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第六話 歴史の真実と反撃ののろし
三三章 須弥山の試練
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「こ、ここが須弥山……ですか?」
チャップが目の前に広がる光景に絶望の呻きをあげた。
それも無理はない。目の前に広がる光景。それはあまりにも圧倒的だった。
そこにあるものは山。
ただの山。
しかし、デカい。
途方もなく大きい。
裾野は見渡すことが出来ないほどに大きく広がり、中腹あたりですでに雲に囲まれている。山頂などもちろん、いくら見上げてみても見えはしない。
――こんな大きな山を登山用具もなしにのぼるの?
そう思えば絶望の呻きが出るのも無理はない。
――出来れば避けたいんですけど。
この山を見れば誰しもそう思うことだろう。口に出して言わなかった分、チャップはまだ根性がある。
アーデルハイドは無慈悲と聞こえるぐらい冷静な声で答えた。
「もちろん。そのためにきたのだから」
「で、でも……」
「この山の頂には『目覚めしもの』が住んでいる。この世界の成り立ちのすべてを知る存在が。目覚めしものに出会い、話を聞けば、この戦いを終わらせることが出来るかも知れない。多くの人々の生命を守れるかも知れない。それならば、挑むのが騎士というものでしょう」
それを言われると弱い。
チャップは溜め息をつきながら『これも運命』と受け入れた。
チャップが護衛役として先頭に立って進んだ。須弥山を登る労苦はともかくとして騎士としての役割を忘れることはない。そのあとにカンナがつづき、アーデルハイドが最後を歩く。
本来ならばふたりにとっての護衛対象であるアーデルハイドが真ん中に立ち、チャップとカンナで前後を守るところだ。しかし、いまのカンナでは正直、護衛役としては期待出来ない。落ち込んだ表情。生命力を感じさせないその所作。どこをどう見ても本来の快活さにはほど遠い。ちょっと見には同一人物とは思えないほど。
それでも、とにかく、自分で歩くようになったし、食事もするようになった。それだけでも相当に回復していると言える。
――最悪の時期は脱したようね。カンナは芯の強い子。必ず、立ち直る。
最後尾を固めるアーデルハイドはカンナを見守りながらそう思った。
「どうしても、死んで償いたいと言うならわたしが殺してあげる」
アーデルハイドはたしかにカンナに向かってそう言った。しかし、もちろん、この三年間、自分のために尽くしてくれたカンナを殺したくなどない。それでなくても妹のように思っている相手なのだ。なんとかして立ち直って欲しい。
――クレタのことはお互いに不幸だったけど……そんなことを繰り返さないためにも目覚めしものに出会い、すべてを聞かないと。
アーデルハイドはその思いを胸に須弥山の踏破に挑んだ。
不幸中の幸い、と言うのはこの場合、正しいのだろうか。須弥山は歩いていて気持ちの良い山だった。春のようなぽかぽか陽気に包まれ、暑くもなく、寒くもなく、動いていて気持ちがいい。あたりには花が咲き乱れ、いっぱいに花を咲かせた木があちこちに生えている。
「……素敵な場所ですね。なんだか、ここだけ鬼界島の他の部分と全然ちがう」
「そうね。さすがは鬼部の聖地……と言うことになるのかしらね」
――須弥山は我らにとって特別な場所。故に我らも近づくことはない。
須弥山のことを教えてくれたかんぜみ部族の族長ジュウジャキはそう言っていた。
そんな聖地のことをなぜよそ者の、それも人間である自分たちに教えてくれたのか。
アーデルハイドはそう疑問に思ったが、須弥山の頂に住むという目覚めしものは『我がもとを訪れたいものはいつでも来るがいい』と語り残していたらしい。ただ、鬼部の側が畏れ敬い、勝手に近づかないことにしているだけで。
――鬼部がそこまで畏れ敬う相手。どんな相手かわからないけど出会えばきっとなにかがわかる。
アーデルハイドはそう信じて一歩いっぽ山道を登っていく。
最初のうちは決して苦しい道のりではなかった。むしろ、心地よい春の陽気と花々のかぐわしい香りを楽しみながら登っていくだけの余裕があった。花の蜜を吸ったり、果実をもいで食べたり、ちょっとしたピクニック気分で登って行けた。カンナでさえ、そののどかで穏やかな雰囲気に表情が明るくなったように見えた。
