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第五話 鬼の国にて
二七章 美しき少女クレタ
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チャップに案内されて向かった先。そこにはたしかに五、六人の女の子たちがいた。まだ一〇代半ばと言ったところだろう。いかにも農家の娘と言った印象の華やかで愛らしい服を着て、エプロンを着けている。みんなでキャアキャアはしゃぎながら楽しくイチゴ摘みをしているところだった。腕にかけたバスケットにはすでに大きな果実やイチゴがたくさん摘まれていた。
「な、なにあれ⁉ 本当に人間、それも、若い女の子たちじゃない」
大きな果樹の陰に身を潜めて女の子たちの様子をうかがいながら、カンナが叫んだ。その表情はまさに『びっくり仰天』と呼ぶにふさわしいものだった。
「だから、そう言ったじゃないか」
と、チャップ。こちらも相変わらず戸惑った表情のままだ。
「なんで、どうして、どういうことよ⁉ なんで鬼界島に人間の、それも、女の子たちがいるのよ⁉」
カンナが重ねて叫ぶのも無理はない。鬼界島と言えば鬼部の本拠地。人を食らう鬼たちの巣窟。そこに、人間が住んでいるなんて想像もしていなかった。しかも、あんなに楽しそうに過ごしているなんて。
「……も、もしかして、実は鬼の娘たちとか?」
チャップがおずおずとした口調で言った。もちろん、本気でそんなことを考えていたわけではない。あまりにも信じられない光景を目の当たりにしてつい口に出てしまっただけのことだ。自分でも『あり得ない』と思う発言はたちまちカンナの猛反撃を浴びてしまった。
「そんなわけないでしょ! あの姿のどこが鬼だって言うのよ」
そう言われてはチャップとしても首をすくめて引きさがるしかない。
鬼と人間を見間違うなどあるはずがない。鬼は見上げるばかりに大きく、筋骨隆々として、角と牙を生やし、衣服ひとつ身につけていない。目の前の少女たちは皆、小柄で、華奢で、愛らしく、角も牙もなく、華やかな衣装を身につけている。
どこからどう見ても人間の姿。少なくとも見た目は完全に人間の少女。見た目が完全に人間の少女ならそれは、人間の少女と言っていい存在だろう、おそらく。
「たしかに、鬼界島で人間の女の子たちを見るなんて意外だったけど……」と、アーデルハイド。
「このままコソコソ見つめていても仕方がないわ。話しかけてみましょう」
「話しかけるんですか⁉」
カンナが叫んだ。
「当たり前でしょう。そのために、わざわざ武器をもたずにやってきたのよ」
「そ、それはそうですけど……」
「で、でも、言葉が通じますかね……」
チャップの疑問にアーデルハイドはあっさりと答えた。
「鬼部とは通じるわ」
「たしかに……」
なぜ、鬼部との間に言葉が通じるのか。それは長年、研究されている謎のひとつである。
アーデルハイドは女の子たちに向かって歩きだした。カンナとチャップも後を追った。大胆不敵が服を着て歩いているようなアーデルハイドとちがい、このふたりはやはり、丸腰なのが心細い。チャップはその辺に落ちていた果樹の枝を拾いあげた。こんなものでも剣のかわりに振りまわせば人間の皮膚ぐらいは切り裂くことが出来る。
――これぐらいならアーデルハイドさまに怒られることもないだろうし。木の小枝なんてたいていの子供はべしペし振りまわしているもんな。
チャップはそう心に呟き、自分を納得させた。
アーデルハイドは女の子たちに近づいた。声をかけた。
「こんにちは」
その声に――。
女の子たちは一斉に顔を向けた。
――うっ……。
チャップはあまりのまぶしさに一瞬、目をふさいでしまった。
それぐらい、かわいい女の子ばかりだった。これほどの美少女たちとなるとレオンハルトの王都にもそうはいない。芝居を演じるために、とびきりかわいい女の子たちだけを集めて送り出したような、そんな印象だった。
アーデルハイドとカンナはともかく、少年ぽい風貌のチャップなどは思わず自分の容姿に劣等感を感じずにはいられない。
「こんにちは」
アーデルハイドがちょっと小首をかしげ、微笑みながら重ねて言った。
人類随一の美貌。そう呼ばれるアーデルハイドにこんな表情をされて心をとろけさせない人間などいない。鬼界島の少女たちも例外ではなく、たちまち明るい笑顔を浮かべて迎え入れた。
「こんにちは。見かけない顔ね。旅の人? どこの集落から来たの?」
少女のひとりが矢継ぎ早に質問した。アーデルハイドは答えようとした。それよりも早く、少女たちのうちのひとりが前に進み出た。
「まって」
