6 / 75
その六
ああ、ヨトウムシ
しおりを挟む
ヨトウムシ。
漢字では夜盗虫。
ヨトウガの幼虫であり、その名の通り、夜中に活動する。昼の間は土のなかに潜んでいて、夜になると這い出してきて葉っぱをむさぼり食うのだ。
昼間、土のなかに隠れている、と言うだけでも充分やっかいなのに、ヨトウムシの何より面倒なのはほとんど何でも食べること。
たいていの自然界の生き物というのは食べるものがある程度、決まっている。何でもかんでも食べる、と言う生き物はめったいない。だからこそ、広範囲に食害が広がると言うことは少ないし、『食われやすい野菜は植えない』という方法で対処もできる。ところが――。
ヨトウムシこそはまさにその『めったにいない』何でもかんでも食べる悪食家なのだ。おかげで、何を植えてもヨトウムシの標的にされる。まさに、イモムシ界の人間。今年もスティックセニョール(茎立ちブロッコリー)の葉を豪勢に食い荒らしてくれた。おかげで成長点を残してすっかり丸裸。葉という葉をすべて失い、茎だけが残っている。
もはや、野菜と言うより単なる棒。ヨトウムシが現れたときは葉っぱが食い荒らされているのに犯人らしき虫は何もいない、という状態なのですぐにわかるのだが、なにぶん、活動するのが夜なのでついつい対処を忘れがち。おかげで被害が拡大してしまうのだ(ちなみに、我が家のベランダ菜園では農薬の類いは一切、使っていない。たかの知れた収量しかないベランダ菜園で農薬など使っても仕方がない。こっちが危険になるだけだ)。ところで――。
話は全然変わるのだが、ヨトウムシに関しては忘れられない思い出がある。それは私がまだ本格的にベランダ菜園をはじめる前のこと。コニファー(観賞用の針葉樹)の小さな苗を育てていた。
ある日、そのコニファーの葉の間に豆粒ほどの大きさをした、青緑色で丸っこい、やけに柔らかい物体が付いているのに気がついた
何だ、これは?
私は思った。
なんで、そんな者が付いているのか全然、見当が付かない。とりあえず放っておいた。すると、その丸っこい物体は毎日、少しずつ増えていった。
何だ、これは。どうして、こんなものが付く? まさか、コニファーの種なのか?
コニファーは針葉樹。花は咲かせない。しかし、もちろん、種は付ける。その種を付けたのか?
しかし、まさか、いくら何でもこんな小さな鉢植えの苗が種など付けるはずが……。
そうは思ったのだが、いかんせん、他に見当が付かなかった。なので、とりあえず、その青緑色の物体を手にとってポットに埋めておいた。それから数日……。
夜中に偶然、そのコニファーを見てみると、そこにいたのは丸々と太った大きなヨトウムシ……。
そう。
ヨトウムシは野菜だけではなくコニファーの葉まで食べるのだ。
そのヨトウムシが潜んでいて、夜な夜な葉を食べに現れていたのである。それを見た瞬間、私はすべてを悟った。私がコニファーの種かと思って土に埋めた青緑色の物体。それは――。
ヨトウムシの糞だった。
終
漢字では夜盗虫。
ヨトウガの幼虫であり、その名の通り、夜中に活動する。昼の間は土のなかに潜んでいて、夜になると這い出してきて葉っぱをむさぼり食うのだ。
昼間、土のなかに隠れている、と言うだけでも充分やっかいなのに、ヨトウムシの何より面倒なのはほとんど何でも食べること。
たいていの自然界の生き物というのは食べるものがある程度、決まっている。何でもかんでも食べる、と言う生き物はめったいない。だからこそ、広範囲に食害が広がると言うことは少ないし、『食われやすい野菜は植えない』という方法で対処もできる。ところが――。
ヨトウムシこそはまさにその『めったにいない』何でもかんでも食べる悪食家なのだ。おかげで、何を植えてもヨトウムシの標的にされる。まさに、イモムシ界の人間。今年もスティックセニョール(茎立ちブロッコリー)の葉を豪勢に食い荒らしてくれた。おかげで成長点を残してすっかり丸裸。葉という葉をすべて失い、茎だけが残っている。
もはや、野菜と言うより単なる棒。ヨトウムシが現れたときは葉っぱが食い荒らされているのに犯人らしき虫は何もいない、という状態なのですぐにわかるのだが、なにぶん、活動するのが夜なのでついつい対処を忘れがち。おかげで被害が拡大してしまうのだ(ちなみに、我が家のベランダ菜園では農薬の類いは一切、使っていない。たかの知れた収量しかないベランダ菜園で農薬など使っても仕方がない。こっちが危険になるだけだ)。ところで――。
話は全然変わるのだが、ヨトウムシに関しては忘れられない思い出がある。それは私がまだ本格的にベランダ菜園をはじめる前のこと。コニファー(観賞用の針葉樹)の小さな苗を育てていた。
ある日、そのコニファーの葉の間に豆粒ほどの大きさをした、青緑色で丸っこい、やけに柔らかい物体が付いているのに気がついた
何だ、これは?
私は思った。
なんで、そんな者が付いているのか全然、見当が付かない。とりあえず放っておいた。すると、その丸っこい物体は毎日、少しずつ増えていった。
何だ、これは。どうして、こんなものが付く? まさか、コニファーの種なのか?
コニファーは針葉樹。花は咲かせない。しかし、もちろん、種は付ける。その種を付けたのか?
しかし、まさか、いくら何でもこんな小さな鉢植えの苗が種など付けるはずが……。
そうは思ったのだが、いかんせん、他に見当が付かなかった。なので、とりあえず、その青緑色の物体を手にとってポットに埋めておいた。それから数日……。
夜中に偶然、そのコニファーを見てみると、そこにいたのは丸々と太った大きなヨトウムシ……。
そう。
ヨトウムシは野菜だけではなくコニファーの葉まで食べるのだ。
そのヨトウムシが潜んでいて、夜な夜な葉を食べに現れていたのである。それを見た瞬間、私はすべてを悟った。私がコニファーの種かと思って土に埋めた青緑色の物体。それは――。
ヨトウムシの糞だった。
終
10
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
BL書籍の印税で娘の振り袖買うつもりが無理だった話【取らぬ狸の皮算用】
月歌(ツキウタ)
エッセイ・ノンフィクション
【取らぬ狸の皮算用】
書籍化したら印税で娘の成人式の準備をしようと考えていましたが‥‥無理でした。
取らぬ狸の皮算用とはこのこと。
☆書籍化作家の金銭的には夢のないお話です。でも、暗い話じゃないよ☺子育ての楽しさと創作の楽しさを満喫している貧弱書籍化作家のつぶやきです。あー、重版したいw
☆月歌ってどんな人?こんな人↓↓☆
『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』が、アルファポリスの第9回BL小説大賞にて奨励賞を受賞(#^.^#)
その後、幸運な事に書籍化の話が進み、2023年3月13日に無事に刊行される運びとなりました。49歳で商業BL作家としてデビューさせていただく機会を得ました。
☆表紙絵、挿絵は全てAIイラスです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる