我が家のベランダ菜園物語

藍条森也

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その二二

緑のイモムシに生命の神秘を見た

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 とりあえず、虫ぎらいの女性にとってはショッキングな報告。
 スティックセニョール――茎を食べるために品種改良されたブロッコリーの一種――の葉の裏に緑色の細かいイモムシを発見。古くて大きな葉の一枚が緑の表面をすっかり失い、紙みたいに白くなっていると思ったら、その隣の葉の裏にイモムシたちがいたのだ。
 それも、ウジャウジャ。葉の裏にくっついているほか、何匹かは糸を出してぶらさがっていた。虫ぎらいの女性が見れば悲鳴をあげて逃げ出すような光景だろう、おそらく。
 しかし、不思議だ。
 このイモムシたち、どうやって葉から葉へと移動しているのだろう?
 人間から見れば一目瞭然の位置関係。しかし、体積にして髪の毛一本ほどもあるかどうかという小さくて細いイモムシにとってはそれこそ、古代人たちが大陸から日本列島に渡るような大移動のはず。目も鼻も――おそらくは――効かないだろう虫たちがどうやってちゃんと次の葉を見つけることができるのか。
 適当に食べ歩いているうちに偶然、たどり着いたのか?
 いや、それならもとの葉は緑の失われた部分と食われていない部分でまだらになっているはず。全体がきれいに白くなっているということは、もとの葉を食い尽くした上での移動のはず。
 しかも、ウジャウジャいるということは、バラバラに移動したのではなく、集団で引っ越した、と言うことのはず。葉っぱ一枚とは言え、ちっぽけなイモムシたちから見れば自分の何百倍、何千倍という大きさ。全体像を把握するなど出来るはずもない。それなのにいったい、どうやってひとつの葉を食い尽くしたことを知り、別の葉のある場所を見つけるのか。
 しかも、どうして、みんなで一緒に移動するのか。
 まさか、リーダーがいて、それに従っているわけではないだろうに。
 一匹が移動をはじめるとみんながそれにつづく習性でもあるのか?
 だとすれば、最初の一匹はいつ、どうやって、どこに移動するべきかを知るのだ?
 別の葉にたどりつけたのはたまたまの幸運で、運悪く道をまちがえ、全滅する群れもいるのか?
 まさに、生命の謎。
 生命の神秘。
 謎は尽きない。
 そう言えば、子供の頃、カマキリの卵を虫かごに入れておいたらカマキリの幼虫が滝のように生まれ出てパニックになったことがあったなあ。
 生まれたてのカマキリは本当に細かい。顕微鏡で覗くべきじゃないかというレベルで細かい。それがドバアッ! と、出てくる。滝のように後からあとからこぼれ出てくる。この光景、一度は生で見る価値がある。虫ぎらいの女性にとってはトラウマになるかも知れないが。
 さて、当時、不思議に思ったのが『こんな細かい虫がいったいなにを食べのか』と言うこと。とてもではないが、あのレベルの虫が食べられるほど小さい他の虫がいるとは思えない。あれはやはり、一緒に生まれた兄弟姉妹で食いあって、生き残ったやつが大きくなって他の虫を食うようになるのだろうか? そのために、ひとつの卵からあんなに大量に生まれる仕組みになっているのだろうか?
 兄弟姉妹はすべて餌。
 兄弟関係というものがそこからはじまっているのだとすれば、人間のような『家族愛』はいったい、いつ、どうやって生まれたのだろう。
 つくづく、生命は不思議である。
 でっ、スティックセニョールについたイモムシたちだが――こいつら、なんの幼虫なんだ?
 イモムシと言えば普通はチョウの幼虫のはずだが、あまりにも小さすぎる。生まれたばかりだから小さいだけで、成長すれば大きくなるのか?
 とりあえず、このイモムシたちは放っておく。
 どうせ、スティックセニョールは茎とつぼみを食べるものだから葉っぱを食い荒らされても困らないし、葉が食われることで野菜が枯れたこともない。それに、たいていの場合、いつの間にかいなくなっているし。
 あれはやはり、他の虫や鳥たちに食べられているのだうなあ。
 アシナガバチはよく巣を作るし、アシナガバチはイモムシを食べるわけだし。
 しかし、せっかく縁あって我が家の野菜に住み着いたのだ。無事に成虫まで育ってほしいものである。残念ながらテントウムシをのぞいては成虫にまで育ったのを見た覚えはない。
 いや、まてよ。
 そう言えば一度だけ、大きなチョウ――多分、アゲハチョウの一種――がその辺をノタノタ歩いているのを見たことがあったっけ。
 あれは、羽化直後でまだ飛ぶ力のないチョウだったのかも知れない。
 だとすれば、少なくとも一匹だけは我が家で成虫まで育ったチョウがいたわけだ。
 町中のしがないベランダ菜園にも野生の生き物を育む力がある。
 そう思うとなんとも感慨深い。

 なお、植物の葉を食べる虫たちの名誉のために一言。
 この手の虫たちはたいてい古くて大きい葉につく。若くて新しい葉につくことはほとんどない。実は、古くて大きい葉は植物自身にとっても邪魔者。栄養を取るばかりで光合成もろくに行えず、植物全体を老化させる要因。そのため、農家はキュウリやトマトなど実物野菜の古くなった葉っぱをかきとることで苗の若さと健康を維持している。
 野生の世界でその役割をしているのがいわゆる『害虫』というわけ。『害虫』などと言うのは人間から見た呼び名であって、実際には植物の古くて余分な葉を食い尽くし、若さと健康を保つホームドクター。
 植物と虫たちとは永いながい時をかけてそんな関係を築いてきた。
 これもまた、生命の神秘。
 この世は不思議に満ちている。
                   完
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