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第六話 歴史の真実と反撃ののろし
三五章 戦いの真実
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「力の仏?」
小首をかしげるアーデルハイドに対し、目覚めしものは力強くうなずいた。それだけで首の筋肉が唸りをあげそうだった。それほどに首が太く、筋肉が発達している。
「目覚めしものに二種あり。理を説いて人を正しき道に誘う知恵の仏と、聞く耳をもたぬものを力によって従え、正しき道を歩ませる力の仏。わしがその力の仏と言うことよ」
「我が主」
式神の童子が口をはさんだ。
「このような場で立ち話でもないでしょう。庵に戻り、そこでごゆるりとお話なされてはいかがでしょう」
「おお、そうだな。これは失礼した。気がまわらなかった。それでは、庵に戻ってゆっくり話をするとしよう」
「はい」
目覚めしものは、いまだ大量の蒸気を噴き出しつづける筋肉の塊を動かして庵に向かった。一歩、歩くごとにズシズシと地鳴りが響き、大地が揺れる。
「あ、あの……アーデルハイドさま」
チャップが頬をほのかに赤く染めてアーデルハイドに耳打ちした。
「わたし、なんだかこの島にきてからやたらと男の裸を見せられている気がするんですけど……」
「よく見ておきなさい。本番のときに役に立つわ」
平然とそう言ってのけるアーデルハイドはさすが、婚姻政策によってのし上がったエドウィン家の血統なのだった。
アーデルハイドたち三人は庵のなかの一室で目覚めしものと対峙していた。四人の前にはそれぞれ茶と茶菓子が置かれており、式神の童子が戸の前に座っている。
目覚めしものは相変わらず全裸のままだった。まるでそそり立つ男性器を見せつけるかのように、床の上に直接、座り込んでいる。それも、両方の足裏を天に向けると言う、奇妙な足の組み方で。
結跏趺坐。
アーデルハイドたちは知らないが、その名で呼ばれる座り方である。
アーデルハイドたちには小さいながらも椅子が用意され、その前にそれぞれ小さな卓が用意されている。その卓の上に湯気をたてる茶を満たした湯飲みと茶菓子を載せた皿とが置いてある。
「皆さんの民族は床の上に直接、座る文化をおもちではありませんから」
童子がそう言って椅子を用意してくれたのだ。これには、アーデルハイドもさすがにホッとした。床の上に直接、座るのはまだいいとしても、目覚めしものと同じ座り方を要求されてはとても出来る気がしない。
それはいいとして、問題は目覚めしものが衣服の類をなにひとつ身につけていないと言うこと。カンナとチャップはとてもではないが直視出来ず、頬を赤く染めて顔をそらしている。唯一、まともに正面を向くことの出来るアーデルハイドが尋ねた。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「むろんだ。おぬしたちは問うためにきたのだし、わしはすべての問いに答えるためにここにいる」
「では……あなたはなぜ、裸なのですか?」
「神に相対するためだ」
「神に?」
「神に対しなにひとつ隠すものはない、すなわち、邪な心はなにひとつもっておらぬ。そう証明するために裸でいるのよ」
「あなたは神官なのですか?」
「神官とはちがう。力人だ」
「力人?」
「角力という、神に奉納するための武道を歩むもののことだ」
「力人……。では、あなたは人間なのですか?」
「人間だ。ただし、悟りを開き、目覚めしものとなった、な。そして……」
「そして?」
「鬼たちの始祖だ」
その言葉に――。
アーデルハイドたちはさすがに衝撃を受けた。そろって驚きの表情を浮かべた。
「鬼の始祖……。それは、どういう意味なのです?」
「最初から説明しよう。長くなるがまずは聞くがよい」
目覚めしものはそう前置きしてから話しはじめた。
「遙かな昔、わしは角力に生きる力人だった。生涯無敗、史上最強と呼ばれた、な。神々に奉納するための角力の試合を行い、稽古に励む日々。そんなある日、何気なく庭を眺めていたわしはふと気付いた。この世界はわしをまってくれている、とな」
「まってくれている?」