その女の子は仲間の少女たちを制すると、アーデルハイドの顔を正面からじっと見据えた。知性を感じさせる視線が探るようにアーデルハイドの顔を射貫く。
――うわ、なに、この子。
カンナとチャップがそろって心のなかでそう声をあげた。
それほど美しい少女だった。他の女の子たちもちょっと見ないぐらいかわいいのだが、この少女は別格だった。髪の艶も、肌の張りも、宝石のよう。顔立ちは繊細を極め、目鼻のすべてが完璧に配置されている。体型も申し分なく、しなやかな胴体から長い手足が伸びやかに伸びている。
骨格からきれい。
そう言うしかない完璧な体型だった。
アーデルハイドよりも美しい人間。
そう言える人間がこの世にいるとしたら、目の前のこの少女がまさにそうだった。
「こんにちは」
と、美神の申し子とも言うべき少女が言った。
「はじめまして。わたしはクレタ」
「はじめまして。わたしはアーデルハイド。こっちのふたりはカンナとチャップ」
「その服装。あなたたち、人生島の野人?」
その言葉に――。
クレタの仲間の女の子たちがハッとした表情になった。驚きのあまり、口元に手を当てている。
「人生島? 野人?」
カンナが小首をかしげた。
「あなたたち自身はちがう呼び方をしているのかしら。ある日、突然、現れて、この大陸にくっついた島のことよ」
と、クレタは人間の世界の方を指さして言った。その後ろでは仲間の女の子たちがヒソヒソ――と言うには大きな声で――話している。
「え~? 人生島には野性の人間がいるって聞いたけど……本当だったの?」
「すご~い、はじめて見た」
と、なんだか珍獣を見るかのような扱いである。
「島? 突然、現れた?」
クレタの言葉に――。
カンナはますますわけがわからないと言った様子で首をかしげた。そのカンナにアーデルハイドが説明した。
「こちらの世界の人たちにとっては、わたしたちの大陸こそが突然、現れたように思えていると言うことでしょう。『鬼界島』というのも人間が勝手につけた名前だし。実際にはどれだけの大きさがあるのかわかっていない。もしかしたら、大陸級の大きさがあるのかも知れない」
「あ、ああ、なるほど……」
アーデルハイドに言われて、カンナもようやく納得した。
アーデルハイドはクレタに向き直った。改めて話しかけた。しかし、それにしても、このふたりが並んで立っている図というのは……これほどの美女と美少女が対峙している様は、あまりにも高尚すぎて感動を通り越して気圧されてしまうほど。チャップなどはもうその場から逃げ出してしまいたいぐらいだった。
「ええ、その通り。わたしたちはあなたたちが人生島と呼んでいる土地から来た。あなたたちに会うためにね。でも、『野人』というのは?」
「鬼に飼われていない『野性の人間』という意味よ、もちろん」
「鬼に飼われていない?」
アーデルハイドがさすがに眉をひそめた。カンナとチャップのふたりも表情を引き締めた。
「それじゃ、あなたたちは……」
「ええ。わたしたちはみんな、鬼に飼われている『家人』よ」
鬼に飼われている家人。
クレタのその言葉はアーデルハイドたちにとって以外だったことに、悔しさや悲壮感と言った負の感情をまったく含んでいなかった。それどころか、堂々たる誇りを込めて言っているように感じられた。
「人生島の野人がわたしたちに会いに来てくれるなんて思わなかったわ。ねえ、集落に来てあなたたちの話をくわしく聞かせてくれない? 長もきっと会いたがると思うわ」
「長?」
「集落の長。わたしたちの飼い主よ」
クレタがそう言ったそのときだ。
「きゃああああっ!」
突然、絹を引き裂くような少女の悲鳴があがった。見てみるといつの間にやってきたのか、二本足で歩く巨大なトカゲが近づきつつあった。
「さがって!」
チャップが叫んだ。みんなをかばうために前に飛び出した。騎士の誉れである剣も鎧もないけれど、それでも騎士は騎士。騎士である以上、人々は守らなくてはならない。
その義務感だけでチャップは巨大なトカゲの前に飛び出した。ただ一本の木の枝だけを武器に。
――くそっ、せめて剣があれば……!
チャップはそう思ったが、例え、伝説の聖剣がその手にあろうともチャップひとりの手に負える相手とは思えなかった。そのトカゲは牛よりも大きく、ズラリと牙の並んだ口と、大きなかぎ爪の生えた腕をもち、瞳には凶猛な食欲を滾らせていた。体中を覆う鱗は見るからに頑丈そうで、なまなかな剣の一撃など簡単にはじき返してしまいそうに見えた。
怪物。
まさに、そう呼ぶにふさわしい存在。
こんな怪物を相手にチャップがみんなを守る方法はひとつしかなかった。
――わたしが食われている間にみんなを逃がすしかない!
