。
ともかく、アルフレッドは叫んだ。
「ぶ、ぶぶぶぶ無礼者! 不敬罪だ、反逆罪だ、そのものを牢にぶち込め! その態度の数々、思い知らせてくれるわ!」
こうして――。
ラベルナは王宮の地下深く、最大級の罪人を投獄するための地下牢に入れられた。
地下特有のジメジメとした黴臭さと死臭の漂うなかでしかし、ラベルナは毅然とした態度を崩すことはなかった。
「屈するものか」
血が滲むほどに強く歯を食いしばり、ラベルナは宣言する。
「こんな理不尽な扱いをわたしは断じて認めない。カーディナル家当主として、我が家門の矜持は守り抜いてみせる」
ありえない展開の早さだった。例え、どんなにはっきりした証拠があろうともこんなにも早く裁判が開かれるわけがない。まして、貴族ともなればひとりやふたり殺したぐらいのことならそうそう裁判沙汰に持ち込まれたりはしない。
世間の目をごまかすために貴族専用の(実は宮殿並の暮らしの出来る)牢獄に入り、ほとぼりが冷めるのをまって出てくる。
それが普通だ。
いわんや、王国随一とも言える権勢を誇るカーディナル家の当主ともなれば。
だが、事実としてラベルナは捕えられ、その翌日には裁判の席に立たされている。
それも、被告人として。
罪に問われ、裁かれる身として。
最初から仕組まれていたとしか思えない。すべては事前に取り決めが行われており、ラベルナにすべての責任を負わせるつもりだったにちがいない。そうでなければ捕えた翌日に裁判など開けるはずもない。
ラベルナにとっては目もくらむほどの屈辱。
代々、王家に仕え、王族の心身の健康を守ってきたカーディナル家。民衆の求めに応じ、その膨大な薬学の知識を生かして市井の人々の生命を守ってきたカーディナル家。そのカーディナル家の当主である自分が罪に問われ、裁かれる立場に置かれるなど。
――なんといううかつ。このような陰謀が仕掛けられていたことにも気が付かなかったなんて。
突然の両親の死。
若くしていきなり国内最大の貴族の当主となった。
その名に恥じない振る舞いをすることで精一杯だった。
各種の手続きにも忙殺されていた。
両親の事故の真相も探らなくてはならなかった。
もちろん、薬師としての仕事をおざなりにするわけには行かなかった。
『新しい当主になってカーディナル家もすっかり落ち目になった』
冗談にもそんなことを言わせるわけにはいかなかった。だからこそ、それまで以上に必死に薬師の仕事に励んだ。
ろくに寝る間もない日々。
食事中でも依頼とあれば口のなかのものを吐き出して駆けつける。
家にいればいたで休む間もなく薬品の調合に精魂を傾ける。
まさに、心身を削るような消耗の日々だった。
それを思えば自身にかけられた陰謀に気が付かなかったのも仕方がない……と、自分を納得させることができるのはただの凡人。
ラベルナはちがった。
そんな風にあきらめるにはラベルナは誇り高すぎた。こんな陰謀に気が付くこともできず、家名を汚した自分がただただ歯がゆかった。
――家名を汚した?