「春には草木が芽生え、夏には花が咲き、秋には様々な実りがもたらされ、冬はすべてが休みにつく。そして、また春が来る。この世界には四季の移ろいがあり、四季折々の恵みを与えてくれる。時の移ろいとともに必ずわしのもとを訪れ、わしに無限の恵みを与えてくれる。そのことを感じたとき、わしの足元から光の柱が立ちのぼった」
「光の柱?」
「そう。無限と言っていい時間がたったいまでも、あのときのことははっきりと覚えておる。おお、なんと言うことだ。世界はわしをまってくれている。わしを愛し、生かしてくれている。立ちのぼる光の柱に包まれながら、わしはそう感じ入った。わしは世界であり、世界はわしであった。涙があふれるほどの幸福感、いかなる悩みも不安もないまったき幸福。そこにはそれがあった」
「………」
「まさに、あれこそは悟りのときであった。それ以来、わしは根本からかわった。道ばたに落ちている石ころひとつにまでたまらない愛おしさを感じるようになった」
「石ころにまで?」
「不可解、と言った顔だな。そう思うのはわかる。だが、『悟り』とはまさにそういうことなのだ。この世界はすべてがつながりあっており、この世に存在するすべてのものは等しい価値をもつ。そう感じとること。それこそが悟り。この世に悪人も善人もいない。いるものはただ、自分のことしか考えられない子どもと、他者に対して敬意を払うことの出来るおとなだけ。子どもがおとなになるために歩むべき道筋。それが『正しい道』」
「その『正しい道』を力ずくで歩ませるのがあなたの役目だと?」
「そうだ」
目覚めしものは茶を一口飲むと、改めてつづけた。
「さて。わしが鬼の始祖であると言う話だったな。悟りを開いたわしはそれをもって神々の一員として迎えられた。そして、天界にて世界を見守りながら永遠の時を生きることになった。だが、その頃、神々の王たる天帝は悩んでおった」
「悩む? 神の王が?」
「そうだ。人類の行く末についてな。天帝はあまたいる生物のなかから人類をこそ世界の管理者として選んだ。それは、すべての生物が等しく繁栄することを願ってのものであった。ところが、人類は『文明を生み出す』という自らの能力に驕り、自分たち以外のすべての存在を見下し、支配した。あまつさえ、人類同士で争うことで世界を滅ぼしてしまった。
それを見た天帝は決めた。
命を革める。
つまり、人間にかわる世界の管理者を置くと。
そのために人類のなかでただひとり、悟りを開いた存在であるわしをもとに鬼を創った。鬼はわしの精神を受け継ぎ、他の生き物を見下すことはなかった。すべての生命に己と同じ価値を見出した。その片鱗はおぬしも自分自身で体験したのではないか?」
「……たしかに。鬼部は『食べられることこそ生き物の義務』と言っていました。それは、わたしたち人類には決して出来ない発想であり、受け入れることのできないものです」
「そう。鬼部は人類にはない特性をもっておった。すべての生命を等しく扱う、と言うな。天帝は鬼部をもって新たな世界の管理者へと任命した。
『鬼部であれば人類のように他者を見下し、支配することはあるまい』
そう言ってな。
それは確かにその通りであった。だが、鬼部にも致命的な問題があった」
「問題?」
「そうだ。鬼部はすべての生命を平等に扱ったが、まさにそれ故に人類のように文明を発展させることはなかった。文明を発展させないために人類のように家畜を飼って繁殖させる、と言うこともなかった。食はすべて自然から得ていた。自然の生き物を殺し、食らっていた。鬼は強いのですべての生き物を殺し、食うことが出来た。そのために鬼部の数は増えつづけ、ますます多くの食糧が必要となり、ますます多くの野生の生き物たちを殺した。そして、ついにはすべての他の生物を食い尽くしてしまった……」
「………」
「なんとも皮肉なことよな。人類は文明を発展させることで世界を滅ぼした。鬼は文明を発展させないために世界を食い尽くした。人と鬼。いったい、どちらを世界の管理者とすればよいのか。天帝は迷った。その迷いがふたつの世界が同時に存在するという結果になってしまった」
「ふたつの世界が同時に存在? どういうことです?」
「言葉通りの意味だ。この世界にはいま『人が繁栄する歴史』と『鬼が繁栄する歴史』とが重なって存在しておる。むろん、ひとつの世界にふたつの歴史が同時に存在することは出来ぬ。人の歴史が争いを深め、滅びの世界を迎えようとすれば鬼の歴史が力を強め、接近してくる。同様に、鬼の歴史が生き物すべてを食い尽くそうとすれば人の歴史が強まり、鬼の歴史に介入する。そうすることで本来、出会うはずのないふたつの歴史が出会い、争うことになる。