しかし、それも長くはつづかなかった。登って行くにつれ、汗が噴き出し、疲れ方がひどくなってくる。それは単に長い時間歩いたから、と言うものではなかった。
「な、なにか……登るほどに気温が高くなっている気がしませんか?」
チャップが言うとアーデルハイドもうなずいた。
「そうね。たしかに、暑くなってきているわ」
「おかしいですよ。山は登ればのぼるほど気温がさがっていくものなのに……」
チャップはボヤいた。
冒険者となるために高山での生存訓練も受けているチャップである。山の特性はよく知っている。それに対してアーデルハイドはさも当たり前のように答えた。
「鬼たちの聖地だもの。普通の山の常識は通用しなくて当たり前よ」
そう言われればチャップとしても納得するかしかない。
しかし、そんなことを言っていられる余裕もすぐになくなった。気温はどんどん高くなる。気温というより、太陽そのものが輝きを増しているとしか思えなかった。
照りつける太陽は肌を焼き、いまにも火傷しそう。実際、服に覆われていない部分の皮膚はすでにヒリヒリとした痛みを発しはじめている。すでに日焼けを通り越して軽い火傷を負っているのだ。
太陽の熱を反射する地面からは湯気が立ちのぼり、まるで温泉の上を歩いているかのよう。太陽の熱と地面の熱。ふたつの熱にはさまれて干物になりそうな気分だった。
実際、汗は絶え間なく流れつづける。服も靴もグッショリと汗を含み、もはや服を着ているのか汗を着ているのかわからないありさま。まるで、真昼の砂漠を行くような、いや、それ以上に過酷な道のり。自然豊かな山と言うことであちこちに小川が流れ、湧き水があり、飲み水にだけは不自由しないのが救いだったが、そうでなければまちがいなく干物になって死んでいた。
それでも、その暑さに耐えて必死に登っていく。ふいに、日が陰った。空を見上げるとあれほどまでに照っていた太陽が黒っぽい雲に隠されていた。
「あれは雨雲? ひと雨、来るのかしらね」
「よかった! 雨が降ってくれれば少しは涼しくなりますよ」
チャップは心から安堵した声と表情とで言った。
しかし、それは甘すぎる感想だった。雨はすぐに降ってきた。ポツリ、ポツリと音を立てて降り注いだ。冷たい雨が肌に当たり、日に焼けた肌を冷ましてくれるのは心地よかった。
――助かった。
このときはたしかに三人ともにそう思った。しかし――。
その雨がどんどん激しくなり、視界を遮るほどの豪雨になったとなれば話は別だ。
猛烈な勢いで吹きつけてくる雨粒は大きく、重く、肌に当たると痛いほど。肌に当たった雨粒が潰れて、ひしゃげて、はじけ飛ぶ様が目に見える。
それぐらい、大きな雨粒。
それが間断なく降りそそぐ。
もはや、水の壁が叩きつけてくるのと大差なかった。
足元は足首までも水に呑まれ、もはや、山道なのか川のなかなのかわからないありさま。それも、きわめて傾斜のきつい急流だ。カンナなど登ろうとしても一歩も前に進めず、逆に後ろに流される始末。アーデルハイドが後ろから押して必死に支えてやらなければならなかった。
雨だけでも大変だというのに風まで吹きはじめた。
それも、吹き飛ばされそうな突風。三人は飛ばされないよう身を屈め、一歩いっぽ慎重に進まなければならなかった。
雷鳴が鳴り響き、空が一瞬ごとに黄金色に染まる。この豪雨のなかに炎が舞ったのはどこかの木に雷が落ち、焼き尽くした結果だろう。
「駄目です、アーデルハイドさま! この雷では外にいるのは危険です! どこかに非難しないと……」
チャップが叫んだ。力の限り叫ばないとすぐそばにいる仲間たちにさえ聞こえない。それぐらい雨と風の音が強い。
チャップの言うことはもちろん、アーデルハイドにもわかっていた。稲妻に撃たれれば人間など一瞬で丸焦げになってしまう。
しかし、そうは言ってもどこに非難すればいいのか。遮るものひとつない山道だというのに。
幸い、山肌に割れ目が見つかった。あわててそこに潜り込んだ。せまいし、暗いが、とにかく、打ちつける風雨から逃れることは出来る。
「とにかく、雨がやむのをまちましょう」
アーデルハイドの言葉に――。
チャップもカンナもホッと一息ついたのだった。
どうにか風雨だけは避けられるようになったものの服も靴もすでに水浸し。際限なく水を吐き出しつづけ、足元に小さな川を作っている。すでに服なのか水の塊なのかわからない。乾いた服に着替えようにも荷袋のなかまで水浸しで、荷袋なのか水袋なのかわからない状態なのだからどうしようもない。