こんなところで死にたくはない。遙かな異境の地でメイズ銅熊長を探し出すという目的も果たすことも出来ず、トカゲに食われて死ぬなんて。でも、それでも、武器ももたない非力な人間であるチャップが騎士としての役目を果たすためにはそれしかなかった。
「みんな、逃げて! こいつは、オレが……」
チャップが決死の覚悟を込めて叫んだ、そのときだ。
轟!
暴風のようなうなり声がして、巨大な筋肉の塊が飛び込んできた。弱虫ボッツから放たれる鉄球にも勝る速さと勢いだった。
「ゴガアッ!」
筋肉の塊はその叫びとともに巨大な拳をトカゲの顔面に叩き込んだ。
ただ一撃。
その一撃でトカゲは吹き飛び、地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
呆気にとられるチャップたちの前でその筋肉の塊――巨大な鬼――は、クレタたちに近づいた。
「無事か、みんな?」
無事か、みんな。
その鬼はたしかに、少女たちにそう呼びかけた。
「長!」
少女たちが口々に叫びながら鬼に抱きついた。そんな少女たちを鬼は愛おしそうに抱きしめた。
「無事でよかった。みんな、わしの大切な娘たちじゃからな。とくにクレタ。お前にはよくよく気をつけてもらわなければならんぞ。なにしろ、お前はこの集落ではじめての大祭の主役なのだからな」
「はい。すみませんでした、長。そして、ありがとうございました」
「なんの。お前たちを守るために戦うのがわしらの責任。まして、お前のためであれば例え五体をバラバラにされようとも戦い抜くぞ。お前はわしの誇りじゃからな」
「長……」
鬼はクレタの肩に手をかけて優しく語りかけ、クレタはそんな鬼をじっと見つめる。
「な、なに、なんなのよ、これ⁉ なんで、人間と鬼がこんなに仲良く……って言うか、愛しあってるのよ⁉ これじゃまるで、血をわけた親子じゃない」
カンナが思わずそう叫んだのも無理はない光景だった。
その声にようやく、その巨大な鬼はアーデルハイドたちに気がついた。
「むっ? お前たちは? 見慣れぬ顔に姿だな。どこの集落から来た?」
「長! この人たちは人生島から来た野人です!」
「人生島の野人だと?」
ギラリ、と、鬼の目が光った。
「な、なにあれ⁉ 本当に人間、それも、若い女の子たちじゃない」
大きな果樹の陰に身を潜めて女の子たちの様子をうかがいながら、カンナが叫んだ。その表情はまさに『びっくり仰天』と呼ぶにふさわしいものだった。
「だから、そう言ったじゃないか」
と、チャップ。こちらも相変わらず戸惑った表情のままだ。
「なんで、どうして、どういうことよ⁉ なんで鬼界島に人間の、それも、女の子たちがいるのよ⁉」
カンナが重ねて叫ぶのも無理はない。鬼界島と言えば鬼部の本拠地。人を食らう鬼たちの巣窟。そこに、人間が住んでいるなんて想像もしていなかった。しかも、あんなに楽しそうに過ごしているなんて。
「……も、もしかして、実は鬼の娘たちとか?」
チャップがおずおずとした口調で言った。もちろん、本気でそんなことを考えていたわけではない。あまりにも信じられない光景を目の当たりにしてつい口に出てしまっただけのことだ。自分でも『あり得ない』と思う発言はたちまちカンナの猛反撃を浴びてしまった。
「そんなわけないでしょ! あの姿のどこが鬼だって言うのよ」
そう言われてはチャップとしても首をすくめて引きさがるしかない。
鬼と人間を見間違うなどあるはずがない。鬼は見上げるばかりに大きく、筋骨隆々として、角と牙を生やし、衣服ひとつ身につけていない。目の前の少女たちは皆、小柄で、華奢で、愛らしく、角も牙もなく、華やかな衣装を身につけている。
どこからどう見ても人間の姿。少なくとも見た目は完全に人間の少女。見た目が完全に人間の少女ならそれは、人間の少女と言っていい存在だろう、おそらく。
「たしかに、鬼界島で人間の女の子たちを見るなんて意外だったけど……」と、アーデルハイド。
「このままコソコソ見つめていても仕方がないわ。話しかけてみましょう」
「話しかけるんですか⁉」
カンナが叫んだ。
「当たり前でしょう。そのために、わざわざ武器をもたずにやってきたのよ」
「そ、それはそうですけど……」
「で、でも、言葉が通じますかね……」
チャップの疑問にアーデルハイドはあっさりと答えた。
「鬼部とは通じるわ」
「たしかに……」