おぬしたちは覚えておらぬが、このふたつの歴史の戦いははるかな過去より幾度となく繰り返されておる。だが、一度として決着がつくことはなかった。なぜなら、この戦いの決着は力ではつかぬからだ。
『我が種族こそが世界の管理者としてふさわしい』
そう天帝を納得させた側こそが勝者となり、その歴史が定着する」
「つまり……天帝を納得させることが出来なければ人と鬼の戦いは永遠につづく。そう言うことですか?」
「そうだ」
「天帝を納得させることが出来れば戦いは終わる?」
「そうだ。いままで人も、鬼も、天帝を納得させることは叶わなかった。そのために戦いがつづいてきた。だが、いまになってようやくその決着がつきそうではある」
「決着がつく? どういう意味です?」
「かつてない変化が起きておる。鬼部が文明をもちはじめた。人と契約し、人を繁殖させ、食用とすることで、自然に食を求める必要がなくなった。この文明が鬼部中に広がれば鬼部が世界を食い尽くす心配はなくなる。この世のすべての存在に等しく価値を見出し、敬意を払う。そんな鬼部が世界を食い尽くさないとなればそれはまさに世界の管理者。天帝の迷いは晴れよう」
「天帝の迷いが晴れる……。つまり、鬼の歴史が選ばれる。そういうことですか?」
「そうだ」
目覚めしものは力強くうなずいてからつづけた。
「だが、変化は鬼部だけのものではない。おぬしたち人類にも変化が起きておる。おぬしの盟友であるハリエットがいま、『新しい文明』を築こうとしておる」
「ハリエットをご存じなのですか?」
「むろんだ。わしは人ではあるが神でもある。天界から地上のことを見守っている身なのだからな。ハリエットが自分の文明を生み出し、人類すべてに広がったなら、『世界を滅ぼさない』文明が築かれよう。そのような文明をもった人類であればまさに天帝の理想そのまま。人の歴史こそが選ばれよう」
「つまり、どちらが先に天帝を納得させるかの勝負、と言うことですか?」
「そうだ」
「先に天帝を納得させることが出来なければ負け?」
「そうだ」
「では、もうひとつ。負けた側の歴史はどうなるのです?」
「知れたこと」
目覚めしものは迷いなく言い切った。
「根こそぎ、消滅するのみ」
小首をかしげるアーデルハイドに対し、目覚めしものは力強くうなずいた。それだけで首の筋肉が唸りをあげそうだった。それほどに首が太く、筋肉が発達している。
「目覚めしものに二種あり。理を説いて人を正しき道に誘う知恵の仏と、聞く耳をもたぬものを力によって従え、正しき道を歩ませる力の仏。わしがその力の仏と言うことよ」
「我が主」
式神の童子が口をはさんだ。
「このような場で立ち話でもないでしょう。庵に戻り、そこでごゆるりとお話なされてはいかがでしょう」
「おお、そうだな。これは失礼した。気がまわらなかった。それでは、庵に戻ってゆっくり話をするとしよう」
「はい」
目覚めしものは、いまだ大量の蒸気を噴き出しつづける筋肉の塊を動かして庵に向かった。一歩、歩くごとにズシズシと地鳴りが響き、大地が揺れる。
「あ、あの……アーデルハイドさま」
チャップが頬をほのかに赤く染めてアーデルハイドに耳打ちした。
「わたし、なんだかこの島にきてからやたらと男の裸を見せられている気がするんですけど……」
「よく見ておきなさい。本番のときに役に立つわ」
平然とそう言ってのけるアーデルハイドはさすが、婚姻政策によってのし上がったエドウィン家の血統なのだった。
アーデルハイドたち三人は庵のなかの一室で目覚めしものと対峙していた。四人の前にはそれぞれ茶と茶菓子が置かれており、式神の童子が戸の前に座っている。
目覚めしものは相変わらず全裸のままだった。まるでそそり立つ男性器を見せつけるかのように、床の上に直接、座り込んでいる。それも、両方の足裏を天に向けると言う、奇妙な足の組み方で。
結跏趺坐。
アーデルハイドたちは知らないが、その名で呼ばれる座り方である。
アーデルハイドたちには小さいながらも椅子が用意され、その前にそれぞれ小さな卓が用意されている。その卓の上に湯気をたてる茶を満たした湯飲みと茶菓子を載せた皿とが置いてある。
「皆さんの民族は床の上に直接、座る文化をおもちではありませんから」