と言って、このままでいるわけにはいかない。水に濡れた服を着たままでは重いし、体も冷える。なにより、気持ちわるい。岩肌に張りついている苔の乾いた部分をかき集め、小さいながらもどうにか火だけはおこすことが出来た。三人は服を脱ぎ、火に当たった。
せめて、身を包む乾いたタオルの一枚もほしいところだが、そんなものはもちろんない。豪雨となっても真夏の暑さはそのままなので凍える心配がないことだけが救いではあった。
無限につづくかと思われた雷雨もやむときが来た。再び青空がのぞき、太陽が顔を見せた。それを見て三人は服を着込み、再び山道を登りはじめた。
それは、さらに過酷な道のりだった。服はまだまだ大量の水を吸っており、ジットリとして気持ち悪い。重い。しかも、たっぷり吸い込んだ水が照りつける太陽によって熱せられ、湯になっていく。全身を熱湯に包まれたようなものだった。その熱さにはさしものアーデルハイドも根をあげそうになったほどだ。
だが、その過酷な環境が救いにもなった。照りつける太陽がどんどん水を蒸発させてくれることでようやく服が乾いたのだ。おかげでかなり楽になった。
楽になったのはそれだけではない。さらに山道を登っていくと今度は段々、気温がさがっていき、真夏の暑さから秋の涼しさにかわっていった。心地よい涼しさに包まれ、三人はどうにか一息つくことが出来た。
しかし、もちろん、と言うべきか、そんな快適さは長続きしなかった。山を登って行くにつれて気温はどんどんさがり、秋から冬へ、そして、真冬へとかわっていった。
ちらほらと雪が見えはじめた。
そう思ったときには豪雪となっていた。
あたり一面、白く染まり、足元の雪は一歩進むごとに厚みを増していく。ついには腰までも埋まってしまうほどになった。
三人はそれでも必死に雪をかきわけながら登っていく。全身に雪を被り、真っ白なだるまのような姿になって。
これが須弥山の、その頂に住まう目覚めしものに出会うために必要な試練だと言うのなら引き返す選択などなかった。かの人たちはこの世界の成り立ちを知り、人間と鬼部との戦いの意味を知り、それを人の世に持ち帰らなければならないのだから。
ただその一心で登りつづける。
そして、ついに、そのときは来た。
雪に包まれた白銀の世界。
そのなかに一軒の庵が見えた。
チャップが目の前に広がる光景に絶望の呻きをあげた。
それも無理はない。目の前に広がる光景。それはあまりにも圧倒的だった。
そこにあるものは山。
ただの山。
しかし、デカい。
途方もなく大きい。
裾野は見渡すことが出来ないほどに大きく広がり、中腹あたりですでに雲に囲まれている。山頂などもちろん、いくら見上げてみても見えはしない。
――こんな大きな山を登山用具もなしにのぼるの?
そう思えば絶望の呻きが出るのも無理はない。
――出来れば避けたいんですけど。
この山を見れば誰しもそう思うことだろう。口に出して言わなかった分、チャップはまだ根性がある。
アーデルハイドは無慈悲と聞こえるぐらい冷静な声で答えた。
「もちろん。そのためにきたのだから」
「で、でも……」
「この山の頂には『目覚めしもの』が住んでいる。この世界の成り立ちのすべてを知る存在が。目覚めしものに出会い、話を聞けば、この戦いを終わらせることが出来るかも知れない。多くの人々の生命を守れるかも知れない。それならば、挑むのが騎士というものでしょう」
それを言われると弱い。
チャップは溜め息をつきながら『これも運命』と受け入れた。
チャップが護衛役として先頭に立って進んだ。須弥山を登る労苦はともかくとして騎士としての役割を忘れることはない。そのあとにカンナがつづき、アーデルハイドが最後を歩く。
本来ならばふたりにとっての護衛対象であるアーデルハイドが真ん中に立ち、チャップとカンナで前後を守るところだ。しかし、いまのカンナでは正直、護衛役としては期待出来ない。落ち込んだ表情。生命力を感じさせないその所作。どこをどう見ても本来の快活さにはほど遠い。ちょっと見には同一人物とは思えないほど。
それでも、とにかく、自分で歩くようになったし、食事もするようになった。それだけでも相当に回復していると言える。
――最悪の時期は脱したようね。カンナは芯の強い子。必ず、立ち直る。
最後尾を固めるアーデルハイドはカンナを見守りながらそう思った。
「どうしても、死んで償いたいと言うならわたしが殺してあげる」