なぜ、鬼部との間に言葉が通じるのか。それは長年、研究されている謎のひとつである。
アーデルハイドは女の子たちに向かって歩きだした。カンナとチャップも後を追った。大胆不敵が服を着て歩いているようなアーデルハイドとちがい、このふたりはやはり、丸腰なのが心細い。チャップはその辺に落ちていた果樹の枝を拾いあげた。こんなものでも剣のかわりに振りまわせば人間の皮膚ぐらいは切り裂くことが出来る。
――これぐらいならアーデルハイドさまに怒られることもないだろうし。木の小枝なんてたいていの子供はべしペし振りまわしているもんな。
チャップはそう心に呟き、自分を納得させた。
アーデルハイドは女の子たちに近づいた。声をかけた。
「こんにちは」
その声に――。
女の子たちは一斉に顔を向けた。
――うっ……。
チャップはあまりのまぶしさに一瞬、目をふさいでしまった。
それぐらい、かわいい女の子ばかりだった。これほどの美少女たちとなるとレオンハルトの王都にもそうはいない。芝居を演じるために、とびきりかわいい女の子たちだけを集めて送り出したような、そんな印象だった。
アーデルハイドとカンナはともかく、少年ぽい風貌のチャップなどは思わず自分の容姿に劣等感を感じずにはいられない。
「こんにちは」
アーデルハイドがちょっと小首をかしげ、微笑みながら重ねて言った。
人類随一の美貌。そう呼ばれるアーデルハイドにこんな表情をされて心をとろけさせない人間などいない。鬼界島の少女たちも例外ではなく、たちまち明るい笑顔を浮かべて迎え入れた。
「こんにちは。見かけない顔ね。旅の人? どこの集落から来たの?」
少女のひとりが矢継ぎ早に質問した。アーデルハイドは答えようとした。それよりも早く、少女たちのうちのひとりが前に進み出た。
「まって」
その女の子は仲間の少女たちを制すると、アーデルハイドの顔を正面からじっと見据えた。知性を感じさせる視線が探るようにアーデルハイドの顔を射貫く。
――うわ、なに、この子。
カンナとチャップがそろって心のなかでそう声をあげた。
それほど美しい少女だった。他の女の子たちもちょっと見ないぐらいかわいいのだが、この少女は別格だった。髪の艶も、肌の張りも、宝石のよう。顔立ちは繊細を極め、目鼻のすべてが完璧に配置されている。体型も申し分なく、しなやかな胴体から長い手足が伸びやかに伸びている。
骨格からきれい。
そう言うしかない完璧な体型だった。
アーデルハイドよりも美しい人間。
そう言える人間がこの世にいるとしたら、目の前のこの少女がまさにそうだった。
「こんにちは」
と、美神の申し子とも言うべき少女が言った。
「はじめまして。わたしはクレタ」
「はじめまして。わたしはアーデルハイド。こっちのふたりはカンナとチャップ」
「その服装。あなたたち、人生島の野人?」
その言葉に――。
クレタの仲間の女の子たちがハッとした表情になった。驚きのあまり、口元に手を当てている。
「人生島? 野人?」
カンナが小首をかしげた。
「あなたたち自身はちがう呼び方をしているのかしら。ある日、突然、現れて、この大陸にくっついた島のことよ」
と、クレタは人間の世界の方を指さして言った。その後ろでは仲間の女の子たちがヒソヒソ――と言うには大きな声で――話している。
「え~? 人生島には野性の人間がいるって聞いたけど……本当だったの?」
「すご~い、はじめて見た」
と、なんだか珍獣を見るかのような扱いである。
「島? 突然、現れた?」
クレタの言葉に――。
カンナはますますわけがわからないと言った様子で首をかしげた。そのカンナにアーデルハイドが説明した。
「こちらの世界の人たちにとっては、わたしたちの大陸こそが突然、現れたように思えていると言うことでしょう。『鬼界島』というのも人間が勝手につけた名前だし。実際にはどれだけの大きさがあるのかわかっていない。もしかしたら、大陸級の大きさがあるのかも知れない」
「あ、ああ、なるほど……」
アーデルハイドに言われて、カンナもようやく納得した。
アーデルハイドはクレタに向き直った。改めて話しかけた。しかし、それにしても、このふたりが並んで立っている図というのは……これほどの美女と美少女が対峙している様は、あまりにも高尚すぎて感動を通り越して気圧されてしまうほど。チャップなどはもうその場から逃げ出してしまいたいぐらいだった。