童子がそう言って椅子を用意してくれたのだ。これには、アーデルハイドもさすがにホッとした。床の上に直接、座るのはまだいいとしても、目覚めしものと同じ座り方を要求されてはとても出来る気がしない。
それはいいとして、問題は目覚めしものが衣服の類をなにひとつ身につけていないと言うこと。カンナとチャップはとてもではないが直視出来ず、頬を赤く染めて顔をそらしている。唯一、まともに正面を向くことの出来るアーデルハイドが尋ねた。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「むろんだ。おぬしたちは問うためにきたのだし、わしはすべての問いに答えるためにここにいる」
「では……あなたはなぜ、裸なのですか?」
「神に相対するためだ」
「神に?」
「神に対しなにひとつ隠すものはない、すなわち、邪な心はなにひとつもっておらぬ。そう証明するために裸でいるのよ」
「あなたは神官なのですか?」
「神官とはちがう。力人だ」
「力人?」
「角力という、神に奉納するための武道を歩むもののことだ」
「力人……。では、あなたは人間なのですか?」
「人間だ。ただし、悟りを開き、目覚めしものとなった、な。そして……」
「そして?」
「鬼たちの始祖だ」
その言葉に――。
アーデルハイドたちはさすがに衝撃を受けた。そろって驚きの表情を浮かべた。
「鬼の始祖……。それは、どういう意味なのです?」
「最初から説明しよう。長くなるがまずは聞くがよい」
目覚めしものはそう前置きしてから話しはじめた。
「遙かな昔、わしは角力に生きる力人だった。生涯無敗、史上最強と呼ばれた、な。神々に奉納するための角力の試合を行い、稽古に励む日々。そんなある日、何気なく庭を眺めていたわしはふと気付いた。この世界はわしをまってくれている、とな」
「まってくれている?」
「春には草木が芽生え、夏には花が咲き、秋には様々な実りがもたらされ、冬はすべてが休みにつく。そして、また春が来る。この世界には四季の移ろいがあり、四季折々の恵みを与えてくれる。時の移ろいとともに必ずわしのもとを訪れ、わしに無限の恵みを与えてくれる。そのことを感じたとき、わしの足元から光の柱が立ちのぼった」
「光の柱?」
「そう。無限と言っていい時間がたったいまでも、あのときのことははっきりと覚えておる。おお、なんと言うことだ。世界はわしをまってくれている。わしを愛し、生かしてくれている。立ちのぼる光の柱に包まれながら、わしはそう感じ入った。わしは世界であり、世界はわしであった。涙があふれるほどの幸福感、いかなる悩みも不安もないまったき幸福。そこにはそれがあった」
「………」
「まさに、あれこそは悟りのときであった。それ以来、わしは根本からかわった。道ばたに落ちている石ころひとつにまでたまらない愛おしさを感じるようになった」
「石ころにまで?」
「不可解、と言った顔だな。そう思うのはわかる。だが、『悟り』とはまさにそういうことなのだ。この世界はすべてがつながりあっており、この世に存在するすべてのものは等しい価値をもつ。そう感じとること。それこそが悟り。この世に悪人も善人もいない。いるものはただ、自分のことしか考えられない子どもと、他者に対して敬意を払うことの出来るおとなだけ。子どもがおとなになるために歩むべき道筋。それが『正しい道』」
「その『正しい道』を力ずくで歩ませるのがあなたの役目だと?」
「そうだ」
目覚めしものは茶を一口飲むと、改めてつづけた。
「さて。わしが鬼の始祖であると言う話だったな。悟りを開いたわしはそれをもって神々の一員として迎えられた。そして、天界にて世界を見守りながら永遠の時を生きることになった。だが、その頃、神々の王たる天帝は悩んでおった」
「悩む? 神の王が?」
「そうだ。人類の行く末についてな。天帝はあまたいる生物のなかから人類をこそ世界の管理者として選んだ。それは、すべての生物が等しく繁栄することを願ってのものであった。ところが、人類は『文明を生み出す』という自らの能力に驕り、自分たち以外のすべての存在を見下し、支配した。あまつさえ、人類同士で争うことで世界を滅ぼしてしまった。
それを見た天帝は決めた。
命を革める。
つまり、人間にかわる世界の管理者を置くと。
そのために人類のなかでただひとり、悟りを開いた存在であるわしをもとに鬼を創った。鬼はわしの精神を受け継ぎ、他の生き物を見下すことはなかった。すべての生命に己と同じ価値を見出した。その片鱗はおぬしも自分自身で体験したのではないか?」