ラベルナは心のなかで思った。
――いいえ、まだよ。まだそうとは決まっていない。誰が首謀者であれ、裁判にかけたと言うことは、正式にわたしに罪をかぶせる気でいると言うこと。ならば、それを逆手にとる。この裁判でわたしの潔白を証明し、カーディナル家の名を守ってみせる。
誰ひとりとして味方のいない裁判の席。
そのなかでラベルナはひとり静かに決意を固めた。
――父上、母上、そして、人々の身命を救うことに生涯を捧げたカーディナルの英霊たちよ。ラベルナに力をお与えください。
その祈りと共に――。
ギリッと奥歯を噛みしめた。
それは『決して屈しない』との覚悟の表れ。
断固たる決意そのものだった。
そして、裁判ははじまった。
当然と言うべきか、裁判は非公開であり、特別に許可された王侯貴族以外に傍聴することは許されなかった。メリッサやサーブたち、カーディナル家の使用人たちは何とか主を支えようと傍聴することを望んだのだが所詮、国王の権威の前には為す術がなかった。
あまりにもしつこく食い下がれば、それこそ反逆者の烙印を押されかねない。そんなことになれば主人の立場はますます悪くなる。主人の身を案じつつ、歯がみして引きさがる他はなかった。
弁護人も付けられていない。
普通、出来レースの裁判であっても『公平に行っている』と主張するために形ばかりの弁護人は付けるものだ。それすらもしていない。それだけ手間をかけずにラベルナに罪を着せる気でいると言うことだ。
ラベルナはぐるりと辺り一面を見回した。
裁判官の他、その場にいるのは国王にして未来の義父であったアルフレッド。
その息子にして未来の夫であったはずのアルフォンス。
その他、国内でもカーディナル家と権勢を争ういくつかの大貴族の当主たち。
『味方』と呼べる人間はひとりもいない。ラベルナは長く孤独な戦いを強いられることとなる。それでも――。
誇り高きカーディナル家当主は怯むことはなかった。
――必ず、カーディナル家の家名は守ってみせる。
その思いが溶鉱炉を熱する石炭のようにフツフツと燃えている。その熱はラベルナの周囲に張り巡らされた陰謀をも、溶かすに足るものであったにちがいない。
「静粛に!」
それも儀式の一種であろうか。
誰も、一言も言葉を発していないというのに、仰々しい巻き髪のカツラを付けた裁判長が木槌を振るいながらお決まりの言葉を発した。
「被告人、ラベルナ・ヴァン・カーディナル!」
朗々としてよく通る、いっそオペラ歌手になった方がよかったのではないかと思わせる声が響いた。
『被告人』という言葉に居並ぶ貴族たちの顔がニヤニヤといやらしく笑い出す。
そのなかにあって婚約者たるアルフォンスは未来の妻であるはずの女性を助けようともせず、まるで、慣れない場所に連れ出された子供のようにオロオロとした様子を見せている。
「それに相違ないな?」
裁判長の声に対し、ラベルナは胸を張って答えた。
「わたしはラベルナ・ヴァン・カーディナル。被告人などではありません」
きっぱりと――。
家門の矜持に懸けてそう宣言するラベルナだった。
「……被告人は先祖代々、伝えられた薬物を使い、王族の方々を操り、国と民に多大なる害を与えた。そのことを認めるか?」
「………」
「被告人?」
「………」
「被告人! なぜ、答えない⁉」
「すでに申しあげました。わたしはラベルナ・ヴァン・カーディナル。『被告人』などではありません」
ラベルナは裁判長の顔を見返しながら、重ねて言った。
そのあまりにも毅然とした態度に裁判長の方が気圧されたらしい。一瞬、怯えたような表情になった。
「……では、改めてラベルナ・ヴァン・カーディナル」
そう言い直した時点でもはや、ラベルナの勝利だった。
「その方には先祖代々の薬物を使い、王族の方々を操った疑惑がもたれておる。そのことを認めるか?」
「認めません」
「認めない? しかし、カーディナル家には先祖代々、培ってきた膨大な薬物の知識があると聞く。その知識があれば人を操ることも可能だと噂されているが?」
「たしかに。カーディナル家は代々、毒物の研究も行って参りました。そのなかにはまちがいなく人の意思を奪い、操るための秘薬もございます」
「やはり……」
「ですが! それはあくまで王家の方々の身命をお守りするため! 毒物に対する知識がなければ王家の方々が毒物を盛られたときに治療することも出来ない。そのために研究を重ねてきたまで。我がカーディナル家は代々、王家に忠誠を誓い、王家の方々の身命を守ってきた癒やしの一族。そのような恥ずべき薬物を使ったことなど一度もございません。もちろん、このわたし、現当主ラベルナもそのような薬物を使ったことはございません」
「王家に忠誠を誓ってきたと? 王太子たるアルフォンス殿下ははっきりと証言しているのだぞ。その方に操られ、国王陛下に退位を強要するよう言われたと」