アーデルハイドはたしかにカンナに向かってそう言った。しかし、もちろん、この三年間、自分のために尽くしてくれたカンナを殺したくなどない。それでなくても妹のように思っている相手なのだ。なんとかして立ち直って欲しい。
――クレタのことはお互いに不幸だったけど……そんなことを繰り返さないためにも目覚めしものに出会い、すべてを聞かないと。
アーデルハイドはその思いを胸に須弥山の踏破に挑んだ。
不幸中の幸い、と言うのはこの場合、正しいのだろうか。須弥山は歩いていて気持ちの良い山だった。春のようなぽかぽか陽気に包まれ、暑くもなく、寒くもなく、動いていて気持ちがいい。あたりには花が咲き乱れ、いっぱいに花を咲かせた木があちこちに生えている。
「……素敵な場所ですね。なんだか、ここだけ鬼界島の他の部分と全然ちがう」
「そうね。さすがは鬼部の聖地……と言うことになるのかしらね」
――須弥山は我らにとって特別な場所。故に我らも近づくことはない。
須弥山のことを教えてくれたかんぜみ部族の族長ジュウジャキはそう言っていた。
そんな聖地のことをなぜよそ者の、それも人間である自分たちに教えてくれたのか。
アーデルハイドはそう疑問に思ったが、須弥山の頂に住むという目覚めしものは『我がもとを訪れたいものはいつでも来るがいい』と語り残していたらしい。ただ、鬼部の側が畏れ敬い、勝手に近づかないことにしているだけで。
――鬼部がそこまで畏れ敬う相手。どんな相手かわからないけど出会えばきっとなにかがわかる。
アーデルハイドはそう信じて一歩いっぽ山道を登っていく。
最初のうちは決して苦しい道のりではなかった。むしろ、心地よい春の陽気と花々のかぐわしい香りを楽しみながら登っていくだけの余裕があった。花の蜜を吸ったり、果実をもいで食べたり、ちょっとしたピクニック気分で登って行けた。カンナでさえ、そののどかで穏やかな雰囲気に表情が明るくなったように見えた。
しかし、それも長くはつづかなかった。登って行くにつれ、汗が噴き出し、疲れ方がひどくなってくる。それは単に長い時間歩いたから、と言うものではなかった。
「な、なにか……登るほどに気温が高くなっている気がしませんか?」
チャップが言うとアーデルハイドもうなずいた。
「そうね。たしかに、暑くなってきているわ」
「おかしいですよ。山は登ればのぼるほど気温がさがっていくものなのに……」
チャップはボヤいた。
冒険者となるために高山での生存訓練も受けているチャップである。山の特性はよく知っている。それに対してアーデルハイドはさも当たり前のように答えた。
「鬼たちの聖地だもの。普通の山の常識は通用しなくて当たり前よ」
そう言われればチャップとしても納得するかしかない。
しかし、そんなことを言っていられる余裕もすぐになくなった。気温はどんどん高くなる。気温というより、太陽そのものが輝きを増しているとしか思えなかった。
照りつける太陽は肌を焼き、いまにも火傷しそう。実際、服に覆われていない部分の皮膚はすでにヒリヒリとした痛みを発しはじめている。すでに日焼けを通り越して軽い火傷を負っているのだ。
太陽の熱を反射する地面からは湯気が立ちのぼり、まるで温泉の上を歩いているかのよう。太陽の熱と地面の熱。ふたつの熱にはさまれて干物になりそうな気分だった。
実際、汗は絶え間なく流れつづける。服も靴もグッショリと汗を含み、もはや服を着ているのか汗を着ているのかわからないありさま。まるで、真昼の砂漠を行くような、いや、それ以上に過酷な道のり。自然豊かな山と言うことであちこちに小川が流れ、湧き水があり、飲み水にだけは不自由しないのが救いだったが、そうでなければまちがいなく干物になって死んでいた。
それでも、その暑さに耐えて必死に登っていく。ふいに、日が陰った。空を見上げるとあれほどまでに照っていた太陽が黒っぽい雲に隠されていた。
「あれは雨雲? ひと雨、来るのかしらね」
「よかった! 雨が降ってくれれば少しは涼しくなりますよ」
チャップは心から安堵した声と表情とで言った。
しかし、それは甘すぎる感想だった。雨はすぐに降ってきた。ポツリ、ポツリと音を立てて降り注いだ。冷たい雨が肌に当たり、日に焼けた肌を冷ましてくれるのは心地よかった。
――助かった。
このときはたしかに三人ともにそう思った。しかし――。
その雨がどんどん激しくなり、視界を遮るほどの豪雨になったとなれば話は別だ。