「ええ、その通り。わたしたちはあなたたちが人生島と呼んでいる土地から来た。あなたたちに会うためにね。でも、『野人』というのは?」
「鬼に飼われていない『野性の人間』という意味よ、もちろん」
「鬼に飼われていない?」
アーデルハイドがさすがに眉をひそめた。カンナとチャップのふたりも表情を引き締めた。
「それじゃ、あなたたちは……」
「ええ。わたしたちはみんな、鬼に飼われている『家人』よ」
鬼に飼われている家人。
クレタのその言葉はアーデルハイドたちにとって以外だったことに、悔しさや悲壮感と言った負の感情をまったく含んでいなかった。それどころか、堂々たる誇りを込めて言っているように感じられた。
「人生島の野人がわたしたちに会いに来てくれるなんて思わなかったわ。ねえ、集落に来てあなたたちの話をくわしく聞かせてくれない? 長もきっと会いたがると思うわ」
「長?」
「集落の長。わたしたちの飼い主よ」
クレタがそう言ったそのときだ。
「きゃああああっ!」
突然、絹を引き裂くような少女の悲鳴があがった。見てみるといつの間にやってきたのか、二本足で歩く巨大なトカゲが近づきつつあった。
「さがって!」
チャップが叫んだ。みんなをかばうために前に飛び出した。騎士の誉れである剣も鎧もないけれど、それでも騎士は騎士。騎士である以上、人々は守らなくてはならない。
その義務感だけでチャップは巨大なトカゲの前に飛び出した。ただ一本の木の枝だけを武器に。
――くそっ、せめて剣があれば……!
チャップはそう思ったが、例え、伝説の聖剣がその手にあろうともチャップひとりの手に負える相手とは思えなかった。そのトカゲは牛よりも大きく、ズラリと牙の並んだ口と、大きなかぎ爪の生えた腕をもち、瞳には凶猛な食欲を滾らせていた。体中を覆う鱗は見るからに頑丈そうで、なまなかな剣の一撃など簡単にはじき返してしまいそうに見えた。
怪物。
まさに、そう呼ぶにふさわしい存在。
こんな怪物を相手にチャップがみんなを守る方法はひとつしかなかった。
――わたしが食われている間にみんなを逃がすしかない!
こんなところで死にたくはない。遙かな異境の地でメイズ銅熊長を探し出すという目的も果たすことも出来ず、トカゲに食われて死ぬなんて。でも、それでも、武器ももたない非力な人間であるチャップが騎士としての役目を果たすためにはそれしかなかった。
「みんな、逃げて! こいつは、オレが……」
チャップが決死の覚悟を込めて叫んだ、そのときだ。
轟!
暴風のようなうなり声がして、巨大な筋肉の塊が飛び込んできた。弱虫ボッツから放たれる鉄球にも勝る速さと勢いだった。
「ゴガアッ!」
筋肉の塊はその叫びとともに巨大な拳をトカゲの顔面に叩き込んだ。
ただ一撃。
その一撃でトカゲは吹き飛び、地面に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
呆気にとられるチャップたちの前でその筋肉の塊――巨大な鬼――は、クレタたちに近づいた。
「無事か、みんな?」
無事か、みんな。
その鬼はたしかに、少女たちにそう呼びかけた。
「長!」
少女たちが口々に叫びながら鬼に抱きついた。そんな少女たちを鬼は愛おしそうに抱きしめた。
「無事でよかった。みんな、わしの大切な娘たちじゃからな。とくにクレタ。お前にはよくよく気をつけてもらわなければならんぞ。なにしろ、お前はこの集落ではじめての大祭の主役なのだからな」
「はい。すみませんでした、長。そして、ありがとうございました」
「なんの。お前たちを守るために戦うのがわしらの責任。まして、お前のためであれば例え五体をバラバラにされようとも戦い抜くぞ。お前はわしの誇りじゃからな」
「長……」
鬼はクレタの肩に手をかけて優しく語りかけ、クレタはそんな鬼をじっと見つめる。
「な、なに、なんなのよ、これ⁉ なんで、人間と鬼がこんなに仲良く……って言うか、愛しあってるのよ⁉ これじゃまるで、血をわけた親子じゃない」
カンナが思わずそう叫んだのも無理はない光景だった。
その声にようやく、その巨大な鬼はアーデルハイドたちに気がついた。
「むっ? お前たちは? 見慣れぬ顔に姿だな。どこの集落から来た?」
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