我が家のベランダ菜園物語

藍条森也

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その七

テントウムシの蛹はサンバを踊る

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 はじめて見たときは驚いた。
 何でこんなところに花のつぼみがある⁉
 そこは栽培している野菜の葉っぱの裏。たとえ西から太陽が昇ろうと、つぼみが付いたりするはずのない場所。
 しかし、そこにその黄色い塊はあった。
 いったい、これは何なのか。よくよく見てみると――。
 テントウムシの蛹だった。
 テントウムシ(あくまでナミテントウの場合だが)の幼虫は充分に成長すると、尻(多分、尻の方だと思う。幼虫の前後は区別が付きにくい)から粘着質の物質を分泌し、葉っぱなどにくっつく。それからなぜか、アーチ状に体を曲げる。粘着質の物質でくっついたその体はもはや移動することはない。その体はだんだん太く、丸くなり、細長い幼虫の姿からまん丸い成虫の姿へとかわっていく。しかし、そこからいきなり成虫になるのではない。この段階で一回、脱皮し、本物の蛹になる。
 この本物の蛹こそ、葉っぱ裏に付いていた黄色い塊の正体。脱皮したばかりの蛹は、それはもう全身が鮮やかな黄色なのだ。色といい、形といい、知らない人間が見れば花のつぼみと思うこと請け合いである。それから時間と共にだんだんと色素が定着し、赤と黒の蛹らしい姿へとかわっていく。脱皮してから色素が定着するまでのわずかな時間しか見られないその色鮮やかな姿。見られたならば幸運だろう。自分でも植物を栽培していてテントウムシがやってくる、という人はぜひとも注意して見守ってみてもらいたい。一目見れば感動することまちがいなしの美しさである。
 ところで、テントウムシの蛹についてもうひとつ。
 テントウムシの蛹は踊る。
 ぴょこぴょこと踊るのだ。
 粘着質の物質でくっついた尻を起点に、バネ仕掛けのオモチャのようにぴょこぴょこ動く。最初に見たときには、
 「おおっ、もしかして脱皮の瞬間か⁉」
 と、色めき立ち、しばらく観察していたものだが……。
 そう言うわけではないらしく、脱皮の瞬間を見ることは出来なかった。残念。
 しかし、それならそれで興味がそそられる。何故、動かないはずの蛹がこうもぴょこぴょこ動くのか。単に風や振動で動いているのか。それとも、蛹のなかの活動によって動くのか。もし、蛹内部の活動によるものだとしたらいったい、そのとき、何が起きているのだろう。幼虫の体がドロドロに溶け、成虫の体へと再構成される。その生命の神秘が営まれるなかでいったい、どんなことが起きているのか。それを思うとゾクゾクさせられる。ちなみに――。
 観察していたこの蛹はその後、しばらくして抜け殻となっていた。いつの間にやら脱皮していたわけだ。
 おいおい、失礼だろう。せっかく、成長の場を提供してやったんだ。美しい姫君になって夢枕に現れ、
 「あなたのおかげで立派に成虫になれました。ありがとうございます」
 ぐらい、言いに来てくれたっていいじゃないか。それなのに、いつの間にやら脱皮していなくなっているなんて。愛想がないぞ、テントウムシ。
 まあ、それはそれとして――。
 サンバってどんな踊り?
                     終
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