猛烈な勢いで吹きつけてくる雨粒は大きく、重く、肌に当たると痛いほど。肌に当たった雨粒が潰れて、ひしゃげて、はじけ飛ぶ様が目に見える。
それぐらい、大きな雨粒。
それが間断なく降りそそぐ。
もはや、水の壁が叩きつけてくるのと大差なかった。
足元は足首までも水に呑まれ、もはや、山道なのか川のなかなのかわからないありさま。それも、きわめて傾斜のきつい急流だ。カンナなど登ろうとしても一歩も前に進めず、逆に後ろに流される始末。アーデルハイドが後ろから押して必死に支えてやらなければならなかった。
雨だけでも大変だというのに風まで吹きはじめた。
それも、吹き飛ばされそうな突風。三人は飛ばされないよう身を屈め、一歩いっぽ慎重に進まなければならなかった。
雷鳴が鳴り響き、空が一瞬ごとに黄金色に染まる。この豪雨のなかに炎が舞ったのはどこかの木に雷が落ち、焼き尽くした結果だろう。
「駄目です、アーデルハイドさま! この雷では外にいるのは危険です! どこかに非難しないと……」
チャップが叫んだ。力の限り叫ばないとすぐそばにいる仲間たちにさえ聞こえない。それぐらい雨と風の音が強い。
チャップの言うことはもちろん、アーデルハイドにもわかっていた。稲妻に撃たれれば人間など一瞬で丸焦げになってしまう。
しかし、そうは言ってもどこに非難すればいいのか。遮るものひとつない山道だというのに。
幸い、山肌に割れ目が見つかった。あわててそこに潜り込んだ。せまいし、暗いが、とにかく、打ちつける風雨から逃れることは出来る。
「とにかく、雨がやむのをまちましょう」
アーデルハイドの言葉に――。
チャップもカンナもホッと一息ついたのだった。
どうにか風雨だけは避けられるようになったものの服も靴もすでに水浸し。際限なく水を吐き出しつづけ、足元に小さな川を作っている。すでに服なのか水の塊なのかわからない。乾いた服に着替えようにも荷袋のなかまで水浸しで、荷袋なのか水袋なのかわからない状態なのだからどうしようもない。
と言って、このままでいるわけにはいかない。水に濡れた服を着たままでは重いし、体も冷える。なにより、気持ちわるい。岩肌に張りついている苔の乾いた部分をかき集め、小さいながらもどうにか火だけはおこすことが出来た。三人は服を脱ぎ、火に当たった。
せめて、身を包む乾いたタオルの一枚もほしいところだが、そんなものはもちろんない。豪雨となっても真夏の暑さはそのままなので凍える心配がないことだけが救いではあった。
無限につづくかと思われた雷雨もやむときが来た。再び青空がのぞき、太陽が顔を見せた。それを見て三人は服を着込み、再び山道を登りはじめた。
それは、さらに過酷な道のりだった。服はまだまだ大量の水を吸っており、ジットリとして気持ち悪い。重い。しかも、たっぷり吸い込んだ水が照りつける太陽によって熱せられ、湯になっていく。全身を熱湯に包まれたようなものだった。その熱さにはさしものアーデルハイドも根をあげそうになったほどだ。
だが、その過酷な環境が救いにもなった。照りつける太陽がどんどん水を蒸発させてくれることでようやく服が乾いたのだ。おかげでかなり楽になった。
楽になったのはそれだけではない。さらに山道を登っていくと今度は段々、気温がさがっていき、真夏の暑さから秋の涼しさにかわっていった。心地よい涼しさに包まれ、三人はどうにか一息つくことが出来た。
しかし、もちろん、と言うべきか、そんな快適さは長続きしなかった。山を登って行くにつれて気温はどんどんさがり、秋から冬へ、そして、真冬へとかわっていった。
ちらほらと雪が見えはじめた。
そう思ったときには豪雪となっていた。
あたり一面、白く染まり、足元の雪は一歩進むごとに厚みを増していく。ついには腰までも埋まってしまうほどになった。
三人はそれでも必死に雪をかきわけながら登っていく。全身に雪を被り、真っ白なだるまのような姿になって。
これが須弥山の、その頂に住まう目覚めしものに出会うために必要な試練だと言うのなら引き返す選択などなかった。かの人たちはこの世界の成り立ちを知り、人間と鬼部との戦いの意味を知り、それを人の世に持ち帰らなければならないのだから。
ただその一心で登りつづける。
そして、ついに、そのときは来た。
雪に包まれた白銀の世界。
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