「たしかに。わたしはアルフォンス殿下に対し、国王陛下に禅譲を求めるよう進言しました」
「それみたことか。畏れ多くも国王陛下に対し奉り退位を強要するなど臣下の分を越えた行い。そのような振る舞いをするもののどこが王家に忠誠を誓っていると言うのだ」
「逆に問いましょう。なぜ、アルフォンス殿下に玉座に就かれるよう意見することが王家に対する裏切りとなるのです? アルフォンス殿下はまぎれもなく国王アルフレッド陛下の御子であり、陛下ご自身によって立てられた王太子にあらせられます。国王陛下が政を行われるのに不適切となれば、王太子殿下がかわるのは理の当然。王家に忠誠を尽くせばこそ、進言したのです」
「国王陛下が政を行うのに不適切だと⁉ なんたる不敬、そのような口を効くものが王家に忠誠など……」
「お黙りなさい!」
鋭い叫びが雷霆となってその場を直撃した。あまりの鋭さに居並ぶ全員が思わず身を震わせたほどだ。。
思わず言葉を失った裁判長に向かってラベルナは、その叫びそのままに鋭い舌鋒を浴びせかけた。
「ごまかすのはおよしなさい! あなたにもわかっているはず。いまの我が国の窮状はあげて国王アルフレッド陛下の失政によるもの。民を顧みず遊興にふけり、無謀な戦に打って出た結果です。そのような御仁のどこが政を司るにふさわしいと言うのですか。真に国に忠誠を誓うのであれば、不適切な王には退位を求め、国を建て直すべく奔走するのが筋。それを、言われるままに女ひとりを犠牲の羊に仕立てあげようなどと……恥を知りなさい!」
「な、ななななな……」
本来、言葉を武器とするはずの裁判長を絶句させておいてラベルナはその視線を国王アルフレッドその人に向けた。強靱な意思を込めたその視線に射貫かれ、アルフレッドはビクンと身をすくませた。
「国王陛下! あなたには王族たるの矜持はないのですか⁉ 無謀に無謀を重ねて国を傾けておきながら、そのことを認め、責任を取るどころか、無実の罪を着せて責任逃れしようなどとは。そのような卑怯者に王たる資格などありません!」
「ひ、卑怯だと……⁉」
ラベルナは次いで、自身の婚約者に視線を向けた。
「王太子アルフォンス殿下!」
「ひ、ひいいいぃっ……!」
「あなたはそこで何をしているのです⁉ あなたは第一王子として、王太子として、誰よりも先に国王陛下の過ちを指摘し、正さなくてはならない身! その当然の責務を果たさないばかりか、自分の未来の妻の権利を守ろうともしないとは! そのような脆弱なことで国を支えられるとお思いですか⁉」
「ヒイイイイッ!」
アルフォンスは幼子のような情けない悲鳴をあげて父親の陰に隠れた。
ラベルナの弾劾は止まらない。次には居並ぶ大貴族たちに向けられた。
「あなた方もです! そこで、何をしているのです⁉ 国の大事に対して団結して立ち向かわなければならないときに、このような謀略ごっこにうつつを抜かすなど! そのようなことでなぜ、国を支えることが出来ると言うのです⁉ 貴族ならば貴族らしく国民を支えようとの気概をもちなさい!」
その苛烈な弾劾に居並ぶ貴族たちは一言もなかった。顔を赤くしたり、青くしたりしながらうろたえるばかり。
この場にいる誰も、まさかラベルナがこれほど苛烈な反撃を示すとは思ってもいなかったにちがいない。
敵に囲まれ、味方のひとりもおらず、窮地に追い込まれた小娘にすべての罪を押しつけ、まんまと責任逃れをする。
それこそが居並ぶ貴族たちの目的であり、その過程を呑気に高みの見物する気でいたのだ。ところが、その『小娘』はこの場にいる誰も予想だにしなかった強靱な意志を見せつけ、その場にいる全員を、引いてはこの裁判そのものを弾劾してのけたのだ。想像だにしなかった反撃にうろたえるばかりで一言も発することは出来なかった。
そのなかでただひとり、言葉を発したものがいた。
国王アルフレッドその人である。
遊興にふけり、無謀な博打に乗り出して国を傾けたこの愚王にも王としての矜持の最後の一欠片ぐらいは残っていたのか。それとも単に、堂々たる反撃を受けて怯えきり、自棄になったのか。
ともかく、アルフレッドは叫んだ。
「ぶ、ぶぶぶぶ無礼者! 不敬罪だ、反逆罪だ、そのものを牢にぶち込め! その態度の数々、思い知らせてくれるわ!」
こうして――。
ラベルナは王宮の地下深く、最大級の罪人を投獄するための地下牢に入れられた。
地下特有のジメジメとした黴臭さと死臭の漂うなかでしかし、ラベルナは毅然とした態度を崩すことはなかった。
「屈するものか」
血が滲むほどに強く歯を食いしばり、ラベルナは宣言する。
「こんな理不尽な扱いをわたしは断じて認めない。カーディナル家当主として、我が家門の矜持は守り抜いてみせる」
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