「……たしかに。鬼部は『食べられることこそ生き物の義務』と言っていました。それは、わたしたち人類には決して出来ない発想であり、受け入れることのできないものです」
「そう。鬼部は人類にはない特性をもっておった。すべての生命を等しく扱う、と言うな。天帝は鬼部をもって新たな世界の管理者へと任命した。
『鬼部であれば人類のように他者を見下し、支配することはあるまい』
そう言ってな。
それは確かにその通りであった。だが、鬼部にも致命的な問題があった」
「問題?」
「そうだ。鬼部はすべての生命を平等に扱ったが、まさにそれ故に人類のように文明を発展させることはなかった。文明を発展させないために人類のように家畜を飼って繁殖させる、と言うこともなかった。食はすべて自然から得ていた。自然の生き物を殺し、食らっていた。鬼は強いのですべての生き物を殺し、食うことが出来た。そのために鬼部の数は増えつづけ、ますます多くの食糧が必要となり、ますます多くの野生の生き物たちを殺した。そして、ついにはすべての他の生物を食い尽くしてしまった……」
「………」
「なんとも皮肉なことよな。人類は文明を発展させることで世界を滅ぼした。鬼は文明を発展させないために世界を食い尽くした。人と鬼。いったい、どちらを世界の管理者とすればよいのか。天帝は迷った。その迷いがふたつの世界が同時に存在するという結果になってしまった」
「ふたつの世界が同時に存在? どういうことです?」
「言葉通りの意味だ。この世界にはいま『人が繁栄する歴史』と『鬼が繁栄する歴史』とが重なって存在しておる。むろん、ひとつの世界にふたつの歴史が同時に存在することは出来ぬ。人の歴史が争いを深め、滅びの世界を迎えようとすれば鬼の歴史が力を強め、接近してくる。同様に、鬼の歴史が生き物すべてを食い尽くそうとすれば人の歴史が強まり、鬼の歴史に介入する。そうすることで本来、出会うはずのないふたつの歴史が出会い、争うことになる。
おぬしたちは覚えておらぬが、このふたつの歴史の戦いははるかな過去より幾度となく繰り返されておる。だが、一度として決着がつくことはなかった。なぜなら、この戦いの決着は力ではつかぬからだ。
『我が種族こそが世界の管理者としてふさわしい』
そう天帝を納得させた側こそが勝者となり、その歴史が定着する」
「つまり……天帝を納得させることが出来なければ人と鬼の戦いは永遠につづく。そう言うことですか?」
「そうだ」
「天帝を納得させることが出来れば戦いは終わる?」
「そうだ。いままで人も、鬼も、天帝を納得させることは叶わなかった。そのために戦いがつづいてきた。だが、いまになってようやくその決着がつきそうではある」
「決着がつく? どういう意味です?」
「かつてない変化が起きておる。鬼部が文明をもちはじめた。人と契約し、人を繁殖させ、食用とすることで、自然に食を求める必要がなくなった。この文明が鬼部中に広がれば鬼部が世界を食い尽くす心配はなくなる。この世のすべての存在に等しく価値を見出し、敬意を払う。そんな鬼部が世界を食い尽くさないとなればそれはまさに世界の管理者。天帝の迷いは晴れよう」
「天帝の迷いが晴れる……。つまり、鬼の歴史が選ばれる。そういうことですか?」
「そうだ」
目覚めしものは力強くうなずいてからつづけた。
「だが、変化は鬼部だけのものではない。おぬしたち人類にも変化が起きておる。おぬしの盟友であるハリエットがいま、『新しい文明』を築こうとしておる」
「ハリエットをご存じなのですか?」
「むろんだ。わしは人ではあるが神でもある。天界から地上のことを見守っている身なのだからな。ハリエットが自分の文明を生み出し、人類すべてに広がったなら、『世界を滅ぼさない』文明が築かれよう。そのような文明をもった人類であればまさに天帝の理想そのまま。人の歴史こそが選ばれよう」
「つまり、どちらが先に天帝を納得させるかの勝負、と言うことですか?」
「そうだ」
「先に天帝を納得させることが出来なければ負け?」
「そうだ」
「では、もうひとつ。負けた側の歴史はどうなるのです?」
「知れたこと」
目覚めしものは迷いなく言い切った。
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